2018年9月2日日曜日

真鍮無垢な '喇叭' の世界

こういう従来のラッパとは違う'ぶっとい' ヤツが市場に現れたのは1990年代初め。多分当時、シカゴに工房を構えていたデイヴィッド・モネット製作のものをウィントン・マルサリスが吹いて話題となってからだと思います。基本的にMonetteはフル・オーダーのシステムを取っていることもあり、オーナーが手放さない限りは中古として市場に出回らないのですが、日本の楽器店が '見た目だけマネ' したようなBachやYamahaの改造品をよく見かけましたね・・。そんな、とにかく高い、重たい、珍しい・・のハイエンドなラッパばかりを集めてみました。









Monette
Spiri daCarbo Vario

永らくその変わらないフォルムの伝統を引き継ぎ、ヨーロッパのクラシックの中で育まれてきたトランペットという金管楽器は、そのMonetteを合図にして近年、かなり独創的なラッパを好む層が増えてきました。それはアート・ファーマーの要望でMonetteが製作したトランペットとフリューゲル・ホーンの '混血' Flumpetに結実し、一方では、近藤等則さんもご愛用のスイスの工房Spiriによるカーボンファイバー製のベルを装着したdaCalboなど、古い固定観念に捉われない 'ハイテク' なラッパを志向する層へと広がります。しかしロイ・ハーグローヴは、InderbinenのSilver Artに続いてSpiroのdaCalboといった新しいラッパを常にチェックしているとは・・。





Inderbinen Horns
Inderbinen Silver Art
Inderbinen Inox
Inderbinen Da Vinci
Inderbinen Studie
Inderbinen Amarone

ロイ・ハーグローヴと言えばスイスのInderbinenを吹くイメージが強いのではないでしょうか。従来のラッパにはなかった奇抜な発想の先駆的メーカーとして、管体すべてに銀をダラダラと垂れ流しちゃうこのSilver Art。正直、ラージボアで銀の固めまくったベルは鳴らすのキツそう。他にもInoxやDa Vinciとか・・この 'やり過ぎ' な感じは一体何なんだ?また英国のTaylorとか、もうふざけているとしか思えないくらい 'ぶっ飛んだ' ラッパのオンパレード・・。実際、ラッパ業界は 'Selmer信仰' の強いサックスに比べてヴィンテージへの執着が薄いと思います。特徴的なのは通常のチューニングスライドとは別にベルが可動式の 'チューニングベル' 式としてネジ止めされていること。



Eclipse Trumpets U.K.
Spada Trumpets

Inderbinenと同じスイスの工房であるSpadaやニルス・ペッター・モルヴェルが愛用する英国の工房Eclipseのラッパもこんな方式なのだけど、多分、吹奏感と音のツボなどに影響があるのでは?いや、個人的にはこのような調整箇所が多い分、凄い面倒くさそうなんですが・・(苦笑)。実際、ボトムキャップの締め方だけで楽器の '鳴り' は激変するワケですから、使う度に全てを均等にネジで締められるかと言うと・・う〜ん。



Inderbinen Wood
Inderbinen Sera

また同社のフリューゲルホーンで人気があるのはInderbinenのWoodというヤツ。ここ日本ではTokuさんが愛用していることでも知られており、同工房では通常の管の巻き方であるSeraというモデルも用意されておりますが、このWoodはさらにベル、ボア共に大きく 'ウッディな' 鳴りをしてくれるとのことで 'ヴォーカル' 的イメージの吹奏感なのかな?その見た目はチェット・ベイカーなども吹いていた昔のSelmer K-Modifiedっぽい感じで、さらに持ちやすいようにボトムへ長いパイプが装着されております。

個人的にこの手のラッパでは随分と昔、お店に置いてあったInderbinenのStudieというのを吹いてみたことがあります。ベルやボアサイズも凄いですが、あちこちに錘のようなものが貼り付けてあって、見た目の厳つさは迫力満点(好みではないけど)。吹く前はその鈍重な見た目から抵抗感がもの凄いのかと思いきや、プッと軽く息を入れたものがそのままスルスルと音に変換する吹きやすさを実感!おお、何だヘヴィタイプって吹きやすいじゃん、と一瞬思ったのだけれど、しかし、この分厚く重い管体をローからハイまでフルパワーで鳴らしきれるのか?という '恐れ' と共にそっと置きましたね・・(苦笑)。あと、ベンドなどのニュアンスに対して崩れにくいというか、音像が一定に鳴っているという感じで、個人的には、何でも無駄な共鳴として鉄板で '抑えない' 従来のラッパのが好きだな、という感想でした。





