'温故知新' - 古きをたずねて新しきを知る。5月に ''電化ジャズ' - 可能性と問題点 (再掲)' をお送りしましたが、さらにその '続編' ともいうべき、'スイングジャーナル' 誌1969年3月号に掲載された座談会 '来るか電化楽器時代! - ジャズとオーディオの新しい接点 -' をお送りしたいと思います。こちらは4名の識者、'スイングジャーナル ' 誌編集長の児山紀芳氏、テナーサックス奏者の松本英彦氏、オーディオ評論家の菅野沖彦氏、そして当時Ace Toneことエース電子工業専務、後に独立してRolandを設立した梯郁太郎氏らが 'ジャズと電気楽器の黎明期' な風景について興味深く語り合います。特にAce Toneの製品群の中で、最も謎めいているであろう管楽器用オクターバーMulti-Vox EX-100&ピックアップPU-10について開発者の梯さんから述べられるというのは貴重な証言!
- 児山
今回の座談会は、去年あたりから市販されて非常に話題になっているエレクトリック・インストゥルメントとしてのサックスやドラムといったようなものが開発されていますが、その電気楽器の原理が一体どうなっているのか、どういう特性をもっているのか、そしてこういったものが近い将来どうなっていくだろうかといったようなことを中心にお話を聞かせていただきたいと思います。そこでまずエース電子の梯さんにメーカーの立場から登場していただき、それからテナー奏者の松本英彦さんには、現在すでにエレクトリック・サックスを時おり演奏していらっしゃるという立場から、菅野沖彦さんには、ジャズを録音していくといった、それぞれの立場から見たいろんなご意見をお伺いしたいと思うんです。
まず日本で最初にこの種の製品を開発市販された梯さんに電化楽器というものの輪郭的なものをお話願いたいと思うんですが。
- 梯
電気的に増幅をして管楽器の音をとらえようというのは、もう相当以前からあったんですが、実際にセルマーとかコーンとかいった管楽器の専門メーカーが商品として試作したのは3年ぐらい前です。それが2年ぐらい前から市販されるようになったわけです。
- 児山
これは結局いままでのエレクトリック・ギターなどとは別であると考えていいわけですか。
- 梯
ええ、全然別なんです。これらの電化管楽器が、ギターなどと一番違うところは、コードのない単音楽器だけができる電気的な冒険というのが一番やりやすいわけです。といいますのは、コードになった時点からの増幅段というのは絶対に忠実でなければならない。ところが単音というのはどんな細工もできるわけです。この単音のままですと、これはまだ電子音なんです。そこに人間のフィーリングが入って初めて楽音になりますが、そういった電気的な波形の冒険というのが、単音楽器の場合いろいろなことができるわけです。その一例として、オクターブ上げたり下げたりということが装置を使うと簡単に実現することができるんです。コードの場合はその一音づつをバラバラにしてオクターブ上げたり下げたりしてまた合接する・・これはちょっと不可能なわけですね。
- 児山
これら電化楽器のメリットというか特性的なことをいまお話し願いましたが、そこでいかにして電気的な音を出しているのかという原理をサックスに例をとってわかりやすくお願いしたいんですが。
- 梯
現在市販されているものを見ますと、まずマイクロフォンを、ネックかマウスピースか朝顔などにとりつける。そのマイクもみんなエア・カップリング・マイク(普通のマイク)とコンタクト・マイク(ギターなどについているマイク)との中間をいくようなそういったマイクです。ですからナマのサックスの音がそのまま拾われてるんじゃなくて、要するに忠実度の高いマイクでスタジオでとらえた音とはまったく違うものなんですよ。むしろ音階をとらえてるような種類のマイクなんです。音色は、そのつかまえた電気のスペースを周波数としてとらえるわけです。それを今度はきれいに波を整えてしまうわけです。サックスの音というのは非常に倍音が多いものですから基本波だけを取り出す回路に入れて今度はそれを1/2とか1/4とか、これは卓上の計算機のほんの一部分に使われている回路ですけど、こういったものを使ってオクターブ違う音をつくったりするわけですよ。これらにも2つのモデルがあって、管楽器にアタッチメントされている物ですと、むしろ奏者が直ちに操作できることを主眼に置いて、コントロール部分を少なくして即時性を求めてるものと、それから複雑な種々の操作ができるということに目標を置いた、据え置き型(ギブソンのサウンド・システム)といったものがあるわけです。
