2016年8月5日金曜日

クイーカ "できるかな?"

2016年リオ・オリンピック始まります!

次から次へと現れるマイルス本ではありますが、最近の潮流にテコ入れする ‘Jazz The New Chapter’ の柳樂光隆氏監修による ‘MILES: Reimagined’。申し訳なくも立ち読みなんですけど、今年公開のドン・チードル主演・監督作品によるマイルス映画を巻頭にいろいろな方々の論考、対談が載っとりました。そんな中でわたしの目を引いたのがラテン雑誌に執筆するケペル木村氏のアイルト・モレイラの論考。いや〜、似たようなことを思っていた人もいるのですね。そうそう、デイビスの電気ラッパによるワウワウとモレイラのクイーカの呼応する関係、コレ間違いなく重要ですよねえ。ジミ・ヘンドリクスのワウワウの影響云々なんかより絶対こっちでしょう。





そもそも、最初はデイビスにうるさく付きまとってくるファンと間違えられ、バンドに入ったら入ったでデイビスの神経質な睨みに恐れを成して控えめにしていたらちょっとは叩けよと呆れられたという可哀想なモレイラさんなんですが、それでも60万ものワイト島の聴衆を前に圧倒的なパフォーマンスを展開するデイビスのバンドで、ひとりクイーカ、フレクサトーン、カウベル、シェケレ、ギロ、クラベス、サンバ・ホィッスルを取っ替え引っ換えしながら堂々の存在感を発揮しているのはさすがですヨ。特にオープニング・ナンバーの急速調な ‘Directions’ における、デイビスの直線的な突き刺さるフレイズと対を成すようにクック、フゴゴゴ・・とクッションの如くリズムの隙間を埋めていくクイーカの響き。これ、相当にデイビスの口うるさい指示でオレをよく見ていろ!スペースを開けたら間髪入れず入ってこい!って打ち合わせたんだろうなあ。



さて、そんなモレイラさんなんですが、デイビスのワウワウとの関係では19704月の ‘Little High People’ が最初の成果ではないでしょうか。当時は未発表に置かれ、後に ‘The Complete Jack Johnson Sessions’ というボックスセットで2つのテイクが公開されました。面白いのは、すでにこの時点でデイビスのワウワウの使い方がほぼ出来上がっていたということで、その印象はまるでコーキー・マッコイ描く1972年の ‘On The Corner’ ジャケットの世界。ストリートの賑やかな黒人のお喋りを戯画化した感じなんですが、それに一役買っているのがモレイラの喋るようなカズーとフゴフゴとしたクイーカの惚けた唸りなのです。う〜ん、なんでこんなイカスやつをお蔵入りにしてしまったのだろうか?(視聴制限をかけられているのでYoutubeでどーぞ)ちなみに上の動画はワイト島ライヴのDVDに入っている各メンバーのインタビューの内、モレイラの場面ですが、突然にデイビス・トリビュートをやって!の問いかけに始まったのがひとりビッチズ・ブルー!口ベースから口ラッパからパンデイロ(タンバリンじゃないですヨ)を手に取ってドデスカデン・・ともう忙しい勢い。何かもう愛すべきおっさんって感じです。



 

うそう、この時期のデイビスと 'ブラジル勢' としてはモレイラに加えてもうひとり、奇才エルメット・パスコアールがおりますが、このふたりは1960年代後半にQuartet Novoというグループで一緒に活動した旧知の仲でもあります。クイーカは出てきませんが、このクールなショーロの匂いを漂わせるジャズボサの格好良さ!続いて出てくる1973年のパスコアールと1960年代後半の短命グループ、Brazilian Octopus在籍時の貴重な映像!時代的にブーガルーの匂いのするボサって感じのBrazilian Octopusが怪しくてイイですが、1973年の映像でパスコアールが弾いてるのはなんと大正琴!まるでビリンバウ(ブラジルの民俗楽器)のごとく演奏しており、これは日系ブラジル人あたりから貰ったのでしょうか?

