2021年1月2日土曜日

オクターバーと管楽器の挑戦

1960年代後半のエフェクター開発においてアナログ時代に苦闘、試行錯誤していた効果がオクターバーと呼ばれるものです。いわゆる単音入力に対して1、2オクターヴ下、または1オクターヴ上を付加することで分厚いトーンを生成します。例えばキーボードのような和音を単音楽器で電気的にシミュレートする場合は1970年代後半のデジタル以降、ピッチ・シフターが登場してからのこと。しかしこのオクターバーの開発においては、ギターより先に管楽器の 'アンプリファイ' の分野で製品化されたことはもっと特筆して良いと思いますね。






'スイングジャーナル' 誌1968年10月号に寄稿された児山紀芳氏の記事 'エレクトリック・ジャズ - 可能性と問題点' では、当時の電気サックス・メーカーが付けたキャッチコピー '音楽にプッシュボタン時代来る' をテーマにして考察されております。面白いのはそもそもの開発の動機が当時のロックに象徴される 'エレキ革命' ではなく、ひとりで4つ同時に管を咥えて '四重奏' を披露するローランド・カークに触発されたというところです。以下抜粋。

"エレクトリック・サックスを最初に開発、発売したのは有名なサックス・メーカーのセルマーだが、セルマーがエレクトリック・サックスの研究を進めた動機は、ローランド・カークの二管同時吹奏という驚異のテクニックにアイデアを求めたものといわれている。一本のサキソフォーンでカークのようなマルチ・プレイが電気仕掛けでできないものか - これがセルマーの考えだった。こうして完成されたのが今日のエレクトリック・サックスだが、この楽器を使うと、人は一本のサックスで、いうなればテナー・サックスとアルト・サックスの演奏ができる。もちろんサックスばかりでなく、ピックアップをクラリネットやフルートに装てんすれば、同じ結果(正確には1オクターヴ下の音)が得られるのだ。そのほか、増幅器(アンプリファイヤー)に内蔵された種々のメカニズムによって電気的に音色を明るくしたり、ダークにしたり、エコーをつけたり、トレモロにしたり、都合、60種類もの変化を得ることができる。"






ここ日本では松本英彦や北村英治、シャープス&フラッツを率いる原信夫らがこの '新兵器' を導入、松本氏は当時のレート '1ドル = 360円' の時代に定価85万円でフルセットを輸入したとのことから相当に高級品だったことが伺えます。また、この手の機器をいち早く手にしたリー・コニッツによれば、アンサンブルとホーンの関係において 'アンプリファイ' がより簡単にその解決策を提示してくれたことを 'エレクトリック・ジャズ - 可能性と問題点' でこう記します。もちろん、これは一時的にハマったコニッツのその時点におけるアプローチであり、結局はこの後、アコースティックでのダイナミズムに回帰してしまうのですが・・。

"このところエレクトリック・アルト・サックスをもっぱら使用しているリー・コニッツは、サックスが電化されたことにより、これまでの難問題が解決されたと語っている。コニッツが従来直面していた難問題とは、リズム・セクションと彼のアルト・サックスとの間に、いつも音量面で不均衡が生じていたことをさしている。つまりリズム・セクションの顔ぶれが変わるたびに、ソロイストであるコニッツはそのリズム・セクションのサウンドレベルに自己を適応させなければならなかったし、リズム・セクションのパワーがコニッツのソロを圧倒してしまう場合がよくあった。電化楽器ではサウンド・レベルを自由に調整することができるからこうした不均衡を即時に解消できるようになり、いまではどんなにソフトなリズム・セクションとも、どんなにヘヴィーなリズム・セクションとも容易にバランスのとれた演奏ができるという。しかも、リー・コニッツが使っている 'コーン・マルチ・ヴァイダー' は1本のサックスで同時に4オクターヴの幅のあるユニゾン・プレイができるから、利点はきわめて大きいという。先月号でも触れたように、コニッツは1967年9月に録音した 'The Lee Konitz Duets' (Milestone)のなかで、すでにエレクトリック・サックスによる演奏を吹き込んでいるが、全くの独奏で展開される 'アローン・トゥゲザー' で 'コーン・マルチ・ヴァイダー' の利点を見事に駆使している。この 'アローン・トゥゲザー' で彼は1オクターヴの音を同時に出して、ユニゾンでアドリブするが、もうひとつの演奏 'アルファニューメリック' ではエディ・ゴメス(ベース)やエルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)、カール・ベルガー(ヴァイブ)、ジョー・ヘンダーソン(テナー・サックス)ら9人編成のアンサンブルで、エレクトリック・サックスを吹き、自分のソロをくっきりと浮き彫りにしている。ここでのコニッツは、アルト・サックスの音量面をアンプで増大するだけにとどめているがその効果は見逃せない。"











1965年に管楽器メーカーとしてお馴染みH&A.Selmer Inc.が手がけた元祖 'アンプリファイ' サウンド・システム、Varitone。Selmerブランドのほか、管楽器への市場拡大を狙ってなのかBuesherブランドでも販売されておりましたが、製作自体は現在でもPAの分野で大手のElectro Voiceが担当したようです。振動を感知して電気信号に変換するピエゾ・トランスデューサー方式のピックアップは、音源に対して理想的な取り付け位置を見つけるのが難しく、マウスピース部分はもちろん、金管楽器のリードパイプやベルの真横などいろいろ試しながら完成に漕ぎ着けたとのこと。ちなみにVaritoneは通常の '3300 Auditorium Model' のほか、二番目の動画にある '3100 Club Model' の2種がラインナップされておりました。この 'Club Model' はライヴなどの汎用性を高めた '若干' 小ぶりな仕様で、'Auditorium Model' のアンプ正面に備えられていたTremoloの 'Speed' と 'Depth' は外部からのコントロールに移されております。









こちらは 'モダン・コルネット' の第一人者ともいうべきナット・アダレイが1968年にアプローチした '電気コルネット'。いわゆるH&A Selmer Inc.のVaritoneを用いてA&M傘下のCTIからリリースしたこの '仏像ジャズ' は、前年にクラーク・テリーがアルバム 'It's What's Happnin'' でアプローチしたことを追いかけるかたちで 'サマー・オブ・ラヴ' の季節を謳歌した異色の一枚となりました。このVaritone、サックスの場合はマウスピースにピックアップを取り付けますが、トランペットやコルネットの場合はリードパイプ上部に穴を開けて取り付け、コントローラーは首からぶら下げるかたちとなります。まあ、効果的にはダークで丸っこい音色のコルネットが蒸し暑いオクターヴ下を付加して、さらにモゴモゴと抜けの悪いトーンになっているのですけど・・。上の動画はそんなVaritoneのコルネットでヒッチコック監督のサスペンス映画 'ダイヤルMを回せ!' のテーマをナットが吹く貴重なもの。首からコントローラーをぶら下げて(2:39〜40)、ピエゾ・ピックアップはリードパイプの横に穴を開けて接合(4:29〜31)されているのが確認出来まする。









