2020年6月4日木曜日

自粛 / クイーカ / ブラジル

2020年はコロナの一年・・になりそうなほど、3月からあらゆるイベントやスポーツ大会などが全て中止されております。最大の出来事は東京オリンピックで一応、来年夏の延期とされているけどこのまま予選会など開かれなければどうなるか分かりませんね。大体、蔓延当初は従来のインフルエンザと同じく暖かくなればウィルスの活動が弱まり・・などと喧伝されていたけど、しかしアフリカや南米、特にブラジルでは未だ感染爆発中の死者3万人超え・・世界で最も多くの感染者を出しているのですヨ。ほんと、この未知のウィルス対策に世界は奔走しているのです。










さてさて・・それまでモダン・ジャズの極北ともいうべき複雑なコード・プログレッションとインプロヴァイズの探求を行ってきたスタイルから一転、スーツを脱ぎ捨てヒッピー風の極彩色を纏い、ベルを真下に向けて屈み込みワウペダルを踏む姿は未だ '電気ラッパ' の 'アイコン' ではないでしょうか。しかし、アレが果たしてデイビスにとって '正解' だったのか何だったのかは分からない。実際、あのスタイルへと変貌したことで従来のジャズ・クリティクはもちろん、当時、デイビスが寄せて行ったロック、R&Bからの反応もビミョーなものだったのですヨ。ここ日本でも1973年の来日公演に寄せてジャズ批評の御大、油井正一氏が 'スイングジャーナル' 誌でクソミソに貶していた。ワーワー・トランペット?ありゃ何だ?無理矢理ラッパをリズム楽器に捻じ曲げてる、ワウワウ・ミュートの名手であるバッバー・マイリーの足元にも及ばないなどと、若干、あさってな方向の批評ではありましたけど、まあ、言わんとしていることは分かるのです。極端な話、別にデイビスのラッパ要らなくね?って感想があっても何となく納得できちゃったりするのだ(苦笑)。







まだ、デイビスが最初のアプローチとして開陳した1971年発表の2枚組 'Live-Evil' の頃は要所要所でオープンホーンとワウペダルを使い分け、何となくそれまでのミュートに加えて新たな 'ダイナミズム' の道具として新味を加えようとする意図は感じられました。しかし1972年の問題作 'On The Corner' 以降、ほぼワウペダル一辺倒となり、トランペットはまさに咆哮と呼ぶに相応しいくらいの 'ノイズ生成器' へと変貌・・。それはいわゆるギター的アプローチというほどこなれてはおらず、また、完全に従来のトランペットの奏法から離れたものだっただけに多くのリスナーが困惑したのも無理はないのです。これは同時期、ランディ・ブレッカーやエディ・ヘンダーソン、イアン・カーらのワウワウを用いたアプローチなどと比べるとデイビスの '奇形ぶり' がよく分かるでしょうね。そんなリズム楽器としてのトランペットの '変形' について個人的に大きな影響を受けたんじゃないか?と思わせたのがブラジルの打楽器、クイーカとの関係なんです。デイビスのステージの後方でゴシゴシと擦りながらラッパに合わせて裏で 'フィルイン' してくるパーカッショニスト、アイルト・モレイラの姿は、そのままワウペダルを踏むデイビスのアプローチと完全に被ります。その録音の端緒としては、1970年5月4日にエルメート・パスコアール作の 'Little High People' でモレイラのクイーカやカズーと 'お喋り' する電気ラッパを披露しており、すでにこの時点で1975年の活動停止に至るラッパの 'ワウ奏法' を完成させていることにただただ驚くばかり。この管楽器とエフェクターのアプローチにおいて、ほんの少しその視点を他の楽器に移して見ると面白い刺激、発見がありまする。そんな 'アンプリファイ' における奏法の転換についてデイビスは慎重に、そして従来のジャズの語法とは違うアプローチで試みていたことをジョン・スウェッド著「So What - マイルス・デイビスの生涯」でこのように記しております。

"最初、エレクトリックで演奏するようになったとき、特に感じるものはなく、そのことはマイルスをがっかりさせた。コカインでハイになるのとは違っていた - むしろエレクトリックというのは徐々に体の中で大きくなっていくものだ、とマイルスは表現した。快感はある。しかしそれはゆっくりとした快感だった。やがて、必死になって音を聞こえさせようとしない方が長くプレイすることも可能だとマイルスは知った。そのためにはいくつかの調整が必要だ。あまり速く演奏してしまうと、パレットの上で絵の具が流れて混ざるように、音が混ざってしまう。そこでフレージングの考え方を一から見直すことにした。長くて二小節。メロディの合間からもっとリズムを聞こえさせたいと思っていたマイルスにとっては、実に理にかなった発想だった。"









