2023年5月15日月曜日

初夏の 'フィルター' 実験室

自称 'フィルターフェチ' として、これまで何台もの 'フィルターペダル' を愛用してきました。いわゆるワウペダルからエンヴェロープ・フィルター、強烈なレゾナンス発振に至るまでその帯域を上下するDJ用のステレオ・フィルターなどなど、一気にハマってはあっという間に飽きられちゃうまでセットなのがこの手の機器の魅力なのです(笑)。どうしても 'ジミヘンとワウ商法' に固執するギタリストではありますが、世の市場を見渡せばあらゆるカテゴリーを食い散らかしてハミ出したような製品が貴方の挑戦を待ち構えております。









日本を代表する作曲家にして 'シンセシスト' でもある冨田勲氏もそんなエフェクターの端緒を開く特殊効果に人一倍関心を持っていたレジェンドであります。1971年の 'Moogシンセ' 導入直前から師事、後にYMOのマニピュレーターとして名を馳せる松武秀樹氏は当時の富田氏の制作環境について自身のMoog Ⅲ-CとG-2による実演を交えながらこのように述懐しております。

"「だいこんの花」とか、テレビ番組を週3本ぐらい持ってました。ハンダごてを使ってパッチコードを作ったりもやってましたね。そのころから、クラビネットD-6というのや、電気ヴァイオリンがカルテット用に4台あった。あとラディック・シンセサイザーという、フタがパカッと開くのがあって、これはワウでした。ギターを通すと変な音がしてた。それと、マエストロの 'Sound System for Woodwinds' というウインドシンセみたいなのと、'Rhythm 'n Sound for Guitar' というトリガーを入れて鳴らす電気パーカッションがあって、これをCMとかの録音に使ってました。こういうのをいじるのは理論がわかっていたんで普通にこなせた。"

このLudwig Phase Ⅱで聴ける '喋るような' フィルタリングは、そのまま富田氏によれば、実は 'Moogシンセサイザー' を喋らせたかったという思いへと直結します。当時のモジュラーシンセでは、なかなかパ行以外のシビランスを再現させるのは難しかったそうですが、ここから 'ゴリウォーグのケークウォーク' に代表される俗に 'パピプペ親父' と呼ばれる音作りを披露、これが晩年の '初音ミク' を用いた作品に至ることを考えると感慨深いものがありますね。














一方、この手の 'シンセサイズ' なアプローチとして古くはKorg X-911などがありましたけど、いわゆる 'DJ用フィルター' として遠くベルギーでHerman Gillisさんがひとり手がける '孤高の存在' Sherman Filterbankもお忘れなく。流石に現在では使われ過ぎて '飽きた' という声もありますけど、それくらい大ヒットした機種としてまだまだその潜在能力の全てを引き出してはおりません。個人的には当時の主流であった無闇矢鱈に '発振' させない使い方でこそ、本機の新たなアプローチが光ると思っているんですけどね。その強烈なフィルタリングと発振、歪みからシンセやドラムマシン、ギターはもちろん新たな要素として管楽器にまでかける猛者が現れます。クラブ・ジャズ的なスリーピース・バンドPhatの活動でその存在を知られ、現在はソロでquartz-headやrabitooほか、いくつかのユニットで活動するサックス奏者藤原大輔さん。1990年代後半にテクノ界隈で人気を博したフィルターSherman Filterbank 2(現在2台使い!)とその下に置くラック型ディレイKorg DL8000RのHold機能を駆使して、過激に発振するエレクトロニカ的スタイルを披露しております。ほとんど 'オシレータのないモジュラーシンセ' と言って良い '化け物' 的機器で、どんな音をブチ込んでも予測不能なサウンドに変調してくれますヨ(動画途中の 'Intermission' は長く第2部は58:33〜スタート)。







Maestro FP-3 Fuzz Phazzer

1960年代後半から登場したモジュレーション系ペダル、いわゆる '初期ギターシンセ' の雛形ともいうべき黎明期の製品に共通するのはエンヴェロープ・フィルター、オクターバー、ファズワウ、フェイザー、フランジャー、LFO、VCFといった重複する機能が混交した状況にありました。これらは後にカテゴリー化される名前より先に話題となっていたもの、一部、類似的な効果を強調して名付けるという習慣化の現れでもあります。Shin-ei Uni-Vibeの 'Chorus' (当初は 'Duet')も後のBoss Chorus Ensemble CE-1とは別物ですし、LudwigやFoxx、Maestroや京王技研から登場した 'Synthesizer' というのもRoland GR-500以降の 'ギターシンセ' とは合成、発音方式などで別物です。それは、このMaestroのFuzz Phazzerに象徴される混交した効果に関心のあった富田勲氏によれば、このような 'モジュレーション' の効果はMoogシンセサイザーの単純な波形に揺らぎを与えて 'なまらせる' こと、機器自体から発する 'ノイズ' がとても有効であることを力説します。

"最近(の機器)はいかにノイズを減らすかということが重要視されていますが、僕が今でもMoogシンセサイザーを使っている理由は、何か音に力があるからなんですね。低音部など、サンプリングにも近いような音が出る。それはノイズっぽさが原因のひとつだと思うんです。どこか波形が歪んでいて、それとヴォリュームの加減で迫力が出る。だから僕はノイズをなるべく気にしないようにしているんです。デジタル・シンセサイザーが普及してノイズが減り、レコーディングもデジタルで行われるようになると、音が透明過ぎてしまう。ファズやディストーションもノイズ効果の一種だし、オーケストラで ff にあるとシンバルや打楽器を入れるというのも騒音効果です。弦楽器自体も ff になるとすごくノイズが出る。そうしたノイズは大切ですし、結果的にはエフェクターで出たノイズも利用していることになるんだと思います。"









