"私のまわりには若くて、熱意のあるミュージシャンがたくさんいる。彼らは、いろんなことをたくさん学びたがっている。私は、彼らに、ゆっくり、少しづつ教えるようにしているんだ。絶対に一度にたくさん教えない。少しのコードとかちょっとしたスケールとかね。ちょっぴり書いて渡してやる。これで彼らもついてこれるんだ。しかも、こうすると、彼らが自分のアイデアをそれにつけ加えることだってできる。"
ちなみにこの '全体から部分を把握する' っていう捉え方は、ラッパ吹きのエリック宮城さんがマウスピースだけの 'バズィング' 練習に懐疑的なことにも繋がるのかもしれませんね。そもそもこの '抵抗感の違い' こそ奏法の厄介な意識であり、アンブシュアを変えてまで 'バズィング' の為の '口を作って' しまうのではなく、ラッパはマウスピースを装着して初めて 'トランペット' という楽器の '鳴り' を具現化していると思うのです。同じくラッパ吹きの原朋直さんもそんなラッパの抵抗感の変化、特に '変え指' 含めたバルブを押さえることからくる管長の長さの変化に対して均一な質感、音量に注意して日々自分が鳴らせるところを掴むしかないとのこと。もちろん、この 'バズィング' を重要視する奏者の方も多くおりその賛否は分かれております。つまり、アンブシュアの位置含めそのやり方は奏者の数だけいろいろあれど、感覚とは日々 '狂う' ことが当たり前でそれをいかに修正していくかの能力にこそ、ラッパの奏法とゴルフの打法の共通点としてあるのではないでしょうか。
→Giardinelli Miles Davis 'Special' Model
そんな '厄介な旅' へと誘うマウスピースの冒険の中で、いわゆる 'シグネチュア・モデル' としてのマイルス・デイビスのマウスピースはかなり特殊な一品であることが分かります。デイビスが生涯を通じて愛用していたマウスピースは2種あり(Heimも使っていたっぽいけど)、ひとつはモダン・ジャズ全盛期からラッパを 'アンプリファイ' する直前まで愛用していたJoseph Gustatのもの。もうひとつは 'エレクトリック・マイルス' 以降の定番となったGiardinelliのものになります。上の画像はそのデイビス本人が愛用していたGiardinelliのもので製作者はウラディミール・フリードマン。当時ニューヨークに工房を構えていたマウスピースの老舗、Giardinelliの全盛期にボブ・ジャルディネリの薫陶を受けて仕切っていた御仁で、彼の下からテリー・ワーバートン、ジョン・ストーク、ジェフリー・ヒルやグレッグ・ブラックといったマウスピース職人を次々と輩出したことからもその存在の大きさが分かります。工房閉鎖後はジェローム・カレの工房に招かれてマウスピース製作を継続し、上の画像ではGiardinelli時代とJerome Callet時代に製作したそれぞれ 'マイルス・デイビス・モデル' を比較したもの。
→Kanstul / Gustat Mouthpiece
→Kanstul / Gustat G2 Mouthpiece
一方のJoseph Gustatはデイビスの同郷であるセントルイスのフィルハーモニー楽団の第一トランペット奏者で、デイビスの小学校時代の恩師にしてトランペットのスタイルに大きな影響を与えたエルウッドCブキャナンや、先輩ラッパ吹きクラーク・テリーの師匠でもあります。ガステットが自身の生徒たちに使うよう推奨していたこのマウスピースは、実はそのセントルイス交響楽団の前任者で後にボストン交響楽団へ移ったトランペット奏者、グスタフ・ハイムが考案したものです。ハイムといえばFrank-Holtonの工房で製作したHeimマウスピースが有名なのですが、このふたつのマウスピースには共通した点があり、それはNo.1とNo.2のサイズが用意され、フレンチホルンなどで一般的な 'アンカーグリップ' と呼ばれる薄いリムを持っていたこと。一方でGustatマウスピースはHeimに比べてショート・シャンクの仕様となっていたのが独特ですね。ほとんど少量製作されたGustatマウスピースは非常にレアな存在で、現在の市場でも状態によって十万を下らないのではないでしょうか?デイビスもラッパの 'アンプリファイ' に際してGiardinelliを使い出したのは、たぶん貴重なGustatマウスピースに穴を開けたくなかったのだろうと推察します。しかし現在、ほぼデジタル・コピーするかたちでKanstulから復刻されているこのGustat、気軽に試すことが出来るので是非体感してみて下さいませ(デイビスはリム内径16mmのG2を愛用していたとのこと)。こんな軽そうなヤツなのに・・意外にも密度のあるトーンを持っておりますヨ。
こちらはそのGustatのベースとなったHolton-Heimによるマウスピース。ヴィンテージは復刻版とは違ってちゃんと 'Frank Holton & Co.' の刻印が入っております。ちなみにこのHeimのマウスピースは、たぶんラッパ吹きなら一度はさらっている(だろう)有名な教則本「テクニカル・スタディ」の著者、ハーバートLクラークの直弟子、クラウド・ゴードンが自身の弟子に真っ先に薦めていたマウスピースでもありますね。
そして冒頭でも触れたウラディミール・フリードマン手がけるGiardinelliのマウスピース。いわゆる型番は無く 'Giardinelli New York Miles Davis' と刻印されております。他に1970年代に使われていたものでは 'Special' という刻印も施されていたとのこと。この工房のマウスピースといえば他社の製品ではあまり見かけないトランペット用Vカップが用意されていたことで、いわゆる深くて鋭いカップ形状からフリューゲルホーンのようなダークなトーンを得ることが出来ます。デイビス自身、トランペットの中音域におけるダークなトーンを好んでいたことも相まって、Giardinelliの7V(リム内径16.5mm)をベースにしていたのではないか?と推測するのですが・・はてさて。また、この写真を見ると 'アンカーグリップ' に加工された薄いリムを脱着出来る2ピースのモデルであることが分かるのですが、まだこちらはベンドしておりません。そう、デイビスのマウスピースといえばトレードマークなのがマウスピースの 'くびれ' のところを中心にグイッと曲げ加工を施していること。コレ、奏者にとってはいろいろな意見で分かれており、一定期間リムに唇を押し付けていると血行不良を起こす為、その 'ベンドさせた' ことによるリム位置をビミョーに回すことでバテるのを回避出来る、いわゆる '出っ歯' のアンブシュアで自然にエアの流れと楽器の向きが補正される、一方で、その '矯正的' にベル位置を下げたフォームからブレスのタイミングが狂うのでイマイチ、など賛否ありまする。
→Shure CA20B Transducer Pick-Up
そんなGiardinelliのシャンク部分に穴を開けて接合されたのがこちら、Shureのマウスピース・ピックアップCA20B。デイビスがトランペットの 'アンプリファイ' として最初にアプローチしたのが1968年だと言われており、それが具現化するのは1969年8月の 'Bitches Brew' のレコーディングになります。そこではエンジニアにより8トラックを用いて4チャンネル方式で録音、編成の大型化したアンサンブルに対抗すべくデイビスのトランペットも3通りのやり方で収音しておりました。愛機Martin Comitteeに穴が開けられてピエゾ・ピックアップを装着、それをアンプから出力した音にマイクを立てて収音、そのアンプへと出力する直前にDIによって分岐された音をラインでミキサーに入力、そしてベルからの生音をマイクを立てて収音、ミキサーへと入力することでエンジニアはこれら3つの音を自由に加工する余地が生まれます。またデイビスの目の前には小型のモニターが置かれてほぼライヴ形式でのレコーディングとなりました。ちなみにこの加工を象徴するのが本作のタイトル曲に顕著なタップ・ディレイの効果であり、それはCBSの技術部門の手により製作されたカスタムメイドのテープ・エコー、'Teo 1' と名付けられたものでした。その仕様はテープ・ループ1本に録音ヘッド1つと再生ヘッドが最低4つは備えられたものだったとのこと。
そして、同年11月に再び始まったレコーディング時にはこのShureのピックアップと後述する専用のアタッチメント、HammondのInnovex Condor RSMがデイビスの手元に届けられます。以下は上記リンク先のShureのHPから質問コーナーに寄せられたこのピックアップに対する回答。
"Q - わたしはShurre CA20Bというトランペットのマウスピースに取り付けるピックアップを見つけました。それについて教えてください。"
"A - CA20Bは1968年から70年までShureにより製造されました。CA20BはSPL/1パスカル、-73dbから94dbの出力レベルを持つセラミックトランスデューサーの圧電素子です。それはHammond Organ社のInnovex部門でのみ販売されていました。CA20BはShureのディーラーでは売られておりませんでした。
CA20Bは(トランペット、クラリネットまたはサクソフォンのような)管楽器のマウスピースに取り付けます。穴はマウスピースの横に開けられて、真鍮のアダプターと共にゴムOリングで埋め込みます。CA20Bはこのアダプターとスクリューネジで繋がっており、CA20Bからアンバランスによるハイ・インピーダンスの出力を60'ケーブルと1/8フォンプラグにより、InnovexのCondor RSMウィンド・インストゥルメンツ・シンセサイザーに接続されます。Condor RSMは、管楽器の入力をトリガーとして多様なエフェクツを生み出すHammond Organ社の電子機器です。Condorのセッティングの一例として、Bass Sax、Fuzz、Cello、Oboe、Tremolo、Vibrato、Bassoonなどの音色をアコースティックな楽器で用いるプレイヤーは得ることができます。またCA20Bは、マウスピースの横に取り付けられている真鍮製アダプターを取り外して交換することができます。
Condorはセールス的に失敗し、ShureはいくつかのCA20Bを生産したのみで終わりました。しかし、いく人かのプレイヤーたちがCA20Bを管楽器用のピックアップとしてギターアンプに繋いで使用しました。その他のモデルのナンバーと関連した他の型番はCA20、CA20A、RD7458及び98A132Bがあります。"
ちなみに、このカタログ通りのShure CA20BとCondor RSMの '模範的組み合わせ' としては1970年代までのザ・ブレッカー・ブラザーズが有名ですね。1971年と72年にMainstreamから立て続けにリリースされたキーボーディスト、ハル・ギャルパーの 'The Guerilla Band' と 'Wild Bird' でその '電化ぶり' を開陳、さらにラリー・コリエル率いるThe Eleventh Houseやビリー・コブハムのグループへの参加で特に初期ランディ・ブレッカーのイメージを決定付けました。そしてザ・ブレッカー・ブラザーズ結成により唯一無二のスタイルへと邁進します。
このCA20Bは上述したShureの説明通り、スクリューネジでピックアップ本体を着脱してピックアップ台座とシャンク部を繋ぐアダプターはゴムOリングで嵌め込む仕様。その為、ステージ上で派手なアクションと共に楽器を振り回すとゴムOリングの劣化に伴い外れてしまうので、1973年の後半からデイビスはそのアダプターとピックアップ本体をビニールテープでグルグル巻きにする荒技で凌いでおりますね。動画で見るとたまにピックアップの反応が鈍いのか、ステージ後ろからロード・マネージャーのクリス・マーフィーがフラフラと出て来てギュッとピックアップをマウスピースに押し付ける '応急処置' を確認することが出来まする(笑)。
→Hammond / Innovex Condor GSM & SSM
→Hammond / Innovex Condor GSM
→Hammond / Innovex Condor RSM ①
→Hammond / Innovex Condor RSM ②
そしてGiardinelliに接合するマウスピース・ピックアップ使用のきっかけとなった管楽器用 'アンプリファイ' システムの最後発、Innovex Condor RSMをご紹介。Hammondは当時、エレクトリック・サックスで人気を博すエディ・ハリスや駆け出しの頃のランディ・ブレッカー、そして御大マイルス・デイビスへ本機の '売り込み' を兼ねた大々的なプロモーションを展開。デイビス邸にもこの大仰な機器が専用のアンプと共に送り付けられてきました。そんなデイビスとHammondの関係は、1970年の 'Downbeat' 誌によるダン・モーゲンスターンのインタビュー記事から抜粋します。