Cuica

そんなデイビスのパーカッシヴな奏法を理解しようというワケではありませんが(笑)、ラッパとは別にクイーカなんぞを手にして暇なときに擦っておりまする。このクイーカというヤツはバケツや樽に山羊や水牛などの皮を張り(近年はプラスティック打面もあり)、その真ん中へおっ立てた竹ひごを濡れた布(ウェットティッシュなども最適)でゴシゴシ擦ると例の "クック、フゴフゴ・・" と鳴るブラジルの民俗楽器です。皮の打面をチューニングしながら指でミュートすることで音程を変えることも可能で、大きさで人気のあるのは大体8インチ、9.25インチ、10インチのもので大きいほど音量も大きくなります。バケツ側の素材は昔は樽を用いたこともありましたが、その他ブリキ、真鍮、アルミ、擦る手元の見える透明のアクリル樹脂などありますが、一般的なのはステンレスですね。そんなクイーカの音色といえば30代後半以降の世代ならNHK教育TV 'できるかな' に登場するキャラクター、ゴン太くんの鳴き声として記憶にインプットされているでしょう。最初の '音比べ' の動画では順にContemporaneaの9.25インチステンレス胴(プラスティック打面)、Lescomの9.25インチ真鍮胴(山羊革)、Art Celsiorの9.25インチブリキ胴(水牛革)で鳴らしておりますが、これだけでも結構な音質の違いが分かると思います。










123 Sound / MSP Pickups ①
123 Sound / MSP Pickups ②
Highleads Electric Cuica + New Cube Mic-W

わたしはブラジル産のArt Celsior製8インチのステンレス胴(山羊皮)を入手し、さらに日本で 'アンプリファイ' した打楽器専用のピックアップを製作するHighleadsへ連絡。通常はPearlの8インチに加工済み製品をラインナップしているのですが、工房主宰のともだしんごさんに特別にCube Micをわたしのクイーカの胴へ穴を開けてXLR端子(オス)を加工、装着して頂きました。また、同じく国産で123 Soundというところから強力な磁石を利用して挟み込むMSPピックアップでクイーカを 'アンプリファイ' させる人も現れます。何事も楽しんだもの勝ち、従来のアコースティック表現を超えていろいろと試してみるのが '正解' ですね。





TDC by Studio-You Mic Option
NeotenicSound AcoFlavor ①
NeotenicSound AcoFlavor ②

と言うことで、さっそくのクイーカによる 'アンプリファイ' 開始!。まずは、いわゆる ' エレアコ' のピックアップの持つクセ、機器間の 'インピーダンス・マッチング' がもたらす不均衡感に悩まされてきた者にとって、まさに喉から手が出るほど欲しかった機材AcoFlavor。そもそもは2018年にPiezoFitというプロトタイプからスタートしたこの企画、それをさらにLimitとFitという感度調整の機能で強化した専用機に仕上げたのだから素晴らしかった。わたしもイレギュラーながら(汗)本機のモニターとしてお手伝いをさせて頂き、当初送られてきたものはMaster、Fit共に10時以降回すと歪んでしまって(わたしの環境では)使えませんでした。何回かのやり取りの後、ようやく満足できるカタチに仕上がったのが今の製品版で、現在のセッティングはLimit 9時、Master 1時、Fit 11時の位置にしてあります。ちなみに本機はプリアンプではなく、奏者が演奏時に感じるレスポンスの '暴れ' をピックアップのクセ含めて補正してくれるもの、と思って頂けると分かりやすいでしょうね。









Hatena ? The Spice ①
Hatena ? The Spice ②
Hatena ? The Spice ③
Hatena ? Active Spice A.S. - 2012 ①
Hatena ? Active Spice A.S. - 2012 ②
Electro-Harmonix Bassballs - Twin Dynamic Envelope Filter
MG Music Charles Bukowsky Envelope Filter

