2016年7月3日日曜日

魅惑のラテン・ヴァイブ - その1 -

1990年代初め、ロンドンから吹いてきたアシッド・ジャズの風はこの怪しげな黒縁眼鏡のおじさんをわたしに教えてくれました。真っ青に色付けされたカバーアートでジェイダーと一緒にマンボというタイトルと共に、その涼しげな色そのままヴァイブの涼風が、まさにわたしにとってのラテン・ジャズ初体験です。チャーリー・パーカーがマチートと共演したアフロ・キューバン・ジャズ集 ‘South of The Border’ や、ケニー・ドーハムによるアシッド・ジャズ聖典の一枚 ‘Afro-Cuban’ の熱狂的な灼熱の一夜に比べれば、カル・ジェイダーのモダン・マンボ五重奏団によるラテンは、ひんやりとした真夜中の雰囲気を醸し出す極上の空間。



Mambo with Tjader / Cal Tjader’s Modern Mambo Quintet

急速調ながら汗ひとつ掻かないマンボ ‘Mamblues’ でスタートし、いかにも50’sな感じのオールディーズな男性コーラスを交えながら、史上稀に見るアメリカの黄金時代へと誘います。また、急速調なスタンダードとしてお馴染みの四月の思い出が、ここでは極上のボレロとして昼下がりの木漏れ日を誘うひとときを演出。ちなみに、H.クレア・コルベがライナーノーツで書く本盤の世界は、そのままカル・ジェイダーを始めとしたこの手のラテン・ジャズを支持するリスナーがどこにいるのかを如実に描き出しています。とても興味深いので、全文国内盤に記載されていた翻訳をそのまま引用してみましょう。

ラテン化されたジャズの幾何学的緊張というものは、趣味のあまりよくない音楽家の手にかかると、長時間にわたって聴き手の忍耐を強いるのが明らかな道楽として、実験室的手法で無理に型づくられた作品ともなりかねない・・例えば、ブロードウェイのマンボラマのように(・・ではヴァレリー・ドラッグを聴いたことは?まあ、これは輪をかけてひどいのだが・・)

一方、ここで聴かれるカル・ジェイダーのモダン・マンボ五重奏団がじっくり取り組んできたマンボは、嬉しいことに上述の節度を欠いた作品とは次元の違う出来栄えを見せている。この音楽にのめり込むあまり、作品に収められた曲に合わせて楽しく - あるいは優しく - ひと晩でもふた晩でも踊り明かしてしまったとしても、カイロプラクティックのお世話になる心配はないであろう。ジェイダーと仲間たちの手にかかると、マンボのタイム感に包まれてたやすくスイングすることができる。繊細と洒落、優雅さ、当意即妙の才などがラテンの気質に取り込まれて、チェリー・ピンクやチャーリー・アップルホワイトのアフロ・キューバン一派(‘グーフボールの婉曲語法および抽象入門参照)とはあからさまな共通点を見せず、むしろカリブ海に臨むヒルトン・ホテルの一室で、ジャズで盛り上がった(あるいはジャズで落ち着く)週末をふたりきりで過ごしているような気分が楽しめる。

ジェイダーのグループがこの12インチ・ディスクの周りを旋回しながら、進むべき方向性について検討を重ねている間は、汎アメリカ主義的な問題もひと息付けるというものだ。

北アメリカのジャズとキューバから来た音楽とを組み合わせるカルの手腕については、今ではよく知られている。過去にジョージ・シアリングやデイヴ・ブルーベックのグループで彼らの薫陶を受け、長年アフロ・キューバンの愛好者であり続けた彼は、ここ数年の間にも、聴くことと演奏することとの両面で真剣かつ積極的な研鑽を積み、どちらの形態でも素直に自分を表現することができるまでになっている。マニュエル・デュランのピアノやカルロス・デュランのベース、バヤルド・ベラルデの正統的なティンバルスとボンゴ、そしてエドガルド・ロサレスのコンガによる感情のこもった演奏に支えられ、カルは様々なタイプの一連のメロディーを聴きながら優雅にスイングする海辺の人々を納得させ、マンボが聴き手の思った通りのものであることを証明している。最近流行の ‘Midnight Sun’ から昔懐かしい ‘Sonny Boy’ まで、全てはダンス・パーティー向きの曲ばかりだ。マルチ・パーカッション奏者のカル(ヴァイブ、ドラムス、ボンゴ、ティンバルスなどをこなす)は、’Mamblues’ ‘Lucero’ ではハイアライを思わせるコンガ、そして枯葉ではゴアードを、やはりこの作品で活躍しているヴァイブに加え披露している。上述の ‘Mamblues’ ‘Lucero’ はカルのオリジナルで、どちらも彼の完璧なバランス感覚が見事に現れている(ちょうどいいリズムと、ちょうどいいブルーズを・・)。老ドン・レッドマンがこよなく愛した ‘Cherry’ がここではチャチャチャのリズムで登場し、もっと嬉しい復曲としては、最近あまり聴かれなかった四月の思い出があり、ボレロのテンポで粋に再生されている。またそういった形で、アフロ・キューバン奏者ならではの、すがすがしい手法で練られた ‘This Can’t Be Love’ ‘Bye Bye Blues’’Dearly Beloved’’Tenderly’ そして ‘Chiloe’ といった曲が肩を並べているのである(なお、本文の登場人物は全て実名である。コードだけ変更してある)。皆さん、慌てずに、騒がずに。これは頭痛のしないマンボですぞ。