Taylor Trumpets
Taylor Custom 46 Super Lite Oval NL

現在、奇抜なラッパばかりを作るイメージの強くなったTaylorのフリューゲルホーン、Phatboyでケニー・ウィーラーの名曲 'Kind Fork' に挑戦。ウィーラーはWeberのフリューゲルホーンでしたけど、どちらも管体がグニャグニャと曲がりに曲がって・・そんな既成の '管楽器観' はアンディ・テイラー氏の手により 'Custom Shop' 謹製で破壊されます(笑)。というかもう、これは理論的にどうこうよりラッパという 'アート作品' ですね。 この工房のものだと楕円形のベルに成形した 'Oval' シリーズのラッパが凄い気になっているのだけど。









Whisper-Penny
Monette Raja Samadhi
Monette New Prana STC Flugelhorn

そんな管体がグニャグニャと曲がりに曲がった流行は、ここ近年Whisper-Pennyなるドイツの工房からMonetteまで広く波及しております。特にフリューゲル界はその波を被っているようですが、このWhisper-Pennyさんのところはラッパ含めかなりの '独自理論' で突っ走ります。しかし、マウスピースのスロートから奇妙な金属棒を入れてスロート径を狭くし、ズズッと息の抵抗を強調する 'サブトーン' な 'エフェクト' は初めて聴きましたが、ミュートとは別に新たなラッパの 'アタッチメント的' 音色として普及したりして・・。ちなみにMonetteに代表されるヘヴィなラッパの目的は、遠逹性を指向してホールの最後端辺りをスウィート・スポットにして狙うのが目的だそうで、逆にPAによる 'マイク乗り' との相性は良くないという話を聞いたことがありまする。そんなヘヴィなラッパの中の最高峰、Monette Raja Samadhiはラッパ吹きなら一度は所有、吹いてみたいものの一本でしょうね。







Adams Instruments by Christian Scott

最近、メディアでその名前をよく聞くクリスチャン・スコットの最新作 'Stretch Music' のジャケットに現れる、フリューゲルホーンを上下引っくり返してしまったような?ヤツ(クレジットには 'Reverse Flugelhorn' となっている!)、これってオランダのAdamsでオーダーしたヤツなんですねえ。正直、かな〜り格好イイんですが、この人のやっている音楽も複雑なポリリズム構造でこれまた格好イイ!しかしスコットさん、いろんなタイプのアップライト・ベルなラッパが好みというか・・すべてメーカーのカタログには無い '一品もの' ばかり。





その濃いキャラ、バリバリと鳴らす個性、ジャズという狭い範疇に捉われないスタイル・・このクリスチャン・スコットは、最近のラッパ吹きの中で一番勢いがあるんじゃないでしょうか。特にこのポリリスティックなラテンへの強い関心は素晴らしいなあ。そんなスコットの最新作である 'Ruler Rebel' ではいま流行のTrapとかやっているんですねえ。しかし、Trapとスクリレックス以降のダブステップ(Brostep?)ってよく似ていて判別しにくいのだけど、ダブステほどブリブリせず小気味良いスネアのポリ具合がTrapの特徴なのかな?







そしてもうひとり勢いあるのが同名のベーシストの方ではない、イスラエル出身のラッパ吹き、アヴィシャイ・コーエン。2001年のデビュー作 'The Trumpet Player' ではトリオでここまでやるか!のまさに豪腕なラッパ吹きの魅力を十二分に発揮した一枚でした。ウッディ・ショウ的な 'スケール・アウト' などもバンバン繰り出しながら、ここ最近は 'アンプリファイ' でエフェクティヴなスタイルも披露しているのが嬉しい。吹いているラッパはヴィンテージのBachでしょうか?







パット・メセニー・グループへの参加で一躍その名の知られた米国系ベトナム人のラッパ吹き、クォン・ヴーもまだまだその潜在能力の高い人です。2005年にビル・フリゼールを迎えて制作されたアルバム '(残像) It's Mostly Residual' は、そのフリゼールやメセニーら 'ECM' 的音響の空間とエフェクティヴな残像で '脱バップ' の新しいスタイルを披露しました。現在は少人数による編成でワンホーンの世界観をリリカルに追求しているようなので、次なる新作が待ち遠しい存在でもありますね。





Van Laar - Trumpets & Flugelhorns

ドン・エリスがインド音楽やジューイッシュ、アラビック・スケールなどを吹くべくHoltonにオーダーしたものとして知られているのがこちら、クォータートーン・トランペット。よく見ると4本目のピストンが押しやすいように少々傾けて追加されており、半音の半分、1/4音という微妙な音程を鳴らすことが出来ます。他にTaylorやMonetteも製作しているようですが、オランダのVan Laarでもオーダーしている模様。





そして、このIbrahim Maaloufなるアラブ人?っぽいラッパ吹きのエキゾティックな哀愁感は良いなあ。フランスを拠点に活動しているようでエフェクツたっぷりのフランス人サックス奏者、Guillaume Perretなどとも共演しているそうです。こういうアラビックからジプシー・ミュージックな流れは数年前にバルカン・ブラスとして注目されたりもしましたけど・・再び来るのかな?