Selmer Varitoneということでもうひとつ。こちらはベルギーのプログレ・バンド、Mad Curry。女性ヴォーカルのViona Westraを中心にVaritoneで '電化' したテナー・サックス、楽曲を一手に引き受けるDanny Rousseauのオルガンとベース、ドラムスで支えるというスタイルが素敵ですね。別にロック・バンドだからってギターをメインに持ってこなくたっていいんですヨ。'ロック=3ピース編成' ってのがひどく貧しい発想のように思えるのだけど、もう、今では一般的にはこのフォーマットから外れたらポップの法則で売れないと定義されちゃうんでしょうね。そしてもうひとつはデンマークのサックス奏者、カーステン・マイナトが1969年のニューヨークで吹き込んだ 'ジャズ・ロック' 的作品 'C.M. Music Train' からVaritoneによる一曲 'San Sebastian'。さて当時、ロックやR&Bを中心とした電気楽器によるアンサンブルに最も危機感を覚えていたのがホーンを持つ管楽器奏者たちだったことは間違いなく、それはプログレを始めとしたロックバンドの中にホーンを 'アンプリファイ' することで挑んでいく姿からも象徴的です。ビッグバンドにおける4ブラスを始めとした豪華な '音量' は、些細なピッキングの振動がそのまま、ピックアップとアンプを通して巨大なスタジアム級のホールを震わせるほどの '音圧' に達する 'エレキ' に簡単に負けてしまったのです。ちなみにこれら管楽器の 'アンプリファイ' に対しては伝統的なジャズメンはもちろん、いわゆる 'ヒッピーのテーマ' として大ヒットさせた 'Forest Flower' のチャールズ・ロイドや御大スタン・ゲッツらが 'スイングジャーナル' 誌1968年7月号で批判します。

- このところ、ジャズ界ではエレクトリック・サキソフォーンやエレクトリック・トランペットなど、新しく開発された電気楽器を使用するミュージシャンが増えてきましたが、ここではとくに貴方の領分である電気サックスの使用についてのご意見をきかせてほしい。

チャールズ・ロイド
"実は私もエレクトリック・サキソフォーンを最近手に入れたばかりだ。しかし、いまのところ私は、ステージで使ってみようとは思わない。少なくとも、現在の私のカルテットでは必要がない。というのも私自身、これまでのサキソフォーンにだってまだまだ可能性があると考えているからだ。それに、人が使っているからといって、流行だからといって、必要もないのに使うことはない。もし、将来電気サックスが自分の音楽にどうしても必要になれば、もちろん使うかもしれないが・・。"

スタン・ゲッツ
"元来、サキソフォーンという楽器は、他のいかなる楽器よりも人間の声をじかに伝達する性質がある。だから、サックスは肉体の一部となり、肉体とつながりをもってこそ、はじめて自分自身を正しく純粋に表現しうる楽器となる。その点、エレクトリック・サックスは、人間と楽器の中間に電気的な操作を介入させようというのだから、純粋性がなくなるし不自然だ。私は不自然なものは好まないし、世の中がいかに電化されたとしても、少なくとも私にとって電気サックスは無用だ。"












C.G. Conn Multi-Vider
C.G. Conn Model 914 Multi-Vider

続いて登場したのが管楽器の名門、C.G.ConnのMulti-Viderであり、Selmer Varitoneに比べると他社の製品、ギター用のエフェクター(当時は 'アタッチメント' という呼称が一般的)などとの互換が可能な汎用性に優れておりました。また、ピックアップ自体も後発のGibson /MaestroやAce Tone Multivox専用のピックアップと互換性のある2つのピンでピックアップ本体に差し込むもので、その普及という点ではVaritone以上の成功を納めます。こちらの設計はファズやワウなどの製作をするJodan Electronicsが担当し、それまでのVaritoneにあった不自由さから一転、後発のVox / King AmpliphonicやGibson / Maestroの製品にも採用される、マウスピース側に接合するソケット部とピックアップ本体をゴムパッキンで嵌め込む方式をMulti-Viderが最初に始めました。またメーカーからはカールコードと通常のケーブルの2種が用意されて、ピックアップを外した後は真鍮の蓋で覆い通常のマウスピースとして使用することが可能です。本機はその可搬性と互換性でVaritone以上の成功を収め、ドン・エリスやトム・スコット、リー・コニッツ、Jazz Rock Experienceで二管を担当するハンス・ケネル、ブルーノ・スポエリらが腰に装着して愛用しました。







ちなみにConnは自社製品のほか、Robert Brilhartさんという方が手がけるデンマーク製マウスピース・ピックアップ、'R-B Electronic Pick-Up' なども純正品として推奨していたようです。こちらはピックアップとアンプの間にパッシヴのヴォリューム・コントロールを用意して、奏者の腰に装着するかたちとなりますね。この 'R-B Electronic Pick-Up' は当時、サックスやトランペットはもちろん、フルートへの使用などかなり普及しておりました。

 













Vox / King Ampliphonic Pick-Up

このVaritone、Multi-Viderに至る米国の新たな潮流に対して英国からの回答として登場して来たのが名門ブランド、Voxの手がける 'Ampliphonic' シリーズです。これまでのピックアップが基本的にパッシヴで外部にプリアンプ、もしくは専用サウンド・システムの入力部でゲインを稼ぐ仕様だったのに対してこの 'Ampliphonic' ピックアップは、'A〜B〜C' と可変するヴォリュームの付いたアクティヴの仕様なのが特徴です。また管楽器市場への拡大を狙ってか当時、Voxと同じく傘下であった老舗Kingのブランドでも販売して専用アンプNovaやOrbiterを用意するど、総合的なPA製品含め展開。本機はやはり英国ということでヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターなどプログレッシヴ・ロックの分野で広範囲な支持を集めました。腰に装着する簡易版Octavoiceはクラリネット用のⅠ、金管楽器用のⅡ、サックス用のⅢが用意され、さらに専用のアタッシュケースとフットスイッチを備えた機能強化版Stereo Multi Voiceが控えます。

 










Gibson / Maestro W-1 Sound System for Woodwinds
Gibson / Maestro W-2 Sound System for Woodwinds
Gibson / Maestro W-3 Sound System for Woodwinds

このMaestro Woodwindsは1967年のW-1から1971年のW-3に至るまでこの分野における最高のヒット作となり、エディ・ハリス、トム・スコット、ポール・ジェフリー、ジョン・クレマー、ドン・エリス、ザ・マザーズ・オブ・インベンションのイアン・アンダーウッドやバンク・ガードナーなど多くのユーザーを獲得、変わったところでは作曲家の富田勲氏も '姉妹機' にあたるG-2 Rhythm n Sound for Guitarと共に愛用しておりましたね。この錚々たる名前からも分かるように、それは現在でも状態良好の中古がeBayやReverb.comなど定期的に出品されていることからも裏付けるでしょう。さて、一過性の '熱病' のようにアプローチしたリー・コニッツに比べて、本機使用の 'アイコン' となったエディ・ハリスは徹底的にその機能と奏法を探求、新たな 'アンプリファイ' における管楽器のスタイルを提示しました。それを 'エレクトリック・ジャズ - 可能性と問題点' ではこう記しております。

"エディ・ハリスのグループがロサンゼルスの〈シェリーズ・マンホール〉に出ていたとき、彼のグループはジョディ・クリスチャン(ピアノ)、メルヴィン・ジャクソン(ベース)、リチャード・スミス(ドラムス)で構成されていたが、ハリスとベースのジャクソンが電化楽器を使っており、ジャクソンがアルコ奏法で発する宇宙的サウンドをバックにハリスが多彩な効果を発揮してみせた。2音、3音のユニゾン・プレイはもちろんのこと、マウスピースにふれないでキーのみをカチカチと動かしてブラジルの楽器クイーカのようなリズミックなサウンドを出し、ボサノヴァ・リズムをサックスから叩き(?)出すのである。この奏法はエディ・ハリスが 'マエストロ' の練習中に偶然出てきた独奏的なもので、同席した評論家のレナード・フェザーとともにアッと驚いたものである。ハリスはあとで、この打楽器的な奏法がサックス奏者に普及すればサックス・セクションでパーカッション・アンサンブルができるだろうと語っていたが、たとえそれが冗談にしろ、不可能ではないのだ。ともあれ、エディ '電化' ハリスのステージは、これまで驚異とされていたローランド・カークのあの演奏に勝るとも劣らない派手さと、不思議なサウンドに満ちていて人気爆発中。しかもカークが盲目ということもあって見る眼に痛々しさがある反面、ハリスは2管や3管吹奏をプッシュ・ボタンひとつの操作で、あとはヴォリューム調整用のフット・ペダルを踏むだけで楽々とやってのけているわけだ。エレクトリック・サックスの利点は、体力の限界に挑むようなこれまでのハードワークにピリオドを打たせることにもなりそうだ。ハイノートをヒットしなくても、ヴァイタルな演奏ができる。つまり、人体を酷使することからも解放されるのだ。この点は、連日ステージに出る当のミュージシャンたちにとって、大きな利点でもあるだろう。エディ・ハリスは電化サックスの演奏中は、体が楽だといった。これを誤解してはいけないと思う。決してなまけているのではなく、そういう状態になると、その分のエネルギーを楽想にまわせることになり、思考の余裕ができて、プラスになるという。さらに、エレクトリック・サックスを使う場合、もし人が普通のサックス通りに演奏したら、ヒドい結果になるという。楽に、自然に吹かないと、オーバーブロウの状態でさまにならないそうだ。新しい楽器は新しいテクニックを要求としているわけだが、それで体力の消耗が少しでもすめば、まことに結構ではないか。"






