2020年5月1日金曜日

ランディ・ブレッカーの探求 (再掲)

わたしは特別熱心なリスナーというワケではなかったのですが、ある時代の世代にとってザ・ブレッカー・ブラザーズというのは大きな存在だったようです。1970年代後半のフュージョン・ブームはジャズやロック、R&Bにラテンといったあらゆる音楽のエッセンスが高度なスキルとテクノロジーの上に成り立っていたもので、別の言い方をするなら、それ以前の '反体制' な空気の中でロックに熱中していた世代が成熟し、もう少し音楽の深みと付き合ってみようとしたところでヒットしたのではないでしょうか。結局は、その深みからテクニックのひけらかしに走り過ぎたことで、次第に飽きられてしまったのですが、彼らザ・ブレッカー・ブラザーズは常にバップの伝統を根底に置いた上で、新しいことを探求していた存在でした。








わたしもランディ・ブレッカーのスタイルが好きで、正直その他 'レジェンド' とされているラッパ吹き(例えばリー・モーガンやフレディ・ハバードなど)ほど評価されていないことを残念に思っています。アウト・スケールへのアプローチや彼の作曲における奇妙なセンスも面白いのですが、特にマイルス・デイビスとは別のかたちで 'アンプリファイ' によるトランペットの探求は特筆すべきでしょう。その活動の端緒としては1971年と72年にMainstreamから立て続けにリリースされたキーボーディスト、ハル・ギャルパーの 'The Guerilla Band' と 'Wild Bird' でその '電化ぶり' を開陳、さらにラリー・コリエル率いるThe Eleventh Houseやビリー・コブハムのグループへの参加で特に初期ランディ・ブレッカーのイメージを決定付けました。







Hammond / Innovex Condor GSM & SSM
Hammond / Innovex Condor GSM
Hammond / Innovex Condor RSM ①
Hammond / Innovex Condor RSM ②

そんな初期ザ・ブレッカー・ブラザーズを象徴するのがこちら、Innovex Condor RSMです。すでにH&A Selmerを端緒にC.G. Conn、Vox Ampliphonic、Gibson / Maestroなどが管楽器奏者をニーズにした管楽器用 'アンプリファイ' サウンド・システムを製作、その最後発となったHammondは当時、エレクトリック・サックスで人気を博すエディ・ハリスや駆け出しの頃のランディ・ブレッカー、そして御大マイルス・デイビスへ本機の '売り込み' を兼ねた大々的なプロモーションを展開します。








Shure CA20B Transducer Pick-Up

また、そんなInnovex Condor RSMの入力感度に合わせたマウスピース・ピックアップとして、マイクの名門Shureから専用のものが用意されました。以下、上記リンク先のShureのHPから質問コーナーに寄せられたこのピックアップに対する回答。

"Q - わたしはShurre CA20Bというトランペットのマウスピースに取り付けるピックアップを見つけました。それについて教えてください。"

"A - CA20Bは1968年から70年までShureにより製造されました。CA20BはSPL/1パスカル、-73dbから94dbの出力レベルを持つセラミックトランスデューサーの圧電素子です。それはHammond Organ社のInnovex部門でのみ販売されていました。CA20BはShureのディーラーでは売られておりませんでした。

CA20Bは(トランペット、クラリネットまたはサクソフォンのような)管楽器のマウスピースに取り付けます。穴はマウスピースの横に開けられて、真鍮のアダプターと共にゴムOリングで埋め込みます。CA20Bはこのアダプターとスクリューネジで繋がっており、CA20Bからアンバランスによるハイ・インピーダンスの出力を60'ケーブルと1/8フォンプラグにより、InnovexのCondor RSMウィンド・インストゥルメンツ・シンセサイザーに接続されます。Condor RSMは、管楽器の入力をトリガーとして多様なエフェクツを生み出すHammond Organ社の電子機器です。Condorのセッティングの一例として、Bass Sax、Fuzz、Cello、Oboe、Tremolo、Vibrato、Bassoonなどの音色をアコースティックな楽器で用いるプレイヤーは得ることができます。またCA20Bは、マウスピースの横に取り付けられている真鍮製アダプターを取り外して交換することができます。

