2015年10月4日日曜日

Call It Anythin' !

ある意味、マイルス・デイビスの存在って大きいのです。この管楽器における 'アンプリファイ' というのも 'ジャズの帝王' がアプローチしてくれなければ、1970年代の一時期に流行した程度の '慰みもの' として、そのまま時代の片隅に埋もれていたことでしょう。実際、1990年代後半にソニーが大々的にデイビスのカタログをリマスタリングしたことと並行し、当時、シーンを席巻していた 'ベッドルーム・テクノ' の世代からのリスペクトと相まって、いわゆる 'エレクトリック・マイルス' 再評価の火が付きました。ビル・ラズウェルが、そんな 'エレクトリック・マイルス' の素材を元にした 'ガイドブック' の 'Panthalassa' と、それを 'ベッドルーム・テクノ' のクリエイターたちで再構成した 'Panthalassa Remix' をリリースしたことで、その後のジャズとエレクトロニクスの関係に再び大きな変動をもたらしたのです。このような、過去を振り返ることがそのまま未来を予兆させるという奇妙な 'トリビュート' の感覚は、ジャズの世界からも二枚の 'エレクトリック・マイルス・トリビュート' として1998年に現れます。

①UMO Jazz Orchestra with Special Guest Tim Hagans / Electrifying Miles (A-Records)
②Yo Miles ! / Henry kaiser & Waadt Leo Smith (Shanachie)

①はフィンランドの有名なUMOジャズ・オーケストラが、1960年代後半から1980年代初め頃のデイビスの楽曲を 'Electrifying Miles' として、地元ヘルシンキで挑んだコンサートの一夜を記録したものです。指揮はEero Koivistoinen、そして副題にスペシャル・ゲストの扱いでティム・ヘイガンスがデイビス役のソリストとして選ばれています。面白いのは、ちゃんとヘイガンスのラッパがワウペダルにより 'アンプリファイ' され、当時の楽曲の雰囲気を再現していること。この 'アンプリファイ' による怪しい魔力が、旧態依然とした伝統的ビッグバンドのアンサンブルの中で 'エレクトリック・マイルス' の世界を描き出すのだから、何とも不思議な気持ちになりますね。



こちらは最近の活動のものらしく、トランペットはJorma Kalvi Louhivuori (よ、読めない)という人の 'アンプリファイ' なラッパ。いいですねえ、アンプ・シミュレーター通した感じの歪んだワウワウで。下記はそんな 'JKL' さんのHPで、彼も真っ赤なMartin Committeeを吹いている 'マイルス者' です。

Jorma Kalvi Louhivuori (JKL) HP

この 'Spanish Key' の収録された 'Bitches Brew' は、まさにデイビスの '電化宣言' として当時のメディアを真っ二つに引き裂きました。その中でも‘Bitches Brew’ におけるタイトル曲の印象的なタップ・ディレイは、あのアルバム全体に流れている荘厳な雰囲気を象徴しているでしょう。ちなみに、このときのレコーディングが特別なものだったのは、従来のデイビスの作品に比べて大所帯によるメンバーと多くの電気楽器群が参加しており、デイビス自身、目いっぱい張り上げなければトランペットをきちんとモニターできないという状況から用いられることとなったそうです。当時8トラックを用いて4チャンネル方式で録音しており、トランペットの音を拾うのにトランペットに取り付けたコンタクトマイクからアンプで出力した音と直接ラインでミキシングボードに入力した音(DIで分岐)、そして、通常通りにスタンドにマイクを立ててベルから拾う音をミキシングボードの上で混ぜてあらゆる音色を作り出しています。またデイビスの座る真正面にはモニタースピーカーが置かれました。このようなやり方の最も効果的な曲こそ、あの ‘Bitches Brew’ の印象的なタップ・ディレイであり、それはコロンビアの技術部門がカスタムメイドで製作したテープエコー ‘Teo 1’ がもたらしたものです。以下は、1998年にCBSが大々的にマイルス・デイビスのカタログをデジタルリマスタリングとリミックスを行った際に、それを手がけたエンジニアのマーク・ワイルダーの言による ‘Teo 1’ の詳細。

しかしミックスの中には同時に、ぼくらが再現しようと試みた特徴的な点も幾つかある。1969年に使っていたのと同じ機材を使う努力をしたよ。当時CBSにあったオリジナルのEMTプレート・リヴァーブは今もある。そして ‘Teo 1’ と呼ばれる特注の機材があって、これはテープ・ループ1本に、録音ヘッド1つと、再生ヘッドが最低4つは付いていたんだけど、もうぼくらのところにはなかった。だからその効果・・トランペットによく使われていたんだけど・・を真似るために、複数のディレイ機材が必要になったんだ。

アルバム ‘Bitches Brew’ は、オリジナルの2ミックス・マスターが相当に劣化しており、このままではリマスタリングに耐えられないと判断したCBSにより、元々の8トラック・マスターから再度ジョー・ワイルダーの手によってリミックスをするという危険な賭けに挑んだいわくつきの一枚。テオ・マセロのオリジナルなミックスが気軽に聴けなくなってしまった現在、この判断は今でも議論の的となっています。

さて、②はジャズはジャズでもフリージャズの世界からの 'トリビュート' で、元々そちらの世界が持っていたアフロ・スピリチュアリズムとの親和性において、実は近い位置にあったのが 'エレクトリック・マイルス' のスタイルでした。"ワダダ" レオ・スミスとヘンリー・カイザーという、これまた一癖ある 'フリー派' が、かなり 'エレクトリック・マイルス' 期のデイビスとピート・コージーに成りきり、ほぼリメイクといった感じの仕上がりです。"ワダダ" もここではワウペダルを駆使して、いつもの彼とは違うスタイルを見せつけます。どうやらこの企画が気に入ったのか、カイザー& "ワダダ" のコンビによる 'Yo Miles !' の続編として 'Sky Garden' (2004年)と 'Upriver' (2005年)がその後リリースされました(一作目から三作目まですべて二枚組というヴォリューム・・圧巻です)。





'Yo Miles !' シリーズの一作目から 'Moja - Nne' とは、1974年の 'Dark Magus' 一曲目のカバーということで 'Turnaroundphrase' のことですね。そして、三作目 'Upriver' から1970年の 'Go Ahead John' をカバー。しかし、彼らは取り上げる楽曲がいちいちマニアック過ぎます。



また、いわゆるクラブ・ジャズのスタイルから登場したラッパ吹き、ニルス・ペッター・モルヴェルやこのエリック・トラファズなどは、そのまま 'エレクトリック・マイルス・フォロワー' たちとして、エレクトロニクスと 'アンプリファイ' なラッパを 'ベッドルーム・テクノ' の世代と共闘して 'リファイン' させることに余念がありません。

それでも、この 'エレクトリック・マイルス' と呼ばれていたコンセプトを、果たして単独の楽曲として取り上げて '愛でる' のか、表面的なジャズとエレクトロニクスの融合として継承するのか、についてはまだまだ 'フォロワー' の域を出ず理解されていないのかもしれません。一部、これら 'トリビュート' 作と同時期に菊地成孔氏が始動したユニットdCprGのように、そのリズム構造の面白さにまで切り込んで 'トリビュート' したものはあるものの、そのほとんどは '奇形化したフュージョン' という評価に甘んじています。そういう意味では、これから本格的に '分析' されなければならない音楽であると同時に、まったく違うことを始める契機のきっかけとも言えますね。


マイルス・デイビスの神通力、まだまだこの先も謳歌していく勢いです。

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