Sonextone Multivider
Tekson Color Sound
Gretsch Tone Divider Model 2850
Gretsch Effects

こちらはそんな管楽器の 'アンプリファイ' の潮流に乗ってしまったのか、上述した大手製品のシェアに食い込もうとしてみたものの消えてしまった 'レアもの' たち。SonextoneのMultividerはどうやらC.G. Connの同名製品とは関係無いものの、同種の1、2オクターヴ下、1オクターヴ上を付加する機能で専用アタッシュケースとフットスイッチ仕様はMaestro WoodwindsやVoxのStereo Multi Voiceと酷似した謎多き一台。ちなみに本機のOEM?なのか、'Effects Database' でリンクされている同種のイタリア製Tekson Color Soundというのは現在所有しております。一方、GretschのエフェクターといえばExpanderfuzzやTremofect、イタリアJenのブランドでも販売された'Play Boy' シリーズなどが代表的ですけど、その妙なデザイン含めイマイチ全貌が掴めないのですヨ。このTone DividerはC.G.Conn Multi-ViderやVox Ampliphonicと同時期の1967年に発売されたもので、4つのツマミにClarinetとSaxophoneの入力切り替えやSound On/Off (Effect On/Off)のスイッチ、そしてNatural、English Horn、Oboe、Mute、Bassoon、Bass Clarinet、Saxophone、Cello、Contra Bass、String、Tubaの11音色からなるパラメータはMaestro Woodwindsあたりを参考にしたっぽい感じ。ここにTremolo、Reverb、Jazzというエフェクツをミックス(外部フットスイッチでコントロール可)するという、まあ、同時代の管楽器用エフェクターで定番の仕様となっております。この金属筐体に描かれた木目調のダサい感じがたまりませんねえ(笑)。しかし、未だにアコースティックとか 'エレアコ' 系のエフェクターって何で木目調や '暖色系' ばかりなんですかね?









百花絢爛、時代のあだ花・・まさにロックやR&Bに象徴される 'エレキ革命' の真っ只中で多くの奏者が肯定、否定それぞれの感情のまま向き合うこととなった管楽器の 'アンプリファイ'。ラスティ・ブライアント、トム・スコット、ロルフ・キューン、ザ・マザーズ・オブ・インヴェンションのイアン・アンダーウッドとバンク・ガードナーらが自らの管楽器に 'プラグイン' することで 'サマー・オブ・ラヴ' の季節がやって来ます。そんな時代の熱気を反映したかのような、このネロ〜ンとした蒸し暑い電化した音色がたまりません。









そしてC.G Conn Multi-Viderのところでも動画を取り上げましたが先駆的なラッパ吹き、ドン・エリス。当時、すでにエディ・ハリスなどがかなりの 'アンプリファイ' で人気を博しておりましたが、ここまでの電気楽器を管楽器でステージに上げたのは、あまり '正調' ジャズ史では取り上げられないハリスやエリスが初めてだったと思うのですヨ。これらはまだ、マイルス・デイビスが不気味なエコーで自らのターニングポイントを示した傑作 'Bitches Brew' を制作する以前の出来事であり、この時点で彼らの試みはデイビスよりずっと先を見越したものでした。そんな時代の変化を感じ取って 'スイングジャーナル' 誌1968年10月号で児山紀芳氏により寄稿された記事 'エレクトリック・ジャズ - 可能性と問題点' から以下、抜粋します。

"同じ電化楽器でもトランペットの場合は特性面でかなりの相異がある。電化トランペットの使用で話題になったドン・エリスの場合、やはり種々のアンプを使っているが、サックスとちがって片手でできるトランペット演奏では、もうひとつの手でアンプの同時操作が可能になる。読者は、先月号のカラーページに登場したドン・エリスの写真で、彼がトランペット片手にうつむきながらアンプを操作している光景をご覧になっているはずだ。あの場合、ドン・エリスはいったん吹いたフレーズをエコーにしようとしてるのだが、この 'エコー装置' を使うと 'Electric Bath' (CBS)中の 'Open Beauty' にきかれる不思議な音楽が誕生する。装置の中にはテープ・レコーダーが内蔵されており、いったん吹かれた音がいつまでもエコーとなって反復される仕組みになっている。ドン・エリスは、この手法を駆使し谷間でトランペットを吹くような効果を出しているが、彼はまた意識的にノイズを挿入する。これも片手で吹きながら、もう一方の手でレバーを動かしてガリガリッとやるのである。こうした彼のアイデアは、一種のハプニングとみなしていいし、彼が以前、'New Ideas' (New Jazz)で試みた実験と相通じるものだ。"

このように書くともの凄い難解な音楽をやっていると誤解されそうですけど、聴けば極めて真っ当なビッグバンド・ジャズで盛り上がっている様子を確認することが出来ます。しかし、その音楽的構造を聴き取ろうとするとかなり複雑な変拍子を展開しているという面白さ。ここでエリスが吹いているのはHoltonにオーダーしたクォータートーン・トランペット。3つのピストンに加えて、半音以下の1/4音を出すピストンがもう1つ加えられております。ベルの横に穴を開けてピエゾ・ピックアップを接合し、当時の新製品であるC.G Conn Multi-ViderやMaestro Sound System for Woodwinds W2とテープ・エコーのEchoplex、Fenderのスプリング・リヴァーブFR-1000を複数のPro Reverbギターアンプと共に駆使して鳴らすステージは当時圧巻だったのではないでしょうか。そしてどうでしょう?、こんなザ・ビートルズの名曲 'Hey Jude' のカバーを聴いたことがありますか?。ここではMaestroのRing Modulator RM-1Aを繋ぎ、完全に原曲を '換骨奪胎' して宇宙の果てまでぶっ飛んで行くようなアレンジです。エリスは、Maestroのエフェクターを製作していたC.M.I.(Chicago Musical Industries)で設計を担当していたトム・オーバーハイムとUCLAの音楽大学で同窓生で、エリス自身の '電化' に際してその機材のオーダーをオーバーハイムに持ちかけたことから始まりました。このRing Modulatorはエリスのほか、当時ハリウッドの音響効果スタッフの目に留まり、映画「猿の惑星」のスペシャル・エフェクトとして用いられたことで評判を呼びます。これがそのままGibsonの展開するエフェクター・ブランド、MaestroでRM-1として商品化されてヒット、続く世界初のフェイザーPhase Shifter PS-1が大ヒットしていわゆる 'フェイザー・ブーム' を巻き起こしました。オーバーハイムはその成功から得た元手に自らの会社であるOberheim Electronicsを立ち上げてシンセサイザーの製作に着手、MoogやArp、EMSと並び1970年代を代表するシンセサイザーの一時代を築き上げました。さて、ドン・エリスといえば自らのビッグバンドの傍、そのスコアの能力を買われてTVドラマや映画音楽なども手がけておりました。サントラではジーン・ハックマン主演の映画 'The French Connection' が有名ですけど、1969年のビザールなSFドラマ 'Moon Zero Two' でブライン・オーガー率いるThe Trinityの '紅一点'、ジュリー・ドリスコールをフィーチュアした主題歌もなかなかグルーヴィで良いですねえ。このドラマに出てくるピエールカルダンがアポロ月面着陸の宇宙服を見越してデザインしたコスモコール・ルック最高!。そして貴重なのは英国のブラスロック・グループ、The Trinityを率いたブライアン・オーガーのステージに電気ラッパで客演した動画で、そのMaestro Echoplexを駆使したセッション(6:28〜18:09)は軽く10年以上を先取りします。
