1970年代のエフェクター黎明期という '熱狂' に触れて参入、僅かばかりのペダルを製作してそのまま歴史の彼方に消えていってしまった工房が数多ありました。ひとつの成功体験としていわゆる電子機器の修理工房を開いていたキース・バールとテリー・シェアウッドの二人は、たまたま当時の新製品であるMaestroのPhase Shifter PS-1が持ち込まれたのをきっかけに製品の解析と改良を開始することとなります。そしてMaestroより一気にサイズダウンしたまさに手のひらサイズの 'オレンジの小箱' は、そのままバーやライヴハウスなどで手売りにより好セールスを叩き出してMXRを起業、これまたエフェクター史におけるサクセス・ストーリーを生み出します。一方、同じような道程でエフェクターというこの小さな機器に魅せられて参入したものの、僅かな製品を残して消えて行ってしまったのがPA機器の製作の傍で修理などを請け負っていたTychobrahe Engineering。その修理品として持ち込まれたのがなんとあのジミ・ヘンドリクスの為に英国のエンジニア、ロジャー・メイヤーが 'ワンオフ' で製作したアッパー・オクターヴの名機Octavioであり、当時ヘンドリクスのステージから数々の機器が盗まれるというアクシデントと共に何とも 'グレーな出処不明モノ' だったことを伺わせます。その解析を経て生まれたのがこの工房を象徴するブルーの筐体に包まれたOctaviaであり、長らくその存在は本機の伝説的な意匠と共に設計者であるメイヤーからの '紛いモノ' 扱いの酷評で市場での生産数は多くありませんでした。この後は一転してParapedalやPedalflangerといったワウ、モジュレーション系を手がけるのを最後にペダル製作としての工房の扉は閉鎖、その伝説的なブランド名は 'Chicago Iron' により取り戻され復刻するまで長く歴史の片隅へと消えて行くこととなります。










ジミ・ヘンドリクスやジョン・ギルモア、ロバート・フリップらがエフェクターペダルの歴史と不可分な関係なのは指摘するまでもありませんけど、フランク・ザッパがかなりの 'フィルター狂' でそれもちょいマイナーなペダル、ラック機器を愛してきたことは一部で知られてきた事実でもあります。GibsonのMaestro Rhythm 'n Sound for Guitar搭載の 'Color Tones'、そのMaestroペダルの設計に従事してきたデザイナー、トム・オーバーハイムの手がけるControl Voltaged Filter VCF-200、Systech Harmonic EnergizerやMicMix Dynaflangerなどなど...現在の市場に再評価というかたちで数々のクローンが存在しております。そんなザッパのフィルタリングに対する音作りに訴えたペダルとして、このFZ-851は父親の楽曲を再現する上で息子のドゥイージルがザッパと縁の深いPerformance Guitarにオーダーしたマニアックな一台。Boss FV-500とFV-50の筐体を利用し、どでかい鉄板風アルミ板(軽い)を強引に乗っけてLo-Pass、Band-Pass、Hi-Passを切り替えながらフィルター・スウィープをコントロールするという荒削りさで実際、ペダル裏側には配線がホットボンドで固定されフォーミュラカーを見るような迫力がありまする。その肝心の中身なんですが・・ええ、この動画通りのほとんどVCFをノックダウンした 'シンセペダル' と呼べるほどエグい効果から、EQ的な操作をして帯域幅の広いQの設定、半踏み状態によるフィルタリングの '質感生成' やワウペダルのリアルタイム性まで威力を発揮します。また本機はBoss FV-500の筐体を利用したことでタコ糸によるスムースな踏み心地なり。姉妹機のFZ-851SはNumber Girlのベーシスト、中尾憲太郎氏が自身で製作者の須貝邦夫氏にオーダーして現在の足下で愛用中であることを動画(22:31〜25:25)で述べております。そんなフランク・ザッパのフィルターといえばトム・オーバーハイムがMaestroでデザインしたエンヴェロープ・フィルターは、新たに 'ランダム・アルペジエイター' というサブジャンルで再評価、フィルターの創造性に大きく寄与しました。この独特な効果は1976年の来日公演のステージから突発的に始まった 'Ship Ahoy' の名ソロとしてその後、1981年のアルバム '黙ってギターを弾いてくれ' に収録することで世界に問いました。








今月の 'MVP' (Monthly Vintage Pedals)はエンヴェロープ・フィルターというカテゴリーの元祖にして名機、MusitronicsのMu-Tron Ⅲ。数々のクローンから元Musitronicsのエンジニアのひとりであったハンク・ザイジャック氏による '完コピ' のHaz Laboratories製、そしてオリジナルの設計者としてMusitoronicsで数々の製品をデザインしたマイク・ビーゲル自身の '新生Mu-Tron' に至るまで、現在でも市場を賑わせているペダルでもあります。そのエンヴェロープ・フィルターと並び人気のあったフェイザーには、強力なフェイズシフト回路をパラレルで2台搭載した巨大なフェイザー、Mu-Tron Bi-Phaseがあり、その眩惑する効果がそのまま 亜熱帯のサイケデリア' を象徴するマリワナの煙を吐き出すリー・ペリーに力を与えておりまする。一方、会社末期にはシンセサイザーのArpが関わるかたちで '初期デジタル' へのアプローチからデジタル・ディレイの迷機、Mu-Tron Digital Delayというラック機器も手がけました...。コレ、わたしも所有しているのですが未だに正常なんだか壊れてるんだか分からない謎のパラメータ満載です。少なくとも製品名の 'Digital Delay' という効果は期待しないで下さいませ(苦笑)。












Seamoon Fx Funk Machine

ちなみにマニアックなフィルターの 'リファイン' による復刻ではSeamoonも来ました。デイヴィッド・タルノウスキーの手がけたStudio PhaseやFunk Machineはフュージョン・ブームを支え、その後、独立したA/DAで傑作FlangerやFinal Phase、Harmony Synthesizerなどを残します。今回、市場に蘇ったのはエンヴェロープ・フィルターのFunk Machineであり、その新生Seamoon Fxを主宰するのはセッション・ベーシストとして過去にザ・ブレッカー・ブラザーズの 'Heavy Metal Be-Bop' などに参加したニール・ジェイソン。ここではジェイソンのみならず当時の愛用者であるラッパ吹き、ランディ・ブレッカーなどの意見も反映させているようですね。当時、ランディが使っていたのは無骨なデザインのVer.1の方ですが、1993年に '復活ブレッカーズ' としてリユニオン的な活動をし始めた頃はBossのT-Wah TW-1を愛用しておりました。古くはHammondのInnovex Condor RSMからMaestro EchoplexやMu-Tron Bi-Phase、弟のマイケルはRolandのSPV-355による 'ギターシンセ' を管楽器でアプローチしていた時代がありましたけど、そんなランディが初めてワウを使い出した時のエピソードについてこう述べております。