Precious / Miles Davis (Mega Disc)

おっと、なになにライヴにおけるモレイラをもっと堪能したい。と。そんな奇矯な趣味をお持ちの方なら同年6月の名盤 ‘Miles Davis At Fillmore’ をオススメしたい。いや、これは公式盤や近年発掘された無編集の ‘Miles At The Fillmore’ なる4枚組ボックスセットの話ではありません。水曜日から土曜日まで組まれた4日間のライヴの内、最終の土曜日を無編集で盗掘したブートレグに手を出すのです。今を遡ることウン年前、いつまで経っても 無編集盤を出さなかったSonyに業を煮やしたブートレガーがマスターテープからコピー、あっという間に高音質のブートレグが市場にばら撒かれました。しかし、なぜか土曜日のテープだけ違うテレコで回していた音源の方を出してしまった・・痛恨のミス!。ああ、当時の要チック・コリアとキース・ジャレットの2人が後方の定位に位置して聴こえにくいという、何ともバランスの悪いミックスなのだから泣くに泣けませんよ、コレは。しかし、その代わりと言ってはなんですが、アイルト・モレイラの露天商的パーカッションの雑多さがエコー感のないデッドな音像でリアルに迫ってくるという、ある意味 'デイビス流ダブ' ともいうべき珍妙な一枚となっております。'Complete Saturday Miles At Fillmore' (So What)や 'Precious' (Mega Disc)などのブートレグで聴けますのでお試しあれ。





そして同年8月のワイト島におけるライヴは公式DVDで堪能して頂くとして、ワウワウとクイーカなら決定盤 ‘The Cellar Door Sessions 1970’ でしょう。全6枚の内の5(初日のみモレイラ欠席)に渡り丁々発止でやり合うデイビスとモレイラの記録は、ついついキース・ジャレット中心に聴かれてしまう本ボックスセットもうひとつの聴きどころでもあります。そういえば、この年の10月にデイビスのグループへマイケル・ヘンダーソンが正式加入すると共に、一時的ながらモレイラに加えてもうひとり、'Bitches Brew' にも参加した別名 'ジム・ライリー' ことジュマ・サントスなるブラジル人との '2パーカッション' を試しているんですよね。公式には残っていないだけにどのようなコンビネーションを考えていたのか興味あります。さて、この 'Cellar Door' はすでに廃盤となってアマゾンのマーケット・プレイスでもイイ値段が付いておりますが、つまらないジャズを買うくらいならコイツに投資してGetすべし!しかし何度聴いてもユニークなデイビスの電気ラッパ。この 'アンプリファイ' における奏法の転換についてデイビスは慎重に、そして従来のジャズの語法とは違うアプローチで試みていたことをジョン・スウェッド著「マイルス・デイビスの生涯」でこのように記しています。

"最初、エレクトリックで演奏するようになった時、特に感じるものはなく、そのことはマイルスをがっかりさせた。コカインでハイになるのとは違っていた - むしろエレクトリックというのは徐々に体の中で大きくなっていくものだ、とマイルスは表現した。快感はある。しかしそれはゆっくりとした快感だった。やがて、必死になって音を聞こさせようとしない方が長くプレイすることも可能だとマイルスは知った。そのためにはいくつかの調整が必要だ。あまり速く演奏してしまうと、パレットの上で絵の具が流れて混ざるように、音が混ざってしまう。そこでフレージングの考え方を一から見直すことにした。長くて二小節。メロディの合間からもっとリズムを聞こえさせたいと思っていたマイルスにとっては、実に理にかなった発想だった。"

ここで肝心の 'Cellar Door' 音源は貼れませんので(涙)・・モレイラではなくムゥトーメとドン・アライアスによる '2パーカッション' の汗だくだくなデイビスのワウワウをどーぞ。