Condorはセールス的に失敗し、ShureはいくつかのCA20Bを生産したのみで終わりました。しかし、いく人かのプレイヤーたちがCA20Bを管楽器用のピックアップとしてギターアンプに繋いで使用しました。その他のモデルのナンバーと関連した他の型番はCA20、CA20A、RD7458及び98A132Bがあります。"








そしてザ・ブレッカー・ブラザーズ結成からジャコ・パストリアス・グループへの参加、そのまま唯一無二のスタイルとしてバップからロック、R&Bやポップ・ミュージックへの '裏方的参加' に至るまで多岐に渡り邁進して行きます。同時期、巷でブームとなったウォークマンのヘッドフォンを自身のモニター用としてステージに上がる奇妙なランディの姿は、弟のマイケルが愛用したRolandのギターシンセSPV-355と共に当時のセットMusitronics Mu-Tron Bi-PhaseやSeamoonのエンヴェロープ・フィルターFunk Machineでフュージョン最後の勇姿を見せ付けました。以下、ここ近年のランディ・ブレッカーの状況をそんな昔話を交えて2012年の 'Sax & Brass Magazine' のインタビューからどうぞ。

- ステージを見せてもらいましたが、ほとんどずっとエフェクトを使っていましたね。

R - 今回のバンドのようにギターの音が大きい場合には、エフェクトを使うことで私の音が観客に聴こえるようになるんだ。大音量の他の楽器が鳴る中でもトランペットの音を目立たせる比較的楽な方法と言えるね。トランペットとギターの音域は似ているので、エフェクターを使い始める以前のライヴでは常にトラブルを抱えていた。特に音の大きいバンドでの演奏の場合にね。それがエフェクターを使い始めた一番の理由でもあるんだよ。ピッチ・シフターで1オクターヴ上を重ねるのが好きだね。そうするとギターサウンドにも負けない音になるんだ。もし音が正しく聴こえていれば、アコースティックな音ともマッチしているはずだしね。

- ライヴではその音を聴いていて、エッジが増すような感じがしました。

R - うん、だからしっかりと聴こえるんだ。それに他の楽器には全部エレクトリックな何かが使われているから、自分もエレクトリックな状況の一部になっているのがいい感じだね。

- そのピッチ・シフトにはBossのギター用マルチ・エフェクター、ME-70を使っていましたね?

R - うん、そうだ。ディレイなどにもME-70を使っている。ただ使うエフェクターの数は少なくしているんだ。というのもエフェクターの数が多すぎるとハウリングの可能性も増えるからね。ME-70は小型なのも気に入っている。大きな機材を持ち運ぶのは大変だし、たくさんケーブルを繋ぐ必要もないからね。

- そのほかのエフェクターは?

R - BossのオートワウAW-3とイコライザーのGE-7、ほかにはErnie Ballのヴォリューム・ペダルだよ。本当はもっとエフェクツを増やしたい気持ちもあるんだけど、飛行機で移動するときに重量オーバーしてしまうから無理なのさ。もっとエフェクトが欲しいときにはラップトップ・コンピュータに入っているデジタル・エフェクツを使うようにしているね。

- マイクはどんなものを?

R - デンマークのメーカーDPA製の4099というコンデンサー・マイクだ。このマイクだと高域を出すときが特に楽なんだ。ファンタム電源はPA卓から送ってもらっている。

- 昔はコンタクト・ピックアップを使っていましたよね?

R - うん、エフェクツを使い始めた頃はBarcus-berryのピックアップを使っていたし、マウスピースに穴を開けて取り付けていた。ラッキーなことに今ではそんなことをしなくてもいい。ただ、あのやり方もかなり調子良かったから、悪い方法ではなかったと思うよ。

- ちなみにお使いのトランペットは?

R - メインはYamahaのXeno YTR-8335だ。マウスピースは・・いつも違うものを試しているけど、基本的にはBach 2 1/2Cメガトーンだね。

- 弟のマイケルさんとあなたは、ホーンでエフェクツを使い始めた先駆者として知られていますが、なぜ使い出したのでしょうか?