- 児山
これで大体原理的なことはわかりますが。
- 菅野
わかりますね。
- 松本
ところが、これから先がたいへんなんだ(笑)。
- 児山
じゃ、そのたいへんなところを聞かせてください。それに現在松本さんはどんな製品を・・。
- 松本
現在セルマーのヴァリトーンです。しかし、これどうも気に入らないので半年かかっていろいろ改造してみたんだけど、まだまだ・・。サックスは、サックスならではの音色があるんですよ。それがネックの中を通して出る音はまず音色が変わるんですね。それから、音が出てなくてもリードなどが振動していたり、息の音などが拾われて、オクターブ下がバァーッと出るんですよ。
- 梯
それはコンタクト・マイクの特性が出てくるわけなんです。
- 菅野
わずかでもエネルギーがあればこれは音になるわけですね。
- 梯
ですから、マウス・ピースに近いところにマイクをつけるほど、いま松本さんのいわれたような現象が起るわけなんです。かといって朝顔につけるとハウリングの問題などがあるわけなんです。
- 松本
ちっちゃく吹いても、大きなボリュームの音が出るというのは、サックスが持つ表情とか感情というものを何か変えてしまうような気がするねェ。一本調子というのかなあ。それに電気サックスを吹いていると少し吹いても大きな音になるから、変なクセがつくんじゃないかなんて・・。初めオクターブ下を使ってたとき、これはゴキゲンだと思ったけど、何回かやってると飽きちゃうんだね。しかし、やっぱりロックなんかやるとすごいですよ。だれにも音はまけないし、すごい鋭い音がするしね。ただ、ちょっと自分自身が気に入らないだけで、自分のために吹いているとイージーになって力いっぱい吹かないから、なまってしまうような・・。口先だけで吹くようになるからね。
- 児山
それもいいんじゃないですか。
- 松本
いいと思う人もありますね。ただぼくがそう思うだけでね。電気としてはとにかくゴキゲンですよ。
- 児山
いま松本さんが力強く吹かなくても、それが十分なボリュームで強くでるということなんですが、現在エレクトリック・サックスの第一人者といわれるエディ・ハリスに会っていろんな話を聞いたときに、エレクトリック・サックスを吹くときにはいままでのサックスを吹くときとはまったく別のテクニックが必要であるといってました。
- 松本
そうなんですよ。だからそのクセがついてナマのときに今度は困っちゃうわけ。
- 児山
だから、ナマの楽器を吹いているつもりでやると、もうメチャクチャになって特性をこわしてしまうというわけです。結局エレクトリック・サックスにはそれなりの特性があるわけで、ナマと同じことをやるならば必要ないわけですよ。その別のものができるというメリット、そのメリットに対して、まあ新しいものだけにいろんな批判が出てると思うんですよね。いま松本さんが指摘されたように音楽の表情というものが非常に無味乾燥な状態で1本やりになるということですね。
- 松本
ただこの電気サックスだけを吹いていれば、またそれなりの味が出てくるんだろうと思うんですが、長い間ナマのサックスの音を出していたんですからね・・。これに慣れないとね。
- 児山
やっぱりそういったことがメーカーの方にとっても考えていかなきゃならないことなんですかね。
- 梯
ええ。やはり電子楽器というのは、人間のフィーリングの導入できるパートが少ないということがプレイヤーの方から一番いやがられていたわけです。それがひとつずつ改良されて、いま電子楽器が一般に受け入れられるようになった。しかし、このエレクトリック・サックスというのはまだ新しいだけに、そういう感情移入の場所が少ないんですよ。
- 松本
