2021年8月1日日曜日

夏のフィルターとコンプ '自由研究'

 管楽器の 'アンプリファイ' 探求を旗印に、ちょこちょことやっているフィルターとコンプを組み合わせた '質感生成' の旨味。まあ、大雑把に言ってしまえばEQとコンプでどう音作りに反映させるか?という話になってしまうのだけど、最近は派手な効果や '飛び道具' でトランペットならざる音色を探求するよりこういう地味な感じが 'マイブーム' です。ともかく管楽器の 'アンプリファイ' でアンプやPAを用いる環境において、その 'サチュレーション' や 'クランチ' の倍音含めた管楽器の 'クリーントーン' を作ること。つまり、それはピックアップ・マイクからの '生音' の忠実な収音、再生ではなく、あくまで電気的に増幅した際に映える '生音を作る' という試みなのです。














こーいう '簡易ボード' を組んでお手軽に実験しやすい環境を用意しているのだけど、このボードの中には2つのセッティングがあってひとつは 'Eventide Mixinglink+Leqtique 10Band EQ' でもうひとつは 'Hatena ? SpiceCube' を中心としたもの。どちらを使うかはその日の気分というか(笑)、まあ特にこだわりはありません。ただ、すでにトランペットのピックアップ・マイクからリミッターやEQによる '下処理' はかかった状態での音作りなので、あくまで 'エフェクト' としての 'フィルター+コンプ' というところにご留意下さいませ(汗)。ちなみに上の画像では黄金に輝くワウペダルPlutoneium Chi Wah Wahを 'インサート' しておりますが、今回いろんな 'フィルター+コンプ' の組み合わせをこちらの位置に繋いであれこれ実験しておりまする。そして 'アンプリファイ' として出力するのはアコースティック/PA用のコンボアンプ、SWRの12インチ160WのCalifornia Blonde ⅡをキャビネットのBlonde on Blondeとスタックさせて使用中。本機は2チャンネル用意されてBass、Mid Range、Trebleの3バンドEQ、アンサンブル中での '音抜け' を意識した高域を操作する 'Aural Enhncer' とハイファイ・ツイーターを背面に用意、そしてミキサー機能の 'センド・リターン' とスプリング・リヴァーブを装備しております。現在は 'ピエゾ+ダイナミック・マイク' のミックスとしてそのまま入力しておりますが、この2チャンネルを利用してもうひとつのマイク入力のみ 'アンビエンス' 用に分けてミックス出来るのは便利。また、このアンプ最大の特徴がハイ・インピーダンスによるアンバランス入力のほか、'Low Z Balanced' のスイッチを入れることでDI出力からTRSフォンのバランス入力に対応すること!。この機能はCalifornia Blonde Ⅱにのみ備えられており、初代機のⅠではDIのバランス出力からRadial Engineeringの 'リアンプ・ボックス' X-Amp Studio Reamperでインピーダンスを介して繋ぎます。このラインのバランス入力が他社のアンプにはない本機ならではの機能として重宝しており、取説ではこう述べております。

"ローインピーダンス仕様のギターのバランス出力を入力端子に接続するときは、このスイッチを押し下げてください。TRS端子による接続が必要なバランス接続では、最高のダイナミックレンジと低ノイスの環境が得られます。"

ちなみに、このSWRという会社の創業者Steve Rabe氏は元々Acoustic Control Corporationでアンプの設計に従事していた御仁。そのRabe氏がSWR退社直前に手がけていたアンプのひとつにこのアコースティック用アンプCalifornia Blondeがあり、これもAcoustic時代の設計思想を引き継いだものと言えるのかも知れません。









Taylor Trumpets

さて、ヘンチクリンなデザイン過多のヤツ、ただただ重たい 'パクリMonette' のヤツはまったく興味なかったのですが、実は・・独自設計な楕円形 'Ovalベル' によるラッパの '46 Custom  Shop Shorty Oval' がここでの '主役' です(汗)。これまでヘヴィタイプのラッパをあまり良いとは思わず、個人的に好きなのはMartin Committeeのようなニュアンスの幅が広い楽器。しかし、このTaylorが2014年に製作した '46 Custom Shop Shorty Oval' は一目で惹かれてしまった。Taylorはこの年を境に 'Oval' と呼ばれる楕円形のベルを備えたシリーズを展開しており、そのユニークかつ独創的なスタイルに注目していたのですが、それを短いサイズにしたトランペットとして新たな提案をしたことに意味があるワケです。ええ、これは吹奏感含めロングタイプのコルネットではありません。トランペットを半分ちょいほど短くした 'Shorty' なのですが、ベルの後端を 'ベル・チューニング' にして '巻く' ことで全体の長さは通常のトランペットと一緒です。その 'Shorty' シリーズとしてはこの 'Oval' ベルのほか、通常のベル、リードパイプを備えたタイプも楽器ショーの為に製作されたので総本数は2本となりますね。重さは大体1.4Kgほどなのですが、短い全長に比して重心がケーシング部中心に集まることからよりズシッと感じます。また、この 'Shorty Oval' はマウスピースに穴を開けてPiezoBarrelピックアップを装着する 'アンプリファイ' で鳴らしておりますが、そのままアコースティックのオープンホーンで吹いてみても通常のラッパと何ら遜色無くパワフルに音が飛びますね。そして、Getzen/Alliedの 'Bauerfeind' バルブによるフェザータッチの操作性は最高です。ちなみにこの手のショート・トランペットにおけるルーツ的存在では、以前フランスで製作され近年再評価により復活したPujeのトランペットがありまする。