                           H・クレア・コルベ





Tjader plays Mambo / Cal Tjader

ジェイダーと一緒にマンボに続き、カクテル・グラスに口を付ける50’sレディーと共にジェイダーの奏でるマンボ。前作はちょっとクール過ぎたという反省なのか、ここでは灼熱の一夜を盛り上げるブラス・セクションを交えた4曲をクールなラテン・ジャズと挟み込み、非常にバランスの良い作品となっています。その中でも真っ先に取り上げたいのが、当時ヒットし、後にVerveへ移籍して ‘Soul Sauce’ の名で再びリバイバル・ヒットした ‘Guarachi Guaro’ ですね。小気味の良いヴァイブのフレイズとブレイクに合わせてワチ・ワァロ!と叫ぶタイトなマンボ、カル・ジェイダーが大衆的な人気を得たのは、この適度なポップ感覚にあったのだと思います。また、前作の極上なボレロ四月の思い出の第二弾ともいうべき ‘For Heaven’s Sake’ の昼下がりでほろ酔いな世界。これ、ジェイダーは ‘Sake’ こと日本酒がお気に入りだったのでしょうか?同じく ‘East of The Sun’ などのユル〜いボレロの連続にうとうとし始めたところへ、強烈な4本のトランペットからなるブラス・セクションがマンボのリズムと共にリスナーの眠気を覚まさせます。いやあ、この緩急巧みなワザこそ本盤の魅力・・たまりません。おっと、'Just Squeeze Me' は、ジェイダーが本盤のアウトテイクとして後の 'Cal Tjader plays Latin for Dancers' に収録した一曲。ああ、この小気味良い感じこそラテン・ジャズの真骨頂ですね。



Cal Tjader’s Latin Kick / Cal Tjader

メキシコの砂漠に咲くサボテンの木を日陰にし、ポンチョを被ったメキシコ人に対してキチッとスーツを着てラテン・ジャズを奏でる午後のひととき。そんなマンガちっくなイラストを描くのはArnold Rothで、1959年の ‘Cal Tjader’s Latin Concert’ のジャケットも担当します。それはともかくこの1956年の本盤は、どうもその他ジェイダーの作品に比べて印象が乏しい。それもそのはず、全11曲のうちの半分をBrew Mooreなるサックス奏者の演奏と分け合っており、これをカル・ジェイダーの作品というには些か欲求不満がるのです。しか〜し!そんな物足りなさを1曲目 ‘Invitation’ の耽美的な魔力がすべて消し去ってしまいます。いや〜、これはジェイダーの名演の中でも三本の指に入るのではないでしょうか?ヴァイブという楽器とラテン・ジャズの持つ怪しさ、なんだろう、このゆらゆらとした、まるで海底深く潜っていくような真っ青な深海の世界。



ジェイダーは1971年に再びFantasyでリリースした ’Agua Dulce’ で、シンセサイザーやエレクトリック・ピアノ、女声コーラスを加えた70’sアレンジでリメイクしていますが思わず 淫靡テーション’ (実際 誘惑という意味だし)などとオヤジギャグ的に口走りたくなるくらい、この1956年のヴァージョンの麻薬的な魔力は特別ですね。もちろん、四月の思い出 ‘For Heaven’s Sake’ に続く一連の昼下がりなボレロともいうべき九月の歌なども和むのですが、やっぱり本盤1曲目の ‘Invitation’ は特別過ぎます。おっと、そんな中で見過ごしやすい小品 ‘Manuel’s Mambo’ のひっそりとした感じ。そう、ハービー・マンの ‘Herbie Mann At The Village Gate’ に通ずるこの怪しげな雰囲気を言葉で説明するのは難しいのですが、本曲から続く名曲 ‘All The Things You Are’ への流れは、とにかくひっそりとした感じとしか言えないのだけど、この怪しい感覚をぜひ皆さんにも分かって頂きたいなあ。冒頭で本盤を印象が乏しいなどと述べてしまったけど、なんだ、全体を通して結構な名盤じゃないか!

 

Plugs In / Cal Tjader

そして暑かった サマー・オブ・ラヴの季節を締め括るにふさわしい1969年のカル・ジェイダーは、ボッサのリズムとフェンダーローズの幻惑的な響きによるホレイス・シルヴァーの名曲 ‘Nica’s Dream’ で、黄金の1960年代に別れを告げるのでした。


  

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