ぼくが思うのは、リードで音を出さないようなサックスにした方がおもしろいと思うな。だって、実際に吹いている音が出てくるから、不自然になるわけですよ。
- 梯
いま松本さんがいわれたようなものも出てきてるわけなんですよ。これは2年前にフランクフルトで初めて出品された電気ピアニカなんですが・・。
- 松本
吹かなくてもいいわけ・・。
- 梯
いや吹くんです。吹くのはフィーリングをつけるためなんです。これは後でわかったのですが、その吹く先に風船がついていて、その吹き方の強弱による風船のふくらみを弁によってボリュームの大小におきかえるという方法なんです。ですから人間のフィーリングどうりにボリュームがコントロールされる。そして鍵盤の方はリードではなく電気の接点なんです。ですからいままでのテクニックが使えて、中身はまったく別のものというものも徐々にできつつあるわけなんです。
- 松本
電気サックスの場合、増幅器の特性をなるべく生かした方が・・いいみたいね。サックスの音はサックスの音として、それだけが増幅されるという・・。
- 菅野
いまのお話から、われわれ録音の方の話に結びつけますと、電子楽器というものは、われわれの録音再生というものと縁があって近いようで、その実、方向はまったく逆なんですよね。電子楽器というのは新しい考え方で、新しい音をクリエートするという方向ですが、録音再生というのは非常に保守的な世界でして、ナマの音をエレクトロニクスや機器の力を使って忠実に出そうという・・。というわけで、われわれの立場からは、ナマの自然な楽器の音を電気くさくなく、電気の力を借りて・・という姿勢(笑)。それといまのお話で非常におもしろく思ったのは、われわれがミキシング・テクニックというものを使っていろいろな音を作るわけですが、電子楽器を録音するというのは、それなりのテクニックがありますが、どちらかというと非常に楽なんです。電子楽器がスタジオなりホールなりでスピーカーからミュージシャンが音を出してくれた場合には、われわれはそれにエフェクトを加える必要は全然ない。ですからある意味ではわれわれのやっていた仕事をミュージシャンがもっていって、プレーをしながらミキシングもやるといった形になりますね。そういうことからもわれわれがナマの音をねらっていた立場からすれば非常に残念なことである・・と思えるんですよ。話は変わりますが、この電化楽器というのは特殊なテクニックは必要としても、いままでの楽器と違うんだと、単にアンプリファイするものじゃないんだということをもっと徹底させる必要があるんじゃないですか。
- 梯
現在うちの製品はマルチボックスというものなんですが、正直な話、採算は全然合ってないんです。しかし、電子楽器をやっているメーカーが何社かありますが、管楽器関係のものが日本にひとつもないというのは寂しいし、ひとつの可能性を見つけていくためにやってるんです。しかし、これは採算が合うようになってからじゃ全然おそいわけですよ。それにつくり出さないことには、ミュージシャンの方からご意見も聞けないわけですね。実際、電子管楽器というのは、まだこれからなんですよ。ですからミュージシャンの方にどんどん吹いていただいて、望まれる音を教えていただきたいですね。私どもはそれを回路に翻訳することはできますので。
- 菅野
松本さん、サックスのナマの音とまったく違った次元の音が出るということがさきほどのお話にありましたね。それが電子楽器のひとつのポイントでもあると思うんですがそういう音に対して、ミュージシャンとしてまた音楽の素材として、どうですか・・。
- 松本
いいですよ。ナマのサックスとは全然違う音ならね。たとえば、サックスの「ド」の音を吹くとオルガンの「ド」がバッと出てくれるんならばね。
- 菅野
そういう可能性というか、いまの電気サックスはまったく新しい音を出すところまでいってませんか。
- 梯
それはいってるんですよ。こちらからの演奏者に対しての説明不十分なんです。要するに、できました渡しました・・そこで切れてしまってるわけなんです。
- 菅野
ただ、私はこの前スイングジャーナルで、いろんな電化楽器の演奏されているレコードを聴いたんですが、あんまり変わらないのが多いんですね。
- 児山
どういったものを聴かれたんですか?