R -  それは必要に迫られてのことだった。つまり大音量でプレイするバンドでホーンの音を際立たせることが困難だったというのが一番の理由なんだ。最初は自分たちの音が自分たち自身にちゃんと聴こえるようにするのが目的だったんだよ。みんなが私たちを先駆者と呼ぶけど、実際はそうせざるを得ない状況から生まれたのさ。

- あなたがエフェクターを使い始めた当時の印象的なエピソードなどはありますか?

R - 1970年当時、私たちはDreamsというバンドをやっていた。一緒にやっていたジョン・アバークロンビーはジャズ・プレイヤーなんだけど、常にワウペダルを持って来てたんだよ。彼はワウペダルを使うともっとロックな音になると思っていたらしい。ある日、リハーサルをやっていたときにジョンは来られなかったけど、彼のワウペダルだけは床に置いてあった。そこで私は使っていたコンタクト・ピックアップをワウペダルにつなげてみたら、本当に良い音だったんだ。それがワウを使い始めたきっかけだよ。それで私が "トランペットとワウって相性が良いんだよ" とマイケルに教えたら、彼もいろいろなエフェクターを使い始めたというわけだ。それからしばらくして、私たちのライヴを見に来たマイルス・デイビスまでもがエフェクターを使い出してしまった、みんなワウ・クレイジーさ(笑)。

- マイケルさんとは "こっちのエフェクターが面白いぞ" と情報交換をしていたのですか?

R - うん、よくやっていたよ。彼の方が私よりもエフェクツにハマっていたから、時には彼がやっていることを理解できないこともあったもの。でも私たちはよく音楽に関する情報を交換していたね。特に作曲に関してや、バンドの全体的なサウンドに関していつも話をしていたよ。それにお互いに異なるエフェクツを試すことも多かった。サックスに合うエフェクトとトランペットに合うエフェクトは若干違うんだよ。ワウは彼のサックスには合わなかったよ(笑)。









さて、上記動画の1993年ザ・ブレッカー・ブラザーズ '復活' ツアーの際に、来日公演時の 'Jazz Life' 誌とのインタビューによる機材話が興味深いので抜粋してみます。以下のインタビューからも分かる通り、生音とエフェクト音を半々で混ぜて・・ということで1970年代後半から使い出したBarcus-berryのマウスピース・ピックアップによる 'アンプリファイ' 最後の時期に当たります。

R - ここには特別話すほどのものはないけどね(笑)。

− マイク・スターンのエフェクターとほとんど同じですね。

R - うん、そうだ(笑)。コーラスとディレイとオクターバーはみんなよく使ってるからね。ディストーションはトランペットにはちょっと・・(笑)。でも、Bossのギター用エフェクツはトランペットでもいけるよ。トランペットに付けたマイクでもよく通る。

− プリアンプは使っていますか?

R - ラックのイコライザーをプリアンプ的に使ってる。ラックのエフェクトに関してはそんなに説明もいらないと思うけど、MIDIディヴァイスが入ってて、ノイズゲートでトリガーをハードにしている。それからDigitechのハーモナイザーとミキサー(Roland M-120)がラックに入ってる。

− ステレオで出力してますね?

R - ぼくはどうなってるのか知らないんだ。エンジニアがセッティングしてくれたから。出力はステレオになってるみたいだけど、どうつながっているのかな?いつもワイヤレスのマイクを使うけど、東京のこの場所だと無線を拾ってしまうから使ってない(笑)。生音とエフェクト音を半々で混ぜて出しているはずだよ。

− このセッティングはいつからですか?

R - このバンドを始めた時からだ。ハーモナイザーは3、4年使ってる。すごく良いけど値段が高い(笑)。トラック(追従性のこと)も良いし、スケールをダイアトニックにフォローして2声とか3声で使える。そんなに実用的でないけど、モーダルな曲だったら大丈夫だ。ぼくの曲はコードがよく変わるから問題がある(笑)。まあ、オクターヴで使うことが多いね。ハーマン・ミュートの音にオクターヴ上を重ねるとナイス・サウンドだ。このバンドだとトランペットが埋もれてしまうこともあるのでそんな時はエッジを付けるのに役立つ。

− E-mu Proteus(シンセサイザー)のどんな音を使ってますか?