"そこにあったのはイノヴェックス社の機器だった。「連中が送ってきたんだ」。マイルスはそう言いながら電源を入れ、トランペットを手にした。「ちょっと聴いてくれ」。機器にはフットペダルがつながっていて、マイルスは吹きながら足で操作する。出てきた音は、カップの前で手を動かしているのと(この場合、ハーモンミュートと)たいして変わらない。マイルスはこのサウンドが気に入っている様子だ。これまでワウワウを使ったことはなかった。これを使うとベンドもわずかにかけられるらしい。音量を上げてスピーカー・システムのパワーを見せつけると、それから彼はホーンを置いた。機器の前面についているいろんなつまみを眺めながら、他のエフェクトは使わないのか彼に訊いてみた。「まさか」と軽蔑したように肩をいからせる。自分だけのオリジナル・サウンドを確立しているミュージシャンなら誰でも、それを変にしたいとは思っていない。マイルスはエフェクト・ペダルとアンプは好きだが、そこまでなのだ。"
あくまで想像ですが、本機が最初に用いられたのは1969年11月から始まるインド、ブラジルの民族楽器を導入したセッション中の1曲 'Great Expectations' においてのこと(同時期、ジミ・ヘンドリクスもギター用Condor GSMを購入)。この曲は13分弱からなるヒプノティックに反復するテーマと少しづつ前後するポリリズムの絡みで構成されており、通奏低音のタンプーラをバックにデイビスのトランペットはソロに変わってオープン、ミュート、エコー、オクターヴ、ディストーション、フェイズ、トレモロと多岐に渡り、刻々とその反復の表情を変えていくことに威力を発揮します。
また、第一人者ともいうべき 'アンプリファイ' なサックスのイノベイターであるエディ・ハリスもHammondからこのInnovex Condor RSMを送りつけられてきたひとりであり、早速それまでのGibson / Maestro Sound System for Woodwindsから変更してより 'シンセサイズ' なトーンへ・・と思いきや、分厚いオクターヴのお馴染みな 'ハリス節' であんま変わりませんね(笑)。むしろ、ここまでこだわってこの手の機器を使いながらEWIなどの 'ウィンドシンセ' に行かなかったのは興味深い。ちなみにデイビスとは自身の 'Freedom Jazz Dance' をカバーしてくれたことで懇意となり、一足早く 'アンプリファイ' したことでデイビスからアドバイスも求められたハリスは、そのままウェイン・ショーター脱退後に声がかかるのを待っていたそうですね(笑)。結局、白人の若いスティーヴ・グロスマンを入れたことでハリスの '恨み節' が呟かれたことが悲しくも可笑しい。
→DeArmond Model 610 Volume Tone Pedal
ワウペダルといえば、1970年から71年にかけてジミ・ヘンドリクス譲渡のVox 'Cryde McCoy' と72年から活動停止する75年まで愛用したThomas OrganのVox 'King Wah' がデイビスお気に入りの '足下' でしたが、それらと並んで重宝したのがヴォリューム・ペダル。いわゆる 'エレアコ' の 'アンプリファイ' において重要なのが、いかに音量のダイナミズムをコントロールするのかということ。例えばSelmer Varitoneをいち早く日本でアプローチしたテナーサックス奏者、松本英彦氏もこのアコースティックとの息の使い分け、音量のコントロールに腐心してバランスを保つのが難しかったことを吐露しております(本文の流れは後述する 'スイングジャーナル' 誌の対談参照)。
"ちっちゃく吹いても、大きなボリュームの音が出るというのは、サックスが持つ表情とか感情というものを何か変えてしまうような気がするねェ。一本調子というのかなあ。それに電気サックスを吹いていると少し吹いても大きな音になるから、変なクセがつくんじゃないかなんて・・。初めオクターブ下を使ってたとき、これはゴキゲンだと思ったけど、何回かやってると飽きちゃうんだね。しかし、やっぱりロックなんかやるとすごいですよ。だれにも音はまけないし、すごい鋭い音がするしね。ただ、ちょっと自分自身が気に入らないだけで、自分のために吹いているとイージーになって力いっぱい吹かないから、なまってしまうような・・。口先だけで吹くようになるからね。"
このような違和感は当然デイビスもアプローチした際に感じており、その繊細な音量コントロールを求めて1972年からヴォリューム・ペダルの老舗、DeArmondにトランペットの音量カーブに合わせたパッシヴ '610' の特注品をオーダーしました。そこからダイナミズムがもたらす耳のポジションと音楽の新しい '聴こえ方' についてこう述べております。
"ああやって前かがみになってプレイすると耳に入ってくる音が全く別の状態で聴きとれるんだ。スタンディング・ポジションで吹くのとは、別の音場なんだ。それにかがんで低い位置になると、すべての音がベスト・サウンドで聴こえるんだ。うんと低い位置になると床からはねかえってくる音だって聴こえる。耳の位置を変えながら吹くっていうのは、いろんな風に聴こえるバンドの音と対決しているみたいなものだ。特にリズムがゆるやかに流れているような状態の時に、かがみ込んで囁くようにプレイするっていうのは素晴らしいよ。プレイしている自分にとっても驚きだよ。高い位置と低いところとでは、音が違うんだから。立っている時にはやれないことがかがんでいる時にはやれたり、逆にかがんでいる時にやれないことが立っている時にはやれる。こんな風にして吹けるようになったのは、ヴォリューム・ペダルとワウワウ・ペダルの両方が出来てからだよ。ヴォリューム・ペダルを注文して作らせたんだ。これだと、ソフトに吹いていて、途中で音量を倍増させることもできる。試してみたらとても良かったんで使い始めたわけだ。ま、あの格好はあまり良くないけど、格好が問題じゃなく要はサウンドだからね。"
→'King Vox-Wah' 1967
→Vox 'The Clyde McCoy' 1967
それまでモダン・ジャズの極北ともいうべき複雑なコード・プログレッションとインプロヴァイズの探求を行ってきたスタイルから一転、スーツを脱ぎ捨てヒッピー風の極彩色を纏い、ベルを真下に向けて屈み込みワウペダルを踏む姿は未だ '電気ラッパ' の 'アイコン' ではないでしょうか。しかし、アレが果たしてデイビスにとって '正解' だったのか何だったのかは分からない。実際、あのスタイルへと変貌したことで従来のジャズ・クリティクはもちろん、当時、デイビスが寄せて行ったロック、R&Bからの反応もビミョーなものだったのですヨ。ここ日本でも1973年の来日公演に寄せてジャズ批評の御大、油井正一氏が 'スイングジャーナル' 誌でクソミソに貶していた。ワーワー・トランペット?ありゃ何だ?無理矢理ラッパをリズム楽器に捻じ曲げてる、ワウワウ・ミュートの名手であるバッバー・マイリーの足元にも及ばないなどと、若干、あさってな方向の批評ではありましたけど、まあ、言わんとしていることは分かるのです。極端な話、別にデイビスのラッパ要らなくね?って感想があっても何となく納得できちゃったりするのだ(苦笑)。
まだ、デイビスが最初のアプローチとして開陳した1971年発表の2枚組 'Live-Evil' の頃は要所要所でオープンホーンとワウペダルを使い分け、何となくそれまでのミュートに加えて新たな 'ダイナミズム' の道具として新味を加えようとする意図は感じられました。しかし1972年の問題作 'On The Corner' 以降、ほぼワウペダル一辺倒となり、トランペットはまさに咆哮と呼ぶに相応しいくらいの 'ノイズ生成器' へと変貌・・。それはいわゆるギター的アプローチというほどこなれてはおらず、また、完全に従来のトランペットの奏法から離れたものだっただけに多くのリスナーが困惑したのも無理はないのです。これは同時期、ランディ・ブレッカーやエディ・ヘンダーソン、イアン・カーらのワウワウを用いたアプローチなどと比べるとデイビスの '奇形ぶり' がよく分かるでしょうね。そんなリズム楽器としてのトランペットの '変形' について個人的に大きな影響を受けたんじゃないか?と思わせたのがブラジルの打楽器、クイーカとの関係なんです。デイビスのステージの後方でゴシゴシと擦りながらラッパに合わせて裏で 'フィルイン' してくるパーカッショニスト、アイルト・モレイラの姿は、そのままワウペダルを踏むデイビスのアプローチと完全に被ります。その録音の端緒としては、1970年5月4日にエルメート・パスコアール作の 'Little High People' でモレイラのクイーカやカズーと 'お喋り' する電気ラッパを披露しており、すでにこの時点で1975年の活動停止に至るラッパの 'ワウ奏法' を完成させていることにただただ驚くばかり。こんな管楽器とエフェクターのアプローチにおいて、ほんの少しその視点を他の楽器に移して見ると面白い刺激、発見がありまする。そんな 'アンプリファイ' における奏法の転換についてデイビスは慎重に、そして従来のジャズの語法とは違うアプローチで試みていたことをジョン・スウェッド著「So What - マイルス・デイビスの生涯」でこのように記しております。
"最初、エレクトリックで演奏するようになったとき、特に感じるものはなく、そのことはマイルスをがっかりさせた。コカインでハイになるのとは違っていた - むしろエレクトリックというのは徐々に体の中で大きくなっていくものだ、とマイルスは表現した。快感はある。しかしそれはゆっくりとした快感だった。やがて、必死なって音を聞こえさせようとしない方が長くプレイすることも可能だとマイルスは知った。そのためにはいくつかの調整が必要だ。あまり速く演奏してしまうと、パレットの上で絵の具が流れて混ざるように、音が混ざってしまう。そこでフレージングの考え方を一から見直すことにした。長くて二小節。メロディの合間からもっとリズムを聞こえさせたいと思っていたマイルスにとっては、実に理にかなった発想だった。"
こちら、1971年のステージにおけるVox 'Cryde McCoy' ワウを踏む 'アンプリファイ' なトーンとアコースティックにおけるパートでマウスピースを '取っ替え引っ換え' する演出が面白い。上の動画の4:38〜5:32ではアコースティックなトーンを聴かせますけど、ポケットに忍ばせたGustatマウスピースに付け替えるデイビス瞬時の交換が素早過ぎる!コレ、デイビス的に言えば絶対に悟られるな!音楽の流れを断ち切るな!ということなんでしょうか?(笑)。ちなみに、デイビスにとっては呼吸と膝の屈伸の関係こそ奏法に大きな影響を与えているそうで、'ダウンビート' 誌1969年12月11日号のドン・デマイケルとの車内における会話で明かしております。ちょっと長いですが引用してみましょう。
"オレは膝を使って演奏しているからな。知ってたかい?"
- ああ、ずいぶんと膝を曲げていることには気づいていた。
"アンブシュアを乱さないためだ。"
- 膝と何の関係があるのかな?
"オレが吹いているときと・・他の連中が吹くときで気づくのは - これが随分ありきたりなんだな。- 彼らはお決まりの場所でブレスしている。だから普通の音になる。"
- 2小節、4小節フレイズのことなんだろうか。
"ああ、ところがアンブシュアをしたまま鼻から息をするなり、自分が好きなようにやれば違った風にプレイできるんだよ。ただし手を離したらダメだ(手を離さないとどういう風になるのか教えようと、グチャグチャなリズムを口ずさむ)。な?違う着地になるだろ(短い、ギクシャクしたフレイズを歌う)。
- 流れが断ち切られる。
"そういうこと、一緒だよ。パターンで演奏しているとしよう。特に拍子がだんだん乱れてきているときにパターンで演奏なんかしていると、ますます乱れてくるんだ。ホーンを下ろしたときにリズムももたついてしまうことになるからな。後ろで演奏している連中からは「あいつは休んでいる」と思われる。休むときは絶対に悟られちゃいけない。ボクシングだってそうだ。ジャブを打つときはリラックスなんかしない。だってジャブを打つのがポイントなんだぜ。ジャブを打つから次のパンチも出せる。つまり手を休めちゃダメだってことさ。"
- 動くとアンブシュアが乱れるというのなら、どうして動く?