"1970年当時、私たちはドリームズというバンドをやっていた。一緒にやっていた(ギターの)ジョン・アバークロンビーはジャズ・プレイヤーなんだけど、常にワウペダルを持ってきていたんだよ。彼はワウペダルを使うともっとロックな音になると思っていたらしい。ある日、リハーサルをやっていたときにジョンは来られなかったけど、彼のワウペダルだけは床に置いてあった。そこで私は使っていたコンタクト・ピックアップをワウペダルに繋げてみたら、本当に良い音になったんだ。それがワウを使い始めたきっかけだよ。それで私が「トランペットとワウって相性が良いんだよ」とマイケルに教えたら、彼もいろいろなエフェクターを使い始めたというわけだ。それからしばらくして、私たちのライヴを見にきたマイルス・デイビスまでもがエフェクターを使い出してしまった。みんなワウ・クレイジーさ(笑)。"











Seppuku Fx Mind Warp 2013 (discontinued)

そして、思い切って買ってしまったドイツ産の謎なマルチ・エフェクツ・ユニット、Schaller Jet Noiser。ええ、基本的にはChorus/Vibrato + Tremoloのモジュレーション系なんですが、しかしその名が主張するのは '揺れ' ではなく '歪み' ということで、本機のメインを司るのは 'Jet' と 'Noise' の2つのパラメータでホワイトノイズを混ぜる 'Filter Matrix' 効果にあるのです。この地味な効果の生成でいわゆるショート・ディレイの遅延から低い帯域でピッチを変調、コーラスやフランジャーなどの基本原理である 'コーム・フィルター' が大好物なんですヨ...。本機はその効果を 'Chorus' より 'Noise' としてメインに押し出しているワケで、それを製品名にするSchallerの製作陣はあまりにもぶっ壊れてるとしか思えない(笑)。そもそも 'Filter Matrix' は老舗 'エレハモ' によるフランジャーの名機、Electric Mistressに搭載されていた効果であり、機能的には '揺れないフランジング' や '無調回避のリンギング' といえば分かって頂けるでしょうか?。フェイザーやフランジャーに 'ジェット効果' をミックスするMaxon JL-70 JetlyzerやRolandからエンヴェロープのタッチセンスも備えるAP-7 Jet Phaserなどの登場した1970年代、アタッシュケースのかたちでドイツの老舗メーカーからもたらされた '回答' のJet Noiser。一方、本機イマイチの部分は当時としては最先端の静電容量によるタッチセンサーで各モードを切り替えるのですが、これがかなり不安定...思い通りの反応を示してくれません(謎)。そして、このアタッシュケース型のシリーズではテープ・エコーのEcho Reverb Machine 2000というのもありました。ちなみに 'コーラス' の効果を謳いながらグリッチ的ノイズをミックス出来る '変わり種なChorus / Vibrato' のペダルとして、これは2018年版のSeppuku Fx Mind WarpやIntensive Care AudioのFideleaterなどがありまする。しかし、この手の効果の先駆にして原点であったのがモスクワ放送の電離層による 'フェーディング' (Fading)から着想した日本の誇る名機、Honey Psychedelic Machineから存在していたことは論を待たないでしょう。






さっそく手に入れた 'Pedal Shop Cult Presents' によるElectrograve謹製のステレオ・ノイズマシン、Superposer  SP-1。設計者のKaz Koike氏曰く '半導体の絶叫' を具現化したノイズマシンとのことで、本機はレギュラーモデルのQuad Osscillatorから移植されたオシレータをL-Rそれぞれに4つずつ、計8つ搭載して個別にOn/Off(キルスイッチ)しながら加算、減算合成により生成させて行きます。さて本機で重要なのはステレオL-Rにより干渉させていくことにあり、周波数帯域を変調させるFilterとモジュレーションのLFOを司るRateとStabilityにより音色のヴァリエーションが変わります。まあ、いわゆる原始的なオシレータの塊なので好き勝手にあれこれツマミを触って 'ちょうど良いところ' を一期一会的に発見、チューニングしていくのが '正解' ですね(笑)。この手のガジェット的なノイズマシンというのは大抵、シンプルにしてお手軽に作ってあるもの(失礼)が多いのだけど、本機はさすがCultと思わせるこだわりの作りなのが素晴らしい。その弁当箱サイズの筐体から受ける見た目そのまま...ズッシリとめちゃくちゃ重いです!。この重厚感にして、筐体を開ければギッシリと詰まった基板の塊にニンマリしながら所有欲を満たすと共に本機がひとつの創造的な '楽器' であるというコンセプトに嘘はありません。さて、ただ触るのも面白いですけど、他に何と組み合わせてこの剥き出しのノイズを '去勢' させてやろうかしばし思案...。この工房からは超限定で新潟の楽器店あぽろんでのみ販売されたSonic Duel Boxというのがありましたけど、一方で4チャンネル出力を持つパンニング・マシンSearch and Destroy SAD-1というのもありました。これはステレオ音源はもちろん、ギターからの入力をジョイスティックでグリグリとパンニングし、AutoスイッチでトレモロのテンポをSlowからFast、Normalからブツ切りにするRandomに切り替えて 'グリッチ風' の効果まで幅広く対応。4つの出力はそれぞれ個別に切り替えることが可能で、50% Dutyスイッチを入れることでモノラルでも十分な空間変調を堪能することが可能です。個人的には再生産をお願いしたいですね。そのSAD-1の元ネタでは?と思わせるのが、最近入手した前述のTrogotronic Iron Cross C4というジョイスティック・コントローラー。わたしが所有しているのはV.4ですが、現行品はド派手なLEDと共にトリガーでチョップする切れ味鋭いLFOの搭載されたV.5となりまする。










