2018年1月2日火曜日

倍音とリング変調の世界

リング・モジュレーションといえば現代音楽の大家、カールハインツ・シュトゥックハウゼンが 'サウンド・プロジェクショニスト' の名でミキサーの前に陣取り、オーケストラ全体をリング変調させてしまった 'ライヴ・エレクトロニクス' の出発点 'Mixtur' (ミクストゥール)に尽きます。



'Mixtur' Liner Notes

詳しいスコアというか解説というか '理屈' は上のリンク先を見て頂くとして、こう、何というか陰鬱な無調の世界でおっかない感じ。不条理な迷宮を彷徨ってしまう世界の '音響演出' においてリング・モジュレーターという機器の右に出るものはありません。映像でいうならフィルムが白黒反転して '裏焼き' になってしまったような色のない世界というか、ゴ〜ンと鳴る鐘の音、世界のあらゆる '調性' が捻れてしまったような金属的な質感が特徴です。

以前にも ''飛び道具'の王様リング変調器' として取り上げましたけど、ほとんど制御不能ながらエフェクターの面白さを手軽に味合わせてくれるものということで、ここで再び取り上げます。そんな個人的 'リング変調ブーム' も再燃して去年の暮れ、Cosmic RayというNeotenic Soundのちっちゃいリング・モジュレーターを買いました。単純に管楽器でも扱いやすいことからこのブランドをよく手にとりますが、このCosmic Ray、すでに生産終了の 'ディスコン品' として、わたしが購入したのは楽器店の店頭在庫 '最後の一台' だったみたい。本機の利点は手のひらサイズの超小型、原音とエフェクト音のMix、リング変調のフリケンシーを司るπ(パイ)というたった2つのツマミだけ、シンプル・イズ・ベストの '場所取らず' で悩むところは一切なし。









Neotenic Sound Beep Impact - 8 Bit Fuzz
Jen HF Modulator
DOD Gonkulator
Heavy Electronics Saturn ①
Heavy Electronics Saturn ②

ただし、リング・モジュレーター唯一の操作法といっても過言ではない、エクスプレッション・ペダルによるフリケンシー操作はできないのでリアルタイム性には乏しいかも。ある意味、エグい '飛び道具' 的発想だけで見れば、もっとエグくてぶっ飛んでくれる多機能なヤツはいっぱいあります。ちなみにこの動画では8ビット・ファズBeep Impactとの 'コラボ' ですけど、その質感は1970年代にJenが 'Gretch / Playboy' のブランドで発売していたHF Modulatorを思い出しました。またディストーションを内蔵した '2 in 1' 的歪んだリング・モジュレーターとしては、DODから再登場したGonkulatorがありますね。続く緑色のシンプルな面構えのHeavey Electronics Saturnは、Sayer Payneの手により製作されるガレージ工房のもので、中身は一般的なリング変調の構成を備えながらDriveセクションにより強烈な歪みを生成します。









Black Cat Products Ring Modulator
Electro-Harmonix Ring Thing
Dwarfcraft Devices Hax ①
Dwarfcraft Devices Hax ②

1990年代後半、わたしが最初に購入したBlack Cat Products Ring Modulatorを皮切りに現在までいろんなタイプのリング・モジュレーターを試してきました。個人的に気に入ったのは名門Electro-Harmonixが満を持して復刻したFrequency Analyzer EH-5000。現在の小型となった 'Xo' シリーズではなく、分厚い鉄板を加工した大柄な1970年代の復刻ものでして、これはCosmic Ray同様にエクスプレッション・ペダルの操作ができないんですよねえ。現在ではより多目的なプログラム機能を備えるRing Thingや、'Clash' ツマミで電圧を可変させると共に歪ませながらTuneツマミでオシレータ演奏も可能なDwarfcraft Devices Haxの '発展型' 機種も増えたものの、それ以前は、本当にフリケンシーのエクスプレッション・コントロールが唯一の '飛び道具' というイメージだったのです。そういう意味では、初めからエクスプレッション・ペダルのないマイナス点というべきこの仕様は、逆に本機のツマミを通してアンプの '箱鳴り' という一風変わったシミュレートの探求へと向かわせます。このリング変調による非整数倍音が生み出す '箱鳴り' に興味を持ったのは、ギタリストの土屋昌巳さんによる雑誌のインタビュー記事がきっかけでした。