Schagerl Trumpet

そんな独創的なラッパの中でも、ドイツやオーストリアなど一部のオーケストラでは、トランペットと言えばピストンをフレンチホルンと同じロータリーバルブの横置きにしたロータリー・トランペットのことを指すようです。ジャズでは構造的にハーフバルブなどの細かいニュアンスが出来ないとかで一般化しておりませんが、ブラジル出身のラッパ吹き、クラウディオ・ロディッティなどはロータリーでバップをやったりしております。そんなロータリーを今度はそのまま縦置きにして作ってしまったのが、発案者であるトマス・ガンシュの名を付けたSchagerlのガンシュホーン。柔らかいトーンでこれまた格好イイ。




Vox 'Ampliphonic' Woodwind and Brass Instruments

ここで、トランペット、フリューゲルホーンとそれなりに '新製品' が活発化しているのに対し、イマイチその人気の点で日陰な存在なのがコルネット。コルネットという楽器はディキシーランドの最前線で華々しく活躍しながらしかし、その立ち位置をトランペットに奪われたまま現在までパッとしないんですよねえ・・。ナット・アダレイがこの楽器の '底上げ' に尽力し、日野皓正さんも一時期凝って使っていた時もありましたが、やっぱりトランペットの現代的なニュアンスに対し、どこかその丸く暖かい音色はシリアスになりにくい先入観があるのかもしれない。実際、そのナットも兄貴キャノンボールといつもセットで 'オマケ' 的扱いの印象が強いから、尚更その '日陰ぶり'  に拍車をかけている(苦笑)。そんなコルネットにはブリティッシュ・スタイルのショート・コルネットとアメリカン・スタイルのロング・コルネットの2種があり、ジャズではよりトランペット寄りな音色のロング・コルネットが好まれております。ちなみにナットと言えばKingのロング・コルネットSuper 20で、純銀ベルの 'Silver Sonic' をOlds No.3マウスピースで吹くというのが最も有名なスタイルです。しかし、ここではそのナットではなくウッディ・ショウのコルネットをどーぞ。









しかし、意外にもフリー・ジャズの前衛的な世界では一定の需要があるようで、ポケット・トランペットと共に使用したドン・チェリー、オル・ダラ、ドラマーのロイ・ヘインズの息子、グレアム・ヘインズ、ブリティッシュ・ジャズ・ロックとしてソフト・マシーンにも参加したマーク・チャリグ、1990年代のシカゴ音響派のシーンで注目されたロブ・マズレクといった奏者を輩出しました。そしてそのシカゴのシーンから続くのがこのベン・ラマー・ゲイ。彼らに共通するのは器楽奏者としての主張ではなく、アンサンブルやエレクトロニクス全体の中でその 'サウンドスケイプ' を描き出していくこと。とりあえずマークさん、グレアムさん、ベン・ラマー・ゲイさんそれぞれ格好良いサウンドをやっているのだけど・・もう、楽器としてのコルネットは関係ないな(苦笑)。



Puje Trumpets ①
Puje Trumpets ②
Taylor 46 Custom Shop Shorty Oval

ちなみにシェパードクルークのベルを備えて、コルネットとトランペットを合わせた? 'ミニ・トランペット' のPujeトランペットなるものもあります。Taylorからも 'Oval' シリーズとして同種の 'ミニ・トランペット' がありますが、サイズダウンしながらもちゃんとトランペット本来の '鳴り' を確保したヤツなら欲しいですねえ。







最後はここにもうひとり、ドイツの '音の収集家' ともいうべきアクセル・ドナー。この辺りの'エフェクト' というのは何も 'アンプリファイ' するものばかりではなく、例えばフリー・ジャズの奏者たちが探求する '特殊奏法' を応用して、そこから 'アンプリファイ' にフィードバックする発想の転換というのがあります。この分野で長らく金管楽器はその構造上、どうしても木管楽器の陰に隠れがちな '限界' があったのですが、アクセル・ドナーがHoltonの 'ST-303 Firebird' トランペットを用いて行う多様なノイズの '採取' は(実際、怪しげなピックアップする加速度センサー?が取り付けられている)、いわゆる旧来のフリー・ジャズよりエレクトロニカ以降の 'グリッチ' と親和性が高いように思うのですがいかがでしょうか?それは、フリー・ジャズにあった 'マッチョイズム' 的パワーの応酬ではなく、まるで顕微鏡を覗き込み、微細な破片を採取する科学者(ラッパ界のケージか?)のようなドナーの姿からも垣間見えるでしょう。

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