- 菅野
エディ・ハリスとか、ナット・アダレーのコルネット、スティーブ・マーカス・・エディ・ハリスのサックスは、やっぱりサックスの音でしたよ。
- 梯
あのレコードを何も説明つけずに聴かせたら、電子管楽器ということはわからないです。
- 児山
そうかもしれませんが、さきほど菅野さんがおっしゃったようにいまそういったメーカーの製品のうたい文句に、このアタッチメントをつけることによってミュージシャンは、いままでレコーディング・スタジオで複雑なテクニックを使わなければ創造できなかったようなことをあなた自身ができる、というのがあるんです。
- 菅野
やはりねェ。レコーデットされたような音をプレイできると・・。
- 梯
これはコマーシャルですからそういうぐあいに書いてあると思うんですが、水準以上のミュージシャンは、そういう使い方はされていないですね。だからエディ・ハリスのレコードは、電気サックスのよさを聴いてくださいといって、デモンストレーション用に使用しても全然効果ないわけです。
- 菅野
児山さんにお聞きしたいんですが、エディ・ハリスのプレイは聴く立場から見て、音色の問題ではなく、表現の全体的な問題として電子の力を借りることによって新しい表現というものになっているかどうかということなんですが・・。
- 児山
そもそもこの電気サックスというのは、フランスのセルマーの技師が、3本のサックスを吹く驚異的なローランド・カークの演奏を見てこれをだれにもできるようにはならないものかと考えたことが、サックスのアタッチメントを開発する動機となったといわれてるんですが、これもひとつのメリットですよね。それに実際にエディ・ハリスの演奏を聴いてみると、表情はありますよ。表情のない無味乾燥なものであれば絶対に受けるはずがないですよ。とにかくエディ・ハリスは電気サックスを吹くことによってスターになったんですからね。それにトランペットのドン・エリスの場合なんか、エコーをかけたりさらにそれをダブらせたりして、一口でいうならばなにか宇宙的なニュアンスの従来のトランペットのイメージではない音が彼の楽器プラス装置からでてくるわけなんです。それに音という意味でいうならば、突然ガリガリというようなノイズが入ってきたり、ソロの終わりにピーッと鋭い音を入れてみたり、さらにさきほど松本さんがいわれたように吹かなくても音がでるということから、キーをカチカチならしてパーカッション的なものをやったりで・・。
- 松本
私もやってみましたよ。サックスをたたくとカーンという音が出る。これにエコーでもかけると、もうそれこそものすごいですよ(笑)。
- 児山
エディ・ハリスの演奏の一例ですが、初め1人ででてきてボサ・ノバのリズムをキーによってたたきだし、今度はメロディを吹きはじめるわけなんです。さらに途中からリズム・セクションが入るとフットペダルですぐにナマに切り換えてソフトな演奏をするというぐあいなんですよ。またコルトレーンのような演奏はナマで吹くし、メロディなんかではかなり力強くオクターブでバーッと・・。つまり、彼は電気サックスの持つメリットというものを非常に深く研究してました。
- 菅野
それが電化楽器としてのひとつのまっとうな方法なんじゃないですか。でも、あのレコードはあんまりそういうこと入ってなかったですよね。
- 児山
つまり、エディ・ハリスのレコードは完全にヒットをねらったものでして、実際のステージとは全然別なんです。また彼の話によると、コルトレーンのようなハード・ブローイングを延々20分も吹くと心臓がイカレちゃうというわけです(笑)。そしてなぜ電気サックスを使いだしたかというと、現在あまりにも個性的なプレイヤーが多すぎるために、何か自分独自のものをつくっていくには、演奏なり音なりを研究し工夫しなければならない。たとえば、オーボエのマウス・ピースをサックスにつけたりとかいろんなことをやっていたが、今度開発された電気サックスは、そのようないろいろなことができるので、いままでやってたことを全部やめてこれに飛び込んだというんですよ。
- 菅野
非常によくわかりますね。
- 児山