Hammond / Innovex Condor GSM
Hammond / Innovex Condor RSM ①
Hammond / Innovex Condor RSM ②
Shure CA20B Transducer Pick-Up

そして管楽器用 'アンプリファイ' システムの最後発、Innovex Condor RSMをご紹介。Hammondは当時、エレクトリック・サックスで人気を博すエディ・ハリスや駆け出しの頃のランディ・ブレッカー、そして御大マイルス・デイビスへ本機の '売り込み' を兼ねた大々的なプロモーションを展開。デイビス邸にもこの大仰な機器が専用のアンプと共に送り付けられてきました。そんなデイビスとHammondの関係は、1970年の 'Downbeat' 誌によるダン・モーゲンスターンのインタビュー記事から抜粋します。

"そこにあったのはイノヴェックス社の機器だった。「連中が送ってきたんだ」。マイルスはそう言いながら電源を入れ、トランペットを手にした。「ちょっと聴いてくれ」。機器にはフットペダルがつながっていて、マイルスは吹きながら足で操作する。出てきた音は、カップの前で手を動かしているのと(この場合、ハーモンミュートと)たいして変わらない。マイルスはこのサウンドが気に入っている様子だ。これまでワウワウを使ったことはなかった。これを使うとベンドもわずかにかけられるらしい。音量を上げてスピーカー・システムのパワーを見せつけると、それから彼はホーンを置いた。機器の前面についているいろんなつまみを眺めながら、他のエフェクトは使わないのか彼に訊いてみた。「まさか」と軽蔑したように肩をいからせる。自分だけのオリジナル・サウンドを確立しているミュージシャンなら誰でも、それを変にしたいとは思っていない。マイルスはエフェクト・ペダルとアンプは好きだが、そこまでなのだ。"

あくまで想像ですが、本機が最初に用いられたのは1969年11月から始まるインド、ブラジルの民族楽器を導入したセッション中の1曲 'Great Expectations' においてのこと(同時期、ジミ・ヘンドリクスもギター用Condor GSMを購入)。この曲は13分弱からなるヒプノティックに反復するテーマと少しづつ前後するポリリズムの絡みで構成されており、通奏低音のタンプーラをバックにデイビスのトランペットはソロに変わってオープン、ミュート、エコー、オクターヴ、ディストーション、フェイズ、トレモロと多岐に渡り、刻々とその反復の表情を変えていくことに威力を発揮します。また、第一人者ともいうべき 'アンプリファイ' なサックスのイノベイターであるエディ・ハリスもHammondからこのInnovex Condor RSMを送りつけられてきたひとりであり、早速それまでのGibson / Maestro Sound System for Woodwindsから変更してより 'シンセサイズ' なトーンへ・・と思いきや、分厚いオクターヴのお馴染みな 'ハリス節' であんま変わりませんね(笑)。むしろ、ここまでこだわってこの手の機器を使いながらEWIなどの 'ウィンドシンセ' に行かなかったのは興味深い。ちなみに本機は'Innovex' ブランドの他、'ISC Audio' ブランドのものが存在します。







動画はギター用GSMのものですが、基本的構成はGSMと管楽器用RSMにそれほどの違いは無いのでほぼこのような出音となります。この世界初の 'ギターシンセ' と呼ばれるCondorはHammondがOvationと協業して開発したもので、その初期のユーザーでもあるジミ・ヘンドリクスはニューヨークの馴染みの店Manny,sで購入しております。こちらはManny'sの領収書が残っており、ヘンドリクスは1969年11月7日にシリアル・ナンバー1145のCondor GSMを480ドルでMaestro Echoplexと共に購入。使用楽曲として(今のところ)唯一確認出来るのはヘンドリクス没後に発売された未発表曲集 'Rainbow Bridge' の中に 'アメリカ国家' のスタジオ録音版が収録されており、これの 'シンセライク' にキラキラしたトレモロのギターによるオーバーダビングで本機が使われているのでは?という噂があるのですヨ。この曲のベーシックトラックは1969年3月18日にニューヨークのレコード・プラント・スタジオで収録され、同年11月7日にヘンドリクスがManny,sで本機Condor GSMを購入、さらにオーバーダブの作業を経て完成させた、というのが今のところわたしの '見立て' なのですが・・。











管楽器の 'アンプリファイ' 黎明期にこぞって使い出していたのがAcoustic Control Corporationのスタックアンプ。エディ・ハリスから初期のランディ・ブレッカー、フランク・ザッパのステージで吹くイアン・アンダーウッドとバンク・ガードナーらの背後にそそり立つように鎮座しておりました。当然、マイルス・デイビスも1970年の 'アンプリファイ' 以降のステージで使い始めるのですが、1973年の来日公演を機にエンドース契約をして使い始めたのがYamahaのPAシステム。デイビスも使用したヘッドアンプ部のYamaha PE-200Aはスプリング・リヴァーブ、トレモロのほかにオートワウ!も内蔵されており、そのオートワウも 'Wah Wah Pedal' という端子にエクスプレッション・ペダルを繋ぐことでペダル・コントロールできるというかなり変わった仕様でしたね。そしてパワーアンプ内蔵のTS-110キャビネット部分を縦に赤、黒、緑と'アフロカラー' で染め上げ、上から 'MILES、DAVIS、YAMAHA' とレタリングをすれば、もう気分は70年代の 'エレクトリック・マイルス' 一色です。ちなみに12インチ二発で上下合わせて60Kg強という'冷蔵庫' のような超重量級のスタックアンプでございます(汗)。ちなみにわたしもトランペットで愛用する 'エレアコ' 用アンプのCalifornia Blondeを製作したSWRの創業者、Steve Rabe氏は元々このAcoustic Control Corporationでアンプの設計に従事していた御仁。多分、California BlondeはRabe氏が最後にSWRで手がけた製品ではないかと思うのですけど、Acousticの設計思想を受け継いで管楽器に用いても素晴らしいレンジ感と音色で鳴ってくれますヨ。別売りのキャビネットであるBlonde on Blondeを探してます、欲しい〜。

 


最後は日本を代表する楽器メーカーのひとつ、Roland。その創業者である梯郁太郎氏が1960年代からRolandとして独立するまで携わっていたのがAce Toneです。ザ・ビートルズをきっかけに起こった 'GSブーム' においてはGuyatoneやElk、Tiesco、Honeyなどと並び 'エレキ' の代名詞的存在となったことは、その製品カタログにおいてオルガン、リズムボックス、エフェクター、アンプなどを総合的に手がけていたことからも分かります。そんな世界の新たな動きに呼応しようと奮闘した 'Ace Tone' ことエース電子工業株式会社。まさに日本の電子楽器の黎明期を支えたメーカーと言って良いでしょう。


Ace Toneが鍵盤奏者やギター奏者のみならず、管楽器の 'アンプリファイ' にもアプローチしていたことはほとんど知られておりません。そんなAce Tone随一の謎に迫るべく、'スイングジャーナル' 誌1969年3月号に掲載された座談会「来るか電化楽器時代! - ジャズとオーディオの新しい接点 -」から掲載します。こちらは4名の識者、'スイングジャーナル ' 誌編集長の児山紀芳氏、テナーサックス奏者の松本英彦氏、オーディオ評論家の菅野沖彦氏、そして当時Ace Toneことエース電子工業専務であった梯郁太郎氏らが 'ジャズと電気楽器の黎明期' な風景について興味深く語り合います。ここでの議論の中心として、やはり三枝文夫氏と同じく梯郁太郎氏もこの '新たな楽器' に対してなかなか従来の奏者やリスナーが持つ価値観、固定観念を超えて訴えるところまで行かないことにもどかしさがあったのでしょうね。しかし、この頃からすでに現在のRoland V-DrumsやAerophoneの原初的アイデアをいろいろ探求していたとは・・梯さん凄い!