Highleads HP
Highleads Cube Mic

しかし、なぜそこまでモレイラ推しをするのか・・。実は電気ラッパに加えてちょっと前からクイーカなんぞを始めてみました。それもCube Micなるピックアップを取り付けた電気クイーカなんぞを・・。最後の動画で説明されている方が開発者のともだしんごさんです。クイーカというのはバケツや樽に山羊の皮を張り、その真ん中へおっ立てた竹ひごを濡れた布(ウェットティッシュが最適!)などでゴシゴシ擦ると例のクック、フゴフゴフゴ・・と鳴るブラジルの民俗楽器です。皮の打面をチューニングしながら指でミュートすることで音程を変えることができ、上手い人になるとちょっとした曲を演奏することができます!小さいものもあるものの、実用的な大きさは大体8インチ、9 1/4インチ、10インチのもので大きいほど音圧が出ますね。素材は木やアクリル樹脂、ブリキ、アルミ、真鍮などがありますが、一般的なのはステンレス製です。またクイーカの音色は、30代後半以上の世代ならNHK教育TV ‘できるかなに登場するキャラクター、ゴン太くんの鳴き声としてインプットされているでしょう。さあ、頑張って練習して浅草サンバ・カーニバルに出場するゾ!(ウソ)

実は、自分的には電気ラッパのヴァリエーションのひとつとしての電気クイーカって感じで使っております。ラッパ吹きがトランペットにミュートを嵌めたり、コルネットやフリューゲル・ホーンに持ち替えていろんな音色を使い分けるように、パーカッシヴな電気ラッパと電気クイーカがどこまで混交できるのかという探求ですね。





8月の極楽盤。マルコス・ヴァーリがアジムスやオ・テルソ(ヴィニシウス・カントゥアリアが在籍したプログレ・バンド)らと共に制作した1973年 '奇跡' の一枚 'Previsao Do Tempo' から、クイーカの隠し味が絶妙にポップなスタイルと融合する 'Flamengo Ate Morrer '。続く 'Mais Do Que Valsa' は、強烈に太陽の照り付けるプールへ飛び込み、ユラユラとした陽射しの中で水中を漂うマルコスさんの気持ち良さそのものです。快感!

2016年8月4日木曜日

真夏のディスコティック・ブギー

夏真っ盛りの8月・・なんですが、あとひと月もすれば季節はもう初秋。8月はあっという間に過ぎ去っていく寂しい時期でもあります・・。汗ばんで不快な季節ではあるけどず〜っとこのままの陽気でいてくれたらいいのになあ。ホント、歳を重ねるごとに寒い季節が大嫌いになりましたね。とりあえず小難しい話は一切なし、そんなまだまだ暑い陽気と過ぎていく夏の気分をミックスしたようなディスコ・チューンでミラーボールと共に乗り切って行きたいと思います!

さて、ディスコっていうとドンパンドンパンと規則的なクラップの鳴るファンクが特徴的ですけど、まずはディスコ・ブーム末期を盛り上げた '一発屋' Dトレイン!





まさにEarly 80'sって感じのプラスティックなセンスと 'こみ上げ系' ともいうべき '美メロウ' なリフがたまらない。皆で盛り上がってダンスフロアーの一夜を明かそうというイイ時代が詰まってます。



あのハービー・ハンコックだって1970年代後半から80年代初めにかけてはディスコ一色だった・・。一般的にはエレクトロ・ヒップホップの名盤 'Future shock' が有名ですが、この1980年作 'Monster' からの1曲 'Stars in Your Eyes' もまったりと夜の帳を迎える雰囲気いっぱいでイイですね。ああ、ホントはファンキーな 'Ready or Not' も入れたかったのにまたもや視聴制限の壁が・・(涙)



さらに濃い夜の匂いと共にギアをシフト、ここは高速に乗って湾岸をぶっ飛ばして行きましょう!本曲のFinis Hendersonはなんとコメディアンであり、本曲収録の1983年作 'Finis' もいわゆる '企画もの' としてMotownからリリースされましたが、しかし内容は決して冗談な作りではありません(プロデュースはアル・マッケイ)。ちょっとAOR風ブギーといった感じですけどこみ上げてくる '美メロウ' 感ありますね〜。





続けてもう一発、鳴きのギターシンセがクゥ〜とこみ上げてくるMichael Lovesmithの 'What's The Bottom Line' からGarfield Flemingの 'Don't Send Me Away' で、その火照った身体を醒ますようなほっこりする感じのままクールダウン。



さあ、ダンスフロアーはファンキーな匂いが漂ってまいりました。Vaughan Mason & Crewの 'Bounce, Rock, Skate, Roll' はLyonel Sampeur & Tony Jonesによるスペシャル・ミックスだ。1979年にして早くもスクラッチが登場し、ディスコからオールド・スクール・ヒップ・ホップのブレイカーたちを喜ばせます。