まずは手許に何か 'ステレオ入出力' の機器はないか?、ということで、Moody SoundsがスウェーデンのNils Olof Carlinの製作したRing Modulatorのクローンに通してみます。市場にあるリング・モジュレーターは2つの入力の和と差をマルチプライヤー(乗算器)という回路で掛け合わせ非整数倍音を生成すべくオシレータ内蔵の製品が一般的ですけど、本機はその原点の構造に則りA、Bふたつでリング変調する珍しいもの。ちなみにこの構造はその製品化の出発点ともいうべきMaestroのRM-1、RM-1AにIn/Outとは別に設けられた 'EXT Carrier' と 'OSC Out' でも反映されております。そもそもは1960年代後半、後に 'オーバーハイム・シンセサイザー' で名を馳せるトム・オーバーハイムが同じUCLA音楽大学に在籍していたラッパ吹き、ドン・エリスより 'アンプリファイ' のための機器製作を依頼されたことから始まりました。この時、少量製作した内のひとつがハリウッドの音響効果スタッフの耳を捉え、1968年の映画「猿の惑星」のSEとして随所に効果的な威力を発揮したことからGibsonのブランド、MaestroによりRM-1として製品化される運びとなります。また、オーバーハイム自身のブランドであるOberheim Electronicsとしてもオーダーのかたちで少量製作されました。オーバーハイムは本機と1971年のフェイザー第一号、PS-1の大ヒットで大きな収入を得て、自らの会社であるOberheim Electronicsの経営軌道とシンセサイザー開発資金のきっかけを掴みました。それまでは現代音楽における 'ライヴ・エレクトロニクス' の音響合成で威力を発揮した発振器としてのリング変調が、このMaestro RM-1の市場への参入をきっかけにロックやジャズ、映画音楽などのフィールドで広く認知されたのです。







ここからサンプルを '飛び道具' 的にアプローチすべく、Make Noise Morphageneの前身にあたるデジタル・テープマシンPhonogeneをチョイス。ステレオのSuperposerからはMorphageneを使うのがベストだが、ここではPhonogeneを2台使って 'L-R' を操作します。イメージとしては電子音楽スタジオの端緒であるフランスのピエール・シェフェール、オランダのディック・ラージメイカーらがオシレータとテープのスプライシングによる 'ミュージック・コンクレート' の手法でやっていたことを、リアルタイムにサンプリングして筐体中央のVari-Speedツマミを回しテープレコーダーの再生速度や方向の如く生成変化を開始...。サンプルの再生中にSpliceボタンを押すことでフレイズの任意の位置に切れ目をチェック、この '頭出し' をバラバラにしたところでGene-Size、Gene-Shift、Slideの各パラメータをCVでパッチングしていくと...もはや予測不能の事態です。ここではAttackとDecayを変調、LFOにもなるHikari InstrumentsのTriple ADをチョイスします。












続いてはモノラル出力から '疑似ステレオ' の探求ということで、SuperposerのLからモノで出力して逆相のステレオ定位で広げてLand Devicesの4チャンネル・ミキサーでミックスさせてみます。まずはこちらの 'Filter & Modulation' ユニットをご紹介。ここでのチョイスはデンマークの工房、Gotharman's Musical Instrumentsの強力な真空管とICのハイブリッドなフィルターモジュールでリゾナンスの効いたVCF 2が最高ですね。そして全てが '2HPサイズ' のモジュールであることからそのまま '2hp' のブランドでHold/スタッター・モジュールのFreezとランダムなCV/GateジェネレータのRndをスタンバイ。その逆相による '疑似ステレオ' 効果で威力を発揮するのが、Synthesis TechnologyのE560 Deflector Shieldから 'Frequency Shifter' のモードを聴いて頂きたい。そんな 'Shift' モードのほか本機はRing ModulatorやPhaserも備えるマルチモジュールなのですが、このグルグルと周囲を這い回るような逆相の定位が楽しますヨ。私がこのステレオ定位のモジュールを入れたのは後述するBlackboxのバックトラック上で遊ぶため(笑)。そして各種ノイズまとめるのは、手のひらサイズにして至れり尽くせりの充実度満点のLumamix Resonant Mixer。Polymoogシンセサイザーのリゾナントフィルター・セクションをベースにしたミキサーというオーダーから出発して、木製の小さな筐体に4つのミニプラグorフォンの入力(ch1だけミニプラグのみ)、ミニプラグorフォンのセンドリターン、ミニプラグorフォンの出力(ミニプラグのみステレオミニ出力対応)、そしてHP/BP/LPのリゾナントフィルター・セクションとLDRコントロールによりペンライトかざしてリアルタイムのLFOコントロール可能と、いや、このサイズでよく納めたなあと感心しました。またDJプレイなどの際に頻繁に触るであろうCutoffのツマミだけ、ほかのツマミより若干高く配置しているのも芸が細かい...。作りは正直、観光地の土産物屋で売ってるような民芸品レベルなんですけどね(苦笑)。ここでアレがあれば良いな、コレがあったらこんなこと出来る、などの欲望が湧いちゃダメですね(苦笑)。目の前にすべてがある...この剥き出しのオシレータを '彫刻刀' で削り出すようにして1010 MusicのサンプラーBlackboxという 'お皿' に盛り付けるだけ。そのバックトラックの上をSuperposerの即興ノイズが '一期一会' に描き出す...。もう、それで良いじゃないか。さて、このモバイルセット持って温泉旅行に出かけ、ノイズだけを素材にしたオウテカみたいなことやろう...かな?(笑)。