- 児山
今回の座談会は、去年あたりから市販されて非常に話題になっているエレクトリック・インストゥルメントとしてのサックスやドラムといったようなものが開発されていますが、その電気楽器の原理が一体どうなっているのか、どういう特性をもっているのか、そしてこういったものが近い将来どうなっていくだろうかといったようなことを中心にお話を聞かせていただきたいと思います。そこでまずエース電子の梯さんにメーカーの立場から登場していただき、それからテナー奏者の松本英彦さんには、現在すでにエレクトリック・サックスを時おり演奏していらっしゃるという立場から、菅野沖彦さんには、ジャズを録音していくといった、それぞれの立場から見たいろんなご意見をお伺いしたいと思うんです。

まず日本で最初にこの種の製品を開発市販された梯さんに電化楽器というものの輪郭的なものをお話願いたいと思うんですが。

- 梯
電気的に増幅をして管楽器の音をとらえようというのは、もう相当以前からあったんですが、実際にセルマーとかコーンとかいった管楽器の専門メーカーが商品として試作したのは3年ぐらい前です。それが2年ぐらい前から市販されるようになったわけです。

- 児山
これは結局いままでのエレクトリック・ギターなどとは別であると考えていいわけですか。

- 梯
ええ、全然別なんです。これらの電化管楽器が、ギターなどと一番違うところは、コードのない単音楽器だけができる電気的な冒険というのが一番やりやすいわけです。といいますのは、コードになった時点からの増幅段というのは絶対に忠実でなければならない。ところが単音というのはどんな細工もできるわけです。この単音のままですと、これはまだ電子音なんです。そこに人間のフィーリングが入って初めて楽音になりますが、そういった電気的な波形の冒険というのが、単音楽器の場合いろいろなことができるわけです。その一例として、オクターブ上げたり下げたりということが装置を使うと簡単に実現することができるんです。コードの場合はその一音づつをバラバラにしてオクターブ上げたり下げたりしてまた合接する・・これはちょっと不可能なわけですね。

- 児山
これら電化楽器のメリットというか特性的なことをいまお話し願いましたが、そこでいかにして電気的な音を出しているのかという原理をサックスに例をとってわかりやすくお願いしたいんですが。

- 梯
現在市販されているものを見ますと、まずマイクロフォンを、ネックかマウスピースか朝顔などにとりつける。そのマイクもみんなエア・カップリング・マイク(普通のマイク)とコンタクト・マイク(ギターなどについているマイク)との中間をいくようなそういったマイクです。ですからナマのサックスの音がそのまま拾われてるんじゃなくて、要するに忠実度の高いマイクでスタジオでとらえた音とはまったく違うものなんですよ。むしろ音階をとらえてるような種類のマイクなんです。音色は、そのつかまえた電気のスペースを周波数としてとらえるわけです。それを今度はきれいに波を整えてしまうわけです。サックスの音というのは非常に倍音が多いものですから基本波だけを取り出す回路に入れて今度はそれを1/2とか1/4とか、これは卓上の計算機のほんの一部分に使われている回路ですけど、こういったものを使ってオクターブ違う音をつくったりするわけですよ。これらにも2つのモデルがあって、管楽器にアタッチメントされている物ですと、むしろ奏者が直ちに操作できることを主眼に置いて、コントロール部分を少なくして即時性を求めてるものと、それから複雑な種々の操作ができるということに目標を置いた、据え置き型(ギブソンのサウンド・システム)といったものがあるわけです。

- 児山
これで大体原理的なことはわかりますが。

- 菅野
わかりますね。

- 松本
ところが、これから先がたいへんなんだ(笑)。

- 児山
じゃ、そのたいへんなところを聞かせてください。それに現在松本さんはどんな製品を・・。

- 松本
現在セルマーのヴァリトーンです。しかし、これどうも気に入らないので半年かかっていろいろ改造してみたんだけど、まだまだ・・。サックスは、サックスならではの音色があるんですよ。それがネックの中を通して出る音はまず音色が変わるんですね。それから、音が出てなくてもリードなどが振動していたり、息の音などが拾われて、オクターブ下がバァーッと出るんですよ。

- 梯
それはコンタクト・マイクの特性が出てくるわけなんです。

- 菅野
わずかでもエネルギーがあればこれは音になるわけですね。

- 梯
ですから、マウス・ピースに近いところにマイクをつけるほど、いま松本さんのいわれたような現象が起るわけなんです。かといって朝顔につけるとハウリングの問題などがあるわけなんです。

- 松本
ちっちゃく吹いても、大きなボリュームの音が出るというのは、サックスが持つ表情とか感情というものを何か変えてしまうような気がするねェ。一本調子というのかなあ。それに電気サックスを吹いていると少し吹いても大きな音になるから、変なクセがつくんじゃないかなんて・・。初めオクターブ下を使ってたとき、これはゴキゲンだと思ったけど、何回かやってると飽きちゃうんだね。しかし、やっぱりロックなんかやるとすごいですよ。だれにも音はまけないし、すごい鋭い音がするしね。ただ、ちょっと自分自身が気に入らないだけで、自分のために吹いているとイージーになって力いっぱい吹かないから、なまってしまうような・・。口先だけで吹くようになるからね。

- 児山
それもいいんじゃないですか。

- 松本
いいと思う人もありますね。ただぼくがそう思うだけでね。電気としてはとにかくゴキゲンですよ。

- 児山
いま松本さんが力強く吹かなくても、それが十分なボリュームで強くでるということなんですが、現在エレクトリック・サックスの第一人者といわれるエディ・ハリスに会っていろんな話を聞いたときに、エレクトリック・サックスを吹くときにはいままでのサックスを吹くときとはまったく別のテクニックが必要であるといってました。

- 松本
そうなんですよ。だからそのクセがついてナマのときに今度は困っちゃうわけ。

- 児山
だから、ナマの楽器を吹いているつもりでやると、もうメチャクチャになって特性をこわしてしまうというわけです。結局エレクトリック・サックスにはそれなりの特性があるわけで、ナマと同じことをやるならば必要ないわけですよ。その別のものができるというメリット、そのメリットに対して、まあ新しいものだけにいろんな批判が出てると思うんですよね。いま松本さんが指摘されたように音楽の表情というものが非常に無味乾燥な状態で1本やりになるということですね。

- 松本
ただこの電気サックスだけを吹いていれば、またそれなりの味が出てくるんだろうと思うんですが、長い間ナマのサックスの音を出していたんですからね・・。これに慣れないとね。

- 児山
やっぱりそういったことがメーカーの方にとっても考えていかなきゃならないことなんですかね。

- 梯
ええ。やはり電子楽器というのは、人間のフィーリングの導入できるパートが少ないということがプレイヤーの方から一番いやがられていたわけです。それがひとつずつ改良されて、いま電子楽器が一般に受け入れられるようになった。しかし、このエレクトリック・サックスというのはまだ新しいだけに、そういう感情移入の場所が少ないんですよ。