そしてプリアンプにはActive Spiceをチョイス。この 'えふぇくたぁ工房' はNeotenicSoundの前にHatena?というブランドを展開、このActive Spiceという製品で一躍その名を築きました。本機は2004年頃に市場へ登場し、個人工房ゆえの少量生産とインターネット黎明期の '口コミ' でベーシストを中心に絶賛、その 'クリーンの音を作り込む' という他にないコンセプトで今に至る '国産ハンドメイド・エフェクター' の嚆矢となりました。より 'ギタープリ感' を強調した派生型のSpice Landを始め、2009年、2011年、2012年と限定カラー版(2011年版はチューナー出力増設済み)なども登場しながら現在でも中古市場を中心にその古びないコンセプトは健在。エレアコ用プリアンプの代用としても評価が高く、わたしの分野である管楽器の 'アンプリファイ' においても十分機能しますヨ。動画のThe Spiceは最終進化形で、そのパラメータも出力を調整する音量のVolumeの他はかなり異色なもの。音圧を調整するSencitivity、Gainは歪み量ではなく音の抜けや輪郭の調整、Colorはコンプ感とEQ感が連動し、ツマミを上げて行くほどそのコンプ感を解除すると共にトレブリーなトーンとなる。さらにブースト機能とEQ感を強調するようなSolo !、そしてTightスイッチはその名の通り締まったトーンとなり、On/Offスイッチはエフェクトの効果ではなくSolo !のOn/Offとのことで基本的にバッファー的接続となります。さあ、ここからはクイーカに合うエンヴェロープ・フィルターを物色しようということでこの一択、ロシア産のSovtek Bassballsに入力してやれば見事に棒を擦ると共に "ゲコ〜ッ" と喋りましたヨ!。同じく効きの良いフィルターとしてはブラジル産MG Music Charles Bukowsky Envelope Filterというラッパを吹いているオジサンが目印のものもあり、こちらはそのパラメータの感じからLovetone Meatballの影響あるエグさが良いですね。ギタリストがいろんな歪み系エフェクターを物色するように、ワウやフィルターなどあれこれ繋ぎ変えて試してみるといろんな発見がありまする。









MG Music Mono Vibe
MG Music That's Echo Folks with Pigstail
Rainger Fx Igor Mk.2 Pressure-Sensitive Controller

さらに 'アンビエンス' や 'フィードバック' の味付けとしてこちら、ブラジル産MG MusicのMono Vibeとアナログ・ディレイThats Echo Folks、左右に 'ステレオ' で広げることも可能なブラジル産多目的トレモロ、Audio Stomp Labs Wavesをチョイス。燻んだピンクに可愛い子豚のキャラに反して、その攻撃的エコーを備える仕様は分厚い鉄板を万力で捻じ曲げたり雑に穴開けてるのがブラジル風 'DIY' な感じ。特に本機の売りである 'Pigs Tail' は、そのルックス通りに 'ブタの尻尾' 的エクスプレッション・コントロールの変態ワザにあるのだけど・・残念ながらわたしのものは欠品(涙)。そこでRainger Fxの感圧パッドセンサー 'Igor' で代用しておりまする。







Onerr DGD-2 Digital Delay
Stomp Audio Labs Waves
Stomp Audio Labs - Boutique Guitar Pedals

10年ほど前に '安価なBoss' として輸入されていたブラジルのMicrotonix Electronicaによるブランド、Onerr。基本的なラインアップがほぼBossとそっくりなことからOEM?と疑いそうになりますが、ここでは高品質な24btデジタル・ディレイDGD-2も追加。モードは10ms〜1250msのタップテンポ付きデジタル・ディレイとHold機能の2つ。わたしはこのHold機能を簡易ループ・サンプラーとして使っております。そしてAudio Stomp Labs Wavesは、この11種からなる多彩な '揺れ' はもちろん、'?マーク' のプリセットでエレクトロニカ的効果によるLightfoot Labs Goat Keeperのような '変態ワザ' にも対応します。面白いのは気に入ったテンポをHold、そのままBypassスイッチがモメンタリーになってリアルタイムに操作出来ること。







MG Music Lunatique Amp
MG Music

こういったクイーカの 'エレアコ' 化は通常DIを介してPAからパワードモニターなどで鳴らすのが最適なのでしょうけど、個人的にはこのMG MusicがVox AC-15をモディファイで製作したと思しき真っ赤な 'Space Age' デザインの真空管アンプ、Lunatiqueで鳴らしてみたい!格好良い〜!。このブランドは以前、新潟の楽器店あぽろんが代理店となって扱っておりましたが、その不定期な入荷数で結局撤退・・。かなり面白いペダルやアンプなどを製作しているので再びどこかがやらないかなー?。









ちなみにブラジルにはこのクイーカの他にもユニークな打楽器がいろいろあり、例えばこちらは弦を弓で叩いたり擦ることで鳴らすパーカッションのビリンバウも有名です。この楽器の世界的名手といえば、エグベルト・ジスモンチやアート・リンゼイなどと共演したナナ・ヴァスコンセロス。すでに冥界へと旅立たれて行かれましたが、彼の擦過音はそのまま宇宙の彼方からこの地上にいまも降り注いでおりまする。1970年にブラジルのピアニスト、ルイス・エサがメキシコ滞在中に 'Sagrada Familia' というコミューン的色彩濃いグループを率いて制作した作品 'Onda Nova do Brasil' の1曲目 'Homen Da Sucursal / Barravento' では、変拍子バシバシの急速調なテンポに乗ってヴァスコンセロスのプレイが爆発します。そしてアート・リンゼイとの共作による1997年のドラムンベース 'Anything' では、ノイジーなギターとヴァスコンセロスのビリンバウが拮抗したリズムを展開します。ちなみに、アート・リンゼイを象徴するDan Electroの12弦ギターHawkで掻き鳴らすノイズがこのビリンバウから発案されたものなのは有名な話。この曲のレコーディングについてアートはこう述べております。