さて、これぞ1969年の黙示録...久しぶりにマイルス・デイビスの 'Bitches Brew' を聴く。わたしが初めて手を伸ばしたジャズのアルバムがコレでした。マイルス・デイビスが何者でジャズが何であるのか一切予備知識もなく、奇妙なジャケットと共に初めてCD化された2枚組本盤・・高かった(涙)。きっかけは、当時どっぷりとハマっていたR&Bの解説本にR&B、ファンクの他ジャンルへの影響の一枚として本盤が挙げられていたからです。何となくですが当時、ジャズという、黒人音楽にしてどこか小難しそうな音楽が凄い気になっていたんですよね。それまではアース・ウィンド&ファイアやクール&ザ・ギャング、オハイオ・プレイヤーズなどのアルバムに '小品' として小耳に挟んできたジャジーな響き、その大人っぽい感じが思春期のわたしの感性をビリビリと刺激してきたのでした。あくまでジャズではなくジャジーである、というのが当時のわたしの理解だったんだけど、この 'Bitches Brew' は終始 '何なんだろう?' という不思議な感想として支配される結果に・・。確かに小難しい雰囲気いっぱいながら、かろうじて音楽としての構造はある、しかし楽曲の '主題' のような中心はなく、2枚組全体で一曲というような '組曲' として響くなど、デイビスのラッパがどうとか各自のソロがみたいなところは全然耳に入ってこなくて、とにかく全体から提示される '響き' に呑まれるばかり...。特に3台のフェンダーローズ・エレクトリック・ピアノの麻薬的なレイヤーは、分からないなりの中毒性で以って夜眠るときの '睡眠剤' の役割を果たしてくれましたね。まあ、端的に理屈は分からなくとも気持ち良かったのですヨ。





"これは単にもっと美しいの話ではない。ただ違うのだ。新しい美、異なる美、また別の美しさ。それでも美は美なのだ。これは新しいし、新しさのキレがある。宇宙船から、まだ誰も踏み入れたことのない場所に出た時に感じる、あの急にこみあげてくる熱さがある。"

'Bitches Brew' のライナーノーツを担当したジャズ評論家、ラルフJグリーソンのこの一節が本作の魅力を見事なまでに看破しております。それは本作を聴いて当惑するであろう従来のジャズ・クリティク、古くからのリスナーに対する '注意書き' のように、当時流行のLSD服用による '意識の拡張' やアポロ11号の月面着陸、前年公開のスタンリー・キューブリック監督のSF映画 '2001年宇宙の旅' のイメージを借用してまで説き伏せる勢いなのだから・・今の何倍もの衝撃があったであろうことは想像に難くない。その 'Chat-GPT' の先駆ともいうべき人工知能HAL-9000との対話から暴走へと突き進む '人類' の放擲は、マイルス・デイビスが保守的なテーラードスーツを脱ぎ捨てると共に旧来のジャズ・クリティック(に象徴される複雑性)からの自由と新たなインターフェイスの獲得へと向かう瞬間に重なります。ちなみに、この人工知能HAL-9000がもたらした神性について「モダン・コンピューティングの歴史」の著者ポールEセルージはこう述べております。

"現在ユーザーは、(MacintoshやWIndowsなどの)インターフェイス以上にコンピューティングをもっと簡単にすると思われる新しいインターフェイスを見出そうと躍起になっている。しかし、このことがコンピューティングをさらにややこしいものにしている。こうした複雑化のプロセスはこれからも続いていくだろう。2001年はすでに過去となっているが、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」の主人公である人工知能コンピュータHALはついぞ実現しなかった。多くの人々はHALに起こった問題は、コンピュータがうまく制御できなくなったことからきているのを忘れてしまっているが、より厳密にいえばHALの問題はコンピュータが完璧に機能したことにあるのだ。HALはプログラムの一部である二つの相反する命令に従おうとしたがゆえに制御不能に陥ってしまった。つまり、宇宙船の乗務員の意向とその宇宙旅行ミッションの真の目的を彼らから隠そうとする行為の狭間に置かれたのだ。しかし現在、HALのような人工知能インターフェイスが出来上がったとしても、この映画にあるようにきちんと正確に職務を実行することはないだろう。"






そもそも当初キューブリック監督はこの映画のOSTにザ・ドアーズを起用したかったという話が聞こえておりますが、個人的には 'Bitches Brew' ほどこの '体験する映画' のOSTに最も相応しい一枚はないと思っております。それはこのOSTというか映像のシーケンスのために引用されたハンガリーの現代音楽作曲家、ジョルジ・リゲティの4曲「アトモスフェール」(1961)、「3人の独唱者とアンサンブルのための 'アヴァンチュール'」(1962)、「オーケストラと声楽のための 'レクイエム'」(1965)、「無伴奏合唱のための 'ルクス・エテルナ'」(1966)に顕著なトーン・クラスターとこの時期以降に傾倒するマイルス・デイビスのサウンドとの親和性です。当時のデイビスがその拠り所としたのは現代音楽の巨匠、カールハインツ・シュトゥックハウゼンであり、またイタリアの現代音楽作曲家、ルチアーノ・ベリオの技法である複数の奏者、楽器に固有のピッチをあてがいその中を縦横に動き回る 'ハーモニック・ウォール' に共鳴したのか、そのベリオ本人と会って "オレにいくつかのコードを書いてくれ" と懇願したほどでした。ベリオ本人はすでにデイビスがソレを身に付けていることを見抜いたのか、"君にはそんなものいらないよ" と冗談交じりに返答したことが伝えられております。