現在の管楽器の 'アンプリファイ' ではステージ上にアンプを置くことはなく、いわゆるPAシステムを通して客席側に聴こえる '外音' に対して、'返し' と呼ばれるステージ上の '中音' を司ることでヴォーカルと同じセッティングにして調整します。しかし、ステージ上の '転がし' と呼ばれるパワード・モニターの音量にも限度があることから、最近のステージでは管楽器奏者の耳に直接インイヤー・モニターを推奨するPAも多くなってきました。一方で、ひと昔前の 'アンプリファイ' な管楽器奏者が大音量のアンサンブルと対抗していた時代では、H&A Selmer Varitoneを出発点にアンプとPAを併用したセッティングが一般的でした。古くはドン・エリスがFenderのPro Reverbアンプを複数配置していたり、御大マイルス・デイビスやランディ・ブレッカーらにとってAcoustic Control Corporationのアンプはクリーンなトランジスタアンプとして人気がありました。また、ピックアップ・メーカーのBarcus-berryが専用のアンプを別個に用意していたり、欧州ではドイツのDynacordなどが簡易的なPA用アンプを広範囲に普及させております。当時のカンタベリー・ジャズ・ロックの雄、ニュークリアスのイアン・カーもそんなDynacordの愛用者です。



Beyerdynamic TG-I52
SD Systems LDM94C

わたしにとって2つのピックアップ・マイク使用によるセッティングは譲れないのですが、その手軽さという点ではグーズネック式マイクだけでも十分に 'アンプリファイ' を堪能することが出来ます。このマイクも探してみるとほとんどで電源の必要なコンデンサー・マイクがズラッとラインナップされておりますが、むしろお手軽さと頑丈な構造、エフェクターとの相性という点ではダイナミック・マイクの方が扱いやすいと思いますね。Sennheiserの珍しいグーズネック式ダイナミック・マイクEvolution e608、サックスであればSD SystemsのLDM94も良いでしょうね。残念ながら日本での供給が無くなってしまったBeyerdynamic TG-I52はちょっと音痩せが目立つかな?。通常、管楽器の '生音' が持つアンビエンスを余すところなく収音してくれるのはコンデンサー・マイクに軍配が上がりますが、エフェクターを積極的に使う場合ではダイナミック・マイクの方がガツッとしたエフェクターの 'ノリやすさ'、限定的な帯域の収音に対するハウリング・マージンの確保の点で有利なことが多いのです。コンデンサーに比べてマイクを駆動する為の電源は要りませんが、プリアンプを挟むことで好みの音質に補正すればかなり追い込むことが可能ですね。現在、あまりにもその選択肢が少ないということで、もっとAudio-TechnicaやAKGといった大手メーカーもグーズネック式のダイナミック・マイクを手がけるべきですヨ。












管楽器奏者であれば '足下' の前に '口元' のチェックをしなければならないということで(笑)、最近の管楽器における 'アンプリファイ' では、従来のグーズネック式マイクのみならずマウスピースやネックに穴を開けて接合するピエゾ・ピックアップ、さらに穴空け不要でピン状のピエゾをネックへ挟み込むViga Music Tools製ピックアップなど実に多彩となってきました(Youtubeにも登場するWarren Walker、BlendReed、Guillaume Perretら三者が愛用中)。リーズナブルな価格帯でeBayを中心に人気を博すPiezoBarrel製ピックアップのほか、同種の製品ではブルガリアからのNalbantov ElectronicsやギリシャのTAP Pickups、そして、ドイツはRumberger Sound Productsから登場したピエゾ・ピックアップ、WP-1XとK1Xの2種がありまする。またFacebook中心で数年前から製品改良しているトルコのDoze.roという工房のものもありますね。Rumbergerの製品はトランペットでも装着するユーザーのレビューがありましたけど、K1Xはやはり木管楽器用だからかネックに穴を開けるアダプターのサイズがデカい。ということで小型化したWP-1Xの穴空けサイズを見ると7.5mm・・あのBarcus-berryのピックアップ取り付けで開けるサイズが7mmですからギリギリだ(汗)。この手のピックアップの大半がほぼ木管楽器に隔っているのは、単純にピックアップ取り付けの為のスペースが金楽器用マウスピースでは薄く狭いからだと思います。いわゆるヘヴィ・タイプのマウスピースにすれば良いのでは、と思うかも知れませんが、あの分厚い真鍮の切削加工に苦労するのが嫌でPiezoBarrelのスティーヴ・フランシスさんは通常のラインナップから外しましたからね(苦笑)。ともかく管楽器でエフェクターを使うにはこの 'ピックアップ・マイク' が無ければ始まりません。しかしPiezoBarrelを紹介するオヤジ、キャラが濃いなあ(笑)。










まずはこちら、KorgのSynthepedal FK-1とRoger Mayer 456という 'テープ・エミュレータ' による組み合わせ。このFK-1は日本が誇る偉大なエンジニア三枝文夫氏が手がけたもので、前身の京王技研で手がけたSynthesizer Traveller F-1に次いで単体のペダルとして製品化したもの。-12dB/Octのローパスとハイパス・フィルターがセットで構成された 'Traveller' とは、それぞれの動きを連携させて '旅人のように' ペアで移動させるという三枝氏の独創的なアイデアから名付けられた機能であり、これは国産初のシンセサイザーとして最近復刻されたminiKorg 700FSにも搭載されております。そして、Ampex 456テープとStuder A-80マルチトラック・レコーダーによる '質感' をアナログで再現したRoger Mayer 456は、いわゆるオープンリール・テープの訛る感じとバンドパス帯域でスパッとカットしたところに過大入力することから現れる飽和したサチュレーションに特徴があります。本機の大きなInputツマミを回すことで 'テープコンプ' の突っ込んだ質感となり、ここにBass、Treble、Presenceの3つのツマミで補助的に調整。本機にOn/Offスイッチはないのでバッファー的使用となるでしょう。ここでは何と言っても 'ヴィンテージな質感' の探求であり、Korgの 'Traveller' に特徴的なナローでイマイチ切れ味の悪いフィルタリングとRoger Mayerの 'テープ・エミュレータ' で味付けをすることにあります。キモはRoger Mayer 456にある 'Presence' ツマミでの抜けの調整ですね。