"ギターもエレキは自宅でVoxのAC-50というアンプからのアウトをGroove Tubeに通して、そこからダイレクトに録りますね。まあ、これはスピーカー・シミュレーターと言うよりは、独特の新しいエフェクターというつもりで使っています。どんなにスピーカー・ユニットから出る音をシミュレートしても、スピーカー・ボックスが鳴っている感じ、ある種の唸りというか、非音楽的な倍音が出ているあの箱鳴りの感じは出せませんからね。そこで、僕はGroove Tubeからの出力にさらにリング・モジュレーターをうす〜くかけて、全然音楽と関係ない倍音を少しずつ加えていって、それらしさを出しているんですよ。"

なるほど。土屋さんは自宅という環境においてアンプを使えないというところからこのやり方を見つけたようですが、特別ギタリストと何の縁もないわたしにとって土屋さんと同じ結果になることはなくとも、こういう変わった音作りの話は大好きです(笑)。その興味深い話の続きを聞きましょう。

"僕が使っているリング・モジュレーターは、電子工学の会社に勤めている日本の方が作ってくれたハンドメイドもの。今回使ったのはモノラル・タイプなんですけれど、ステレオ・タイプもつい1週間くらい前に出来上がったので、次のアルバムではステレオのエフェクターからの出力は全部そのリング・モジュレーターを通そうかなと思っています。アバンギャルドなモジュレーション・サウンドに行くのではなくて、よりナチュラルな倍音を作るためにね。例えば、実際のルーム・エコーがどういうものか知っていると、どんなに良いデジタル・リバーブのルーム・エコーを聴かされても、'何だかなあ' となっちゃう。でもリング・モジュレーターを通すとその '何だかなあ' がある程度補正できるんですよ。"

そもそもアンプではなく、ラインによる音作りが主の管楽器による 'アンプリファイ' なんですけど、わたしはGenz Benz UC4という 'PAライクな' 135Wのコンボアンプを用いて、アンプの 'Send / Return' にリング・モジュレーターを繋ぎ、スプリング・リヴァーブと共に極力かかっているかいないか分からないくらいの非整数倍音を加えて、ラッパで強くブロウした時にギザギザッと狂う感じを演出してみました。まあ、これが土屋さんの言われる '箱鳴り' と同等なものなのかは置いておくとして(苦笑)、しかしアバンギャルドではないかたちでリング・モジュレーターの魅力を再発見できたのは嬉しい収穫でしたね。Frequency Analyzerの場合だと、ギュイ〜ンと変調するShiftを追っかけるように追従するFineというツマミが他社の製品にはない独特なものでして、これは '箱鳴り' の演出において、エクスプレッション・ペダル以上に重宝したことを思い出します。そう、一通り 'エグい' 使い方で一周するとFrequency AnalyzerやCosmic Rayのような 'シブい' ヤツの倍音生成にハマるのですヨ。











Colorsound Ring Modulator
Masf Pedals Swan Song
Bananana Effects
Copilot Fx Planetoid ①
Copilot Fx Planetoid ②
Copilot Fx Broadcast BC-2 ①
Copilot Fx Broadcast BC-2 ②

一方で、リング変調のフリケンシー・コントロールに重点を置いたものとしては、1970年代に登場したColorsoundのペダル内蔵型があります。大抵の製品は外部にエクスプレション・ペダルを接続する仕様にあって、むしろ 'ペダル内蔵' というのはリング・モジュレーターにとってもっと普及して良いと思うんですけどね。このColorsoundのは1990年代初めにズラッと復刻版が市場に現れた内のラインナップに入っていたのですが、その特殊な効果のためか早々と見なくなり、わたしがエフェクターを漁るようになった1990年代後半にはすでにプレミアが付いておりました。なかなかにささぐれ立った荒い変調具合で、この後に取り上げるCarlinのRing Modulatorと近い匂いを感じますね。その後、日本を代表するノイズ・メーカーであるMasf PedalsからもSwan Songという一体型が現れましたけど、ガレージ工房であるBananana Effects Growl 567はその 'エクスプレッション操作' を光センサーによりやってしまうナイスな一品!そして、中南米のドミニカから '飛び道具' なエフェクターばかり小まめにモデル・チェンジしながら製作するCopilot Fx。リング・モジュレーターのPlanetoidと共に使うと威力を発揮する 'エクスプレッション・ボックス' のBroadcast BC-2は、単なるフリケンシーの変調のみならず、ランダマイズなLFOなど多様な音作りを可能とします。





Oberheim Electronics Ring Modulator (Prototype)
Maestro Ring Modulator RM-1A
Maestro Ring Modulator RM-1B