1969年のマイルス・デイビスが最も精力的かつ創造的な時期であったことは間違いありません。新たにジャック・ディジョネットを擁したクインテットを率いて、いわば 'Pre Bitches Brew' 的なアプローチをライヴで試行錯誤しながら、2月に 'In A Silent Way'、8月に 'Bitches Brew'、11月にアイアート・モレイラやカリル・バラクリシュナらブラジル、インドの民族楽器を導入したセッションから 'The Little Blue Flog c/w Great Expectations' という、それぞれ全く異なるコンセプトのサウンドを完成させてしまうのだから・・。また、この年は全米で猛威を奮っていた 'サマー・オブ・ラヴ' 最後の一年でもあり、7月のアポロ11号月面着陸、8月のウッドストック・フェスティヴァル開催という激動の瞬間が世界を駆け巡りました。世界中の学生たちはゲバ棒振り回して大学を占拠し、権力に楯突いて暴れ廻っていた季節。そんな時代の雰囲気を如実に感じ取ったであろう変貌するデイビスの姿は、そのまま ''レコードでは静的に、ライヴでは獰猛なほど動的に" という志向へと現れます。これはダブル・アルバムとして、それぞれ1970年に連続でリリースされた 'Bitches Brew' と 'Miles Davis At Fillmore' の両面 '合わせ鏡' のような関係性からも伺えるでしょうね。個人的にこの2作品は '4枚組' の組曲的大作として捉えており、ここに上述した '先行シングル' ともいうべき 'The Little Blue Flog c/w Great Expectations' で全く違う世界をも提示するのだから、いかにこの69年から70年という年がデイビスにとって豊饒なる一年であったか。まさにアブドゥル・マティ・クラーウェイン描く 'Bitches Brew' のダブルジャケットが暗示する如く、すべてにテオ・マセロの編集作業が施されて '静と動' のコントラストが目まぐるしく切断、再生されていくという無重力の世界がそこにあるのです。また、この時期の楽曲制作におけるインスピレーション、アイデアとなる '素材' の源泉として、これまで担ってきたウェイン・ショーターの役割が後退する代わりにジョー・ザヴィヌル、エルメート・パスコアールといった新しい人材を発掘。そして当時のロックのモチーフからBlood Sweat & Tearsの 'Spnning Wheel' やCrosby, Stills & Nashの 'Guinnevere' といったヒット曲を引用するなど、従来のトランペットから聴こえていたフレイズを刷新するアプローチを試していたのもこの時代の特徴です。








Selections from The Early Sessions - Silver Apples

またこの時期、世界初のギター・シンセサイザーとしてHammondが開発した機器Innovex Condor RSMもデイビスの元に届けられて、同年11月から再び始まるインド、ブラジルの民族楽器を導入したセッション中の1曲 'Great Expectations' において不気味なオクターヴの効果をトランペットに付加しております。この曲は13分弱からなるヒプノティックに反復するテーマと少しづつ前後するポリリズムの絡みで構成されており、通奏低音のタンプーラをバックにデイビスのトランペットはソロに変わってオープン、ミュート、エコー、オクターヴ、ディストーション、フェイズ、トレモロと多岐に渡り、刻々とその反復の表情を変えていきます。この効果のより顕著な例としては、翌70年5月にキース・ジャレット初参加にしてVoxの 'Clyde McCoy' ワウペダルの初録音でもある一曲 'Little High People' から聴き取ることが出来ます。Hammondはエレクトリック・ギター用GSMと管楽器用RSM、キーボードなどステレオ機器用SSMの3種を用意し、晩年のジミ・ヘンドリクスもニューヨークで懇意にしていた楽器店Manny'sから購入していたようですね。こちらはそのManny'sの領収書が残っており、ヘンドリクスは1969年11月7日にシリアル・ナンバー1145のCondor GSMを480ドルでMaestro Echoplexと共に購入。使用楽曲として(今のところ)唯一確認出来るのはヘンドリクス没後に発売された未発表曲集 'Rainbow Bridge' の中に 'アメリカ国家' のスタジオ録音版が収録されており、これの 'シンセライク' にキラキラしたオクターヴのギターによるオーバーダビングで本機が使われているのでは?という噂があるのです。ジョン・マクダーモット著によるヘンドリクスのレコーディングを記録した 'ジミ・ヘンドリクス・レコーディング・セッション1963 - 1970' によれば、特定の製品名は出していないもののこう記述されております。

"レコード・プラントは新しいアンペックスのユニットを導入しており、この日ヘンドリクスは初めて16トラックのその設備でレコーディングを行った。おそらくその場の雰囲気に触発されたのであろう、ヘンドリクスは彼独特のユニークな「アメリカ国家」を演奏した。ベースもドラムスもレコーディングされておらず、ミッチ・ミッチェルやノエル・レディングがこのセッションに参加した形跡はない。この時レコーディングされた「アメリカ国家」は、決定版とも言うべきウッドストックでの演奏も含めたステージ・ヴァージョンとはかなり違ったアプローチとなっている。ヘンドリクス自身は生前にこの時のレコーディングを再び取り上げることはなかったが、エディ・クレイマーは後にこれをリミックスし、ヘンドリクスの死後、1971年の 'Rainbow Bridge' に加えた。クレイマーは説明する。「とてもユニークな演奏だと思ったのです。ジミがギターで初期のシンセサイザーのような音作りをしているという事実に感嘆しました。なにしろ、ギター・シンセサイザーが登場するより前のことなんですから。彼の演奏のまた違った面が現れています。彼の作り出す音の無限性、と言えるでしょうか。」"

わたしの '見立て' では、この曲のベーシックトラックが1969年3月18日にニューヨークのレコード・プラント・スタジオで収録され、同年11月7日にヘンドリクスがManny,sで本機Condor GSMを購入と共にオーバーダブの作業を経て完成させたという流れに加え、近年このベーシックトラックのセッションにあのSilver Applesのオシレータ奏者、シメオン(6台ものベース・オシレータを演奏!)が関わっていたことが判明しました。そして以下、Hammondがデイビスを始め積極的に本機売り込みをしていたことを1970年の 'Downbeat' 誌によるダン・モーゲンスターンの記事から抜粋します。

"そこにあったのはイノヴェックス社の機器だった。「連中が送ってきたんだ」。マイルスはそう言いながら電源を入れ、トランペットを手にした。「ちょっと聴いてくれ」。機器にはフットペダルがつながっていて、マイルスは吹きながら足で操作する。出てきた音は、カップの前で手を動かしているのと(この場合、ハーモンミュートと)たいして変わらない。マイルスはこのサウンドが気に入っている様子だ。これまでワウワウを使ったことはなかった。これを使うとベンドもわずかにかけられるらしい。音量を上げてスピーカー・システムのパワーを見せつけると、それから彼はホーンを置いた。機器の前面についているいろんなつまみを眺めながら、他のエフェクトは使わないのか彼に訊いてみた。「まさか」と軽蔑したように肩をいからせる。自分だけのオリジナル・サウンドを確立しているミュージシャンなら誰でも、それを変にしたいとは思っていない。マイルスはエフェクト・ペダルとアンプは好きだが、そこまでなのだ。"











