すでに世界ではキングストン産 'ルーツ・ダブ' の屋台骨を支えたジャマイカ最強のリズム・セクション、スライ&ロビーと北欧エレクトロニカの極北、ニルス・ペッター・モルヴェルの '邂逅' なんていうのも珍しいものではなくなりました。もし、マイルス・デイビスが1972年の 'On The Corner' 発表後、プロデューサーのテオ・マセロを大きなPAミキサーと共にステージへ上げてダブ的な発想でデイビスの 'インスタント・コンポジション' の一翼を担わせていたとしたら・・。デイビスが 'On The Corner' でブチ上げたシュトゥックハウゼン流の '合成/変調' をわざわざ持ち出さなくとも、こんな妄想を抱かせてしまうくらい新たな即興と作曲のポジションは今やステージとDAWの境界を無効にします。
我らが '電気ラッパ' の伝道師である近藤等則さんもビル・ラズウェル・プロデュースの無国籍 'ダブ' ユニット、Method of Defianceで激烈なソロをブチかまします。割りかし '流行モノ' に乗っかる嗅覚で食い散らかしてはまとめることに興味のないラズウェルさんですけど(苦笑)、このユニットはなかなかライヴ・バンドとしての '勢い' があって良いですね。Pファンクのバーニー・ウォーレルもまだ元気だ(涙)。
そんな '邂逅' ということでは、英国ブリティッシュ・ジャズ/ジャズロック期にケニー・ウィーラーやヘンリ・ロウザーらとセッションマンとしても活躍した御大ハリー・ベケットをUKダブの巨匠、エイドリアン・シャーウッドが引っ張り出した異色盤 'The Modern Sound of Harry Beckett'。ここではカビの生えた '4ビート原理主義者' は必要なし。ベケット自身もあくまでダブの '素材' として自らのソロが解体されていく様を面白がっているように聴こえますね。しかし、一見相反するようなベケットとシャーウッドではありますが、そもそもベケットは西インド諸島バルバドス出身の英国移民組のひとり。
つまり直接的なレゲエの洗礼は受けていないにしてもカリビアンとしての血脈は、同じくカリビアンのラッパ吹きシェイク・キーンやサックス奏者ジョー・ハリオットらと似た境遇でジャズとカリブ文化を 'マリアージュ' することに違和感はないと思うのです(ハリオットは 'インド' まで拡張させたけど)。ハリーベケットがデビュー作 'Flare-Up' をリリースした1970年、すでに同地UKではジョン・テイラーやケニー・ウィーラーらが参加したアラン・スキッドモア・クインテットとジョン・スティーヴンスやデレク・ベイリーら流動的メンバーによるスポンティニアス・ミュージック・アンサンブルの両極端なモダンとフリーの極北、そしてイアン・カーをリーダーとするニュークリアスとエルトン・ディーン、マーク・チャリグらの参加したソフト・マシーンのカンタベリー・ジャズ・ロック勢、その他ジョン・サーマンやマイク・ウェストブルックらがこれらを '越境' して活動するなど混沌とした状況でした。こういった 'クロスオーバー' の中で揉まれたベケットにとって、この 'ダブ' セッション曰くベケット本人はこう述べております。
"私は音楽の生徒なんだ。音楽のあらゆる要素から学び、自分を向上させたいと思っている。これからも挑戦していく姿勢を失わず、継続させていきたいと考えている・・私が音楽を学ぶことをやめることは出来ないよ、永遠にね。"
残念ながらYoutubeに音源はありませんがフリージャズを起点に盟友、藤井郷子さんと組んでエレクトロニクスのカオスに挑んだ異色作 'Hada Hada' は、まさにラッパ吹き田村夏樹さんの猛烈な 'ひと吹き' に圧倒されまする。いきなり轟音のようにその場を圧倒する深いリヴァーブの効いたラッパは、そのままここ日本と遠くドイツの 'ミニマルダブ' に象徴される音像がシンクロしたと言っていいでしょうね。剥き出しのシンセサイザーが叩き付ける即物的放射と吃音的リズムの '距離感' を這い出すように、これまた縦横無尽に放射する田村さんのフリーな '電気ラッパ' (って言っていいのかな?)。ダブの奇才ともいうべきリー 'スクラッチ' ペリーがミキシング・コンソールやエフェクツ類を '拡張' して石ころや金属片、唸り声からゲップに至るまであらゆるノイズを '素材' として調理してみせたことから、こーいうのもある種 '人力ダブ' の変異系的展開と言って良いのかも。