フランク・ザッパのフィルタリングに対する音作りに訴えた超絶 'ニッチな' ペダルとして、本機は父親の楽曲を再現する上で息子のドゥイージルがザッパと縁の深いPerformance Guitarにオーダーしたマニアックな一台。Boss FV-500とFV-50の筐体を利用し、どでかい鉄板風アルミ板(軽い)を強引に乗っけてLo-Pass、Band-Pass、Hi-Passを切り替えながらフィルター・スウィープをコントロールするという荒削りさで実際、ペダル裏側には配線がホットボンドで固定されフォーミュラカーを見るような迫力がありまする。その肝心の中身なんですが・・ええ、この動画通りのほとんどVCFをノックダウンした 'シンセペダル' と呼べるほどエグい効果から、EQ的な操作をして帯域幅の広いQの設定、半踏み状態によるフィルタリングの '質感生成' やワウペダルのリアルタイム性まで威力を発揮します。また本機はBoss FV-500の筐体を利用したことでタコ糸によるスムースな踏み心地なり。こちらはKorgの 'Traveller' とは真逆の現行品らしい派手な切れ味で、それを後述するDyna Compでナローに抑えることにあります。そんなFZ-851と組み合わせる定番のDyna Comp!。現行品としていくつかの種類が用意されているこの古臭い効果ですが、ここでは2008年に復刻した 'MXR Custom Shop' 製の'76 Vintage Dyna Comp CSP-028をチョイス。どっかの工房がモディファイしたと思しきLEDとDC端子が増設されておりますけど、本機にはヴィンテージの心臓部とも言うべきIC、CANタイプのCA3080を搭載しております。このDyna Compに象徴されるダイナミズムをギュッと均すコンプの '質感' は、時に演奏の細かなニュアンスを潰す '悪役' として敬遠されてしまうのも事実。そんな1970年代のコンプでは当たり前であった圧縮の演出を '滲み' として捉えたとき、過去から現在までずっと本機の愛用者であるギタリスト土屋昌巳氏の発言は参考になります。

"ダイナコンプは大好きなんでいくつも持ってます。筆記体ロゴ、ブロック体ロゴ、インジケーター付きを持ってます。壊れてしまったものもあるし、5台以上は買ったんじゃないかな。やっぱり全然違いますしね。個人的にはインジケーターなしのブロック体という中期のモデルが好きですね。ダイナコンプを使うことで、ギターのボリュームのカーブがきれいになるんですよ。フル・ボリュームの時と、7〜8ぐらいにした時の差がすごくいい感じになる。ライブでも、レコーディングでも、ダイナコンプは必ずかけっぱなしにしています。コンプレッション効果よりも、ギターのボリュームのカーブをきれいにするために使うんですけどね。(中略)けっこう雑に設定してあるというか、変にハイファイに作っていない分、ツマミをほんの1ミリ調整するぐらいで音が全然変わってくるところとか僕は好きですね。特にダイナコンプは、ちょっとツマミを動かすだけでアタックがかなり変わってくる。本当、ダイナコンプは、完全に僕のスタイルに欠かせないものになっていますよね。あれがないと自分のギターの音が出せないと思う。"


ちなみにこのDyna Compと並んで1970年代を代表する 'ペダルコンプ' として殿堂入り、現在に至るまで定番として新たなユーザーを獲得しているのがRossのCompressor。創業者Bud Rossの意志を継いだ孫らにより2019年に 'Ross Audibles' として復活させたのがこの 'Gray' Compressorです。未だにヴィンテージの米国製初期、後期、台湾製などが市場を賑わせておりますが、この復刻版もかなりの再現度ながら、世界的に枯渇するアナログのパーツやコロナ禍により市場への供給が不安定のまま少量入荷状態ですね。ともかくナチュラルなコンプレッションをお求めであればコレは外せない一台。さて、ここで巷に溢れるペダル型のコンプレッサーについて言わせてもらえれば、Empress、Becos、Origin Effects、FMR Audio etc...現在ではさらに細かなパラメータと高品質な音色が '売り' の製品が市場を賑わせております。大抵は従来の 'ヴィンテージコンプ' にあった圧縮メインでダイナミズムを変えてしまう効果を避けて、いわゆるUreiなどの 'スタジオ機器' に象徴されるスレッショルドやレシオ、機種によってはサイドチェインの機能などを盛り込み不自然にならないコンプレッションをペダルで実現しております。ここでわたしがセレクトしたのは基本的に単純で古臭いコンプレッションのペダルばかりなのですが、コンプレッサーはそのパラメータが増えるほど操作が扱いにくく目的とする音色に容易に近付けません。そして、ここでの目的はコンプを通すことによる '質感' が大事なのであり、むしろ製品ごとの個性が強いものほどフィルターと組み合わせたことによる '趣旨' に叶うものでもあります。


 