- 松本
ぼくが思うのは、リードで音を出さないようなサックスにした方がおもしろいと思うな。だって、実際に吹いている音が出てくるから、不自然になるわけですよ。

- 梯
いま松本さんがいわれたようなものも出てきてるわけなんですよ。これは2年前にフランクフルトで初めて出品された電気ピアニカなんですが・・。

- 松本
吹かなくてもいいわけ・・。

- 梯
いや吹くんです。吹くのはフィーリングをつけるためなんです。これは後でわかったのですが、その吹く先に風船がついていて、その吹き方の強弱による風船のふくらみを弁によってボリュームの大小におきかえるという方法なんです。ですから人間のフィーリングどうりにボリュームがコントロールされる。そして鍵盤の方はリードではなく電気の接点なんです。ですからいままでのテクニックが使えて、中身はまったく別のものというものも徐々にできつつあるわけなんです。

- 松本
電気サックスの場合、増幅器の特性をなるべく生かした方が・・いいみたいね。サックスの音はサックスの音として、それだけが増幅されるという・・。

- 菅野
いまのお話から、われわれ録音の方の話に結びつけますと、電子楽器というものは、われわれの録音再生というものと縁があって近いようで、その実、方向はまったく逆なんですよね。電子楽器というのは新しい考え方で、新しい音をクリエートするという方向ですが、録音再生というのは非常に保守的な世界でして、ナマの音をエレクトロニクスや機器の力を使って忠実に出そうという・・。というわけで、われわれの立場からは、ナマの自然な楽器の音を電気くさくなく、電気の力を借りて・・という姿勢(笑)。それといまのお話で非常におもしろく思ったのは、われわれがミキシング・テクニックというものを使っていろいろな音を作るわけですが、電子楽器を録音するというのは、それなりのテクニックがありますが、どちらかというと非常に楽なんです。電子楽器がスタジオなりホールなりでスピーカーからミュージシャンが音を出してくれた場合には、われわれはそれにエフェクトを加える必要は全然ない。ですからある意味ではわれわれのやっていた仕事をミュージシャンがもっていって、プレーをしながらミキシングもやるといった形になりますね。そういうことからもわれわれがナマの音をねらっていた立場からすれば非常に残念なことである・・と思えるんですよ。話は変わりますが、この電化楽器というのは特殊なテクニックは必要としても、いままでの楽器と違うんだと、単にアンプリファイするものじゃないんだということをもっと徹底させる必要があるんじゃないですか。

- 梯
現在うちの製品はマルチボックスというものなんですが、正直な話、採算は全然合ってないんです。しかし、電子楽器をやっているメーカーが何社かありますが、管楽器関係のものが日本にひとつもないというのは寂しいし、ひとつの可能性を見つけていくためにやってるんです。しかし、これは採算が合うようになってからじゃ全然おそいわけですよ。それにつくり出さないことには、ミュージシャンの方からご意見も聞けないわけですね。実際、電子管楽器というのは、まだこれからなんですよ。ですからミュージシャンの方にどんどん吹いていただいて、望まれる音を教えていただきたいですね。私どもはそれを回路に翻訳することはできますので。

- 菅野
松本さん、サックスのナマの音とまったく違った次元の音が出るということがさきほどのお話にありましたね。それが電子楽器のひとつのポイントでもあると思うんですがそういう音に対して、ミュージシャンとしてまた音楽の素材として、どうですか・・。

- 松本
いいですよ。ナマのサックスとは全然違う音ならね。たとえば、サックスの「ド」の音を吹くとオルガンの「ド」がバッと出てくれるんならばね。

- 菅野
そういう可能性というか、いまの電気サックスはまったく新しい音を出すところまでいってませんか。

- 梯
それはいってるんですよ。こちらからの演奏者に対しての説明不十分なんです。要するに、できました渡しました・・そこで切れてしまってるわけなんです。

- 菅野
ただ、私はこの前スイングジャーナルで、いろんな電化楽器の演奏されているレコードを聴いたんですが、あんまり変わらないのが多いんですね。

- 児山
どういったものを聴かれたんですか?

- 菅野
エディ・ハリスとか、ナット・アダレーのコルネット、スティーブ・マーカス・・エディ・ハリスのサックスは、やっぱりサックスの音でしたよ。

- 梯
あのレコードを何も説明つけずに聴かせたら、電子管楽器ということはわからないです。

- 児山
そうかもしれませんが、さきほど菅野さんがおっしゃったようにいまそういったメーカーの製品のうたい文句に、このアタッチメントをつけることによってミュージシャンは、いままでレコーディング・スタジオで複雑なテクニックを使わなければ創造できなかったようなことをあなた自身ができる、というのがあるんです。

- 菅野
やはりねェ。レコーデットされたような音をプレイできると・・。

- 梯
これはコマーシャルですからそういうぐあいに書いてあると思うんですが、水準以上のミュージシャンは、そういう使い方はされていないですね。だからエディ・ハリスのレコードは、電気サックスのよさを聴いてくださいといって、デモンストレーション用に使用しても全然効果ないわけです。

- 菅野
児山さんにお聞きしたいんですが、エディ・ハリスのプレイは聴く立場から見て、音色の問題ではなく、表現の全体的な問題として電子の力を借りることによって新しい表現というものになっているかどうかということなんですが・・。

- 児山
そもそもこの電気サックスというのは、フランスのセルマーの技師が、3本のサックスを吹く驚異的なローランド・カークの演奏を見てこれをだれにもできるようにはならないものかと考えたことが、サックスのアタッチメントを開発する動機となったといわれてるんですが、これもひとつのメリットですよね。それに実際にエディ・ハリスの演奏を聴いてみると、表情はありますよ。表情のない無味乾燥なものであれば絶対に受けるはずがないですよ。とにかくエディ・ハリスは電気サックスを吹くことによってスターになったんですからね。それにトランペットのドン・エリスの場合なんか、エコーをかけたりさらにそれをダブらせたりして、一口でいうならばなにか宇宙的なニュアンスの従来のトランペットのイメージではない音が彼の楽器プラス装置からでてくるわけなんです。それに音という意味でいうならば、突然ガリガリというようなノイズが入ってきたり、ソロの終わりにピーッと鋭い音を入れてみたり、さらにさきほど松本さんがいわれたように吹かなくても音がでるということから、キーをカチカチならしてパーカッション的なものをやったりで・・。

- 松本
私もやってみましたよ。サックスをたたくとカーンという音が出る。これにエコーでもかけると、もうそれこそものすごいですよ(笑)。

- 児山
エディ・ハリスの演奏の一例ですが、初め1人ででてきてボサ・ノバのリズムをキーによってたたきだし、今度はメロディを吹きはじめるわけなんです。さらに途中からリズム・セクションが入るとフットペダルですぐにナマに切り換えてソフトな演奏をするというぐあいなんですよ。またコルトレーンのような演奏はナマで吹くし、メロディなんかではかなり力強くオクターブでバーッと・・。つまり、彼は電気サックスの持つメリットというものを非常に深く研究してました。

- 菅野
それが電化楽器としてのひとつのまっとうな方法なんじゃないですか。でも、あのレコードはあんまりそういうこと入ってなかったですよね。

- 児山
つまり、エディ・ハリスのレコードは完全にヒットをねらったものでして、実際のステージとは全然別なんです。また彼の話によると、コルトレーンのようなハード・ブローイングを延々20分も吹くと心臓がイカレちゃうというわけです(笑)。そしてなぜ電気サックスを使いだしたかというと、現在あまりにも個性的なプレイヤーが多すぎるために、何か自分独自のものをつくっていくには、演奏なり音なりを研究し工夫しなければならない。たとえば、オーボエのマウス・ピースをサックスにつけたりとかいろんなことをやっていたが、今度開発された電気サックスは、そのようないろいろなことができるので、いままでやってたことを全部やめてこれに飛び込んだというんですよ。