ラディックというドラム・メーカーが今度電化ヴァイブを開発して、ゲーリー・バートンが使うといってましたが、彼の場合は純粋に音楽的に、そのヴァイブがないと自分のやりたいことができないというわけですよ。なぜかというと、自分のグループのギター奏者が、いままでのギター演奏とは別なフィードバックなどをやると、ほかの楽器奏者もいままで使ってなかったようなことをやりだした。そういう時にヴァイブのみがいままでと同じような状態でやっているというのは音楽的にもアンバランスであるし、グループがエレクトリック・サウンズに向かったときには自分もそうもっていきたいというわけなんですよ。もしそれをヴァイブでやることができれば、どういう方向にもっていけるかという可能性も非常に広いものになるわけですよね。
- 梯
それから、いままでの電子楽器というのは、とにかくきれいな音をつくるということだけから音が選ばれた。ところが音の種類には不協和音もあればノイズもある。そのことをもう一度考えてみると、その中に音の素材になりうるものがたくさんあるわけです。たとえばハウリングですが、以前にバンクーバーのゴーゴー・クラブへいったとき、そこでやってたのがフィードバックなんです。スピーカーのまん前にマイクをもってきてそいつを近づけたり離したりして、そこにフィルターを入れてコントロールして、パイプ・オルガンの鍵盤でずっとハーモニーを押さえ続けてるようなものすごく迫力のある音を出すんです。そんなものを見て、これはどうも電子楽器の常識というものをほんとうに捨てないと新しい音がつくれないと思いましたね。
- 児山
そうですね。ですから、いまこういう電子楽器、あるいは楽器とは別なエレクトリックな装置だけを使って、ジャズだといって演奏しているグループもあるわけです。まあそれにはドラムやいろいろなものも使ったりするわけですが、いわゆる発振器をもとに非常に電気的な演奏をしているわけなんですよ。
- 松本
ただ音は結局電子によってでるんだけど、オルガン弾いてもサックス吹いても同じ音が出るかもしれない。弾いてる人の表情は違うけれども、そういうのがあったらおもしろいと思いますね。
- 菅野
それにもうひとつの問題は、発振器をもとにしたプレーは、接点をうごかしていくといった電子楽器と根本的に違うわけだ。電気サックスなどは、松本さんがいわれているようにナマの音が一緒に出てくるという。そこが問題ですね。だからナマの音も積極的に利用して、ナマの音とつくった音を融合して音楽をつくっていくか、それともナマの音はできるだけ消しちゃって電子の音だけでいくか・・。
- 児山
それはミュージシャン自身の問題になってくるんじゃないかな。たとえばリー・コニッツなどのようにだれが聴いてもわかる音色を持っている人は変えないですね。自分の音を忠実に保ちながらオクターブでやるとか・・。
- 梯
しかしその場合、音色は保ち得ないんです。つまりその人その人のフィーリング以外は保ち得ないんですよ。
- 児山
なるほど、そうすると音楽的な内容がその個性どうりにでてくるということなんですね。
- 菅野
一般に音というものはそういうものの総合なんで、物理的な要素だけを取り上げるのは困難なわけです。そういったすべてのものがコンバインされたものをわれわれは聴いているわけですから、その中からフィーリングだけを使っても、リー・コニッツ独特なものが出てくれば、これはやはりリー・コニッツを聴いてるわけですよ。
- 松本
それならいいけどサックスというのはいい音がするわけですよ。それをなまはんかな拡声装置だといけない。それだとよけいイヤになるんですよ。
-ついに出現した電気ドラム-
- 児山
ニューポートに出演したホレス・シルヴァー・クインテットのドラマー、ビリー・コブハムがハリウッド社のトロニック・ドラムという電気ドラムを使用していましたが、あれはなんですか。
- 梯
うちでも実験をやっています。ロックなどの場合、エレキのアンプが1人に対して200W、リードが200Wならベースは400Wくらい。そうなってくるといままで一番ボリュームがあったドラムが小さくなってきたわけですよ。最初はドラムの音量をあげるだけだったのですが、やってみるとマイクのとりつけ方によって全然ちがった効果が出てきたわけですよ。
- 菅野
それは具体的に各ドラム・セットの各ユニットに取り付けるわけですか。
- 梯
最初は単純に胴の中にマイクを取り付けただけでしたが、いまはコンタクト・マイクとエア・カップリング・マイクの共用でやっていますね。
- 菅野
シンバルなんかは・・。
- 梯