おお、なんとなくガラージからシカゴ・ハウスへと向かいそうな '匂い' を感じさせるのはヴォコーダーか、イントロのビヨビヨするシンセベースのせいなのか、なかなかの1980年作エレクトロ・ディスコ・チューン!Kanoの 'I'm Ready'。







さあ、じゃんじゃん行きましょう〜。お次はHipnoticのAre You Lonely ?からThe New Jersey Connectionの 'Love Don't Come Easy' というジャジーな流れ。いや〜、このフュージョン・ディスコなノリが気持ち良い!どちらもフルートがイイ味出してますね。おっと、そろそろ空が白み始める時間・・Fresh Band 'Come Back Lover' の爽やかな風が吹き抜ける中、夏の青い空がより高くなると共にフロアーは大団円を迎えます。



2016年8月3日水曜日

モジュラーの壁

なんでも世界的に 'モジュラーシンセ' のブームがきているそうです。あくまで 'マニア' の間でのみの話なのかと思いきや、小さなガレージ・メーカーやコンパクト・エフェクターを製作する者たちが軒並み参入し、今や欧米でひとつの市場を形成しております。このような流れを受けたのか、Korgは往年のセミ・モジュラーシンセMS-20 Miniやモジュラー的発想で音作りのできるArp Odysseyの復刻、Rolandは新たにデザインしたAira Modulerを用意するなど、決して小さな出来事ではなくなりました。きっかけはドイツのシンセサイザー・メーカーDoepferが製造しているA-100モジュラーシンセの規格を元に、いわゆる 'ユーロラック' サイズによるモジュールであること。往年のモジュラーシンセといえば 'タンス' などと呼ばれたMoog Ⅲ-P(Ⅲ-C)やRoland System 700の巨大なモジュールの集合体を思い出しますが、現在の 'ユーロラック' はモジュール自体のサイズを小型にした卓上型のもの。それこそコンパクト・エフェクターを買うような感覚で小さなモジュールを買い集め、自分だけのサウンド・システムを気軽に構築することができるのです。

Korg MS-20M Kit + SQ-1
Arp Odyssey
Roland Aira
Doepfer A-100
Bastl Instruments Rumburak
Clock Face Modular Store





以前はオタク的な 'マッド・サイエンティスト' たちの占有物というイメージのあったモジュラーシンセですが、現在はこのような女性アーティストが 'ユーロラック' サイズによるモジュラーシンセのサウンド・システムを構築するなんて・・。しかし気持ちの良い環境で鳴らしているなあ。





ちなみに、そのMoogも現在のブームに刺激を受けたのか、なんと1973年発表のモジュラーシンセSystem 55、35、Model 15を復刻してしまいました。テクノポップ世代ならYMOのステージで見てビックリした方も多いでしょうが、その巨大なモジュールもさることながら価格も半端ではないです・・。また、昨今の 'ユーロラック' サイズに合わせた最新型のモジュラーシンセ、Mother-32も用意されております。う〜ん、Moogといったらやっぱり '木枠' だね!







Buchla Music Easel

さらにMoogと並ぶシンセ黎明期の二大巨頭のひとつ、Buchlaもこの市場に参入してきました。ロックやジャズのアーティストに好まれたMoogと違い、こちらは当時、現代音楽の作曲家モートン・サボトニックが監修していたのが特徴的です。また、EMS Synthiをイメージしたようなアタッシュケース型のMusic Easelも復刻、いやあ、狂ったようなぶっといオシレータの出音含め格好良いですねえ。1967年の 'Silver Apples of The Moon' はそんなサボトニックによるモジュラーシンセの金字塔的作品。Moogと違い、いわゆる '鍵盤的発想' ではないところから出発したBuchlaを駆使してサイケデリックな空間を描き出します。



タンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツェ、ポポル・ヴーなどのプログレ勢に好まれたモジュラーシンセですが、ジャズの世界においては、ピアニストのポール・ブレイが妻のアネット・ピーコックと一緒に 'Synthesizer Show' と称した演奏を行っておりましたね。ブレイはArpのモジュラーシンセ2600を駆使し、アネットの歌声もシンセの外部入力から変調する前衛的なものでした。これは、ワルター・カーロスがMoogでバッハを演奏した 'Switched on Bach' を発表し、作曲家の富田勲氏が米国からそのMoogを日本に輸入しようとして 'これは楽器か?何かの機器か?' と関税でモメる前夜に記録された、未知の楽器シンセサイザーの一コマでもあります。



1950年代にはジャズの名門Blue Noteで 'Patterns in Jazz' を制作したサックス奏者ギル・メレも、1960年代後半にはElectar、Envelope、Doomsday Machine、Tome Ⅳ、Effects Generatorなる自作のフィルターやオシレーターをきっかけにエレクトロニクスへ接近、この1971年のパニック型SF映画 'The Andromeda Strain' のサントラでは、(たぶん)EMSのモジュラーシンセを駆使して完全なる電子音楽作品を披露しています。宇宙から謎の病原菌が撒かれて人々が恐怖に慄くというSFらしく、得体の知れない恐怖が迫ってくる雰囲気をシリアスな電子音響で見事に再現。





さて、管楽器だとMIDIを中心にサウンド・システムを構築する 'Mutantrumpet' のベン・ニールのアプローチと近しい関係かもしれません。1960年代後半にSonic Arts Unionとしてゴードン・ムンマやロバート・アシュリー、アルヴィン・ルシエらとライヴ・エレクトロニクスの実験に勤しんだデイヴィッド・バーマンがそのベン・ニールをゲストに迎えて制作した極楽盤 'Leapday Night' の気持ち良さ!要するに 'ウィンド・シンセサイザー' のEWIによりブレスでシンセサイザーをトリガーし、リアルタイム・サンプリングでラッパから映像含めたシーケンスをコントロールするということなのですが、鍵盤ではない発想からモジュラーシンセと取り組んでみるというのは重要でしょうね。それはBuchlaのモジュラーシンセがなぜ鍵盤を付けなかったのかという問いに対して、元々はクラシックのクラリネット奏者であったモートン・サボトニックのこの言葉からも伺えます。

"(鍵盤を付けなかった)一番の理由は 'Buchlaで音楽を演奏するつもりがなかった' からだ。私はクラリネットでどんな音楽でも演奏することができる。だからシンセサイザーで '音楽' を演奏することは、私にとっては意味が無いんだ。当時、私はBuchlaになろうとしていた楽器を 'Electronic Music Easel' と呼んでいた。音楽におけるサウンドを、絵画の絵の具と同じように捉えていたんだ。だから鍵盤はタッチ・プレートになり、指先の力加減でサウンドの '色' を制御できるようにした。"

すでにProtoolsに象徴されるコンピュータでのDAW環境が一般化し、すべてがプラグインやソフトシンセなどを画面上でプログラミングする制作手法の反動として、このようなアナログ的な制作手法が甦っているというのは興味深いですね。これは単に、ソフト化されたモジュラーシンセを画面上のヴァーチャルなパッチで結線して鳴らしていた若い層が、懐古趣味的に '手作業' で試してみたということではなく、利便的な環境の中で '何でもできることが何かを刺激することではない' ということに気がついたのだと思います。音色の保存は出来ない、MIDI(MIDI to CV/Gateコンバーター)はあるけど基本的にモノによる音作り、'ユーロラック' サイズになったとはいえ場所の取る制作環境など、モジュラーシンセの不便さを挙げていけばキリがないのですが、むしろ、その不便さこそが音楽的なモチベーションを刺激すること、'手を使う' ことがそのまま創造力の担保として至極自然に体感できるのでしょう。

アイデアの創造力と豊富なパレットを欲し、尚且つ潤沢な資金力をお持ちの方はこのモジュラーシンセ、是非ともチャレンジしてみて下さいませ!