"バランスを取り続けているんだ。ちゃんとしたバランスにいつも戻るようにしている。もちろん困ったこともある。昨日の夜なんか、速い4/4拍子の曲で3連を吹いていたら、ジャックがこんな風に(マイルスは速いテンポで車のダッシュボードを指で叩いた)して、それにオレがこんな風(身体を上下にゆっくり動かしながら、4分3連のフレイズを歌う)なんだから、そりゃ乱れる・・。
- つまり音を出すときの筋肉の違い、吹き方の違いということ?
"そうだ、バランスを取り続けなくちゃならない。それに・・スイングするように(身体で)タイムをキープしないと。ある意味一体になるというか、どう考えるかなんだ。ボクシングなら相手を観察しないといけない。わかるか?観察して予測するんだ・・。相手がジャブを出してきたら、こっちは左手で止めようとか。全部がそういう風にならないと(指を鳴らす)。
デイビスの 'アイコン化' に拍車をかけているのがステージで示す、他のラッパ吹きにはあまり見られない独特の姿勢というか、ジェスチャーというか '動き' がありますね。屈み込んでベルを真下に落とす、かと思うと背伸びをするように天に向けてベルを垂直に突き上げる、身を捩らせながら苦悶の表情で片耳を抑える、マウスピースをペロッと舐める(これは唇の耐久性を落とさない為にラッパ吹きはよくやりますケド)、そして膝を屈伸させて独特のテンポを刻むなどなど・・すべてがラッパ吹きの格好良さと直結します。
"フム、デイブがかい。要するに問題はマウス・ピースなんだよ。私は、12才の時から、当時、音楽を教わっていたドイツ人のグスタットという人にもらったジャルディネリのマウス・ピースをずっと使っているからね(注・Giardinelliはデイビスの勘違いだと思う)。30年以上も同じ奴だよ。どうだい、ここをちょっと触ってみろよ(とマイルスは、唇を前に突き出す。触るとカチカチだ)。ね、こんな風に長年トランペットを吹いていると唇が固くなるんだ。ところが、ほとんどのトランペッターは、途中であれやこれやとマウス・ピースを変えるんだ。それがいけないんだよ。マウス・ピースを変えるということは、唇の状態をそれに合わせて変える必要があるのに、みんなはそれに気付いていないんだ。ハリー・ジェームスもずっと同じマウス・ピースを使っているよ。"
- でも、楽器は違うんですが、ファラオ・サンダースの家に行った時わたしは、ものすごい量のマウス・ピースを見ましたよ。
"だからあいつはまともなプレイが出来ないんだよ。マウス・ピースはひとつひとつが別のサウンドを出すんだ。リード楽器にしても同じだよ。私の唇の状態は、いつも同じコンディションになっている。もし吹き過ぎて唇を使い過ぎたりすると、オルガンを弾いて休ませてやる。その時でも、オルガンを弾いているから、手の指はしなやかさを失わないですむんだ。それにトランペットを吹く時のパワーのよりどころ、つまり高音をヒットするとかボリュームを一杯に吹くとかというのは、腹部をどう鍛えるかにかかってくるんだ。名歌手のマリオ・ランツァにしても、死んじゃったけど、声量の豊かな歌手はみんな腹部でコントロールするんだ。"
そんなShure CA20Bも6年近い '沈黙' を経て再びステージに立った頃には、すでに '時代遅れの代物' と化したのか、ピックアップ本体は外されて蓋で閉じられた 'アコースティック・マウスピース' としてミュートと共に奏でます。この復帰ライヴはすでに 'ワウの時代' ではなくなったことを象徴する一コマと映るのですが、それは復帰作 'The Man with The Horn' の中で唯一タイトル曲のみワウペダルを用いたことからも伺えます。すっかりラッパの練習を怠っていたデイビスはワウペダルを使う気満々だったのだけど、そんな '時代遅れ' の雰囲気を伝えるべくテオ・マセロらスタッフがワウペダルを隠してしまったことから仕方なくアコースティックで開始、あのヘロヘロした病み上がりのトーンへと結実するのです。当然、こりゃヤバイ!と本人が体調改善と共にラッパを必死に練習したことは言うまでもありません。
さて、そんな 'エレクトリック・マイルス' を象徴する管楽器用のマウスピース・ピックアップ。現在では完全に '過去の遺物' となってしまいましたが、まだまだホーンでエフェクターを使いたい人には 'ニッチな' 需要があるのです。個人的に驚いたのがオスマン・トルコの軍楽隊の伝統なのか、バルカン半島一帯からブルガリア、トルコ、ギリシャにかけてクラリネットなど木管楽器をターゲットにした 'アンプリファイ' で小さな工房が頑張っていること。とりあえず、ここからは管楽器の 'アンプリファイ' が始まった1960年代後半から70年代、そして最近の製品のいくつかを取り上げてみたいと思います。
→NeotenicSound AcoFlavor - Acoustic Pick-Up Signal Conditioner ①
→NeotenicSound AcoFlavor - Acoustic Pick-Up Signal Conditioner ②
→NeotenicSound AcoFlavor: Column
→From Horn to Effects - HornFx
このマウスピース・ピックアップ、現在のグーズネック式マイクに比べるとすでに '化石状態' のシロモノであると述べましたが、その理由としてこのブログの初期に 'マウスピース・ピックアップの誘惑' の項でこう箇条書きしていたことを再び抜粋します。
①ピックアップの音質
②マウスピースへの加工
③煩雑なセッティング
①は、いわゆるピエゾ・トランスデューサーの持つ根本的な問題です。反応が早く、芯のある中域を捉える反面、低域はもちろん高音域が乏しく、硬くシャリシャリとした音質は '生音' へのこだわりを示す奏者にとって、決して満足のいくものではありません。ある程度プリアンプやEQで補正出来るものの、基本的にはスタンドマイクを立てて、ベルからの生音とピックアップの音色をPAのミキサーで混ぜて出力するのが昔からの方法です。その代わりマウスピース・ピックアップは構造上、ある程度のハウリングには効果を示し、エフェクターの効きが良いです。また、現在のグーズネック式マイクがラインからPAで出力されるのに対して一昔前のマウスピース・ピックアップは、アンプで再生したものをマイクを立てて収音するのが一般的でした。
②は、マウスピースにドリルで穴を開け、ハンダでピックアップを接合するという方法に、貴重なマウスピースへの加工を嫌がる奏者が一定以上いたということです。また、一度取り付けてしまうとマウスピースのサイズを変更できないのもマイナス。ピエゾは、取り付け位置によってもサウンドが激変してしまうことから、マウスピースの他にサックスのネック部分、トランペットのリードパイプ部分、ベルの横側に穴を開けて取り付けるなど、いろいろな方法が取られました。まだお手軽なグーズネック式マイクの無かった頃の煩雑さは、そのまま1970年代のフュージョン・ブーム過ぎ去りし後、管楽器のリペア工房で穴の空いた楽器が再びハンダで埋められるべく列を成していたという話からも伺えます。これは自分の話として、PiezoBarrelの 'P9' ピックアップ組み込み済みマウスピースでシャンク部の '刺さり具合' によるバラツキ、使うラッパによっては '底付き' してしまうトラブルにも現れておりますね。
③は、このマウスピース・ピックアップが、そもそもは 'アンプリファイ' によりエフェクターを積極的に用いる為のアイテムだということです。これは①でも触れましたが、ベル側の '生音' とのミックスでPAに出力する為に、管楽器に対して2回線がステージ上からPAへと引き回されるわけです。PAとしては極力トラブルにならぬように煩雑なセッティングは避けたいのが本音。一昔前の貧弱なステージ環境に比べて、現在はコンサートの現場におけるPAシステム全体の再生クオリティが向上したことも大きく、とりあえず管楽器の '生音' をPA側で確保してからミキサーの 'バスアウト' →DI→コンパクト・エフェクター→DI→ミキサーという流れで繋ぐのがほぼセオリーかと思われます。その為PAのエンジニアさん的には、管楽器に特化した 'ループ機能付き' マイク・プリアンプのRadial Engineering Voco-Locoなども直接マイクを入力するより上記のセッティングで 'DI的' に繋ぐことを推奨するでしょうね。
→H&A.Selmer Inc. Varitone ②
→H&A Selmer Inc. Varitone "Full Set"
1965年に管楽器メーカーとしてお馴染みH&A.Selmer Inc.が手がけた元祖 'アンプリファイ' サウンド・システム、Varitone。Selmerブランドのほか、管楽器への市場拡大を狙ってなのかBuesherブランドでも販売されておりましたが、製作自体は現在でもPAの分野で大手のElectro Voiceが担当したようです。振動を感知して電気信号に変換するピエゾ・トランスデューサー方式のピックアップは、音源に対して理想的な取り付け位置を見つけるのが難しく、マウスピース部分はもちろん、金管楽器のリードパイプやベルの真横などいろいろ試しながら完成に漕ぎ着けたとのこと。ちなみにVaritoneは通常の '3300 Auditorium Model' のほか、上の動画にある '3100 Club Model' の2種がラインナップされておりました。この 'Club Model' はライヴなどの汎用性を高めた '若干' 小ぶりな仕様で、'Auditorium Model' のアンプ正面に備えられていたTremoloの 'Speed' と 'Depth' は外部からのコントロールに移されております。
SelmerはこのVaritone専用のほか、サックス用ネックと共に 'Cellule Microphonique' の名で単品でも販売しており、これは当時日本の管楽器店も輸入販売しておりましたが・・いやあ、ピックアップ本体で2万円、取り付け用器具込みのサックス用ネックが1万円と、そのまま現在の価格にしても半端ではない高価なものだったようです。これは売れなかっただろうなあ。ちなみにVaritoneのピックアップは真鍮製の台座をネックやリードパイプに接合し、ピックアップ本体は台座とスクリューネジで着脱することができます。
→C.G. Conn Multi-Vider
→C.G. Conn Model 914 Multi-Vider
続いて登場したのが管楽器の名門、C.G.ConnのMulti-Viderであり、Selmer Varitoneに比べると他社の製品、ギター用のエフェクター(当時は 'アタッチメント' という呼称が一般的)などとの互換が可能な汎用性に優れておりました。また、ピックアップ自体も後発のGibson /MaestroやAce Tone Multivox専用のピックアップと互換性のある2つのピンでピックアップ本体に差し込むもので、その普及という点ではVaritone以上の成功を納めます。こちらの設計はファズやワウなどの製作をするJodan Electronicsが担当し、それまでのVaritoneにあった不自由さから一転、後発のVox / King AmpliphonicやGibson / Maestroの製品にも採用される、マウスピース側に接合するソケット部とピックアップ本体をゴムパッキンで嵌め込む方式をMulti-Viderが最初に始めました。またメーカーからはカールコードと通常のケーブルの2種が用意されて、ピックアップを外した後は真鍮の蓋で覆い通常のマウスピースとして使用することが可能です。
ちなみにConnは自社製品のほか、Robert Brilhartさんという方が手がけるデンマーク製マウスピース・ピックアップ、'R-B Electronic Pick-Up' なども純正品として推奨していたようです。こちらはピックアップとアンプの間にパッシヴのヴォリューム・コントロールを用意して、奏者の腰に装着するかたちとなりますね。この 'R-B Electronic Pick-Up' は当時、サックスやトランペットはもちろん、フルートへの使用などかなり普及しておりました。
さて、この 'R-B Electronic Pick-Up' とよく似たものとしては英国でジミ・ヘンドリクスも愛したファズ・ボックスの名品、Fuzz Faceを製作したIvor Arbiter氏による管楽器用マウスピース・ピックアップを発見!クラリネット用でパッシヴのヴォリューム・コントロール装備の 'The Bug' とサックス用の 'Brilhart' の2種が用意されているのですが、これらは多分Robert Brilhartさんが手がけたOEM品だと思いますね。このような付属ケーブルにおいてカールコードと通常のストレートのほか、標準フォンとミニプラグの2種が用意されているのは、これが管楽器用ユニットから足元のギター用ペダルなどへそのまま 'プラグイン' 出来る汎用性に対応してのこと。
→Gibson / Maestro W-1 Sound System for Woodwinds
→Gibson / Maestro W-2 Sound System for Woodwinds