そもそもは1960年代後半、後に 'オーバーハイム・シンセサイザー' で名を馳せるトム・オーバーハイムが同じUCLA音楽大学に在籍していたラッパ吹き、ドン・エリスより 'アンプリファイ' のための機器製作を依頼されたことから始まりました。この時少量製作した内のひとつがハリウッドの音響効果スタッフの耳を捉え、1968年の映画「猿の惑星」のSEとして随所に効果的な威力を発揮したことでGibsonのブランド、MaestroからRM-1として製品化される運びとなります。オーバーハイムは本機と1971年のフェイザー第一号、PS-1の大ヒットで大きな収入を得て、自らの会社であるOberheim Electronicsの経営とシンセサイザー開発資金のきっかけを掴みました。それまでは現代音楽における 'ライヴ・エレクトロニクス' の音響合成で威力を発揮したリング・モジュレーターが、このMaestro RM-1の市場への参入をきっかけにロックやジャズのフィールドで広く認知されたのです。













Carlin Ring Modulator
Moody Sounds Carlin Ring Modulator Clone
Masf Pedals Tortam
Pigtronix Philosopher King
Subdecay Vitruvian Mod. VM-1
Lastgasp Art Laboratories Sick Pitch King
Lastgasp Art Laboratories Sick Pitch King Jr.

本来リング・モジュレーターとは、2つの入力の和と差をマルチプライヤー(乗算器)という回路で掛け合わせることで非整数倍音を生成するものです。大抵のリング・モジュレーターには掛け合わせるためのオシレータが内蔵されておりますが、このCarlinのヤツはそんな原点の構造に則って、A、Bふたつの入出力を掛け合わせて音作りを行える珍しい一台。オリジナルはスウェーデンのエンジニア、Nils Olof  Carlinの手によりたったの3台のみ製作されたという超レアもの。それを本人監修のもとMoody Soundsが復刻した本機、わたしも早速購入しましたが、ひと言で表現するならば '塩辛い'!いや、ヘンな表現で申し訳ないですけど(笑)、通常のリング変調にみるシンセっぽい感じとは違い、チリチリとした歪みと共にビーンッ!と唸る感じに柔らかさは微塵もありません。かなり独特というか、ステレオ音源を通しても良いし、B出力をB入力にパッチングしてA入力と掛け合わせても良いし、いろいろな発想を刺激してくれますヨ。ちょっと凝ったセッティングとしては、CarlinのB入力にMasf Pedalsのオシレータ発振を軸とした風変わりな一台、Tortamを接続。そのTortamにはLowpass GateのCV入力があるのでPigtronixのエンヴェロープ・ジェネレーター、Philosopher KingからCVで操作することで本機のHoldツマミを回すと2つのフリケンシー・シフトをリアルタイムで変調することができます!ま、ちょっとした 'プチ・モジュラー気分' が味わえますね。そんな外部オシレータとの連携できる機器の一方、Subdecayのものは、本体内に7つの切り替え式キャリア・オシレータを備え、それぞれE、A、D、G、B、E、Aと優れたピッチ変換で追従、Fineツマミで上下マイナー3度、EntropyスイッチがChaosモードの場合はCarrierとFineツマミ合わせて19Hzから2.5kHzの8オクターヴの範囲でレンジ調整し、変わった倍音構成を生成する音楽的アプローチの変調を得意とします。そして、日本発の 'ノイズ・メーカー' として特異な製品開発によるラインナップを展開する 'L.A.L.' ことLastgasp Art Laboratories。現在はオーストラリアに拠点を移しているようですが、このSick Pitch Kingは 'エレハモ' やMoogerfoogerが登場する前に市場で購入できた貴重なリング・モジュレーターでした。この初代機は現在でも他社の製品ではあまり見ない 'Carrier' 入力が備えられており、ここからいろんな音源を突っ込んでリング変調の実験に活躍したことを思い出します。









Moog Moogerfooger
Fairfield Circuitry Randy's Revenge
Way Huge Electronics Ring Worm WHE606

現在の市場で高品質なリング・モジュレーターとして人気を集めているのが、'Moog博士の置き土産' ともいうべきMoogerfooger MF-102とカナダの工房、Fairfield CircuitryのRandy's Revengeでしょう。特にRandy's Revengeは、そのコンパクトなサイズに多様な機能を詰め込み、これまでの歪みきって 'ノイジーな' イメージのリング変調にあって、本機は実にクリアーで粒の際立った効果が特徴的です。ただ無調にギザギザと濁った '音響' になるだけと思い込んでいる人は、是非とも本機の高品質なサウンドにヤラれて下さいませ。また、高品質ということではJeorge Trippsの手がけるWay Hugeから登場したRing Wormも評価が高いですね。DC18Vという広いヘッドルームもそんな音質に貢献している思うのだけど、残念ながらすでに生産終了しているので中古で見つけるしかありません。