カリフォルニア州オークランドから登場するフィルターの新たな刺客、Vongon Electronicsの多彩な機能満載なParagraphs。まさに 'フィルターフェチ' なわたしには打って付けな一台であり、'4 Pole' のエンヴェロープ・ジェネレータを備えたローパス・フィルターを基本にモメンタリースイッチでトリガーするエンヴェロープ、CVやMIDIによるモジュラーシンセとの同期など現在の多目的な音作りに対応しているのが良いですね。そのVCFの心臓部はAS3320のアナログチップを用いてLFOに相当するエンヴェロープ・ジェネレータは0.05Hzから始まり20秒のサスティン、300Hzのスレッショルドに至るまでうねるようなモジュレーションを付加します(もちろん自己発振可能)。また、入力部には楽器レベルからラインレベルまで幅広い信号を受け持つゲインを受け持っているのが近年の機器らしいですね。そして本機に合わせる現代のモダンなコンプとして、ナチュラルな効果で唯一無二のスウェーデン産BJF ElectronicsのPale Green Compressorをチョイス。このBJFEを主宰するBjorn Juhlの名を知らしめた代表的製品のひとつであり、ザ・ビートルズが当時のアビーロード・スタジオで用いたコンプレッサー、RS-124(Altec436BのEMIモディファイ)が本機製作のきっかけとのこと。最近のナチュラルなコンプレスの潮流に倣ったトーンから真ん中のツマミ 'Body' を回すことで空間的な幅の調整がイジれます。このBJFEの音は世界に認められてお隣フィンランドのブランド、Mad ProfessorからForest Green Compressor、さらに米国のブランドBear FootからPale Green Compressorとしてそれぞれライセンス生産による 'Re-Product' モデルが登場しております。動画はそのPale Greenの後継機に当たるPine Green CompressorとBear Footのものですが、本家BJFEとしては2002年の登場以降、淡いグリーンのニトロセルロースラッカーから深いグリーンへの変更と共にPine Green Compressorへ変わります。ここでフォトセルと 'Body' を司る単軸二連ポットが変更されて3ノブ、4ノブ、5ノブの仕様と共に現在に至ります。わたしのチョイスは不定期にPedal Shop Cultがオーダーする初期Pale Green Compressorの '2020復刻ヴァージョン' です。ここでのセッティングはまさに現行品ならではのモダンな '質感' が狙いで、BJFE特有の 'ム〜ン' とした密度のある艶っぽさこそ至宝!。









定番のEQで補正する音作りに 'プラス・アルファ' してここでは、単なるEQというよりそれこそ 'シンセサイズ' なフィルタリングまで対応するカナダの工房、Fairfiled CircuitryのLong Lifeを繋いでみます。エクスプレッション・ペダルの他にフィルター周波数のQとVCFをそれぞれCVでモジュラーシンセからコントロール出来るなど、なかなか凝った仕様です。こちらでの音作りには、Long Lifeのブースター的アプローチと兼用しての '歪むコンプ' のアプローチによるサチュレーションに挑戦。そこで近年の製品としては珍しい1970年代にスウェーデンのエンジニア、Nils Olof Carlinの手により生み出されたコンプレッサーをチョイス。本機の特徴はコンプと銘打たれていながら 'Dist.' のツマミを備えることでファズっぽく歪んでしまうことで、当時、エフェクター黎明期においては 'ファズ・サスティナー' とクリーンにコンプ的動作をするものを単に 'サスティナー' として使い分ける傾向があったそうです。今でいうBJFEに象徴されるスウェーデン産 'ブティック・ペダル' のルーツ的存在であり、それを同地の工房Moody SoundsがCarlin本人を監修に迎えて復刻したもの。1960年代後半から70年代初めにかけてそのキャリアをスタートさせたNils Olof Carlinは、電球を用いたモジュレーションの独自設計によるPhase Pedalのほか、持ち込まれた既成の製品(多分MXR Dyna Comp)をベースにしたCompressor、わずか3台のみ製作された超レアなRing Modulatorを以ってスウェーデン初の 'ペダル・デザイナー' の出発点となりました。ここまではあくまでコンプレッサーを '質感' として補正する使い方でしたが、こちらは従来のセオリー通りな 'コンプ→EQ' のセッティングで狙いはCarlinの '歪み' をLong Lifeでコントロールすることにあります。








NeotenicSound Magical Force - Column
NeotenicSound Density (discontinued)

ちなみにわたしのメインのエフェクターボードで絶対に欠かせないのがNeotenicSoundのダイナミクス系エフェクターMagical Force。いわゆる 'クリーンの音作り' というのをアンプやDI後のライン環境にまで幅広く '演出' させたものなのですヨ。まさに '縁の下の力持ち' 的アイテムというか、実際の楽器本来が持つ '鳴り' や 'コシ'、'旨味?' のようなものを 'アコースティック' だけでは得られないトーンとして生成します。2011年頃に 'Punch'、'Edge'、'Level' の3つのツマミで登場した本機は一度目のリファインをした後、新たに音の密度を司るこの工房お得意の 'Intensity' を追加、4つのツマミ仕様へとグレードアップしたMagical Force Proへと到達しました。しかし不安定なパーツ供給の面で一度惜しむらく廃盤、その後、声援を受けて小型化と 'Intensity' から 'Density' に名称変更して根本的なリファイン、4回目の変貌を遂げたのが現行機Magical Forceとなりまする。また、惜しくも 'ディスコン' となりましたが、本機からそのコンプ的機能 'Density' だけを抜き出した単体機も用意されておりました。

本機はプリアンプのようでもありエンハンサーのようでもありコンプレッサーのような '迫力増強系' エフェクター。とにかく 'Punch' (音圧)と 'Edge' (輪郭)の2つのツマミを回すだけでグッと前へ押し出され、面白いくらいに音像を動かしてくれます。'Density' (密度)を回すと音の密度が高まり、コンプレスされた質感と共に散っていってしまう音の定位を真ん中へギュッと集めてくれます。コレはわたしの '秘密兵器' でして、Headway Music Audioの2チャンネル・プリアンプEDB-2でピックアップマイク自身の補正後、本機と最終的な出力の160Wコンボアンプの3バンドEQでバランスを取っております。本機の特徴は、DI後のラインにおける 'クリーンの音作り' を積極的に作り込めることにあり、おいしい帯域を引き出してくれる代わりにガラリとバランスも変えてしまうのでかけ過ぎ注意・・。単体のEQやコンプレッサーなどの組み合わせに対し、本機のツマミは出音の変化が手に取るように分かりやすいのが良いですね。設定はLevel (11時)、Punch (1時)、Edge (11時)、Density (9時)。ともかく、わたしのラッパにおける 'クリーン・トーン' はコイツがないと話になりません。ただし '魔法' とはいえ、かけ過ぎればコンプ特有の平べったい質感になってしまうのですが、あえてガッツリと潰しながらEdgeをナロウ気味、Punchで張り出すような '質感生成' してみるのが面白いかも。とりあえず、各自いろいろと研究しながらコイツを体感してみて下さいませ。