一方でGibson / Maestroのものは、ピックアップの本体部分はサックスのリード、クラリネットのバレルに一体成型されており、そこへ2つのピンを差し込んで使用するかたちとなります。このMaestro Woodwindsは1967年のW-1から1971年のW-3に至るまでこの分野における最高のヒット作となり、エディ・ハリス、トム・スコット、ポール・ジェフリー、ジョン・クレマー、ドン・エリス、マザーズ・オブ・インベンションのイアン・アンダーウッドやバンク・ガードナーなど多くのユーザーを獲得、変わったところでは作曲家の富田勲氏も '姉妹機' にあたるG-2 Rhythm n Sound for Guitarと共に愛用しておりましたね。この錚々たる名前からも分かるように、それは現在でも状態良好の中古がeBayやReverb.comなど定期的に出品されていることからも裏付けるでしょう。
→Vox / King Ampliphonic
→Vox / King Ampliphonic Pick-Up
→Vox / King Ampliphonic Stereo Multi-Voice
→Vox 'Ampliphonic' Woodwind and Brass Instruments
→Vox 'Ampliphonic' Powered Music Stands: Satellite, Galaxie, Orbiter
→Vox 'Ampliphonic' Nova Amplifier
→Vox 'Ampliphonic' Woodwind and Brass Instruments
→Vox 'Ampliphonic' Powered Music Stands: Satellite, Galaxie, Orbiter
→Vox 'Ampliphonic' Nova Amplifier
このMulti-Viderとほぼ同時期に登場したのが英国の名門ブランド、Voxが手がける 'Ampliphonic' のシリーズです。これまでのピックアップが基本的にパッシヴで外部にプリアンプ、もしくは専用サウンド・システムの入力部でゲインを稼ぐ仕様だったのに対してこの 'Ampliphonic' ピックアップは、'A〜B〜C' と可変するヴォリュームの付いたアクティヴの仕様が特徴。現在ではPiezoBarrelのマウスピース・ピックアップも本体にゲインを備えた同種のものになります。
基本的な作りはSelmer Varitone同様スクリューネジの着脱(互換性はない)となりますが、一部、Conn Multi-ViderやGibson /Maestroとの互換性に合わせてゴムパッキンのソケット部を持つ製品もラインナップされました。また管楽器市場への拡大を狙ってか当時、Voxと同じく傘下であった老舗Kingのブランドでも販売して専用アンプNovaやOrbiterを用意するど、総合的なPA製品含め展開しました。
→Gretsch Tone Divider Model 2850
→Gretsch Effects
GretschってExpanderfuzzやTremofect、'Play Boy' シリーズなどのエフェクターが中古で現れることがあるのですが、妙なデザイン含めイマイチその全貌が掴めないのですヨ。このTone DividerはC.G.Conn Multi-ViderやVox Ampliphonicと同時期の1967年に発売されたもので、4つのツマミにClarinetとSaxophoneの入力切り替えやSound On/Off (Effect On/Off)のスイッチ、そしてNatural、English Horn、Oboe、Mute、Bassoon、Bass Clarinet、Saxophone、Cello、Contra Bass、String、Tubaの11音色からなるパラメータはMaestro Woodwindsあたりを参考にしたっぽい感じ。ここにTremolo、Reverb、Jazzというエフェクツをミックス(外部フットスイッチでコントロール可)するという、まあ、同時代の管楽器用エフェクターで定番の仕様となっております。この金属筐体に描かれた木目調のダサい感じがたまりませんねえ(笑)。しかし、未だにアコースティックとか 'エレアコ' 系のエフェクターって何で木目調や '暖色系' ばかりなんですかね?
さて、ここまではいわゆる管楽器用エフェクターの付属品として用意されていたマウスピース・ピックアップを見てきましたが、1970年代に入るとピックアップ単品として発売されて気軽にアプローチすることが可能となります。そのきっかけとなったのがピックアップの老舗、Barcus-berry。この会社の製品が革新的だったのはピックアップ本体の小型化であり、マウスピースという限られたスペースの邪魔にならない取り付けを実現したこと。しかし、個人的には製品の耐久性という点でイマイチな部分が多く、わたしの環境ではマウスピースに接合して一年ほど過ぎるとガクッと感度が落ちてエフェクツのかかりが悪くなります・・(2つダメにしました)。そもそもピエゾ・トランスデューサー式はマイク同様に湿気に弱く、定期的なピックアップ本体の着脱を通して製品の寿命へ貢献すると考えております。実際、猛烈な息の出入りにより熱気から急速に冷えた結露としてピックアップに対する負担は相当なもの・・結局、現在はカタログ落ちしているのを見ると製品としての設計に無理があったのでしょう。しかし、チャカ・カーンと共演するランディ・ブレッカーが自分のモニター用としているウォークマンのヘッドフォンが凄く懐かしい(笑)。
ちなみにBarcus-berryはこの製品の特許を1968年3月27日に出願、1970年12月1日に創業者のLester M. BarcusとJohn F. Berryの両名で 'Electrical Pickup Located in Mouthpiece of Musical Instrument Piezoelectric Transducer' として取得しております。特許の図面ではマウスピースのシャンク部ではなく、カップ内に穴を開けてピックアップを接合しているんですねえ。しかし、カップ内で音をピックアップするとプシャ〜とした息の掠れる音が入り、動画はPiezoBarrelのものですが、こんな独特な音色となってイマイチ扱いにくいのでシャンク部に穴を開けた方が使いやすいと思います。
ランディ・ブレッカーにとって1982年のジャコ・パストリアス・グループ参加の頃はそんな '転換期' であり、それまで愛用していたShure CA20Bからより小型なBarcus-berryへと切り替えます。そのピックアップの仕様も中継コネクターでマウントする部分が、ベルとリードパイプ括り付けの 'タイラップ' から専用のクリップでマウントする方式に変更。しかし動画のランディ・ブレッカーは、マウントするパーツが未だ従来のタイラップも付けたまま状態という、いかにも過渡期の勇姿を拝むことができます。また、ボブ・ミンツァーが吹くバス・クラリネットもBarcus-berryの1375-1で 'アンプリファイ'。後年、ランディ自身はこの頃のセッティングを振り返ってこう述べております。
"エフェクトを使い始めたころはバーカスベリーのピックアップを使っていたし、マウスピースに穴を開けて取り付けていた。ラッキなーことに今ではそんなことをしなくてもいい。ただ、あのやり方もかなり調子良かったから、悪い方法ではなかったと思うよ。"
最初の写真のものは1970年代初めに製品化された金管楽器用1374で、中継コネクターを介して2.1mmのミニプラグでフォンへと接続します。中継コネクターにぶら下がるタイラップはベルとリードパイプ部分をグルッと引っ掛けておくという仕様でして、この会社の製品はその '作り' という点でも結構荒っぽいんですよね。これ以後、1970年代後半には3.5mmのミニプラグに仕様変更され、金管楽器用は中継コネクターを専用のクリップでリードパイプに着脱できるようになったのが真ん中の写真のもの。この時期の製品を個人的に調べてみて分かったのは、1982年製造と1983年製造のものでピエゾの感度がかなり変わってしまったことでして、正直、1983年製は 'ハズレ' と言いたいくらいエフェクツのかかりが悪いですねえ(謎)。そして1990年代半ばに発売されるも少量で生産終了した 'エレクトレット・コンデンサー' 式の6001が同社 '有終の美' を飾りました。Barcus-berryが社運を賭けて開発したと思しき本品は同社で最も高価な製品となり、当時代理店であったパール楽器発行の1997年のカタログを見ると堂々の65,000円也!しかし、すでにグーズネック式のマイクがワイヤレスと共に普及する時代の変化には太刀打ちできませんでした。
→Barcus-berry C5200 (C5600) Electret Condenser Pick-Up ①
→Barcus-berry C5200 (C5600) Electret Condenser Pick-Up ②
その他の製品は、木管楽器用1375-1、穴は開けずにリード部分へ貼り付ける仕様の廉価版1375などがあり、現在では、元々フルートの 'アンプリファイ' に力を入れていた同社らしく頭管部に差し込む6100、サックス/クラリネット用としてベル内側にベルクロで貼り付ける(荒っぽい!) 'エレクトレット・コンデンサー' 式のC5200 (C5600)などの一風変わったピックアップを供給するなど、相変わらず '斜め上' のセンスで細々と展開しておりまする。動画はジャン・リュック・ポンティ、ジョージ・デュークらを擁したフランク・ザッパ1973年の全盛期のものですが、イアン・アンダーウッドのバス・クラリネットに貼り付け型1375を用いてエフェクティヴなソロを披露。しかしネック部にConn Multi-Vider用ピックアップのための穴も開けられて蓋で閉じられております。この '貼り付け型ピエゾ' は穴を開けて接合するピエゾに比べてハウりやすいイメージが強いのですが、どうしても楽器に穴を開けたくない・・って方はこちらをお試しあれ。
→Viga Music Tools intraMic
→Viga Music Tools intraMic by HornFx
ちなみにこの '穴を開けたくない' ユーザーに対しては、サックス奏者限定ではありますがフランスのViga Music ToolsからintraMicがございます。固定する金属製ピンの付いたピックアップ本体とプリアンプがセットになったものですが、なるほど、そのセンサー部分をネックとマウスピースの間に挟み込むようにして取り付けるんですね。挟み込むことによる耐久性は分かりませんが、これは楽器に穴を開けたくない人には朗報的ピックアップなんじゃないでしょうか!また管楽器の収音では順にコンデンサーマイク、ダイナミック、グーズネック式、そしてintraMicでのGuillaume Perretさんによる 'キーノイズ' や '被り' とフィードバック含めた音質比較動画が分かりやすい。最後はPerretさんと並びこのピックアップの愛用者であるBlendReedさんの 'ペダル・パフォーマンス'。ああ、この人ペダル大好きなんだろうなあという好奇心溢れる思いが充満していてナイス!同じ 'ペダル・ジャンキー' として多分、今後際限なくエフェクターボードは大きくなり、頻繁に買い替え、増殖していくことは間違いないと見た(笑)。
日本を代表する楽器メーカーのひとつ、Roland。その創業者である梯郁太郎氏が1960年代からRolandとして独立するまで携わっていたのがAce Toneです。ザ・ビートルズをきっかけに起こった 'GSブーム' においてはGuyatoneやElk、Tiesco、Honeyなどと並び 'エレキ' の代名詞的存在となったことは、その製品カタログにおいてオルガン、リズムボックス、エフェクター、アンプなどを総合的に手がけていたことからも分かります。そんな世界の新たな動きに呼応しようと奮闘した 'Ace Tone' ことエース電子工業株式会社。まさに日本の電子楽器の黎明期を支えたメーカーと言って良いでしょう。
Ace Toneが鍵盤奏者やギター奏者のみならず、管楽器の 'アンプリファイ' にもアプローチしていたことはほとんど知られておりません。そんなAce Tone随一の謎に迫るべく、'スイングジャーナル' 誌1969年3月号に掲載された座談会「来るか電化楽器時代! - ジャズとオーディオの新しい接点 -」をご紹介します。こちらは4名の識者、'スイングジャーナル ' 誌編集長の児山紀芳氏、テナーサックス奏者の松本英彦氏、オーディオ評論家の菅野沖彦氏、そして当時Ace Toneことエース電子工業専務であった梯郁太郎氏らが 'ジャズと電気楽器の黎明期' な風景について興味深く語り合います。ここでの議論の中心として、やはり三枝文夫氏と同じく梯郁太郎氏もこの '新たな楽器' に対してなかなか従来の奏者やリスナーが持つ価値観、固定観念を超えて訴えるところまで行かないことにもどかしさがあったのでしょうね。しかし、この頃からすでに現在のRoland V-DrumsやAerophoneの原初的アイデアをいろいろ探求していたとは・・梯さん凄い!