- 菅野
非常によくわかりますね。




-ハウリングもノイズも自由自在-

- 児山
ラディックというドラム・メーカーが今度電化ヴァイブを開発して、ゲーリー・バートンが使うといってましたが、彼の場合は純粋に音楽的に、そのヴァイブがないと自分のやりたいことができないというわけですよ。なぜかというと、自分のグループのギター奏者が、いままでのギター演奏とは別なフィードバックなどをやると、ほかの楽器奏者もいままで使ってなかったようなことをやりだした。そういう時にヴァイブのみがいままでと同じような状態でやっているというのは音楽的にもアンバランスであるし、グループがエレクトリック・サウンズに向かったときには自分もそうもっていきたいというわけなんですよ。もしそれをヴァイブでやることができれば、どういう方向にもっていけるかという可能性も非常に広いものになるわけですよね。

- 梯
それから、いままでの電子楽器というのは、とにかくきれいな音をつくるということだけから音が選ばれた。ところが音の種類には不協和音もあればノイズもある。そのことをもう一度考えてみると、その中に音の素材になりうるものがたくさんあるわけです。たとえばハウリングですが、以前にバンクーバーのゴーゴー・クラブへいったとき、そこでやってたのがフィードバックなんです。スピーカーのまん前にマイクをもってきてそいつを近づけたり離したりして、そこにフィルターを入れてコントロールして、パイプ・オルガンの鍵盤でずっとハーモニーを押さえ続けてるようなものすごく迫力のある音を出すんです。そんなものを見て、これはどうも電子楽器の常識というものをほんとうに捨てないと新しい音がつくれないと思いましたね。

- 児山
そうですね。ですから、いまこういう電子楽器、あるいは楽器とは別なエレクトリックな装置だけを使って、ジャズだといって演奏しているグループもあるわけです。まあそれにはドラムやいろいろなものも使ったりするわけですが、いわゆる発振器をもとに非常に電気的な演奏をしているわけなんですよ。

- 松本
ただ音は結局電子によってでるんだけど、オルガン弾いてもサックス吹いても同じ音が出るかもしれない。弾いてる人の表情は違うけれども、そういうのがあったらおもしろいと思いますね。

- 菅野
それにもうひとつの問題は、発振器をもとにしたプレーは、接点をうごかしていくといった電子楽器と根本的に違うわけだ。電気サックスなどは、松本さんがいわれているようにナマの音が一緒に出てくるという。そこが問題ですね。だからナマの音も積極的に利用して、ナマの音とつくった音を融合して音楽をつくっていくか、それともナマの音はできるだけ消しちゃって電子の音だけでいくか・・。

- 児山
それはミュージシャン自身の問題になってくるんじゃないかな。たとえばリー・コニッツなどのようにだれが聴いてもわかる音色を持っている人は変えないですね。自分の音を忠実に保ちながらオクターブでやるとか・・。

- 梯
しかしその場合、音色は保ち得ないんです。つまりその人その人のフィーリング以外は保ち得ないんですよ。

- 児山
なるほど、そうすると音楽的な内容がその個性どうりにでてくるということなんですね。

- 菅野
一般に音というものはそういうものの総合なんで、物理的な要素だけを取り上げるのは困難なわけです。そういったすべてのものがコンバインされたものをわれわれは聴いているわけですから、その中からフィーリングだけを使っても、リー・コニッツ独特なものが出てくれば、これはやはりリー・コニッツを聴いてるわけですよ。

- 松本
それならいいけどサックスというのはいい音がするわけですよ。それをなまはんかな拡声装置だといけない。それだとよけいイヤになるんですよ。


-ついに出現した電気ドラム-

- 児山
ニューポートに出演したホレス・シルヴァー・クインテットのドラマー、ビリー・コブハムがハリウッド社のトロニック・ドラムという電気ドラムを使用していましたが、あれはなんですか。

- 梯
うちでも実験をやっています。ロックなどの場合、エレキのアンプが1人に対して200W、リードが200Wならベースは400Wくらい。そうなってくるといままで一番ボリュームがあったドラムが小さくなってきたわけですよ。最初はドラムの音量をあげるだけだったのですが、やってみるとマイクのとりつけ方によって全然ちがった効果が出てきたわけですよ。

- 菅野
それは具体的に各ドラム・セットの各ユニットに取り付けるわけですか。

- 梯
最初は単純に胴の中にマイクを取り付けただけでしたが、いまはコンタクト・マイクとエア・カップリング・マイクの共用でやっていますね。

- 菅野
シンバルなんかは・・。

- 梯
バスドラム、スネア、タム・タムにはついていますが、シンバルはちょっとむずかしいのです・・。でもつけてる人もいるようですね。

- 菅野
ではいまの形としては、新しい音色をつくろうとしているわけですね。

- 梯
そうですね。現在ははっきりと音色変化につかってますね。

- 松本
でもやはりこの電気ドラムとてナマの音が混じって出るわけですよね。ナマの音がでないようにするにはできないのですか。

- 梯
それはできるんですよ。市販はしてないんですが、ドラムの練習台のようなものの下にマイクをセッティングするわけなんですよ。いままでのドラム以外の音も十分でますがシンバルだけはどうもね。らしき音はでるんですが。

- 松本
いままでの何か既成があるからでしょう。

- 梯
そうですね。だからシンバルはこういう音なんだと居直ってしまえばいいわけ・・。それぐらいの心臓がなきゃね(笑)。

- 菅野
本物そっくりのにせものをつくるというのはあまりいいことではない。あまり前向きではないですよ。よくできて本物とおなじ、それなら本物でよりいいものを・・。

- 松本
だから電気サックスでも、ナマの音をだそうとしたんじゃだめですね。これじゃ電気サックスにならない。

- 梯
松本さんにそういわれるとぐっとやりやすくなりますよ(笑)。

- 児山
電気サックスというのはだいたいいくらぐらいなんですか?

- 松本
ぼくのは定価85万円なんですよ。でもね高いというのは輸入したということからですからね。そのことから考えると・・。

- 梯
松本さんの電気サックスはニューオータニで初めて聴いたんです。これは迫力がありましたね。

- 松本
すごい迫力です。でも、それに自分がふりまわされるのがいやだから・・。

- 梯
こちらから見たり聴いたりしていると松本さんが振り回しているように見えるから、それは心配いらないですよ(笑)。

- 松本
それに運ぶのがどうもねェ。いままではサックスひとつ持ってまわればよかった。ギターなんかじゃ最初からアンプを持って歩かなければ商売にならないとあきらめがあるんですが、ぼくはなにもこれがなくたってと考えるから・・。そういうつまらないことのほうが自分に影響力が大きい・・(笑)。

- 児山
やはりコンサートなどで、おおいにやっていただかないと、こういった楽器への認識とか普及とかいった方向に発展していかないと思いますので、そういう意味からも責任重大だと思います。ひとつよろしくお願いします。それに、いまアメリカあたりでは電子楽器が非常に普及してきているわけなんですよ。映画の音楽なんかも、エレクトリック・サウンズ、エレクトリック・インスツルメントで演奏するための作曲法なんていうのはどうなるんですかねェ・・。

- 松本
これがまたたいへんな問題ですが、非常にむずかしいですね。

- 児山
それがいまの作曲家にとって一番頭のいたいことになってるんですね。

- 菅野
あらゆる可能性のあるマルチプルな音を出しうる電化楽器が普及すれば、新しい記号をつくるだけでもたいへんですね。

- 松本
そのエレクトリック・インスツルメントのメーカーだって指定しなければならないし・・。作曲家もその楽器も全部こなさなきゃならないですからね。

- 児山
そのように色々な問題もまだあるわけなんですが、現実にはあらゆる分野の音楽に、そしてもちろんジャズの世界にも着々と普及してきつつあるわけなんです。この意味からも電化楽器の肯定否定といった狭い視野ではなく、もっと広い観点から見守っていきたいですね。


1968年、当時としてはかなり高価な管楽器用 'アンプリファイ' サウンド・システムであったMulti-Vox。各種オクターヴを操作するコントローラー・ボックスEX-100は39,000円、マウスピースに穴を開けて接合するピックアップPU-10は3,000円と、その 'ニッチな' 需要と相まってなかなか手の出るものではなかっただろうと推測されます。当初の広告では、コレでジョン・コルトレーンのタッチやソニー・ロリンズの音色が再現出来るとのキャッチコピーが泣かせますね(笑)。またAce Toneは1968年にHammondと業務提携をして、本機もOEMのかたちで米国に輸出する旨がアナウンスされていたことを1969年のカタログで確認することが可能。

● for amplifying woodwinds and brass
● exciting and dramatic
● new tonal dimensions

More than mere amplification. A convenient transistorized package complete with microphone attachments for saxes. clarinets and brass. Will provide variety of sounds. singly and in unison, octaves up and down, mellow of bright.