Terry Audio The White Rabbit Deluxe ①

そしてMagical Forceと並ぶわたしの隠れた '魔法' であるTerry Audio The White Rabbit Deluxe。こちらは1960年代のMcintoshのオーディオ・アンプがベースとなっており、いわゆるコンパクト・エフェクターにおいて 'ライン・アンプ' の発想から音作りをするものです。本機の '解説' を読んでみるとNeotenicSound Magical Forceと類似した効果を求めているようで、一切その表記のない3つのツマミは左から青い矢印と共にゲイン、赤い矢印の2つのツマミはメーカーによれば '回路の動作自体をコントロールし、シャッタースピードと絞り量で調整されるカメラの露出のように有機的に連動している' とのこと。何だかMagical ForceのPunchとEdgeを思わせるパラメータのように聞こえますが、これら2つのツマミの設定をフットスイッチで切り替えることが出来ます。また、ゲインを上げていくとファズの如く歪んでくるのもまさにギター用に特化した 'ブースト的' 音作りと言って良く、その歪み方としてはJHS Pedals Colour Boxのコンソールにおける 'ファズっぽい' 感じと同様です。後段にこのWhite Rabbit Deluxeを配置することでサチュレートした 'ハイ上がり' のトーンと共に一枚覆っていたような膜がなくなり、音抜けの良くなる 'マスタリングツール' のような位置にある機器ですね。









Seamoon Fx Funk Machine

ちなみにマニアックなフィルターの 'リファイン' による復刻ではSeamoonも来ました。デイヴィッド・タルノウスキーの手がけたStudio PhaseやFunk Machineはフュージョン・ブームを支え、その後、独立したA/DAで傑作FlangerやFinal Phase、Harmony Synthesizerなどを残します。今回、市場に蘇ったのはエンヴェロープ・フィルターのFunk Machineであり、その新生Seamoon Fxを主宰するのはセッション・ベーシストとして過去にザ・ブレッカー・ブラザーズの 'Heavy Metal Be-Bop' などに参加したニール・ジェイソン。ここではジェイソンのみならず当時の愛用者であるラッパ吹き、ランディ・ブレッカーなどの意見も反映させているようですね。当時、ランディが使っていたのは無骨なデザインのVer.1の方ですが、1993年に '復活ブレッカーズ' としてリユニオン的な活動をし始めた頃はBossのT-Wah TW-1を愛用しておりました。そんなランディが初めてワウを使い出した時のエピソードをこう述べております。

"1970年当時、私たちはドリームズというバンドをやっていた。一緒にやっていた(ギターの)ジョン・アバークロンビーはジャズ・プレイヤーなんだけど、常にワウペダルを持ってきていたんだよ。彼はワウペダルを使うともっとロックな音になると思っていたらしい。ある日、リハーサルをやっていたときにジョンは来られなかったけど、彼のワウペダルだけは床に置いてあった。そこで私は使っていたコンタクト・ピックアップをワウペダルに繋げてみたら、本当に良い音になったんだ。それがワウを使い始めたきっかけだよ。それで私が「トランペットとワウって相性が良いんだよ」とマイケルに教えたら、彼もいろいろなエフェクターを使い始めたというわけだ。それからしばらくして、私たちのライヴを見にきたマイルス・デイビスまでもがエフェクターを使い出してしまった。みんなワウ・クレイジーさ(笑)。"


そしてKP-Adapterを用いて是非とも繋いでみたいのがElektronとOTO MachinesのDJ用マルチバンド・フィルター、と言ったらいいのだろうか、素晴らしいAnalog HeatとBoumをご紹介。Elektronにはギターに特化したAnalog Drive PFX-1という製品があるものの、こちらのAnalog Heatの方がシンセやドラムマシン、マイクからの音声などラインレベルにおける入力に対して幅広い 'サチュレーション' を付加、補正してくれます。その多様に用意されたプログラムの中身はClean Boost、Saturation、Enhancement、Mid Drive、Rough Crunch、Classic Dist、Round Fuzz、High Gainの8つのDriveチャンネルを持ち(もちろんアナログ回路)、そこに2バンドのEQとこれまた7つの波形から生成するFilterセクションで各帯域の '質感' を操作、さらに内蔵のエンヴェロープ・ジェネレーター(EG)とLFOのパラメータをそれぞれDriveとFilterにアサインすることで、ほとんど 'シンセサイズ' な音作りにまで対応します。また、現代の機器らしく 'Overbridge' というソフトウェアを用いることで、VST/AUプラグインとしてPCの 'DAW' 上で連携して使うことも可能。Elektronのデモでお馴染みCuckooさんの動画でもマイクに対する効果はバッチリでして、管楽器のマイクで理想的な 'サチュレーション' から '歪み' にアプローチしてみたい方は、下手なギター用 '歪み系' エフェクターに手を出すよりこのAnalog Heatが断然オススメです。一方のフランスOTO Machinesから登場する 'Desktop Warming Unit' のBoum。すでに '8ビット・クラッシャー' のBiscuit、ディレイのBimとリヴァーブのBamの高品質な製品で好評を得た同社から満を持しての '歪み系' です。その中身はディストーションとコンプレッサーが一体化したもので、18dBまでブーストと倍音、コンプレッションを加えられるInput Gain、Threshold、Ratio、Makeup Gainを1つのツマミで操作できるコンプレッション、低域周波数を6dB/Octでカットできるローカット・フィルター、4種類(Boost、Tube、Fuzz、Square)の選択の出来るディストーション、ハイカット・フィルター、ノイズゲートを備え、これらを組み合わせて36のユーザー・プリセットとMIDIで自由に入力する音色の '質感' をコントロールすることが出来ます。そして、もうちょいお手軽にサチュレーションやテープコンプの '質感' をお求めならStrymonのこちら、Decoはいかがでしょうか?。DSPの 'アナログ・モデリング' の技術を用いて、'Saturation' の飽和感と 'Doubletracker' セクションであるLag TimeとWobbleのブレンドから 'テープ・フランジング' のモジュレーションまで生成。また、このStrymonの製品は楽器レベルからラインレベル、そして入力に 'インサート・ケーブル' を用いることでステレオ入出力にも対応とあらゆる環境で威力を発揮します。












