2019年1月2日水曜日

'ドン・エリス' という名の実験室(再掲)

モダン・ジャズという '大海' の中で、どこか辺境の海域を彷徨う知られざる '才能' の持ち主がいることが多々あります。このドン・エリスという白人のラッパ吹きもそんなひとりであり、一部、熱狂的なビッグバンドのスコアや編曲などに興味を持っている人たちの支持を得ているものの、一般的にはマイルス・デイビスやジョン・コルトレーンのように広く聴かれることはありません。





超絶なテクニックを持つハイノートヒッターにして、現代音楽にも造詣が深く、ガンサー・シュラーの 'サードストリーム・ミュージック' からエリック・ドルフィーと共に 'リディアン・クロマティック・コンセプト' を掲げるジャズ界のダークホース、ジョージ・ラッセルを代表する謎多き名盤 'Ezz-thetics' やその続編 'The Outer View' などに参加。そのインテリジェンスにユニークな個性は未だジャズ未踏の地で大きく君臨し続けております。








エリスはその後、インドの古典音楽が持つ変拍子の構造に関心を移し、ロックの登場で現れた 'アンプリファイ' の響きをいち早く自らのサウンドに取り入れて始動させます。そんなインドの古典音楽に影響された即興演奏の 'プロトタイプ' ともいうべき貴重な音源が高音質で残っていたなんて・・。これは明日にでもCD化して発売できるクオリティですよね。'Hindustani Jazz Sextet' という名の実験的グループによるライヴ音源のようで、ジョー・ハリオットよりもさらに早い1964年の時点でその後の 'インド化' の端緒を試行錯誤していたことが分かります。しかしシタールとボサノヴァがラウンジに融合するという怪しげな展開・・コレ、もっと音源ないのかな?ここでのタブラやシタールの演奏はHari Har Haoなるインド人?が担っているようですが、ヴァイブのエミル・リチャーズやベースのビル・プルマーなど、エリス同様にその後インドへかぶれてしまう連中が参加しているのも興味深い。う〜ん、何かこのあたりのジャズ人脈からインド人脈ってのもジャズとヒッピー文化の '秘史' として掘り下げてみたら面白いかも。続く 'Turkish Bath' はサイケデリック華やかりし頃の1968年、ドン・エリスの 'インド化' を象徴する一曲でシングル・カットもされたくらいですから多くのヒッピーたちのBGMとして迎え入れられたことでしょう。






このように書くともの凄い難解な音楽をやっていると誤解されそうですけど、どうですか?極めて真っ当なビッグバンド・ジャズで会場全体が盛り上がっている様子を確認することが出来ます。しかし、その音楽的構造を聴き取ろうとするとかなり複雑な変拍子を展開しているという面白さ。ここでエリスが吹いているのはHoltonにオーダーしたクォータートーン・トランペット。3つのピストンに加えて、半音以下の1/4音を出すピストンがもう1つ加えられております。ベルの横に穴を開けてピエゾ・ピックアップを接合し、当時の新製品であるMaestroのSound System for Woodwinds W2とテープ・エコーのEchoplex、Fenderのスプリング・リヴァーブFR-1000を複数のPro Reverbギターアンプと共に駆使して鳴らすステージは当時圧巻だったのではないでしょうか。







当時、すでにエディ・ハリスなどがかなりの 'アンプリファイ' で人気を博しておりましたが、ここまでの電気楽器を管楽器でステージに上げたのは、あまり '正調' ジャズ史では取り上げられないハリスやエリスが初めてだったと思うのですヨ。これらはまだ、マイルス・デイビスが不気味なエコーで自らのターニングポイントを示した傑作 'Bitches Brew' を制作する以前の出来事であり、この時点で彼らの試みはデイビスよりずっと先を見越したものでした。そんな時代の変化を感じ取って 'スイングジャーナル' 誌1968年10月号で児山紀芳氏により寄稿された記事 'エレクトリック・ジャズ - 可能性と問題点' から以下、抜粋します。