- 児山
今回の座談会は、去年あたりから市販されて非常に話題になっているエレクトリック・インストゥルメントとしてのサックスやドラムといったようなものが開発されていますが、その電気楽器の原理が一体どうなっているのか、どういう特性をもっているのか、そしてこういったものが近い将来どうなっていくだろうかといったようなことを中心にお話を聞かせていただきたいと思います。そこでまずエース電子の梯さんにメーカーの立場から登場していただき、それからテナー奏者の松本英彦さんには、現在すでにエレクトリック・サックスを時おり演奏していらっしゃるという立場から、菅野沖彦さんには、ジャズを録音していくといった、それぞれの立場から見たいろんなご意見をお伺いしたいと思うんです。
まず日本で最初にこの種の製品を開発市販された梯さんに電化楽器というものの輪郭的なものをお話願いたいと思うんですが。
- 梯
電気的に増幅をして管楽器の音をとらえようというのは、もう相当以前からあったんですが、実際にセルマーとかコーンとかいった管楽器の専門メーカーが商品として試作したのは3年ぐらい前です。それが2年ぐらい前から市販されるようになったわけです。
- 児山
これは結局いままでのエレクトリック・ギターなどとは別であると考えていいわけですか。
- 梯
ええ、全然別なんです。これらの電化管楽器が、ギターなどと一番違うところは、コードのない単音楽器だけができる電気的な冒険というのが一番やりやすいわけです。といいますのは、コードになった時点からの増幅段というのは絶対に忠実でなければならない。ところが単音というのはどんな細工もできるわけです。この単音のままですと、これはまだ電子音なんです。そこに人間のフィーリングが入って初めて楽音になりますが、そういった電気的な波形の冒険というのが、単音楽器の場合いろいろなことができるわけです。その一例として、オクターブ上げたり下げたりということが装置を使うと簡単に実現することができるんです。コードの場合はその一音づつをバラバラにしてオクターブ上げたり下げたりしてまた合接する・・これはちょっと不可能なわけですね。
- 児山
これら電化楽器のメリットというか特性的なことをいまお話し願いましたが、そこでいかにして電気的な音を出しているのかという原理をサックスに例をとってわかりやすくお願いしたいんですが。
- 梯
現在市販されているものを見ますと、まずマイクロフォンを、ネックかマウスピースか朝顔などにとりつける。そのマイクもみんなエア・カップリング・マイク(普通のマイク)とコンタクト・マイク(ギターなどについているマイク)との中間をいくようなそういったマイクです。ですからナマのサックスの音がそのまま拾われてるんじゃなくて、要するに忠実度の高いマイクでスタジオでとらえた音とはまったく違うものなんですよ。むしろ音階をとらえてるような種類のマイクなんです。音色は、そのつかまえた電気のスペースを周波数としてとらえるわけです。それを今度はきれいに波を整えてしまうわけです。サックスの音というのは非常に倍音が多いものですから基本波だけを取り出す回路に入れて今度はそれを1/2とか1/4とか、これは卓上の計算機のほんの一部分に使われている回路ですけど、こういったものを使ってオクターブ違う音をつくったりするわけですよ。これらにも2つのモデルがあって、管楽器にアタッチメントされている物ですと、むしろ奏者が直ちに操作できることを主眼に置いて、コントロール部分を少なくして即時性を求めてるものと、それから複雑な種々の操作ができるということに目標を置いた、据え置き型(ギブソンのサウンド・システム)といったものがあるわけです。
- 児山
これで大体原理的なことはわかりますが。
- 菅野
わかりますね。
- 松本
ところが、これから先がたいへんなんだ(笑)。
- 児山
じゃ、そのたいへんなところを聞かせてください。それに現在松本さんはどんな製品を・・。
- 松本
現在セルマーのヴァリトーンです。しかし、これどうも気に入らないので半年かかっていろいろ改造してみたんだけど、まだまだ・・。サックスは、サックスならではの音色があるんですよ。それがネックの中を通して出る音はまず音色が変わるんですね。それから、音が出てなくてもリードなどが振動していたり、息の音などが拾われて、オクターブ下がバァーッと出るんですよ。
- 梯
それはコンタクト・マイクの特性が出てくるわけなんです。
- 菅野
わずかでもエネルギーがあればこれは音になるわけですね。
- 梯
ですから、マウス・ピースに近いところにマイクをつけるほど、いま松本さんのいわれたような現象が起るわけなんです。かといって朝顔につけるとハウリングの問題などがあるわけなんです。
- 松本
ちっちゃく吹いても、大きなボリュームの音が出るというのは、サックスが持つ表情とか感情というものを何か変えてしまうような気がするねェ。一本調子というのかなあ。それに電気サックスを吹いていると少し吹いても大きな音になるから、変なクセがつくんじゃないかなんて・・。初めオクターブ下を使ってたとき、これはゴキゲンだと思ったけど、何回かやってると飽きちゃうんだね。しかし、やっぱりロックなんかやるとすごいですよ。だれにも音はまけないし、すごい鋭い音がするしね。ただ、ちょっと自分自身が気に入らないだけで、自分のために吹いているとイージーになって力いっぱい吹かないから、なまってしまうような・・。口先だけで吹くようになるからね。
- 児山
それもいいんじゃないですか。
- 松本
いいと思う人もありますね。ただぼくがそう思うだけでね。電気としてはとにかくゴキゲンですよ。
- 児山
いま松本さんが力強く吹かなくても、それが十分なボリュームで強くでるということなんですが、現在エレクトリック・サックスの第一人者といわれるエディ・ハリスに会っていろんな話を聞いたときに、エレクトリック・サックスを吹くときにはいままでのサックスを吹くときとはまったく別のテクニックが必要であるといってました。
- 松本
そうなんですよ。だからそのクセがついてナマのときに今度は困っちゃうわけ。
- 児山
だから、ナマの楽器を吹いているつもりでやると、もうメチャクチャになって特性をこわしてしまうというわけです。結局エレクトリック・サックスにはそれなりの特性があるわけで、ナマと同じことをやるならば必要ないわけですよ。その別のものができるというメリット、そのメリットに対して、まあ新しいものだけにいろんな批判が出てると思うんですよね。いま松本さんが指摘されたように音楽の表情というものが非常に無味乾燥な状態で1本やりになるということですね。
- 松本
ただこの電気サックスだけを吹いていれば、またそれなりの味が出てくるんだろうと思うんですが、長い間ナマのサックスの音を出していたんですからね・・。これに慣れないとね。
- 児山
やっぱりそういったことがメーカーの方にとっても考えていかなきゃならないことなんですかね。
- 梯
ええ。やはり電子楽器というのは、人間のフィーリングの導入できるパートが少ないということがプレイヤーの方から一番いやがられていたわけです。それがひとつずつ改良されて、いま電子楽器が一般に受け入れられるようになった。しかし、このエレクトリック・サックスというのはまだ新しいだけに、そういう感情移入の場所が少ないんですよ。
- 松本
ぼくが思うのは、リードで音を出さないようなサックスにした方がおもしろいと思うな。だって、実際に吹いている音が出てくるから、不自然になるわけですよ。
- 梯
いま松本さんがいわれたようなものも出てきてるわけなんですよ。これは2年前にフランクフルトで初めて出品された電気ピアニカなんですが・・。
- 松本
吹かなくてもいいわけ・・。
- 梯
いや吹くんです。吹くのはフィーリングをつけるためなんです。これは後でわかったのですが、その吹く先に風船がついていて、その吹き方の強弱による風船のふくらみを弁によってボリュームの大小におきかえるという方法なんです。ですから人間のフィーリングどうりにボリュームがコントロールされる。そして鍵盤の方はリードではなく電気の接点なんです。ですからいままでのテクニックが使えて、中身はまったく別のものというものも徐々にできつつあるわけなんです。
- 松本
電気サックスの場合、増幅器の特性をなるべく生かした方が・・いいみたいね。サックスの音はサックスの音として、それだけが増幅されるという・・。
- 菅野
いまのお話から、われわれ録音の方の話に結びつけますと、電子楽器というものは、われわれの録音再生というものと縁があって近いようで、その実、方向はまったく逆なんですよね。電子楽器というのは新しい考え方で、新しい音をクリエートするという方向ですが、録音再生というのは非常に保守的な世界でして、ナマの音をエレクトロニクスや機器の力を使って忠実に出そうという・・。というわけで、われわれの立場からは、ナマの自然な楽器の音を電気くさくなく、電気の力を借りて・・という姿勢(笑)。それといまのお話で非常におもしろく思ったのは、われわれがミキシング・テクニックというものを使っていろいろな音を作るわけですが、電子楽器を録音するというのは、それなりのテクニックがありますが、どちらかというと非常に楽なんです。電子楽器がスタジオなりホールなりでスピーカーからミュージシャンが音を出してくれた場合には、われわれはそれにエフェクトを加える必要は全然ない。ですからある意味ではわれわれのやっていた仕事をミュージシャンがもっていって、プレーをしながらミキシングもやるといった形になりますね。そういうことからもわれわれがナマの音をねらっていた立場からすれば非常に残念なことである・・と思えるんですよ。話は変わりますが、この電化楽器というのは特殊なテクニックは必要としても、いままでの楽器と違うんだと、単にアンプリファイするものじゃないんだということをもっと徹底させる必要があるんじゃないですか。
- 梯
現在うちの製品はマルチボックスというものなんですが、正直な話、採算は全然合ってないんです。しかし、電子楽器をやっているメーカーが何社かありますが、管楽器関係のものが日本にひとつもないというのは寂しいし、ひとつの可能性を見つけていくためにやってるんです。しかし、これは採算が合うようになってからじゃ全然おそいわけですよ。それにつくり出さないことには、ミュージシャンの方からご意見も聞けないわけですね。実際、電子管楽器というのは、まだこれからなんですよ。ですからミュージシャンの方にどんどん吹いていただいて、望まれる音を教えていただきたいですね。私どもはそれを回路に翻訳することはできますので。
- 菅野
松本さん、サックスのナマの音とまったく違った次元の音が出るということがさきほどのお話にありましたね。それが電子楽器のひとつのポイントでもあると思うんですがそういう音に対して、ミュージシャンとしてまた音楽の素材として、どうですか・・。
- 松本
いいですよ。ナマのサックスとは全然違う音ならね。たとえば、サックスの「ド」の音を吹くとオルガンの「ド」がバッと出てくれるんならばね。
- 菅野
そういう可能性というか、いまの電気サックスはまったく新しい音を出すところまでいってませんか。
- 梯
それはいってるんですよ。こちらからの演奏者に対しての説明不十分なんです。要するに、できました渡しました・・そこで切れてしまってるわけなんです。
- 菅野
ただ、私はこの前スイングジャーナルで、いろんな電化楽器の演奏されているレコードを聴いたんですが、あんまり変わらないのが多いんですね。
- 児山
どういったものを聴かれたんですか?