バスドラム、スネア、タム・タムにはついていますが、シンバルはちょっとむずかしいのです・・。でもつけてる人もいるようですね。
- 菅野
ではいまの形としては、新しい音色をつくろうとしているわけですね。
- 梯
そうですね。現在ははっきりと音色変化につかってますね。
- 松本
でもやはりこの電気ドラムとてナマの音が混じって出るわけですよね。ナマの音がでないようにするにはできないのですか。
- 梯
それはできるんですよ。市販はしてないんですが、ドラムの練習台のようなものの下にマイクをセッティングするわけなんですよ。いままでのドラム以外の音も十分でますがシンバルだけはどうもね。らしき音はでるんですが。
- 松本
いままでの何か既成があるからでしょう。
- 梯
そうですね。だからシンバルはこういう音なんだと居直ってしまえばいいわけ・・。それぐらいの心臓がなきゃね(笑)。
- 菅野
本物そっくりのにせものをつくるというのはあまりいいことではない。あまり前向きではないですよ。よくできて本物とおなじ、それなら本物でよりいいものを・・。
- 松本
だから電気サックスでも、ナマの音をだそうとしたんじゃだめですね。これじゃ電気サックスにならない。
- 梯
松本さんにそういわれるとぐっとやりやすくなりますよ(笑)。
- 児山
電気サックスというのはだいたいいくらぐらいなんですか?
- 松本
ぼくのは定価85万円なんですよ。でもね高いというのは輸入したということからですからね。そのことから考えると・・。
- 梯
松本さんの電気サックスはニューオータニで初めて聴いたんです。これは迫力がありましたね。
- 松本
すごい迫力です。でも、それに自分がふりまわされるのがいやだから・・。
- 梯
こちらから見たり聴いたりしていると松本さんが振り回しているように見えるから、それは心配いらないですよ(笑)。
- 松本
それに運ぶのがどうもねェ。いままではサックスひとつ持ってまわればよかった。ギターなんかじゃ最初からアンプを持って歩かなければ商売にならないとあきらめがあるんですが、ぼくはなにもこれがなくたってと考えるから・・。そういうつまらないことのほうが自分に影響力が大きい・・(笑)。
- 児山
やはりコンサートなどで、おおいにやっていただかないと、こういった楽器への認識とか普及とかいった方向に発展していかないと思いますので、そういう意味からも責任重大だと思います。ひとつよろしくお願いします。それに、いまアメリカあたりでは電子楽器が非常に普及してきているわけなんですよ。映画の音楽なんかも、エレクトリック・サウンズ、エレクトリック・インスツルメントで演奏するための作曲法なんていうのはどうなるんですかねェ・・。
- 松本
これがまたたいへんな問題ですが、非常にむずかしいですね。
- 児山
それがいまの作曲家にとって一番頭のいたいことになってるんですね。
- 菅野
あらゆる可能性のあるマルチプルな音を出しうる電化楽器が普及すれば、新しい記号をつくるだけでもたいへんですね。
- 松本
そのエレクトリック・インスツルメントのメーカーだって指定しなければならないし・・。作曲家もその楽器も全部こなさなきゃならないですからね。
- 児山
そのように色々な問題もまだあるわけなんですが、現実にはあらゆる分野の音楽に、そしてもちろんジャズの世界にも着々と普及してきつつあるわけなんです。この意味からも電化楽器の肯定否定といった狭い視野ではなく、もっと広い観点から見守っていきたいですね。
'アンプリファイ' における電気的特性、その '使いづらさ' とナマのサックスにおける音色へのこだわり、一方で電化における新しい音色、奏法を探求することで '新たな楽器' を見つけて欲しいことが技術者から提起されるなど、すでにこの時点で相当のアプローチと対立点として開陳されていることが伺えます。プレイヤーの立場から松本英彦氏が提起するのはこれからしばらくして登場したウィンド・シンセサイザーに当てはまるものですけど、氏が後にコレにアプローチしたという話は聞かない・・(笑)。やはり三枝文夫氏と同じく梯郁太郎氏もこの '新たな楽器' に対してなかなか従来の奏者やリスナーが持つ価値観、固定観念を超えて訴えるところまで行かないことにもどかしさがあったのでしょうね。しかし、この頃からすでにRoland V-DrumsやAerophoneの原初的アイデアをいろいろ探求していたんすね・・梯さん凄い!