2016年8月2日火曜日

レア・グルーヴの感染力

1990年代の音楽シーンにおいて象徴的なアイテムのひとつがコンピレーションでしょう。いわゆるDJと呼ばれるひとたちが、有名無名問わず過去の音源からダンスフロアーで機能しそうなものを発掘し、新たなテーマで選曲すると共に新譜として再構築したことが面白かった。特に、レア・グルーヴとかアシッド・ジャズなどと呼ばれて集められたものは人気を博し、ある意味ではマニアとビギナーの境界を越えて一挙に音楽の情報量が増えた瞬間でもありました。ちょうどレコードからCDへと普及度がグッと上がった頃でもあり、当時乱立し始めていた海外の大型量販店の試聴コーナーにズラッと並んでいたのも懐かしい(Waveもヴァージン・メガストアもHMVもCiscoも遠い昔・・Recofanはまだ少し生き残っております)。わたしが 'Acid Jazz' という流れで最初に聴いたのは、1992年にBGPからリリースされた3枚からなる ‘Acid Jazz’ のコンピレーション。これは、1989年に4枚のアナログ盤としてリリースされていたもので、Fantasyが所有するPrestigeRiversideの音源を用いてバズ・フェ・ジャズとジャイルス・ピーターソンが選曲したものです。





Acid Jazz Vol.1
Acid Jazz Vol.2
Acid Jazz Vol.3

そのVol.1の一曲目、Funk Inc. ‘The Better Half’ はこのムーヴメントにとって記念すべき一曲と呼んでいいものです。1988年、ロンドンのダンスフロアーはビヨビヨしたRoland TB-303のベース音と共にアシッド・ハウス一色にあって、DJのジャイルス・ピーターソンがターンテーブルに乗せながら くたばれ、アシッド・ハウス!これがアシッド・ジャズだ!と叫び、ワウギターのカッティングとサックスのイントロで ‘Kick’ したのが、その後のアシッド・ジャズ流行のきっかけとなったそう。本盤にはその他、バーナード・パーディやジョニー・ハモンド・スミス、チャールズ・カイナード、プーチョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザーズにアイヴァン・ブーガルー・ジョーンズなど、まずモダン・ジャズの解説本には登場しないB級勢が最高にグルーヴィなファンクをカマしてくれます。ラテン・ジャズの魅力を伝えるカル・ジェイダーの ‘Mamblues’ もここではバーナード・パーディと組み、こんなにどす黒いファンク・アレンジで蘇ります。ちなみにこれはブラックスプロイテーション映画 ‘Fritz The Cat’ のサウンドトラックからの1曲。それまで憧れを持ちながら、どこか高尚ぶってスノッブな雰囲気をまとうジャズに近寄り難かったわたしにとって、このコンピレーションはファンクそのものとして見事にハマりました。本作の登場が先鞭を付けるかたちで、その後、PrestigeRiversideと並ぶジャズの名門レーベルBlue Noteの発掘も促し、4枚にわたる同種のコンピレーション ‘Blue Break Beats’ をリリースすることとなります。





レア・グルーヴ、アシッド・ジャズはいわゆるファンクという概念を拡大して、ラテンやブラジルの音楽、果てはサウンドトラックや放送用ライブラリーなどとミックスすることで、それまでダンスフロアーで差別化されていた境界のようなものを押し広げる役割を果たしました。特に、1970年代のジャズ・ファンクからフュージョンへの流れでアジムスやマルコス・ヴァーリ、デオダートからアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ドナートらの楽曲をジャズで取り上げることで、ジャズ・ボサの洗練されたグルーヴがにわかに注目されます。ボサノヴァの名盤である ‘Getz / Gilberto’ のリズム・セクションへの注目から、ミルトン・バナナ・トリオを始めとした1960年代のジャズ・ボサと呼ばれるレコードが急騰したのもまさにこの頃でした。また、この辺のボサノヴァやサンバのグルーヴというのは、例えば1960年代から70年代にかけてのイタリアやフランスの作曲家たちを刺激し、数多くのサウンドトラックや劇伴などで再解釈されることとなります。そして、このようなダンスフロアーの名の下にサントラやライブラリー音源の持つラウンジ感覚をも巻き込みモンド・ミュージックと呼ばれる潮流にもリンク、イタリアの ’Easy Tempo’ シリーズや ‘The Mood Mosaic’ シリーズ、’The Mighty Mellow’ シリーズ、ドイツの ‘The In-Kraut’ シリーズにKPMのライブラリー音源を用いた英国の ‘Blow Up’ シリーズが後に続きました。モンドな映画音楽を数多く手がけた作曲家レス・バクスターもKPMでライブラリー音源を手がけ、’Bugaloo in Brazil’ という謎の一枚からこんな怪しいヤツを。ちなみにレス・バクスターには同時期、全編 どファンクで展開したヒッピー映画 ‘Hells Bells’ のサントラがあり、こちらもレア・グルーヴ・クラシックのマスターピースとなっております。