- 菅野
エディ・ハリスとか、ナット・アダレーのコルネット、スティーブ・マーカス・・エディ・ハリスのサックスは、やっぱりサックスの音でしたよ。
- 梯
あのレコードを何も説明つけずに聴かせたら、電子管楽器ということはわからないです。
- 児山
そうかもしれませんが、さきほど菅野さんがおっしゃったようにいまそういったメーカーの製品のうたい文句に、このアタッチメントをつけることによってミュージシャンは、いままでレコーディング・スタジオで複雑なテクニックを使わなければ創造できなかったようなことをあなた自身ができる、というのがあるんです。
- 菅野
やはりねェ。レコーデットされたような音をプレイできると・・。
- 梯
これはコマーシャルですからそういうぐあいに書いてあると思うんですが、水準以上のミュージシャンは、そういう使い方はされていないですね。だからエディ・ハリスのレコードは、電気サックスのよさを聴いてくださいといって、デモンストレーション用に使用しても全然効果ないわけです。
- 菅野
児山さんにお聞きしたいんですが、エディ・ハリスのプレイは聴く立場から見て、音色の問題ではなく、表現の全体的な問題として電子の力を借りることによって新しい表現というものになっているかどうかということなんですが・・。
- 児山
そもそもこの電気サックスというのは、フランスのセルマーの技師が、3本のサックスを吹く驚異的なローランド・カークの演奏を見てこれをだれにもできるようにはならないものかと考えたことが、サックスのアタッチメントを開発する動機となったといわれてるんですが、これもひとつのメリットですよね。それに実際にエディ・ハリスの演奏を聴いてみると、表情はありますよ。表情のない無味乾燥なものであれば絶対に受けるはずがないですよ。とにかくエディ・ハリスは電気サックスを吹くことによってスターになったんですからね。それにトランペットのドン・エリスの場合なんか、エコーをかけたりさらにそれをダブらせたりして、一口でいうならばなにか宇宙的なニュアンスの従来のトランペットのイメージではない音が彼の楽器プラス装置からでてくるわけなんです。それに音という意味でいうならば、突然ガリガリというようなノイズが入ってきたり、ソロの終わりにピーッと鋭い音を入れてみたり、さらにさきほど松本さんがいわれたように吹かなくても音がでるということから、キーをカチカチならしてパーカッション的なものをやったりで・・。
- 松本
私もやってみましたよ。サックスをたたくとカーンという音が出る。これにエコーでもかけると、もうそれこそものすごいですよ(笑)。
- 児山
エディ・ハリスの演奏の一例ですが、初め1人ででてきてボサ・ノバのリズムをキーによってたたきだし、今度はメロディを吹きはじめるわけなんです。さらに途中からリズム・セクションが入るとフットペダルですぐにナマに切り換えてソフトな演奏をするというぐあいなんですよ。またコルトレーンのような演奏はナマで吹くし、メロディなんかではかなり力強くオクターブでバーッと・・。つまり、彼は電気サックスの持つメリットというものを非常に深く研究してました。
- 菅野
それが電化楽器としてのひとつのまっとうな方法なんじゃないですか。でも、あのレコードはあんまりそういうこと入ってなかったですよね。
- 児山
つまり、エディ・ハリスのレコードは完全にヒットをねらったものでして、実際のステージとは全然別なんです。また彼の話によると、コルトレーンのようなハード・ブローイングを延々20分も吹くと心臓がイカレちゃうというわけです(笑)。そしてなぜ電気サックスを使いだしたかというと、現在あまりにも個性的なプレイヤーが多すぎるために、何か自分独自のものをつくっていくには、演奏なり音なりを研究し工夫しなければならない。たとえば、オーボエのマウス・ピースをサックスにつけたりとかいろんなことをやっていたが、今度開発された電気サックスは、そのようないろいろなことができるので、いままでやってたことを全部やめてこれに飛び込んだというんですよ。
- 菅野
非常によくわかりますね。
-ハウリングもノイズも自由自在-
- 児山
ラディックというドラム・メーカーが今度電化ヴァイブを開発して、ゲーリー・バートンが使うといってましたが、彼の場合は純粋に音楽的に、そのヴァイブがないと自分のやりたいことができないというわけですよ。なぜかというと、自分のグループのギター奏者が、いままでのギター演奏とは別なフィードバックなどをやると、ほかの楽器奏者もいままで使ってなかったようなことをやりだした。そういう時にヴァイブのみがいままでと同じような状態でやっているというのは音楽的にもアンバランスであるし、グループがエレクトリック・サウンズに向かったときには自分もそうもっていきたいというわけなんですよ。もしそれをヴァイブでやることができれば、どういう方向にもっていけるかという可能性も非常に広いものになるわけですよね。
- 梯
それから、いままでの電子楽器というのは、とにかくきれいな音をつくるということだけから音が選ばれた。ところが音の種類には不協和音もあればノイズもある。そのことをもう一度考えてみると、その中に音の素材になりうるものがたくさんあるわけです。たとえばハウリングですが、以前にバンクーバーのゴーゴー・クラブへいったとき、そこでやってたのがフィードバックなんです。スピーカーのまん前にマイクをもってきてそいつを近づけたり離したりして、そこにフィルターを入れてコントロールして、パイプ・オルガンの鍵盤でずっとハーモニーを押さえ続けてるようなものすごく迫力のある音を出すんです。そんなものを見て、これはどうも電子楽器の常識というものをほんとうに捨てないと新しい音がつくれないと思いましたね。
- 児山
そうですね。ですから、いまこういう電子楽器、あるいは楽器とは別なエレクトリックな装置だけを使って、ジャズだといって演奏しているグループもあるわけです。まあそれにはドラムやいろいろなものも使ったりするわけですが、いわゆる発振器をもとに非常に電気的な演奏をしているわけなんですよ。
- 松本
ただ音は結局電子によってでるんだけど、オルガン弾いてもサックス吹いても同じ音が出るかもしれない。弾いてる人の表情は違うけれども、そういうのがあったらおもしろいと思いますね。
- 菅野
それにもうひとつの問題は、発振器をもとにしたプレーは、接点をうごかしていくといった電子楽器と根本的に違うわけだ。電気サックスなどは、松本さんがいわれているようにナマの音が一緒に出てくるという。そこが問題ですね。だからナマの音も積極的に利用して、ナマの音とつくった音を融合して音楽をつくっていくか、それともナマの音はできるだけ消しちゃって電子の音だけでいくか・・。
- 児山
それはミュージシャン自身の問題になってくるんじゃないかな。たとえばリー・コニッツなどのようにだれが聴いてもわかる音色を持っている人は変えないですね。自分の音を忠実に保ちながらオクターブでやるとか・・。
- 梯
しかしその場合、音色は保ち得ないんです。つまりその人その人のフィーリング以外は保ち得ないんですよ。
- 児山
なるほど、そうすると音楽的な内容がその個性どうりにでてくるということなんですね。
- 菅野
一般に音というものはそういうものの総合なんで、物理的な要素だけを取り上げるのは困難なわけです。そういったすべてのものがコンバインされたものをわれわれは聴いているわけですから、その中からフィーリングだけを使っても、リー・コニッツ独特なものが出てくれば、これはやはりリー・コニッツを聴いてるわけですよ。
- 松本
それならいいけどサックスというのはいい音がするわけですよ。それをなまはんかな拡声装置だといけない。それだとよけいイヤになるんですよ。
-ついに出現した電気ドラム-
- 児山
ニューポートに出演したホレス・シルヴァー・クインテットのドラマー、ビリー・コブハムがハリウッド社のトロニック・ドラムという電気ドラムを使用していましたが、あれはなんですか。
- 梯
うちでも実験をやっています。ロックなどの場合、エレキのアンプが1人に対して200W、リードが200Wならベースは400Wくらい。そうなってくるといままで一番ボリュームがあったドラムが小さくなってきたわけですよ。最初はドラムの音量をあげるだけだったのですが、やってみるとマイクのとりつけ方によって全然ちがった効果が出てきたわけですよ。
- 菅野
それは具体的に各ドラム・セットの各ユニットに取り付けるわけですか。
- 梯
最初は単純に胴の中にマイクを取り付けただけでしたが、いまはコンタクト・マイクとエア・カップリング・マイクの共用でやっていますね。
- 菅野
シンバルなんかは・・。
- 梯
バスドラム、スネア、タム・タムにはついていますが、シンバルはちょっとむずかしいのです・・。でもつけてる人もいるようですね。
- 菅野
ではいまの形としては、新しい音色をつくろうとしているわけですね。
- 梯
そうですね。現在ははっきりと音色変化につかってますね。
- 松本
でもやはりこの電気ドラムとてナマの音が混じって出るわけですよね。ナマの音がでないようにするにはできないのですか。
- 梯
それはできるんですよ。市販はしてないんですが、ドラムの練習台のようなものの下にマイクをセッティングするわけなんですよ。いままでのドラム以外の音も十分でますがシンバルだけはどうもね。らしき音はでるんですが。
- 松本
いままでの何か既成があるからでしょう。
- 梯
そうですね。だからシンバルはこういう音なんだと居直ってしまえばいいわけ・・。それぐらいの心臓がなきゃね(笑)。
- 菅野
本物そっくりのにせものをつくるというのはあまりいいことではない。あまり前向きではないですよ。よくできて本物とおなじ、それなら本物でよりいいものを・・。
- 松本
だから電気サックスでも、ナマの音をだそうとしたんじゃだめですね。これじゃ電気サックスにならない。
- 梯
松本さんにそういわれるとぐっとやりやすくなりますよ(笑)。
- 児山
電気サックスというのはだいたいいくらぐらいなんですか?
- 松本
ぼくのは定価85万円なんですよ。でもね高いというのは輸入したということからですからね。そのことから考えると・・。
- 梯
松本さんの電気サックスはニューオータニで初めて聴いたんです。これは迫力がありましたね。
- 松本
すごい迫力です。でも、それに自分がふりまわされるのがいやだから・・。
- 梯
こちらから見たり聴いたりしていると松本さんが振り回しているように見えるから、それは心配いらないですよ(笑)。
- 松本
それに運ぶのがどうもねェ。いままではサックスひとつ持ってまわればよかった。ギターなんかじゃ最初からアンプを持って歩かなければ商売にならないとあきらめがあるんですが、ぼくはなにもこれがなくたってと考えるから・・。そういうつまらないことのほうが自分に影響力が大きい・・(笑)。
- 児山
やはりコンサートなどで、おおいにやっていただかないと、こういった楽器への認識とか普及とかいった方向に発展していかないと思いますので、そういう意味からも責任重大だと思います。ひとつよろしくお願いします。それに、いまアメリカあたりでは電子楽器が非常に普及してきているわけなんですよ。映画の音楽なんかも、エレクトリック・サウンズ、エレクトリック・インスツルメントで演奏するための作曲法なんていうのはどうなるんですかねェ・・。
- 松本
これがまたたいへんな問題ですが、非常にむずかしいですね。
- 児山
それがいまの作曲家にとって一番頭のいたいことになってるんですね。
- 菅野
あらゆる可能性のあるマルチプルな音を出しうる電化楽器が普及すれば、新しい記号をつくるだけでもたいへんですね。
- 松本
そのエレクトリック・インスツルメントのメーカーだって指定しなければならないし・・。作曲家もその楽器も全部こなさなきゃならないですからね。
- 児山
そのように色々な問題もまだあるわけなんですが、現実にはあらゆる分野の音楽に、そしてもちろんジャズの世界にも着々と普及してきつつあるわけなんです。この意味からも電化楽器の肯定否定といった狭い視野ではなく、もっと広い観点から見守っていきたいですね。
1968年、当時としてはかなり高価な管楽器用 'アンプリファイ' サウンド・システムであったMulti-Vox。各種オクターヴを操作するコントローラー・ボックスEX-100は39,000円、マウスピースに穴を開けて接合するピックアップPU-10は3,000円と、その 'ニッチな' 需要と相まってなかなか手の出るものではなかっただろうと推測されます。当初の広告では、コレでジョン・コルトレーンのタッチやソニー・ロリンズの音色が再現出来るとのキャッチコピーが泣かせますね(笑)。またAce Toneは1968年にHammondと業務提携をして、本機もOEMのかたちで米国に輸出する旨がアナウンスされていたことを1969年のカタログで確認することが可能。
● for amplifying woodwinds and brass
● exciting and dramatic
● new tonal dimensions
More than mere amplification. A convenient transistorized package complete with microphone attachments for saxes. clarinets and brass. Will provide variety of sounds. singly and in unison, octaves up and down, mellow of bright.