一方、この手の 'シンセサイズ' なアプローチとして古くはKorg X-911などがありましたけど、いわゆる 'DJ用フィルター' として遠くベルギーでHerman Gillisさんがひとり手がける '孤高の存在' Sherman Filterbankもお忘れなく。流石に現在では使われ過ぎて '飽きた' という声もありますけど、それくらい大ヒットした機種としてまだまだその潜在能力の全てを引き出してはおりません。個人的には当時の主流であった無闇矢鱈に '発振' させない使い方でこそ、本機の新たなアプローチが光ると思っているんですけどね。その強烈なフィルタリングと発振、歪みからシンセやドラムマシン、ギターはもちろん新たな要素として管楽器にまでかける猛者が現れます。クラブ・ジャズ的なスリーピース・バンドPhatの活動でその存在を知られ、現在はソロでquartz-headやrabitooほか、いくつかのユニットで活動するサックス奏者藤原大輔さん。1990年代後半にテクノ界隈で人気を博したフィルターSherman Filterbank 2(現在2台使い!)とその下に置くラック型ディレイKorg DL8000RのHold機能を駆使して、過激に発振するエレクトロニカ的スタイルを披露しております。ほとんど 'オシレータのないモジュラーシンセ' と言って良い '化け物' 的機器で、どんな音をブチ込んでも予測不能なサウンドに変調してくれますヨ(動画途中の 'Intermission' は長く第2部は58:33〜スタート)。








このようなフィルタリングと強制的に帯域を抑え込むコンプレッション、そしてヒビ割れていくような '歪み' と共に陰鬱な世界が溶けて行く時間の '並行世界' を突っ走ります。まるで不条理な迷宮を彷徨ってしまう '音響演出' においてリング・モジュレーションの効果の右に出るものはありません。映像で言うならフィルムが白黒反転して '裏焼き' になってしまった色のない世界というか、ゴ〜ンと鳴る濁った鐘の音、世界のあらゆる '調性' が捻れてしまったような無調と金属的な質感が特徴です。これもフィルターとコンプの探求において寄り道する '隠れメニュー' なり。そんなトランペットのリング変調において '第一歩' を示したドン・エリスは、いわゆるペダル型リング・モジュレーターの第一号であるMaestro RM-1の設計者トム・オーバーハイムとの交流から発案されるきっかけとなりました。












いわゆるEQとは違う一昔前の '質感生成器' であるUrei 565TやMoogのThree Band Parametric EQ、そして '飛び道具コンプ' としてスタジオで現在でも珍重されるSpectra SonicsのModel 610 Complimiter(現Spectra 1964 Model C610)など、その後のDJ用エフェクターとしてのフィルターの音作り含め、まだまだ探求すべき分野は幅広くあります。以下、そんな発想のきっかけとなる 'サウンド&レコーディングマガジン' 1996年11月号の記事 '質感製造器〜フィルターの可能性を探る' からエンジニアの杉山勇司氏(S)と渡部高士氏(W)の対談記事。この頃はまさに四畳半の一室から世界へと発信する 'ベッドルーム・テクノ' の黎明期で、アナログシンセによる 'シンセサイズ' の意識がサンプラーや 'ローファイ' の価値観を通じて、あらゆるものを '変調' させるのが面白い時代でした。

− そもそもフィルターを能動的に使おうと思ったきっかけはなんですか?

S − 最初に白状しちゃうと、渡部君からトータルにフィルターをかけるって話を事務所で遊んでいたとき聞いて "あっ" って思ったんだ。それまでの僕にとってのフィルターは、シンセの延長でしかなくて、Analogue SystemsのFilterbank FB3を持ってたけど、LFOでフィルターが動くエフェクトと考えていた。だからEQを手で回すのとあまり変わらない感じだよね。でもそのころ渡部君は、2ミックスをフィルターに通すって馬鹿なこと言ってた。

− それはだれかが先にやってたんですか?

W − 2ミックスのフィルタリングは4年前に考えたんです。ミックスしてて、音が固くてどうしようかなって思ったときに "フィルターでもかけてしまえ" と(笑)。Akai S1000のループがRolandの音したらいいなって思って、Roland System-100Mに通してみた。結果的にフィルターを通るだけで思った音になったんですよ。

S − 変わるんだよね。それでフィルターを絞れば、また味も付くし。でも僕がそれに気付いたのは大分後。シンセはいじってたけど、それはシンセらしい使い方で、VCOがあってVCFも音作りの順番の1つでしかなかった。でもArp 2600を触り始めて "ここに音を入れてもいいの" って思ったんだ(笑)。それでFB3にも "ドラム入れてもいいじゃん" って気付いた。

W − 簡単にできるのはDrawmerのノイズゲートDS-201なんですよ。これにはローパス/ハイパスが付いていて、ザクッと切れるんです。これならどのスタジオにもありますしね。

− しかしそれを実際の現場でやってみようと考えるのは大変だったんじゃないですか?

S − 昔は音が汚くなることを考えるのはダメだったよね。例えばギターだったらSSLのプリアンプより、Focusrite通した方がいいに決まってると思ってた。

W − それは1ついい音ができたら、簡単だから次もそうしようってことだよね。

S − で、そうやって録ると、ハイが延びていい音になる。でもそれは値段が高いからいい音になるっていう意識だし、EQもハイがあればあるほどいい音って発想にも近いよね。フィルターなんて通したら、当然S/Nは悪くなるし、ハイもローも落ちる。でもあるときにEQでローを足すんじゃなくて、ハイをしぼったときに自分にとってのいい音になることに気付いたんだ。今はいらない部分を削ったら、必要な部分をうまく聴かせることができると思ってる。

W − 実際5kHz以上って倍音が崩れてるから、いらない場合も多いんだよね。デジタルで22kHz以上がなくて気になるのは、それ以上の帯域がないからじゃなくて、急激にそのポイントでカットされているからなんですよ。

S − ローファイって言葉は大嫌いなんだけど、ハイファイに縛られてはいたよね。

W − フィデリティ(Fidelity)って '正確' って意味だから、自分のやりたいことができてるんだったら、それはハイファイなんだと思いますよ。

− 渡部さんの場合そんな制約が最初からなかったのはどうしてですか?