さて、このような '発掘' ブームは我が国の '在りし日の日本' の中にもたっぷりと眠っており、いわゆる '和モノ' グルーヴとして再評価されることとなります。時代的にはマイルス・デイビスの 'Bitches Brew' によりジャズもクロスオーバーの波を被ったのですが、日野皓正さんが手がけた映画 '白昼の襲撃' のサウンドトラックや、ジャズ・ロック路線として乱発したサックス奏者の稲垣次郎による諸作、ジャズ同様に斜陽化していた日活が最後に手がけたニュー・シネマ路線の映画音楽を手がけた鏑木創の音楽など、まさに当時の空気を目一杯吸い込んだような 'ノリ' を堪能することができます。





また、同時代のアフリカン・アメリカンによるブラックスプロイテーション映画のサントラも注目され、アイザック・ヘイズの ‘Theme from Shaft’ やカーティス・メイフィールドの ‘Superfly’ などはいくつカバー・ヴァージョンが掘り起こされたか分かりません。上の動画はファンキーなワウワウ・ギターのカッティングが緊張感を高める ‘Theme from Shaft’、カーティス・メイフィールドの白眉である ‘SuperflyPushermanFreddie’s Dead’ のラテン・ファンクなメドレーを展開したプーチョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザーズのカバーは見事ですね。そして、このような英国から始まったレア・グルーヴの発掘は本国 ‘USA’ のビッグディガー(掘り師)たちをも刺激し、サン・フランシスコの再発レーベルUbiquity ‘Lavin’ Height’ のサブ・レーベルで始めたコンピレーションはなかなかにレア度の高い音源を揃えた素晴らしいもの。アートワークがリード・マイルスの手がけたBlue Noteのジャケットをパロディにしたのも楽しいですが、こちらの根底には、やはりヒップ・ホップのサンプリングとして機能するか、が重要なテーマとなっております。







Bag of Goodies
Déjà vu
Can’t Get Enough
What It Is !
Evolution
Soulful
Hip City
Brotherhood

このコンピを象徴する1曲として ‘Bag of Goodies’ にあるB級ヘヴィ・ファンク・チューン、ミッキー&ザ・ソウル・ジェネレーションの ‘Iron Leg’ はクラクラします!この歪みきったサイケな質感といい、ブラックスプロイテーション映画でピンプな黒人がアメ車で乗り込んでくるような威圧感といい、まさにレア・グルーヴの鏡と言っていいでしょうね。また、サンタナの登場に触発されながらラテンとファンクの折衷主義でB級街道を突っ走ったテンポ70 ‘El Galleton’ などなど。あ、サンタナに触発されたということなら、ブーガルーのレーベルであったTicoが最後に?放ったFlash & The Dynamicsの 'Electric Latin Soul' もマストでしょう!まるでコンセントに指を突っ込んでしまったような '感電ぶり' は、ファズとユニ・ヴァイブ系のモジュレーションによるギターでジリジリと疾走します。


この辺のブラックスプロイテーション映画のルーツと言えるのが、ジャズ・ピアニストのラロ・シフリンが音楽を手がけた ‘Dirty Harry’ のサントラ。この緊張感、このドス黒さ、怪しい麻薬的グルーヴなどなど・・このブレイクビーツはすぐにでも使えますよね!人々の記憶に喚起する匂いをダンスフロアーというパッケージで解放したところにレア・グルーヴ、アシッド・ジャズ興隆による 新しい聴き方が提示されたのです。さあRight On !