反復の 'サウンドスケイプ' ともいうべき深〜いリヴァーブ&エコーの音像から滲み出す '4つ打ち' の美学は、まさにジャマイカで育まれたダブの世界観がそのまま、暗く冷たく閉ざされたヨーロッパの地で隔世遺伝した稀有な例と言っていいでしょうね。1996年、ドイツでダブとデトロイト・テクノという真逆なスタイルから強い影響を受けたモーリッツ・フォン・オズワルドとマーク・アーネスタスは、自らBasic Channelというレーベルを設立してシリアスな 'ミニマル・ダブ' を展開するリズム&サウンドと、1970年代後半からニューヨークでダブを積極的に展開させたロイド "ブルワッキー" バーンズの作品を再発させるという、特異な形態でダブを新たな段階へと引き上げることに成功しました。この 'Basic Channel' と彼らダブの心臓部ともいうべき 'Dubplates & Mastering' の協同体制は、特にモーリッツとマークのふたりからなるRhythm & Soundの 'ルーツ志向' からワッキーズとの '共闘'、そしてMoritz Von Oswald Trioによるアフロビートの巨匠、トニー・アレンとのコラボから1990年代後半の 'イルビエント' に到るまでダブの隔世遺伝的な原点への配慮も忘れてはおりません。やはりこの硬質なダブの質感は、当然、亜熱帯の緩〜い気候と共に育まれたジャマイカ産の 'ルーツ・ダブ' とも、ニューウェイヴと共にメタリックな質感を持った 'UKダブ' とも違う、テクノを経過したドイツ産の 'Dubplates & Masterring' 特有のものでしょうね。
そんなモーリッツさんが現在活動の中心とするMoritz Von Oswald Trioは、彼らの作品 'Sounding Lines' でフェラ・クティのアフロビートを支えた伝説的ドラマー、トニー・アレンとの '邂逅' を果たしております。フェラ・クティが根城とした 'カラクタ共和国' で全盛期のAfrica '70が連日熱狂のステージを繰り広げていた頃と実に対照的な、クールかつミニマルな反復で 'ダブ処理' されたアフロビートのグルーヴを叩き出す80歳間近のアレン御大。しかし、彼らのライヴ動画を見る限りモーリッツさん、ほとんど残業でメール・チェックしている部長にしか見えないな(笑)。
→Moog Moogerfooger (discontinued)
こういったテクノやハウスに見るミニマルな '質感' は1990年代以降の 'ベッドルーム・テクノ' 世代の定番となり、それは様々な楽器やレコード、果ては奇妙な具体音に至るまで何でもアナログシンセや単体のVCFに突っ込んで '変調' させる流れとなります。このロバート・モーグ博士の '置き土産' ともいうべき 'Moogerfooger' シリーズはモーグ特有の木目調サイドパネルと黒い筐体のコンビネーションで、それこそ四畳半の '宅録' から小さな 'モジュラーシンセ' のスタジオとして世界に解放しました。そんな 'ルーツ的' なものは何度でも新たな世代への強い 'カンフル剤' として引き継がれ、世界のあちこちでダブの '血脈' を絶えさせない中毒性をばら撒きます。
さて、そんなダブの方法論をもっと詳細かつ批評的に考えてみるのならば、ミニマルダブを始めとしてその '血脈' の遺伝子をより拡大解釈的に盛り上げた 'ベッドルーム・テクノ' 以降の流れに言及する必要があるでしょう。1990年代初めからUKで火が付いた 'ジャングル' は当初、ラガマフィン・スタイルをベースに 'リミックス' 中心のノべルティ・タッチな作風だった頃に比べて一転、デトロイト・テクノやジャジーな響きを纏ってシリアス・ミュージックとしての可能性に転向してからは、その作り込みとは別にビートの '過剰さ' に寄りかかり過ぎて自滅していった感があります。このジャングル/ドラムンベースの特徴は、コードや生のドラムから音色をサンプリングして、細かくバラしていくと共に組み直し、テンポを上げてピッチはストレッチさせるという、まさにサンプラーありきの 'プログラム的な' ビート・ミュージックであったことを思い出して下さい。緻密でポリリズミックな高速ブレイクビーツと、ダウンテンポの無調なベースラインの '二層的な' 構造でひとつのグルーヴを生み出すのが画期的でした。それでも4つ打ちのテクノ、スモーキーなダウンテンポのブレイクビーツに現れる '普遍性' に対してドラムンベースの方法論は、現在のダブステップからグライム、トラップといったEDMのスタイルに受け継がれることで、いわゆるビートの細分化とプログラミングのスキルによるネットワークで '再起動' したものと見ることが出来るでしょう。