W − それはエンジニアリングの入り口が違ったからだと思います。値段の張る機材があまり周りになかったのと、シンセのオペレートとエンジニアリングの両方を一緒にやるんで、卓のEQをいじるよりシンセのフィルターでいじった方が、楽に欲しいサウンドが手に入れられることが分かったんです。

− フィルターとEQの違いは何ですか?

S − 一緒なんだけど違うという部分が分からないと使わないよね。

W − 僕がお客の立場で、エンジニアがEQじゃなくフィルターに僕の音を入れようとしたら、嫌がるだろうな (笑)。EQってエフェクターなんだけど、エフェクター的に使っちゃいけないという部分があるじゃないですか。

S − エフェクター的に使うんだったら、フィルターの方が面白いよね。例えば、以前ウクレレの音をArp 2600にスルーして録音したことがあった。それはArpのプリアンプの音なんだろうけど、それがすごくいい音になったんだ。1度その音を知ってしまったら、EQを細かくいじって同じ音を作ろうとはしないよね。想像もできなかったハイ落ちをしてるその音が実にいい音なんだ。

− そんな想像もできない音になる可能性という部分がフィルターの魅力の1つでしょうか?

W − お手軽にいい音になるというかね。

S − 1度通して音が分かってしまうと、もう自分の技になるから、想像できるんだけどね。

− しかしEQで作り込めばフィルターと同じ効果が期待できるのではないですか?

W − それは無理です。NeveのEQをどうやってもSSLでシミュレーションできないのと同じこと。例えばSystem-100Mを通したら、こんな細いパッチケーブルを音が通るから、それだけでも音が変わるし。機材ごとに違う回路を通ることによって、それぞれの音になるんですよ。

− 機材ごとのそんな特性を、人間の耳は感知できるものだと思いますか?

W − 瞬時に判断することはできないけど、音楽になると分かるでしょうね。それは紙を触ってツルツルしているものが、少しざらついた感触になるような、そんな判断ですけどね。

S − それはエンジニアの耳ではなくても分かる違いだろうね。

W − よくオーディオマニアの人が、レコードからCDに変わったとき、奥さんが急に "うるさい" って言うようになったって話がありますよね。それを考えるとだれもが分かるものなんでしょうね。実際、2ミックスをSystem-100Mにただ通して聴いているだけでは、その違いがあまり分からない人もいる。しかしそれを大音量で長時間聴いていると、それまで耳が疲れていたにもかかわらず楽になったりすることがあるんですよ。

− 2ミックスにフィルターをかけるエンジニアは結構いるんでしょうか。

W − ほとんどいない。トータル・フィルターって言葉自体僕が作ったんだもん(笑)。第一エンジニアがフィルターを持っていないでしょ。僕はここ(オア・スタジオ)にあるからSystem-100MやRoland SH-2を使ったりしてます。2ミックスを通すために、わざわざもう1台買ったんだけど、フィルターの性能が全然違うんですよ(笑)。

S − 僕もArp 2600のフィルターとアンプの音が好きで、それだけで売ってほしいくらい。でもこれも1台1台性能が違うんだよね。これじゃ2ミックスに使えないって。

W − System-100Mは1モジュールでステレオというか2チャンネルあるから大丈夫なんですよ。

S − 僕も1度片チャンネルずつ別々に1つのフィルターを通したことがあった(笑)。

W − 要するに歪んでるんですよ。コンプでたたいたような状態。だからモノ・ミックスにするしかないですよ。モノでフィルターかけて、後でPro Toolsで加工するのはどうでしょう(笑)。

− 質感が出来上がったものは、他のメディアに移してもそのまま残っていくんでしょうか?

W − それは残りますね。FocusriteもNeveもヘッドアンプは音を持ち上げるだけでしょ。それだけなのに音が違う。エンジニアは音の入り口のアンプでまず音を作るわけで、卓で作るんだったらコンプでいじるんだろうけど、コンプレッションがいらない場合もある。だからサンプラーに通して、ピークをなくして、アタックを落としたりすることもあります。ADコンバータ通すこともフィルターですから。

− トータルにかなり強烈にフィルタリングすることもあるんですか?

W − 向こうのテクノでは、モコモコしたサウンドからどんどんトータルにフィルターが開くものがありますね。

S − それはそんな音を理解できる人間がエンジニアリングしたり、アーティスト本人がエンジニアリングを担当したりしなくちゃできない。そんな作業は音楽性を選ぶんだろうけど、概念的には音楽性は全く選ばないと思う。

W − 例えばアコギをフィルターに通しても、普通に良くなるだろうし、暖かくなるだろうし、ワウにもなる。でも実際にフィルターで大きくカットするのは問題ですよね。それだったら、ローパスよりハイパスの方が使い手があるかもしれない。

S − Ureiにも単体フィルターがあったもんね。真空管のマイクを使って真空管のアンプを通ったいい音を、もっと味のある音にするために、EQで音を足すんじゃなくて、どこをカットするかという発想自体はずっと昔からあったものだと思いますね。

− エンジニアがどうしてこれまでフィルターという存在に目を向けなかったのでしょうか?