そして、オクターバーは同時代のエフェクターであるファズのヴァリエーションとも言えるものなのですが、そんなファズについて後年、梯さんがAce ToneからRolandにかけて手がけた流れを述べた 'ギターマガジン' 誌2003年5月号のインタビューをどうぞ。当時のロックと '世界同時革命' 的にエレクトロニクスの分野であらゆる音の発見、可能性が探求されていた一端を垣間見ることが出来まする。
- 梯さんが 'ファズ' と言われて真っ先に連想することは何でしょうか?
- 梯
あのね、三味線なんですよ。三味線のルーツは中国だけど、日本独特のアイディアが加わったんです。日本の三味線は、一の糸(最も低音の弦、ギターとは数え方が逆)だけが上駒(ギターで言うナットにあたる部分)がなくて指板に触れている。だから、二の糸、三の糸の弦振動は楕円運動で上下左右対称に振動するのに対して、一の糸は非対称の波形で振動して、なおかつ弦が指板に当たることで独特の歪み音を作っていたわけです。それが三味線の演奏上、非常に生きていた。そしてその後、三味線を見習ったわけじゃなく、ギタリストがそういう音を欲しがったんです。耳で見つけ出してね。あとから考えると、昔の人もファズ的な音の必要性を感じたんでしょう。3本の弦のうち1本を犠牲にするほどの意味を持っていたわけですから。
- 1960年代当時は、どうやってあの音を模索したんですか?
- 梯
プレイヤーの皆さんはいろんなことを試しましたよ。スピーカーのコーン紙を破ってみたりしてね。もちろんどれも結果的には失敗だったんですけど、音としては、弾いたものが非対称に振動して、その時に原音とまったく異なった倍音構成を持つ音をともなって出てくるというのがファズの概念だったんじゃないかな。そもそもファズの定義がありませんでしたし、電気回路として考えたら無着苦茶な回路なんです。でも音楽家の耳がその音を要求したことでそれが生まれた。頭の堅い電気屋にはとうてい出てこない回路ですよ。
- 当時すでにアンプに大入力を入れたオーバードライブ・サウンドは発見されてましたよね?
- 梯
ありましたよ。ただ、オーバードライブは入力信号が左右対称で、ギターの音っていうのはバーン!と弾いた時が振幅が大きくて、だんだん小さくなっていきますよね。その上下のピークがアンプ側によって削られる、これが技術的に見たオーバードライブの音だった。特にギターは、バーンと弾いた時の振幅が非常に大きいから歪むことが多かったんです。で、当時のアンプはすべて真空管ですよね。真空管はセルフ・バイアスという機能をちゃんと持っていて、大きな信号が入ってくるとバイアス点が変わって歪むポイントも変わるんですよ。そうすると独特の歪みになる。これが、同じ歪みでもトランジスタと比べて真空管の歪みの方が柔らかいとか、耳あたりがいいと感じる理由なんです。まぁ、オーバードライブとかディストーションとか、呼び分けるようになったのはもっとあとの話でね、中でもファズは波形を非対称にするものだから、独立した存在でした。
- マエストロのファズ・トーンが発売された1962年頃、梯さんはすでにエース電子を設立していますが、その当時日本でファズは話題になったんですか?
- 梯
ほとんど使われなかったですね。ジミ・ヘンドリクスが出てきてからじゃないかな、バーっと広まったのは。GSの人たちはそんなに使ってなかったですよ。使っていたとしても、使い方がまだ手探りの段階だったと思います。
- 国内ではハニーが早くからファズを製作していましたよね。ハニーはトーンベンダー・マークⅠを参考にしたという説もありますが。
- 梯
いやいや、そんなことはないんですよ。彼ら自身が耳で決めたのだと思います。ハニーを設計した人物はその後にエーストーン、ローランドに入社した人ですからその辺の事情は聞いてますけど、ハニーは歪んだ音にエッジをつけて微分する・・要するに低音部を抑えて、真ん中から上の音を強調する回路になっていて、当時としては新しい種類の音でしたね。
- エーストーンも今や名機とされるファズ・マスターFM-2、そしてFM-3を発売しています。これらは70年代に入った頃に発売されていますが、当時の売れ行きはどうでしたか?