しかし 'Inquire for details and prices' と強調されているのを見ると日本から現物が届いておらず、カタログでアナウンスされたものの米国では発売されなかった感じですね。実際、今までeBayやReverb.comなどに流れてきた記憶がないので、世界最大のエフェクター・サイトである 'Disco Freq's Effects Database' にもこれまで本機が掲載されることはありませんでした。どなたか本製品の現物をお持ちの方、情報お待ちしております!
→Ace Tone Solid Ace SA-9
→Ace Tone EC-1 Echo Chamber
そんなMulti-Voxをいち早く導入したのがマイルス・デイビスの '電化' に感化されていたトランペットの日野皓正氏とテナーサックスの村岡建氏のふたり。すでに本機発売の翌年、そのデモンストレーションともいうべき管楽器の可能性をいくつかのイベントで披露しております。
⚫︎1969年3月24日 初の日野皓正クインテット・ワンマン・コンサートを開催する(東京サンケイ・ホール)。'Love More Train'、'Like Miles'、'So What' などを演奏、それに合わせてあらかじめ撮影された路面電車の 種々のシーンをスクリーンに映写し、クインテットがインプロヴァイズを行う。日野さんのラッパには穴が開けられピックアップを取り付けて初の電化サウンドを披露した。
⚫︎1969年6月27、28日 クインテットによる「日野皓正のジャズとエレクトロ・ヴィジョン 'Hi-Nology'」コンサート開催(草月会館)。写真家の内藤忠行のプロデュースで司会は植草甚一。第一部を全員が 'Like Miles'、'Hi-Nology'、'Electric Zoo' を電化楽器で演奏。第二部は「スクリーン映像との対話」(映画の公開ダビング)。「うたかたの恋」(桂宏平監督)、「POP 1895」(井出情児監督)、「にれの木陰のお花」(桂宏平監督)、「ラブ・モア・トレイン」(内藤忠行監督)の5本、その映像を見ながらクインテットがインプロヴァイズを行い音楽を即興で挿入していった。コンサートの最後にクインテットで 'Time and Place' をやって終了。
→Jet Tone Mouthpiece
1969年の傑作 'Hi-Nology' に同封されたポスターでは使用中の写真がありますけど、この時期の音源で唯一Multi-Vox EX-100のオクターヴ・トーンを堪能出来るのが映画 '白昼の襲撃' のテーマ曲('Super Market')。どうしてもテナーとのユニゾンなので分かりにくいのですが、この曲ではソロにおいても蒸し暑い 'ハモった' ラッパが聴けますヨ(OST盤のミックスではもっとハッキリと聴こえます)。さて、そんな '日野ブーム' と共に大きく影響を受けた 'エレクトリック・マイルス' 及び '電気ラッパ' に対して日野さん本人はこう述べております。当時、トレードマーク的に愛用していた 'ハイノート御用達' のJet Toneマウスピースではなくラッパのベル横側に穴を開けてピックアップしていたのが日野さんらしい。
- エレクトリック・トランペットをマイルスが使い始めた当時はどう思いましたか?
"自然だったね。フレイズとか、あんまり吹いていることは変わってないなと思った。1970年ごろにニューヨークのハーレムのバーでマイルスのライヴを観たんだけど、そのときのメンバーはチック・コリアやアイアート・モレイラで、ドラムはジャック・ディジョネットだった。俺の弟(日野元彦)も一緒に観に行ってたんだけど、弟はディジョネットがすごいって彼に狂って、弟と "あれだよな!そうだよな!" ってことになって(笑)。それで電気トランペットを俺もやり始めたわけ。そのころ大阪万博で僕のバンドがああいうエレクトリックのスタイルで演奏したら、ヨーロッパ・ジャズ・オールスターズで来日中だったダニエル・ユメールに "日野はマイルスの真似しているだけじゃないか" って言われたことがあるんだけどね。"
ちなみに日野さんがこの時期を経て再び '電気ラッパ' にアプローチするのは1976年、キーボードの菊地雅章と双頭による 'Kochi/東風' 名義で制作した 'Wishes' になりますね。活動停止したマイルス・デイビス・グループのメンバーが大挙参加して、エンヴェロープ・フィルターやディレイを駆使した和風の '電化っぷり' がたまりません。
当時の日野皓正クインテットの一員として 'Hi-Nology' でも共演するサックス奏者、村岡建さんは、この時期から少し経った1971年に植松孝夫さんとの '2テナー' によるライヴ盤 'Ride and Tie' で全編、'アンプリファイ' でファンキーなオクターヴ・トーンを堪能することが出来ます。実はコレ、Ace Tone Multi-Voxなのでは?と思っているのですが、取説での村岡さんの談によればヤマハから '電気サックス' 一式を購入したことが本盤制作のきっかけとなったそうで、その海外事業部を介して手に入れた '海外製品' (Varitone ?Multi-Vider ?)を使用したと理解する方が自然かもしれません。
→Piezo Barrel on eBay
→Piezo Barrel Wind Instrument Pickups
→Piezo Barrel Instructions
→vimeo.com/160406148
さて、'温故知新' はここまでにして、こちらToni Dimitrioskiさんなるラッパ吹きもがっつりベル横に穴を開けて装着しているピックアップは、オーストラリアでスティーヴ・フランシスさんがひとり製作しているPiezoBarrelのもの。既にいくつかのマイナーチェンジと共に商品としてのパッケージはグレードアップしており、現在はフィルムケースに入ったピックアップ本体、複数のソケット部とGain調整の為のミニ・ドライバー、ゴムパッキン、金属製のフォンプラグによるケーブルが同梱されてeBayで販売されております。
現在、新たに展開するのは木管楽器用 'P7シリーズ' と金管楽器用 'P9シリーズ' のもので、ピックアップ本体底部にはメーカー名の刻印、全体の金や黒、青いアルマイト塗装が眩しいですね。さらに同梱するマウスピースがそれまでの中国製 '無印' からFaxxの 'ショートシャンク'とサイズに1Cが追加。また付属するケーブルも金属製プラグとなり、ピックアップを着脱するソケットがマウスピースのカーブに合わせた波形の加工が施されるなどグレードアップしております。このカーブ状に加工されたソケット部は大変ありがたく、以前は 'DIY' するに当たってマウスピースのシャンク部を平らに削り取っていた手間が不要になったこと。製品としては、ピックアップ本体を封入するフィルムケースをさらにデザインされたパッケージで包装し、PDFによる取扱説明書などを用意してきちんとした印象になりました。本機の開発に当たってはスティーヴさんによればバークリー音楽大学のDarren Barrett氏とのテスト、助言を得てデザインしたとのこと。その中身について以下の回答を頂きました。
"The P9 is different internally and has alot of upper harmonics. The P6 (which was the old PiezoBarrel 'Brass') was based on the same design as the 'Wood' but with more upper harmonics and a lower resonant frequency so they do not sound the same."
なるほど〜。実際、以前の 'P6' と比較して高音域がバランス良く出ているなあと感じていたのですが、かなり金管楽器用としてチューニングしてきたことが分かります。一方で以前の 'P6' は木管楽器用との差異は無いとのこと。そして上述しましたが、この '無印' から 'Faxx' のものまですべて 'Bachタイプ' のマウスピースながら、これらはシャンク部のギャップ・サイズが違うので使用するラッパによって注意が必要です。
上の画像は新たにPiezoBarrelのユーザーとして加わったSnarky Puppyのラッパ吹き、Mike 'Maz' Maherさんでございます。さて今回、新たにスティーヴさんによって公開された動画では、バーナーでちんちんに熱したところへ取り付ける 'ロウ付け半田' による加工で以前のものとはその強度が違います。以前のものはソケット部を半田の上にそのまま乗っけただけなので、ちょっと強めにネジ止めするとポロッとソケット部が外れてしまうくらい弱かった・・。この動画の中でちょっと分かりにくいのが3:27〜4:09のところで最初の2.5mmドリルによる加工がありますけど、これは半田で盛られたソケットの付け根内を浅く円錐状に切削するもので、その後に小さいドリルで2mmの穴を開けて貫通します。う〜ん、個人の 'DIY' としては少々ハードルが高いかも・・しかしチャレンジする価値はありますね。スティーヴさんによれば動画後半はマウスピースを磨く作業だけなので、実際の取り付け部分の中身は最初の5分弱に集約されているとのこと。また、その 'ロウ付け半田' の下準備として重要なのがフラックスと呼ばれる金属表面の酸化膜の除去、再酸化防止をしておくべく ' 銀ロウ/リン銅ロウ' の真鍮用フラックスを用意すること。これで残ったフラックスを磨き落とさないと錆が出てくるので、お湯とワイヤーブラシで除去します。以下の英文は、PiezoBarrelピックアップの購入時にスティーヴさんから送られてくるピックアップ取り付けの為のpdfの解説。
"First, the brass fitting should be heated with a soldering iron and the bottom surface 'tinned' with solder prior to attaching to the mouthpiece.
The Type E fittings provided are designed to fit around the stem of the trumpet mouthpiece to provide a good solder connection. Note that the fitting placement will depend on how far the stem of the mouthpiece fits into the lead pipe or receiver and the shape of the mouthpiece. It is advised to mark the desired position of the brass attachment with mouthpiece attached to the instrument to ensure the attachment will not prevent the mouthpiece from fitting the instrument correctly.
To attach the brass fitting to the mouthpiece you need to secure the mouthpiece so you can work on it without it moving. The mouthpiece will also need to be heated to approximately 300 degrees C depending on the solder, so it will need to be clamped in some material that can withstand this heat.
The mouthpiece needs to be heated until hot enough to melt the solder. Solder should be applied to a small area where the fitting will be attached. Once the solder has formed a smooth blob on the area and has adhered to the mouthpiece stem, you can carefully (and quickly) wipe the solder off with a clean damp cotton cloth. A little more solder should be carefully applied to wet the area and the fitting placed on the mouthpiece stem and kept hot until a good solder joint has been formed. Heat can them be withdrawn and the fitting and mouthpiece allowed to cool. Using a flux (either rosin or acid) during soldering is required to remove oxides and to get a smooth strong joint. The joint should be washed after cooling to remove any flux that may cause corrosion.
The last step is to drill a 2mm or 2.5mm hole into the mouthpiece to allow the sound from the instrument into the pickup. PiezoBarrel pickups work by sound pressure produced by the standing wave inside the instrument - not like a contact mic."