しかし 'Inquire for details and prices' と強調されているのを見ると日本から現物が届いておらず、カタログでアナウンスされたものの米国では発売されなかった感じですね。実際、今までeBayやReverb.comなどに流れてきた記憶がないので、世界最大のエフェクター・サイトである 'Disco Freq's Effects Database' にもこれまで本機が掲載されることはありませんでした。どなたか本製品の現物をお持ちの方、情報お待ちしております!。








Ace Tone Solid Ace SA-9
Ace Tone EC-1 Echo Chamber

さて、このMulti-Vox EX-100。サックス用にはコントローラーをVaritone同様にキー・ボタンの側、ラッパでは奏者の腰に装着して用いるもので、日野皓正さんなどは同社のギターアンプSolid Ace SA-10にテープ・エコーEC-1 Echo Chamberの組み合わせをアルバム 'Hi-Nology' 見開きジャケットで拝むことが出来ます。当時、このようなスタックアンプといえばTeiscoやElkと並び総合的にPAを手がけていたAce Toneの土壇場だったのですが、海外製のギターアンプと比べると圧倒的に歪まなかった・・。しかし、それがこのような管楽器用アンプとしては十分に威力を発揮したのだと思います。そんな 'Hi-Nology' では肝心の日野さんによるMulti-Voxを用いた演奏を聴けていないのですが、このMulti-Voxの血脈を受け継いだ '末裔' じゃないか?と思わせるのがこちら、BigJamのSE-4 Octave。Ace Toneは1970年代に創業者の梯郁太郎氏がRolandとして独立後も存続し、その親会社の日本ハモンドが展開したエフェクターブランドがこのBigJam。SE-4の筐体の色からMXR Blue Box辺りの影響を感じさせますが、これは典型的な '極悪' オクターバーでございます。1オクターヴ下、2オクターヴ下、5度下!などという3種モードが意味ないほど、全くトラッキング無視の '飛び道具'。そのまま単音の管楽器で入力してやるとなかなかに古臭くエグい 'オクターヴ・トーン' が楽しますヨ。






そんなMulti-Voxをいち早く導入したのがマイルス・デイビスの '電化' に感化されていたトランペットの日野皓正氏とテナーサックスの村岡建氏のふたり。すでに本機発売の翌年、そのデモンストレーションともいうべき管楽器の可能性をいくつかのイベントで披露しております。ちなみに雑誌広告としては1968年の 'スイングジャーナル' 誌10月号で初出後、価格未定のまま11月号、12月号、価格決定した翌69年の5月号、6月号、7月号、8月号を最後に、当時としては39,000円の高価格品ということから庶民には手の出ないモノだったことが伺えますね。こうして '国産初のオクターバー' は人知れず時代の彼方に消えて行ったのでした。

⚫︎1969年3月24日 初の日野皓正クインテット・ワンマン・コンサートを開催する(東京サンケイ・ホール)。'Love More Train'、'Like Miles'、'So What' などを演奏、それに合わせてあらかじめ撮影された路面電車の 種々のシーンをスクリーンに映写し、クインテットがインプロヴァイズを行う。日野さんのラッパには穴が開けられピックアップを取り付けて初の電化サウンドを披露した。

⚫︎1969年6月27、28日 クインテットによる「日野皓正のジャズとエレクトロ・ヴィジョン 'Hi-Nology'」コンサート開催(草月会館)。写真家の内藤忠行のプロデュースで司会は植草甚一。第一部を全員が 'Like Miles'、'Hi-Nology'、'Electric Zoo' を電化楽器で演奏。第二部は「スクリーン映像との対話」(映画の公開ダビング)。「うたかたの恋」(桂宏平監督)、「POP 1895」(井出情児監督)、「にれの木陰のお花」(桂宏平監督)、「ラブ・モア・トレイン」(内藤忠行監督)の5本、その映像を見ながらクインテットがインプロヴァイズを行い音楽を即興で挿入していった。コンサートの最後にクインテットで 'Time and Place' をやって終了。






Jet Tone Mouthpiece

1969年の傑作 'Hi-Nology' に同封されたポスターでは使用中の写真がありますけど、この時期の音源で唯一Multi-Vox EX-100のオクターヴ・トーンを堪能出来るのが映画 '白昼の襲撃' のテーマ曲('Super Market')。どうしてもテナーとのユニゾンなので分かりにくいのですが、この曲ではソロにおいても蒸し暑い 'ハモった' ラッパが聴けますヨ。さて、そんな '日野ブーム' と共に大きく影響を受けた 'エレクトリック・マイルス' 及び '電気ラッパ' に対して日野さん本人はこう述べております。当時、トレードマーク的に愛用していた 'ハイノート御用達' のJet Toneマウスピースではなくラッパのベル横側に穴を開けてピックアップしていたのが日野さんらしい。

- エレクトリック・トランペットをマイルスが使い始めた当時はどう思いましたか?

"自然だったね。フレイズとか、あんまり吹いていることは変わってないなと思った。1970年ごろにニューヨークのハーレムのバーでマイルスのライヴを観たんだけど、そのときのメンバーはチック・コリアやアイアート・モレイラで、ドラムはジャック・ディジョネットだった。俺の弟(日野元彦)も一緒に観に行ってたんだけど、弟はディジョネットがすごいって彼に狂って、弟と "あれだよな!そうだよな!" ってことになって(笑)。それで電気トランペットを俺もやり始めたわけ。そのころ大阪万博で僕のバンドがああいうエレクトリックのスタイルで演奏したら、ヨーロッパ・ジャズ・オールスターズで来日中だったダニエル・ユメールに "日野はマイルスの真似しているだけじゃないか" って言われたことがあるんだけどね。"

ちなみに日野さんがこの時期を経て再び '電気ラッパ' にアプローチするのは1976年、キーボードの菊地雅章と双頭による 'Kochi/東風' 名義で制作した 'Wishes' になりますね。活動停止したマイルス・デイビス・グループのメンバーが大挙参加して、エンヴェロープ・フィルターやディレイを駆使した和風の '電化っぷり' がたまりません。





当時の日野皓正クインテットの一員として 'Hi-Nology' でも共演するサックス奏者、村岡建さんは、この時期から少し経った1971年に植松孝夫さんとの '2テナー' によるライヴ盤 'Ride and Tie' で全編、'アンプリファイ' でファンキーなオクターヴ・トーンを堪能することが出来ます。実はコレ、Ace Tone Multi-Voxなのでは?と思っているのですが、取説での村岡さんの談によればヤマハから '電気サックス' 一式を購入したことが本盤制作のきっかけとなったそうで、その海外事業部を介して手に入れた '海外製品' (Varitone ?Multi-Vider ?)を使用したと理解する方が自然かもしれませんね。そして4年後の石川晶とカウント・バッファローズに客演した頃には、さらなる 'クロスオーバー' 色濃厚と共に洗練されたエフェクティヴ・トーンで迫ります!。


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