Z.Vex Effects Ringtone
Z.Vex Effects Super Ringtone

やっぱりZ.Vex Effects Ringtoneの動画は面白い。もう10年以上前の動画ながら未だに本機を使いこなすプレイヤーが現れていない現在の状況で、俗に 'エフェクター界の奇才' と呼ばれるZachary Vexさんの斜め上を行く発想は凄すぎます。デジマートなどで検索すれば安価な中古が出回っており、いつか試そうと思っているのだけどなかなか手を出す勇気がない(笑)。いや、でもエフェクターってそもそもこういう 'ぶっ飛んだ' 体験をするものですよね。エクスプレッション・ペダルでもなければ原音とのミックス具合でもなく、'歪み' 系との '2 in 1' でもない。8ステップ・シーケンスをリング・モジュレーターに組み合わせてペダルにしてしまうセンス、普通のシンセ・メーカーでも思いつきませんヨ。ザッカリーさん自らが解説するこの動画では、フリケンシーを司る8つの各ステップのエフェクト音と原音を調整し、微妙に狂ったオクターヴを合わせるというなかなかに面白い展開。現行品は倍の16ステップを備えてMIDI同期にも対応するSuper Ringtoneがラインナップされておりますが、この8ステップ・シーケンサーの '飛び道具' Ringtone、まだまだ探求する価値アリ、です。









Dreadbox Sonic Bits - LoFi Bit Crusher Delay
Dreadbox Kappa - 8 Step Sequencer + LFO
Koma Elektronik BD101 Analog Gate / Delay
Sherman Filterbank 2

リング・モジュレーターと類似性の高い効果として、いわゆるフランジャーの付加機能として 'エレハモ' 製品でよく見る 'Filter Matrix' や、'ロービット' 系のゲーム・サウンドに聴かれるブチブチした 'MXR Blue Box風' ファズがあります。ギリシャ産のDreadboxとドイツ産Koma Elektronikはビット・クラッシャー系ディレイながら、どちらも十分リング・モジュレーターの代用、発展系としてその豊富な音作り含め使える優れた一品。またコンパクト・エフェクターではなく、アナログ・シンセサイザーにおいてリング・モジュレーションと同義語と言えるのがAM(Amplitude Modulation)とFM(Frequency Modulation)変調による音作りですね。アナログ・シンセKorg MS-20からの信号をSherman Filterbank 2のAM、FMそれぞれの入力から掛け合わせることで狂った非整数倍音を生成します。





Elta Music Devices
Lovetone Ring Stinger
Free The Tone RM-1S Ring Modulator

1990年代にはほとんど新製品のなかったリング・モジュレーターですが、名門Electro-HarmonixとMoogerfoogerをきっかけにして今ではかなり小さな工房からも製品化されており、それだけコンパクト・エフェクターに対する多様化が広がったと見て良いと思います。もう 'ニッチ' でもなんでもなく、定番と一緒にちょっとぶっ飛びたいとき一台足元へ置いとく、という感じで、どれにしようか迷うくらい選択肢があるっていうのは嬉しいですヨ。こういう製品はやはりシンセサイザーの設計を得意とするメーカーが多く、ロシアでその手の製品を 'ペダル化' してラインナップするElta Music Devicesは今後の有望株。大体このString Ringerというのが、Lovetoneのリング・モジュレーターであるRing Stingerを 'デッドコピー' したものというから尋常じゃない。こう、何というか製品化のニーズを間違えてるというか(笑)、エフェクター好きの自分からしたらこの血迷ったセレクトに 'Good Job!' 以外の何ものでもないのだけど、市場調査的には完全に失敗でしょうね。しかし、どっかの誰かひとりにでもソレ欲しい!と思わせたなら完全に成功なのが、このリング・モジュレーターという存在なのです。実際、昨年暮れにFree The ToneからLuna Seaのギタリスト、Sugizoのシグネチュア・モデルとして280台限定で募ったリング・モジュレーター、あっという間の予約完売だったらしいですから・・。ま、リング効果というよりSugizo効果なんだろうけども(笑)。


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