- 梯
両方ともよく売れてましたよ。よくハニーとの関連について聞かれるんだけど、設計者は別の人です。
- そしてその後にローランドを設立するわけですが、ローランド・ブランドではBeeGeeやBeeBaaといったファズを早々に発表しています。やはり需要はあったということですよね?
- 梯
ありましたね。鍵盤なんかとは違って店頭で売りやすい商品だったのと、その頃にはファズがどういうものかということをお客さんもわかってきていたから。あと面白い話があって、ローランドのアンプ、JC-120の開発もファズと同時期に進めていたんです。根本に戻るとこのふたつは同時発生的に始まっていて、片一方は歪み、片一方はクリーンという対極的な内容のものを作ろうとしていたんですね。そしてJCのコーラスのエンジン部分を抜き出したのが、単体エフェクターのCE-1なわけです。
- そうだったんですね。また、当時の特徴として、ファズとワウを組み合わせたモデルも多かったですよね?ローランドだとDouble Beat (AD-50)なんかも出てますし。
- 梯
そうですね。ファズを使うことでサスティンが伸びるでしょ。そのサスティンを任意に加工できるのがワウだったんです。音量を変えたり、アタックを抑えてだんだん音が出るようにしたりできたから。
- 当時を改めて振り返って、思うところはありますか?
- 梯
ハードとソフト、要するにメーカーとプレイヤーの関係は、ハードが進んでいる場合もあるし、ソフトが進んでいる場合もあるんですけど、ファズに関しては音楽家が一歩先を行っていたということですね。それを実現するのに、たまたま半導体が使えたことでこれだけ普及したんだと思います。
- なるほど。その後70年代後半〜90年頃まで 'ファズ' 自体が消える時代がありますが。
- 梯
いや、消えたんじゃなくて、ハード・ロックが出てきて音質がメタリックなものに変わっただけなんです。当初のファズのようにガンガン音をぶつけるんではなく、メロディを弾くためにああいう音に変わった。メタル・ボックスとか、メタライザーとかって名前をつけてましたけど、あれはファズの次の形というか、ファズがあったからこそ見つかった音なわけです。時代で考えてもそうで、ファズがあれだけ出回ったことで、次にハード・ロックが出てきたという自然な流れがあったんだと思います。
- そして90年代にはグランジ/オルタナの流行によって、ファズが再評価されるようになりますね。
- 梯
それは音楽の幅が広がったからですよ。当初、ファズは激しい音楽の部類にしか使われなかったけど、ギターの奏法面でも向上とともに、最初にあった音が見直された。メタリックに歪むものより、あえて昔のファズであったり、OD-1であったりの音でメロディックに弾こうとしたんでしょうね。
- 今ファズを製作している各メーカー、ガレージ・メーカーに対して、梯さんが思うことは?
- 梯
新しい人が新しい目標でやられるのはいいことです。でも、特定のプレイヤーの意見だけではダメ。10人中10人に受け入れられる楽器なんてないですけど、10人のうち3人か4人が賛同してくれるなら作る意味があると思います。それに、流行があとからついてくるパターンもたくさんあって、ローランドのCE-1なんてまさにそのパターン。1年半売れなかったのに、ハービー・ハンコックがキーボードに使っている写真が雑誌に出たのがきっかけで爆発的に売れたんです。もともとギタリスト向けに作ったのに(笑)。そういう風に、使い道をミュージシャンが見つけた時に真価が出てくることもありますよ。
- ありがとうございました。最後にファズを使っているギタリストに何かメッセージを。
- 梯
何のためにファズを使うのか、もしくは使おうとしているのか、それをもう一度考えてほしいなぁと思います。そして、演奏技法をクリエイトしてもらえると、楽器を作っている者としては嬉しいですね。
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