"まず最初に録ったリズムテイクを倍速に変えて聴いてみたんだ。するとジャングル・ビートみたいになった。ナナはそこにオーバーダブを乗せたいと言い出した。「ノーマル・スピードに戻すから待ってて」と言ったら、「そのままでいい」と言って、倍速の音に完璧に合わせて叩いたんだ。スタジオにいた人間は言葉1つ出なかった。彼は天才だね。(中略)ブラジルのシフィにはフレボという音楽があって、それにジャングルは似てるね。非常に速いスピードのスネア、大きく間をとったベース・ドラムが特徴なんだ。"









ああ、まるで宇宙遊泳をしているようなこの無重力感。アートが盟友ともいえるボサノヴァのギタリスト、ヴィニシウス・カントゥアリアと共作した 'Astronauts' やバーデン・パウエルに 'O Astronauta' という曲がありましたけど、まるで宇宙の果てへたゆたうように飛ばされながら一切の真空の中、耳元で囁かれている宇宙飛行士のような気分ってこんな感じなのかな。このボサノヴァの持つ '余白' とコードの魔力、首都ブラジリアを設計したオスカー・ニーマイヤーの放つ近未来的デザインと宇宙飛行士がボサノヴァで融合する・・分かるかなあ?この感覚。さて、2020年もすでに後208日。地球を周回する人工衛星は一周を1時間半で世界を巡る・・あっという間。そんな惑星の青さから今日もまた誰かがどこかの片隅で呟きます。世界の醜悪さと美しさと愛を口にして。









そういえばNHK教育番組 'できるかな' のゴン太くん以外で(笑)クイーカによるポップな楽曲と言えば何があるのでしょうか?マルコス・ヴァーリの 'Flamengo Ate Morrer' を始め、ブラジルのMPB辺りを漁ってみればいろいろ出てきますけど、意外なところではファンカデリック1979年のディスコ・チューン '(Not Just) Knee Deep' が絶妙なスパイスとしてクックフゴフゴ・・全編で効いておりまする。サイケ時代とは違う後期ファンカデリックのウォルター 'ジュニー' モリソンによるアレンジはポップで良いですね。また、1960年代後半のブラジルを熱くさせた 'トロピカリア' 革命の中でひとりブッ飛んだ方向を向いていた男、トム・ゼー。1960年代後半から70年代にかけて散発的にアルバムを発表してきましたが、むしろ彼のユニークさは 'トロピカリア' 再評価とシカゴ音響派などへの影響を経て、元トーキング・ヘッズのデイヴィッド・バーン・プロデュースによる1998年作品 'Com Defeito de Fabricacao' から2000年の作品 '真実ゲーム' (Jogos de Armar) の頃に盛り上がったイメージがあります。そしてブラジル流テクノポップと言うべきか、エグベルト・ジスモンチのヴォコーダー全開による異色エレクトロ・ポップ 'Coracao Da Cidade' を始め、その他、ミルトン・ナシメント、エルメート・パスコアールといったプログレッシヴなスタイルで世界に打って出た者たち。これぞ '未来世紀ブラジル' からやってくるポップの意匠なのだ。












過去と未来が混在する 'コスモポリタン' としてのブラジル。そういえば2004年頃、ブラジルの現代美術を紹介する催しとして 'Body Nostalgia' を見に行ったことを思い出します。タイトルはブラジル現代美術の出発点である女性作家リジア・クラークが自ら一連の作品に与えた名称 'Nostalgia do corpo' (身体の郷愁)から取られており、それはよくブラジルの雰囲気を説明するときに用いられる 'Saudade' という言葉をグッと深化させて、'Nostalgia' の語源がギリシア語の '帰郷(ノストス)' と '苦痛(アルジア)' の造語から派生したということと深く結び付いているということ。つまりブラジルという場所は、根元的に多くの '痛み' とその '記憶' から身体の新たな '出会い' を促しているのではないでしょうか。それはここで聴ける土着的なリズムと洗練されたハーモニーの '異種交配' において、ブラジルほどその自浄作用が機能している場を他に知らないからです。

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