つまり、流行のサイクルは短いけれど何度でも組み直されることの '変奏' により、ビートが身体の限界を '管理' する様態へいつでも接近したい欲求こそドラムンベースの原初的な部分、ダブの '血統' を受け継ぐ真髄だったんじゃないでしょうか。そういう意味では当時、このドラムンベースを最もプログレッシヴなかたちへと昇華させたスクエアプッシャーがその後、見事に 'EDM化' したのも納得。現在、世界的に流行するヒップ・ホップ・ダンスの一種である 'Poppin' では、まさにビートと拮抗するように身体の限界に挑む創造性を発揮しております。ええ、上の動画はCGでもなければ編集も無し、スクリレックス以降のダブステップに特徴のウォブルベースに合わせてブルブルと痙攣させたり、無重力に逆再生するような流れでガクガクとヒット(身体を打つようなPoppinの動きをこう呼びます)させる特異な動きなど、いやあ、これはサイボーグの時代到来ですねえ。この断片化された情報の 'かけら' をひとつずつ収集、分解、再構成していく姿は、英国の音楽批評家サイモン・レイノルズによれば 「想像を超えた激しい情報過負荷時代に対応するため、再プログラミングされた身体の鼓動であると同時にステロイドを使ったポストモダンのダブ」とドラムンベースを定義しました。これぞまさに '宙吊りの美学' ともいうべきダブの根幹と軌を一にするものです。
さて、ダブと 'Tokio' が先鋭的なカタチで交差した瞬間を捉えたという意味ではもう一度、時計の針を1980年の 'TOKIO' に巻き戻さなければなりません。アフリカ・バンバータの 'Planet Rock' ?ハービー・ハンコックの 'Rockit' ?マントロニクスの 'Bassline' ?サイボトロンの 'Clear' ?いやいや、YMOの '頭脳' ともいうべき '教授' ことRiuichi Sakamotoにご登場頂きましょう。ここでは 'ニューウェイヴ' の同時代的なアティチュードとして、最もとんがっていた頃の '教授' がブチかましたエレクトロ・ミュージックの 'Anthem' とも言うべきこれらを聴けば分かるはず!特に 'Riot in Lagos' のデニス・ボーヴェルによるUK的 'メタリック' なダブ・ミックスが素晴らしい。この1980年はYMO人気のピークと共にメンバー3人が '公的抑圧' (パブリック・プレッシャー)に苛まれていた頃であり、メンバー間の仲も最悪、いつ空中分解してもおかしくない時期でした。そんなフラストレーションが '教授' の趣味全開として開陳させたのが、ソロ・アルバム 'B-2 Unit' と六本木のディスコのテーマ曲として制作した7インチ・シングル 'War Head c/w Lexington Queen' におけるダブの 'ヴァージョン' 的扱い方だったりします。しかし 'Riot in Lagos' をカバーするラッパ吹き、出て来ないかなー?
→Musitronics Mu-Tron Bi-Phase
→JMT Synth 16 Stage Phaser PHW-16
ジャマイカでキング・タビーとその人気を二分した 'ダブ・マスター' にして奇才、リー 'スクラッチ' ペリーの傑作と自らのスタジオ 'Blackark' での全盛期のお姿。1973年に発表した 'Blackboard Jungle Dub' はハッキリと 'ダブ' というスタンスを明示してアルバム化した最初の一枚であり、さらに正規のクレジットはありませんがペリーとタビーの共同作業により結実した 'マスターピース'。スプリフ片手にSoundcraftのミキシング・コンソールを楽器のように扱いながら、まるでギターでも弾くようにMusitronics Mu-Tron Bi-Phaseのツマミを回すペリーは '熱帯のサイケデリア' を創造することに余念がありません。このBi-PhaseとGrampianのスプリング・リヴァーブの組み合わせこそ、まさに 'Blackark' から世界に放たれたダブの質感そのものですね。しかしBi-Phaseって 'クローン' 含めて高いよなあ、あの 'デュアル・フェイズ' の空間生成な感じがなかなか見つからない・・とお嘆きの貴方、大阪でガジェットな発振器的シンセを中心に製作する工房から面白い16ステージのフェイザーが登場しました(本機はラインレベルのエフェクターです)。
→Benidub Audio Spring Amp Ⅱ
→Benidub Audio Digital Echo
→Benidub Audio Filtro - 4 Pole VCF
このようなダブに必須の '飛び道具' ということで、大きなミキシング・コンソールと共に手に入れておきたいのが 'ダブ三種の神器' ともいうべきスプリング・リヴァーブ、ディレイ、フィルターであります。スペインでダブに特化した機器を専門に製作するBenidub Audioは、現在の市場に本場ダブの持つ原点ともいうべき音作りを開陳するべく貴重な存在。すべては '目の前にある' 反復した音の '抜き差し' から、ライヴとレコーデッドされた素材を変調するために換骨奪胎する・・これぞダブの極意なり。
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