こちらは 'PiezoBarrel広報大使' (笑)と呼んでも差し支えないくらいに楽しいパフォーマンスを披露するLinsey Pollakさん。一見、大道芸的展開ながら実はかなりのテクニックと表現力で聴かせてくれます。さて、そんなPiezoBarrelピックアップ使用の注意点として、スティーヴさんとやり取りしたメールの中でこう説明されました。実はわたしも当初気付かずにピックアップ本体を下に向けて装着していたことで、しばらくするとネジ止め部辺りから真っ白いカスのようなものがこびり付き出して "なんだろ?" って思ってたんですよね・・(怖)。
"Please note that if the pickup is upside down, moisture will flow into the pickup. This will cause problems with salt "
上の画像は、スティーヴさんにより塩水の溶かしたビーカーに穴を開けてピックアップを取り付け実験してみたもの。しばし放置後のピックアップ内に付着した塩分の塊が下のもので・・おお、怖い。つまり、ピックアップをマウスピースの下側に向けて装着すると水分がピックアップ本体に流れ込み、これが唾液から分泌される塩分として結晶化して音質に悪影響を及ぼすらしいですね。このピックアップ使用時は沈殿しないようにマウスピースに対して上、もしくは横側にピックアップを向けて下さいませ。
→Nalbantov Electronics
→Nalbantov Electronics on eBay
→Nalbantov Electronics OC-2 eXtreme - Octave Effect
PiezoBarrelのライバルその1。ブルガリアの工房Nalbantov Electronicsです。ガレージ臭たっぷりのPiezoBarrelに比べて、製品としてよりハイクオリティなパッケージとなっており、専用のオクターバーからDIYキット、ワイヤレス・システムに至るまで幅広く対応しております。動画は穴開け用のドリルなどがピックアップと共に梱包された 'DIY' キットの作り方ですが、いやあ、サックスのネックを万力などで固定せずそのままドリル貫通・・振動でブレて穴がズレたり抑えている指いっちゃいそうで怖い(苦笑)。またNalbantov Electronicsでは、その 'OC-2' という型番からBossのアナログ・オクターバーの名機OC-2をベースにしたと思しき管楽器用オクターバーOC-2 eXtremeも製作。これは管楽器の 'アンプリファイ' 黎明期を彷彿させるC.G. Conn Multi-ViderやVox Ampliphonic Octavoiceと同様な奏者の腰へ装着するスタイルが懐かしいですね。
→TAP Electronics
→TAP Electronics Pick-Ups
PiezoBarrelのライバルその2。ギリシャのTAP Electronicsです。こちらもNalbantov同様に幅広いラインナップを揃えており、PiezoBarrelに比べ製品としてよりこなれた設計となっておりますね。昨日の項でも紹介しましたがピックアップ本体にオクターバーを内蔵させるとか、なかなかメンドくさがりな管楽器ユーザーの心理をよく読んでいる(笑)。この 'Octa' はオクターヴトーンのほか、1バンドEQ、ヴォリュームの3つのパラメータを持ち、USBによる90秒の急速充電により8時間ほどのパフォーマンスが可能。そろそろPiezoBarrel、Nalbantovに続いて本格的にeBayへ 'お店' を構えて頂きたいなあ。そして最後のJim Dunlopのデモ動画としてバリトン・サックスのマウスピースに接合されているのは、2010年前後に英国で製作していた工房、Pasoanaのマウスピース・ピックアップ。この 'グルグル渦巻き柄' のPasoanaピックアップはNalbantov同様にワイヤレス・システムなど幅広く手がけていたものの残念ながら消滅・・。ああ、この 'ニッチな' 分野で生き残るのは生半可なことではないようです。
→Rumberger Sound Products
→Rumberger Sound Products K1X ①
→Rumberger Sound Products K1X ②
このマウスピース・ピックアップの大半は唇の振動を感知、感圧センサーとして取り出すピエゾ・トランスデューサー式が一般的なのですが、一方でより音質の向上、管楽器の幅広い音域を捉えるコンデンサー・マイクを埋め込むものがあります。ドイツのRumberger Sound Productsから登場したK1X。Barcus-berryが最後に開発した 'エレクトレット・コンデンサー' 型のピックアップ6001を別にすれば、マウスピースにこのような感度の高いマイクを埋め込むのは結構リスキーな選択ではないかと思われます。しかし、そんなところに挑戦したのが以下にご紹介する '電気ラッパ' の伝道師、近藤等則さん。オリジナルに組み込んだDPAの直径5.5mmな 'ミニチュア・マイクロフォン' によりこの分野の裾野を開拓しました。
- トランペット自体をエレクトリック化しようとは思わないんですか?
K - 実は以前に考えたことがあるんだ。京大の後輩が楽器メーカーに就職してたから相談してみたんだけど、僕の求める音の気持ちよさが彼にちっとも伝わらなくてね(笑)。マウスピースのところに付けているマイクはバーカスベリー っていうメーカーが作ったものを使っているんだけど、もう何年も前に製造中止になってね。あとは別の観点からなんだけど、流体力学。1m44cmの管をどういう形状にすれば、より空気の流れがスムーズになるか。パソコン上でできるはずなんだよね。楽器メーカーなどでは多少計算して考えてるのかもしれないけど、職人の勘で作ってた頃と大して形状は変わってないよね。それを流体力学を使って考えてみたら、かなり面白いところまで行くんじゃないかと思うんだよ。見た目も変わってファンキーになるだろうしね。電気トランペットとして、トランペットの再開発がされたら面白いんじゃないかと思う。実は僕自体、20年くらいトランペット買ってないんだけどさ(笑)。
- どういったところで楽器を探されるんですか?
K - 今、持っているのはニューヨーク時代にジャルディネリっていう店で買ったんだ。当時では世界最大の管楽器小売店でね、あらゆるメーカーが一番いい品質のものを送ってくるような店だった。今はもうなくなっちゃったけどね。この20年間、デジタル機材ばっかり買ってるよ。まぁ、三分の二は捨てちゃったけど、僕のラッパなんて10万もしないのに、機材は何百万もしてる(笑)。
- ご自身でエフェクターを作ってみようと思われたことはないんですか?
K - イメージはあるよ。例えばディレイなんかでも、ステレオ・ディレイまではできるんだけど、本当にいい空間性を出したいと考えると大変。自然の中ってのはもっと音が反響してるでしょう。だから、ディレイを5種類くらい組み合わせて、割り切れないもののほうが自然に近い。リバーブも悩んでるんだよね。なかなかトランペットに引っかかるものがない。リバーブってもの自体がもともと室内用だから、僕は自然の響きのリバーブが欲しいんだよ。ルーム・リバーブでもホール・リバーブでもなく、コンボリューション・リバーブ(実際の空間でサンプリングした残響音のデータ -インパルス・レスポンス-と、疑似的にシミュレートしたパラメータを組み合わせて演算を行うリバーブの一種)でそういう設定があったら面白いよね。あと、300種類くらい設定があっても実際に使うのは数種類だけなんだよね。たくさん女の子がいても可愛いのは5〜6人みたいな(笑)。だから、使い勝手のいい組み合わせのものがあったらいいなと思う。コンピュータを使えば設定できるんだろうけど、さすがに自然の中でコンピュータを持ち歩きたくないもんなぁ(笑)。
- 近藤さんから電気を取り上げたらどうなんるんでしょうね。
K - 僕はアコースティックはやり尽くしたからね。30歳の時に冗談で「雑音探求30年、ついに純音を超えた」ってキャッチコピーをつけたんだけどさ。地球上で鳴っている音のうち、音楽として使われているのはたった数%なんだよね。残りの90%以上はまだまだ開かれているってこと。だから、電気だろうがアコースティックだろうが、イマジネーションのない奴がやったらどちらでも一緒。面白くない。
→DPA SC4060、4061 Review
→Toshinori Kondo Equipments
→Spiri Da Carbo Vario B♭ Trumpet
→Spiri Da Carbo Unica B♭Trumpet
現在でも珍しいくらいにマウスピース・ピックアップの信奉者のコンドーさん。1979年にニューヨークで必要に迫られて購入したBarcus-berryピックアップから25年ほど経ち、新たにDPAの無指向性ミニチュア・マイクロフォンを流用してオリジナルのピックアップを製作致します。スクリューネジによるピックアップ本体の着脱、ポリプロピレンによる水滴と息の風を防ぐ構造などはBarcus-berry 6001をほぼ踏襲しておりますが以下、2007年にその苦労の顛末をこう述べておりました。個人的に最後の 'ひと言' が実に心に沁み入りますヨ(涙)。
"今年を振り返ってみると、いくつかよかったことの一つが、トランペットのマウスピースの中に埋めるマイクをオリジナルに作ったんだ。それが良かったな。ずっとバーカスベリー ってメーカーのヤツを使ってたんだけど、それはもう何年も前から製造中止になってて、二つ持ってるからまだまだ大丈夫だと思ってたんだけど、今年の4月頃だったかな、ふと「ヤベえな」と、この二つとも壊れたらどうするんだ、と思って。なおかつ、バーカスベリー のをずっと使ってても、なんか気に入らないんだよ。自分で多少の改良は加えてたんだけど、それでも、これ以上いくらオレががんばっても電気トランペットの音質は変えられないな、と。ピックアップのマイクを変えるしかない、と。それで、まずエンジニアのエンドウ君に電話して、「エンちゃん、最近、コンデンサーマイクで、小さくて高性能なヤツ出てない?」って訊いたら、「コンドーさん、最近いいの出てますよ。デンマークのDPAってメーカーが、直径5.5ミリのコンデンサーマイクを作ってて、すごくいいですよ」って言うんで、すぐそれをゲットして。
それをマウスピースに埋めるにしても、水を防ぐことと、息の風を防ぐ仕掛けが要るわけだ。今度は、新大久保にあるグローバルって楽器屋の金管楽器の技術者のウエダ君に連絡して、「このソケットを旋盤で作ってくれないかな」ってお願いして、旋盤で何種類も削らして。4ヶ月ぐらいかけてね。で、ソケットができても、今言ったように防水と風防として、何か幕を張ってシールドしないといけないわけだ。それをプラスチックでやるのか、セロファンでやるのか、ポリプロピレンでやるのか。自分で接着剤と6ミリのポンチ買ってきて、ここ(スタジオ)で切って、接着剤で貼り付けて、プーッと吹いてみて、「ダメだ」また貼り付けて、また「良くねーなぁ」って延々やってね(笑)。で、ポリプロピレンのあるヤツが一番良かったんだ。そうすると今度は、ポリプロピレンを接着できる接着剤って少ないんだよ。だから東急ハンズに行って、2種類買ってきたら一つは役に立たなくて、もう一つの方がなんとかくっつきが良くてね。その新しいピックアップのチューニングが良くなってきたのは、ごく最近なんだけどね。音質もだいぶ変わってきた。音質が変わると、自分も吹きやすくなるからね。それが、今年はすごくよかったな。
電気機材も、1Uっていうフォーマットで、あれは第一次世界大戦の頃にできた工業規格のはずなんだよ。第二次世界大戦前の、そのままの規格なんだ。だから、大きいんだよな、重いし。これからやるためには、さらに軽量化・小型化したい。今は5Uで使ってたんだけど、3Uぐらいにはできそうなんだ。最近も、なんていうメーカーだったかな。小さくていいディレイが出てね。1U分のディレイ外して、それに換えてみたり。あがきはいつまでも続くね(笑)。"
さて、今後の管楽器用ピックアップの展開としては、いわゆる '加速度センサー' などと連携してトリガーする方向性の探求も行われると思われます。こちらはドイツの '音の収集家' ともいうべきアクセル・ドナー。この辺りの'エフェクト' というのは何も 'アンプリファイ' するものばかりではなく、例えばフリー・ジャズの奏者たちが探求する '特殊奏法' を応用して、そこから 'アンプリファイ' にフィードバックする発想の転換というのがあります。この分野で長らく金管楽器はその構造上、どうしても木管楽器の陰に隠れがちな '限界' があったのですが、アクセル・ドナーがHoltonの 'ST-303 Firebird' トランペットを用いて行う多様なノイズの '採取' は(実際、怪しげなピックアップする加速度センサーが取り付けられている)、いわゆる旧来のフリー・ジャズよりエレクトロニカ以降の 'グリッチ' と親和性が高いように思うのですがいかがでしょうか?それは、フリー・ジャズにあった 'マッチョイズム' 的パワーの応酬ではなく、まるで顕微鏡を覗き込み、微細な破片を採取する科学者(ラッパ界のケージか?)のようなドナーの姿からも垣間見えるでしょう。
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