R - スペイシーなサウンドをいろいろ使ってる。時間があればOberheim Matrix 1000のサウンドを試してみたい。とにかく、時間を取られるからね。この手の作業は(笑)。家にはAkaiのサンプラーとかいろいろあるけど、それをいじる時間が欲しいよ。

− アンプはRolandのJazz Chorus(JC-120)ですね。

R - 2台をステレオで使ってる。

この時のランディの足元には、Boss Octave OC-2、T-Wah TW-1、Digital Delay DD-3、Digital Delay/Sampler DSD-3、Super Chorus CH-1をパワーサプライPSM-5でまとめています。生音とエフェクト音を半々で混ぜて、とある通り、まだBarcus-berry 1374マウスピース・ピックアップを使っていますね。8UのラックにはRolandのミキサーM-120、Alesis Quadlaverb、E-mu Proteus、Drawmer DS-201のノイズゲートのほか、Digitechとメーカー不詳のPitchriderなるハーモナイザーが入っていました。








DPA 4099T from Randy Brecker

そんなランディもいまは身軽にYamahaのXenoとBach 3C、足下はBossのマルチ・エフェクターME-70と実にシンプルなセッティングで世界中飛び回っております。ベルに取り付けるグーズネック式マイクはベルギーのDPAから登場したd:vote 4099Tを愛用中。そんなお気に入りについて以下こう述べておりまする。

 - 世界屈指のトランペット奏者ランディ・ブレッカーは、自身のインターナショナルツアーにDPAのクリップマイクロホン '4099' を採用した。このツアーは、2週間でリスボン、シンガポール、さらにはフィンランドまで巡回するというものだ。その間、ブレッカーは4099の性能を試してみた。ツアーから戻った彼は、このクリップマイクロホンにすっかり心を奪われていた。

"こんなクリップマイクロホンは初めてだよ。ホーンの音域をすべてカバーしてくれるのはもちろんだが、バルブノイズをほとんど感じさせないんだ。独特な形状のクリップのおかげだね。4099を使っていると、自分のプレイまで良くなるようだよ。今回のツアーはアコースティックなものだったが、こういう状況でクリップマイクロホンを採用したのは実は初めてなんだ。"

 - ブレッカーは、トランペットに様々なギターエフェクトを使用することで知られている。

"ギターエフェクトを使うのは、ギターやベースの音で自分の出音が聞こえなくなってしまうのを防ぐ為でもあったんだ。一方で4099のサウンドは、僕のニーズにしっかり添ってくれる。量感たっぷりと、暖かさを感じられる音が欲しいときは、そういうサウンドに。エッジィな音が欲しいときは、そういうサウンドにしてくれる。ギターエフェクトなんてまるで必要ないって思うこともあったよ。音域の広い演奏をするときには、4099をマイクスタンドに載せて使ってみようと思っている。繊細なパートの時には、後ろに下がって演奏することができるからね。"

 - ブレッカーが4099を初めて手にしたのは、ポルトガルのコンサートの時だ。

"そのとき僕は自分でマイクを用意していたんだけど、そこの音響スタッフは、驚いたことにすでにこの4099を用意してくれていたんだ。違いはすぐに分かったよ。4099はすべての帯域において、素晴らしいサウンドを聴かせてくれたんだ。"

いろいろ未曾有の真っ只中にある2020年には聞きたくないジャズメンの訃報もありましたが(ウォレス・ルーニー、マヌ・ディバンゴ、ビル・ウィザーズ・・R.I.P.)、そんな混沌とした時代を駆け抜ける御大、ランディ・ブレッカーは今年の11月で75歳。早逝した弟マイケルの意志も引き受けながらまだまだ健康で圧倒的なプレイを聴かせて下さいませ!

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