このトランペットの 'アンプリファイ' からよりリズミックなアプローチへと変貌すべく、そのままマイルス・デイビスに倣う多くのフォロワーが堰を切ったように後に続きます。パレ・ミッケルボルグ、イアン・カー、ランディ・ブレッカーらも踏み出すワウペダルの 'ヴォイス' は、一方でトランペットという楽器の伝統から咆哮と呼ぶに相応しいほどの 'ノイズ生成器' を求めたデイビスの奇行ぶりを際立たせました。'Bitches Brew' から大きく転向するようにリズム楽器としてのトランペットの '変形' について1973年の来日公演を見たジャズ批評家、油井正一はこう酷評します。

"マイルスの心情は理解できる。トランペットという楽器を徹底的に使い切った彼は、もはやこの楽器に新しい可能性を発見できなくなったのだろう。だがしかし、たとえ電化トランペットに換えたとしても、トランペットをリズム楽器に曲げて用いることは誤りである。(中略)「オン・ザ・コーナー」が私に駄作に聴こえたのは、そのためだ。(中略)電気トランペットによるワウ・ワウ効果は、ありゃ何だ。いくらマイルスが逆立ちしようが、ワウ・ワウ・トランペットの史上最大の名手で40年前に故人となったバッバー・マイレイに及びもつかぬのである。"

そんなデイビスのワウによるフレージングに大きな影響を与えたのでは?と思わせるのがブラジルの打楽器、クイーカとの関係ではないでしょうか。ジミ・ヘンドリクスが強烈なフィードバック・ノイズと共に踏むワウペダルがそのきっかけだとされておりますが、'Isle of Wight' のライヴ動画でデイビスのステージ後方を陣取りゴシゴシと擦りながらトランペットに合わせて裏で 'フィルイン' してくるパーカッショニスト、アイルト・モレイラの姿こそあの奇行的なトランペットの 'ロールモデル' のように映ります。そして当の本人は、このような 'アンプリファイ' における恩恵からメロディとリズムの狭間で聴こえてくるサウンドの新たな聴取に興奮していたのが面白いですね。それはソロ至上主義の古くさいジャズ原理主義者とは全く違う視点で、大音量のスピーカーに囲まれたステージが従来の '耳のポジション' からダイナミズムを変容させる出来事であったことを1975年の来日公演でこう述べております。

"ああやって前かがみになってプレイすると耳に入ってくる音が全く別の状態で聴きとれるんだ。スタンディング・ポジションで吹くのとは、別の音場なんだ。それにかがんで低い位置になると、すべての音がベスト・サウンドで聴こえるんだ。うんと低い位置になると床からはねかえってくる音だって聴こえる。耳の位置を変えながら吹くっていうのは、いろんな風に聴こえるバンドの音と対決しているみたいなものだ。特にリズムがゆるやかに流れているような状態の時に、かがみ込んで囁くようにプレイするっていうのは素晴らしいよ。プレイしている自分にとっても驚きだよ。高い位置と低いところとでは、音が違うんだから。立っている時にはやれないことがかがんでいる時にはやれたり、逆にかがんでいる時にやれないことが立っている時にはやれる。こんな風にして吹けるようになったのは、ヴォリューム・ペダルとワウワウ・ペダルの両方が出来てからだよ。ヴォリューム・ペダルを注文して作らせたんだ。これだと、ソフトに吹いていて、途中で音量を倍増させることもできる。試してみたらとても良かったんで使い始めたわけだ。ま、あの格好はあまり良くないけど、格好が問題じゃなく要はサウンドだからね。"

そしてブラジルといえば 'トロピカリア' の 'サージェント・ペパーズ' であり革命児でもあったオス・ムタンチスのヴォーカリスト、ヒタ・リーが冥界へと旅立たれました。R.I.P.







そして後述しますが、このInnovex Condor RSMの為に用意されたShureの 'マウスピース・ピックアップ' はすでに1969年8月の 'Bitches Brew' のレコーディングからデイビスのマウスピースに穴を開けて接合されておりました。以下、上記リンク先のShureのHPから質問コーナーに寄せられた本製品に対する回答。

Q - わたしはShurre CA20Bというトランペットのマウスピースに取り付けるピックアップを見つけました。それについて教えてください。

A - CA20Bは1968年から70年までShureにより製造されました。CA20BはSPL/1パスカル、-73dbから94dbの出力レベルを持つセラミックトランスデューサーの圧電素子です。それはHammond Organ社のInnovex部門でのみ販売されていました。CA20BはShureのディーラーでは売られておりませんでした。

CA20Bは(トランペット、クラリネットまたはサクソフォンのような)管楽器のマウスピースに取り付けます。穴はマウスピースの横に開けられて、真鍮のアダプターと共にゴムOリングで埋め込みます。CA20Bはこのアダプターとスクリューネジで繋がっており、CA20Bからアンバランスによるハイ・インピーダンスの出力を60'ケーブルと1/8フォンプラグにより、InnovexのCondor RSMウィンド・インストゥルメンツ・シンセサイザーに接続されます。Condor RSMは、管楽器の入力をトリガーとして多様なエフェクツを生み出すHammond Organ社の電子機器です。Condorのセッティングの一例として、Bass Sax、Fuzz、Cello、Oboe、Tremolo、Vibrato、Bassoonなどの音色をアコースティックな楽器で用いるプレイヤーは得ることができます。またCA20Bは、マウスピースの横に取り付けられている真鍮製アダプターを取り外して交換することができます。

Condorはセールス的に失敗し、ShureはいくつかのCA20Bを生産したのみで終わりました。しかし、いく人かのプレイヤーたちがCA20Bを管楽器用のピックアップとしてギターアンプに繋いで使用しました。その他のモデルのナンバーと関連した他の型番はCA20、CA20A、RD7458及び98A132Bがあります。