2016年8月1日月曜日

熱帯夜のブレイクビーツ

夏真っ盛りの8月、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

爽やかなヴァイブの涼風で不快指数0%の人工的な '楽園' を堪能した後は、一気に泥臭い 'アーシーな' エスノ空間の中で異国情緒に塗れてみたくなります。それがドスッとしたブレイクビーツにより再構築されているとしたら最高ではないでしょうか?





Inspiration Information, Vol.3 / Mulatu Astatke & The Heliocentrics

まずは前回ご紹介したエチオピアン・グルーヴの重鎮、ムラトゥ・アスタトゥケの2009年奇跡の復活作。共演相手にマルカム・カットー率いる 'ディープ・ファンク' の異能集団であるザ・ヘリオセントリクスを指名し、もうサン・ラも 'エレクトリック・マイルス' も到達できなかったグルーヴの渦がエチオピアから叩き付けられます。





Breakthrough / The Gaslamp Killer

続いてはフライング・ロータスのレーベルBrainfeederから鬼才、ザ・ガスランプ・キラーことウィリアム・ベンジャミン・ベンサッセンが2010年に放った一枚。ヒップ・ホップの再解釈ともいうべき多くのトラック・メイカーを輩出する 'LAビート' のシーンの中で、彼の出自であるトルコとレバノンのルーツを継いだ血脈は、明らかにこのネジれたブレイクビーツの中にも宿っております。しかし、ライヴだとザッパ風プログレッシヴなスタイルを展開していて単なる 'DJミュージック' という枠には収まりきらない人です。







Midnight Menu / Tokimonsta
Creature Dreams / Tokimonsta

同じくBrainfeederからもうひとり、在米コリアンの紅一点ジェニファー・リーことトキモンスタの 'Midnight Menu'。いや〜才気溢れてますねえ。この人は単なるトラック・メイカー以上にサウンドの引き出しが多いというか、作品ごとに持ってくるR&Bの '美メロウ' 感が素晴らしい。ライヴはAbleton Liveで制作したトラックを、MIDIコントローラーであるAkai Professional APC40でリアルタイムに呼び出してミックスするスタイルですね。







William S. Burroughs in Dub / Dub Spencer & Trance Hill

さて、こちらはスイスのダブ・ユニット、ダブ・スペンサー&トランス・ヒルによる 'ウィリアム・バロウズのための' ダブ。カットアップの巨匠であり、未だ '解読不能' な存在として君臨するバロウズのスピーチを元にグニャリとしたダブで '再構築' したユニークな一枚。ルーツ・レゲエ系とは違う、UKダブと共通するメタリックな質感が特徴です。



Trapeze / Noel McGhie & Space Spies

そして、おっと・・こんな珍しい発掘盤なぞはいかがでしょうか。ジャマイカ出身のドラマー、ノエル・マギーがフランスで結成したアフロ・ジャズファンク・グループ唯一の一枚。ユニークなのがラッパの沖至さんが参加されていること!1974年に日本での 'さよならコンサート' を記録した 'しらさぎ' の後に渡仏したことから、1975年の本盤は時期的にもピッタリ。しかしフリージャズ一直線の沖さんが、こんなコマーシャルな仕事をされていたとはビックリしました。当時のフランスといえばマヌ・ディバンゴの 'Soul Makossa' のヒットをきっかけに、ザ・ラファイエット・アフロ・ロック・バンドなどのアフロ・ジャズファンク・グループなどが活躍した頃。また、同種のスタイルとしてファラオ・サンダースやゲイリー・バーツ、ワンネス・オブ・ジュジュらもこんなアフロ志向のファンクをやっておりました。さて、ここで特筆したいのは、沖さんがワウペダルでかな〜りの 'エレクトリック・マイルス' なスタイルで攻めているのも異色!ライヴ盤の 'しらさぎ' では新映電気のワウペダルにAce Toneのテープ・エコーとスタックアンプで混沌としたフリージャズを展開しておりましたが、こういうファンクで抑えめなワウペダルの使い方も格好良いなあ。

暑〜い熱帯夜と共に腰とアタマに直撃する泥臭いグルーヴ、これは熱中症かサイケデリックな白日夢のフラッシュバックか・・まだまだ終わらない夏のお供にど〜ぞ。