"同じ電化楽器でもトランペットの場合は特性面でかなりの相異がある。電化トランペットの使用で話題になったドン・エリスの場合、やはり種々のアンプを使っているが、サックスとちがって片手でできるトランペット演奏では、もうひとつの手でアンプの同時操作が可能になる。読者は、先月号のカラーページに登場したドン・エリスの写真で、彼がトランペット片手にうつむきながらアンプを操作している光景をご覧になっているはずだ。あの場合、ドン・エリスはいったん吹いたフレーズをエコーにしようとしてるのだが、この 'エコー装置' を使うと 'Electric Bath' (CBS)中の 'Open Beauty' にきかれる不思議な音楽が誕生する。装置の中にはテープ・レコーダーが内蔵されており、いったん吹かれた音がいつまでもエコーとなって反復される仕組みになっている。ドン・エリスは、この手法を駆使し谷間でトランペットを吹くような効果を出しているが、彼はまた意識的にノイズを挿入する。これも片手で吹きながら、もう一方の手でレバーを動かしてガリガリッとやるのである。こうした彼のアイデアは、一種のハプニングとみなしていいし、彼が以前、'New Ideas' (New Jazz)で試みた実験と相通じるものだ。"








Oberheim Electronics Ring Modulator (Prototype)
Maestro Ring Modulator RM-1A
Maestro Ring Modulator RM-1B

そしてどうでしょう?こんなザ・ビートルズの名曲 'Hey Jude' のカバーを聴いたことがありますか?ここではMaestroのRing Modulator RM-1Aを繋ぎ、完全に原曲を '換骨奪胎' して宇宙の果てまでぶっ飛んで行くようなアレンジです。エリスは、Maestroのエフェクターを製作していたC.M.I.(Chicago Musical Industries)で設計を担当していたトム・オーバーハイムとUCLAの音楽大学で同窓生で、エリス自身の '電化' に際してその機材のオーダーをオーバーハイムに持ちかけたことから始まりました。このRing Modulatorはエリスのほか、当時ハリウッドの音響効果スタッフの目に留まり、映画「猿の惑星」のスペシャル・エフェクトとして用いられたことで評判を呼びます。これがそのままGibsonの展開するエフェクター・ブランド、MaestroでRM-1として商品化されてヒット、続けて製作された世界初のフェイザーであるPhase Shifter PS-1がそれを上回るほどの大ヒットとなり、その元手からオーバーハイムは自らの会社Oberheim Electronicsを立ち上げてシンセサイザーの製作に着手、MoogやArp、EMSと並び1970年代を代表するシンセサイザーの一時代を築き上げました。







さて、ドン・エリスといえば自らのビッグバンドの傍、そのスコアの能力を買われてTVドラマや映画音楽なども手がけておりました。サントラではジーン・ハックマン主演の映画 'The French Connection' が有名ですけど、1969年のビザールなSFドラマ 'Moon Zero Two' でブライン・オーガー率いるThe Trinityの '紅一点'、ジュリー・ドリスコールをフィーチュアした主題歌もなかなかグルーヴィで良いですねえ。このドラマに出てくるピエールカルダンがアポロの月面着陸を見越してデザインしたコスモコール・ルック最高!そして当時のロック/R&Bカバー集という趣でR&B歌手、パティ・アレンをフィーチュアした作品 'The New Don Ellis Band Goes Underground' からスライ・ストーンの 'Higher'。








ブルガリアの鬼才、ミルチョ・レヴィエフのクレズマー的なアレンジが冴える本アルバム 'Tears of Joy' は、ドラムスのラルフ・ハンフリーが後にフランク・ザッパのバンドに参加するなど、エリスが与える影響はそれまでのジャズという狭い枠の中に収まるものではありません。例えば、吹奏楽などを通ってこれから本格的にジャズでも聴いてみようかな?と思っている若いコたちにこそ、その辺の 'ジャズの教科書' 的小うるさいウンチク本など読まず、このドン・エリスのアルバムを素直に聴いてみて欲しいですね。賑やかなバンド・アンサンブルの妙技と華やかに突き抜けるハイノート、しかしアタマから数えると混乱する変拍子と奇怪な電子音響からダダイズム的実験精神の豊饒さ・・。ドン・エリス、これほどジャズを体現した人をほかに知りません。

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