1969年の 'In A Silent Way' と 'Bitches Brew' からデイビスの 'アンプリファイ'、エレクトリック・サウンドへの希求がより本格化したことも特筆したいですね。本作 'Bitches Brew' では、エンジニアにより8トラックを用いて4チャンネル方式で録音、編成の大型化したアンサンブルに対抗すべくデイビスのトランペットも3通りのやり方で試されます。それは、いよいよデイビスのマウスピースにも穴が開けられピエゾ・ピックアップを装着、それをアンプから出力した音をマイクを立てて収音、そのアンプへと出力する直前にDIによって分岐されたラインの音をミキサーへ入力、そしてベルからの生音をマイクを立てて収音され、デイビスの目の前には小型のモニターが置かれてほぼライヴ形式でのレコーディングとなりました。そのモニターの眼前には当時の奥さんにしてエキセントリックな変貌の源であった妻、ベティ・メイブリーを追うデイビスの姿がこの作品全体を横溢しているのです。そして、これら3つの音をエンジニアの手により混ぜ合わせることで、デイビスの 'ヴォイス' は自由に加工できる余地が生まれ、それはタイトル曲で印象的なタップ・ディレイの効果に顕著ですね。これはCBSの技術部門の手により製作されたカスタムメイドのテープ・エコーで 'Teo 1' と名付けられました。1998年にCBSが大々的にマイルス・デイビスのカタログを手直した際にデジタル・リマスタリングとリミックスを担当したマーク・ワイルダーの言によれば、本機はテープ・ループ1本に録音ヘッド1つと再生ヘッドが最低4つは備えられたものだったそうです。そして、この 'Bitches Brew' が従来のジャズのレコード制作と決定的に違う視点を持った作品として、後に 'アンビエント' の作曲家として大きな影響力を振るうブライアン・イーノの発言はとても重要な示唆をしております。それは 'アンプリファイ' (電化)を超えた 'マグネティファイ' (磁化)によるスタジオの密室的な 'マジック' においてのみ、その表現が大きく貢献していることを見抜いていたのです。

"彼のやったことが極めて新しい、レコードでしかできないことだった、という点だ。すなわち、パフォーマンスを空間的に分解したんだ。レコーディングの段階では、ミュージシャン達はひとつの部屋の中、お互いが近い距離に座っていた・・でもオンマイクだったこともあり、各自の音はそれぞれに独立して録音されていた。それをテオ・マセロがミックスの段階で、何マイルも引き離して見せた。だから音楽を聴いているとすごく楽しいんだ。コンガ奏者は道をまっすぐ行った先あたりで叩いているし、トランペット奏者はかなたの山のてっぺんで吹いているし、ギタリストの姿は・・双眼鏡でのぞきこまなきゃ見えないんだからね!そんな風に皆の音が遠くに置かれているので、小さな部屋で大勢の人間が演奏しているという印象はまるでなくて、まるで広大な高原かどこか、地平線の彼方で演奏しているかのようなんだ。テオ・マセロはそれぞれの音をあえて結びつけようとはしていない。むしろ、意図的に引き離しているかのようだよ。"





さて、先に述べましたが、実は現在発売中の 'Bitches Brew' はこの1998年にリミックスされたもの、俗に '1998年マスター' と呼ばれているものが基本となっております。つまり、テオ・マセロ及びCBS専属のエンジニア、スタン・トンケルの手によるオリジナル・ミックスではなく、改めて8トラックのマスターテープから '再現' させたものなのです(つまりリミックス)。これは1999年に発売されたボックスセット 'The Complete Bitches Brew Sessions' に合わせて元々の2ミックス・マスターを検証した際、長年のコピーと保管状態含め相当に劣化していたことが原因となっておりました。ここで他国から質の落ちるコピーをもらうか、オリジナルの8トラックに戻って再度リミックスに挑み、ジェネレーション落ちを避けるか・・。CBSの判断は結局、より際立ったエッジとダイナミクスを獲得する代わりに各曲それぞれ秒数の違う長さの新たな 'Bitches Brew'  を完成させました。リミックスを担当したジョー・ワイルダーの言によれば、LPのミックスは質にかなりのばらつきがあり、ボトムを持ち上げる代わりにハイエンドをカットしてクリアーさがかなり失われていると述べます。わたしの手にあるのは1996年に日本でのみ 'Master Sound' としてリマスタリングされた紙ジャケット仕様(Sony SRCS9118-9)のものなのですが、とりあえずリミックス前のオリジナル・ミックスとして聴くことができる '最後' のもの。確かに全体的なダイナミックレンジは狭く、リマスタリングされたとはいえ分離の悪さとだんご状態の低音、シンバルの鈍い音像などが聴き取れますね。それでも8トラック・マスターからテオ・マセロになりきって改めてテープを繋いだり、エコー処理を施すというのはかなり危険な賭けであり現在に至るまで賛否両論出ております・・。

"バランス、そして編集された箇所には凄く注意を払った。僕らのミックスと編集をオリジナルLPヴァージョンと一緒に流して、時には片方のスピーカーを僕らのヴァージョン、もう片方をオリジナルにして比較し、見逃したりズレたりしている編集箇所がないように確認したんだ。これにはもの凄い労力を費やしたよ。編集は大問題で、テオのやったことに敬意を表するのは僕らにとっては重要なことだった。ミックス中は、まるで優先順位割当に従って作業をやっているような感じで、ボブ・ベルデン(今回の企画プロデューサー)と僕は、何を最優先させるか、あれをコピーするかしないか、といったことを常に考えていたんだ。"

また、この作業を通じて 'Bitches Brew' のセッション・テープ全体が再検討されることとなって、そこから流出した編集前の音源が 'Deep Brew' という2枚組ブートレグとして市場に出回り、このセッションに焦点を絞ったジョージ・グレラ・ジュニア著の研究本 'Miles Davis Bitches Brew' (スモール出版)も2016年に邦訳されました。ちなみに、オリジナル・ミックスを手がけたテオ・マセロはこの作業を認めてはおらず、オリジナルを毀損して大人しくなってしまった(常識的な?)リミックス、'The Bitches Brew Complete Sessions' の名で不必要かつ関係のない未発表曲と一緒にまとめたこと、その未発表曲がリリースする水準のないものであると喝破しております。確かに、異様なまでの編集作業と 'ローファイな' 質感こそ 'エレクトリック・マイルス' の音楽性と不可分であることを鑑みれば、果たしてどこまでリミックスという作業が有効であるのかは考えてみる必要がありますね。

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