W − エンジニアという職業自体、もともとは出音をそのままとらえるのが仕事だったでしょ。それだったらフィルターを通すなんてまず考えない。変えようと思えばフィルター1つで音楽性まで簡単に変えられますからね(笑)。

S − 確かにフィルターは面白いけど、それはやはり一部の意見で、一般的にはならないだろうね。こんな感覚が広まったらうれしいけど、そこまで夢を見てませんから(笑)。

W − 僕にとっては、コンソールのつまみもフィルターのつまみも一緒だけど、そうじゃないエンジニアもいる。でも一度でいいから、どのエンジニアもその辺のフィルターをいじってほしいと思いますね。本当に音が変わるから。

S − 使うか使わないかは別にして、この良さは大御所と呼ばれるエンジニアもきっと分かると思うな。僕も最近はUrei 1176とか使うんだけど、1178も用途によって使い分けている。これはフィルターに音を通し始めてから、それらの音の質感の違いが分かってきたんだ。

− 鍵盤が付いていてシンセの形をしているから使わないという部分もあるのでしょうか?

S − それはあるだろうね。エンジニアには触れないと思いこんでいたのかもしれない。ハイパス/ローパスは知っていても、レゾナンスという言葉自体知らないエンジニアもいるだろうからね。

W − 僕がミックスしててもフィルター使うのは、単に差し込めるジャックが付いているからで、それだけのことです。

− ジャックがあったら挿し込んでみたい?

S − 何もやみくもに挿さないけどさ(笑)。

W − ミックスしていてこの音を変えたいって思ったとき、スタジオを見渡してこれと思ったものに入れてみる。ダメだったらそれまでだし、良くなれば、次からそれは自分の音として使えるわけです。最初の1回はトライ&エラーですよ。

− 徐々に単体のフィルターが発売されていますが、時代的にフィルターは求められていますか?

S − デジタル・フィルターでもSony DPS-F7みたいに面白いものもあるからね。

W − それからYamahaのSPXシリーズも、EQのモードの切り替えでダイナミック・フィルターにもなるし。これもいいんですよ。

S − 何か変な音にしてくれって言われて、それソフト・バレエ(のレコーディング)で使ったことあるな。

W − それからEventide DSP-4000が面白いんだ。自分でパッチを自由に作れるから面白いんだけど、この間作ったのが、サンプル・レートやビット数を自由に落とすパッチ。

S − どんな人たちもフィルターを使うという発想になった方がいいと思う。何ごとにもこだわりなくできるような状態にね。







ライヴの現場というよりかはまさに 'Covid 19以降' の世代を象徴する機器というべきか、一昨年から未だ話題となっている機器のひとつEmpress Effects Zoia。その昔、Eventide DSP4000というラック型マルチ・エフェクターがありましたけど、コレ、まさに当時の 'エレクトロニカ' 黎明期を象徴するプラグインCycling 74 Max/Mspのハードウェア的端緒として話題となりました。いわゆるピッチシフターの分野でその端緒を切り開いたEventideは、その元祖であるH910がジョン・ハッセルのトランペットによる独特な 'ヴォイス' として貢献したことを覚えている方はおられるでしょうか?。少々長く抽象的ですが、後年ハッセルは自身のユニークなトランペットの音色と奏法についてこう述べております。

- あなたの音楽における別の「垂直的な」側面は、トランペット演奏にも存在するように思われます。とりわけ、あなたの複数の楽器が同時に演奏されているかのようなトランペット・サウンドを作るために、あなたはハーモナイザーやピッチシフターを長年活用してきました。

"ハーモナイザーに関していえば、最初に導入したのはおそらくEventide H910だったのではないだろうか?。モデル番号は忘れてしまったが、だんだん大型になっていき、最終的には最も大型なモデルを持っていたが、なにしろプログラムがとても難しかった。現在使用している新しいモデルのH9は、オールデジタルでMIDIコントロールなどを小さな筐体に収めた後継版だ。H9の機能性には本当に興奮しているし、そのサウンドの一部は最新作にも入っている。その可能性には実に興奮させられるね。私は常に平行進行やシーケンスといったものに魅了されてきた。つまり、ラヴェルやブラジル音楽の多くで見かける5度の和声の動きだ。私が敬愛してやまないラヴェルの音楽には独特の美しさがある。それは、まず1本の鉛筆で壁に曲線を描いた後、さらに2本の鉛筆を手に取り、2本か3本の鉛筆を持って同じことをするのに似ている。数年かかったとしても、やがてうまくいけば、平行する進行を追いながら実際のコードチェンジを行えるテクニックが身につくことになる。そんなわけで、私は平行進行という豊かさを愛してきたのさ。また、インド古典音楽の歌い手であるPandit Pran Nathとの演奏では発声法やカーブなど方法を学び、素晴らしい機会となった。私は常に落ち葉の例え話に立ち返る。そこが出発点であり、次にそれをあえて消し去り、再び呼び出すというわけだ。"

さて、DSP4000は 'Ultra-Harmonizer' の名称から基本はインテリジェント・ピッチシフトを得意とする機器なのですが、色々なモジュールをパッチ供給することで複雑なプロセッシングが可能なこと。リヴァーブやディレイなどのエフェクトそのものの役割を果たすものから入力信号を '二乗する'、'加える' といった数式モジュール、'この数値以上になれば信号を分岐する' といったメッセージの 'If〜' モジュールといった完全にモジュラーシンセ的発想で自由にパッチを作成することが出来るのです。当時で大体80万くらいの高級機器ではありましたが 'ベッドルーム・テクノ' 世代を中心に人気となりましたね。以下、当時のユーザーであったエンジニア渡部高士氏によるレビューをどうぞ。

"DSP4000シリーズって、リヴァーブやピッチ・シフトのサウンドが良いのはもちろんなんですが、自分でエフェクト・アルゴリズムを組めるところがいいんです。モジュールの種類ですが、ありとあらゆるものがあると言ってもいいですね。例えばディレイ・モジュールがありますから、これを使えばフランジャー、フェイザーなどのモジュレーション系が作れますよね。リヴァーブのモジュールもピッチ・チェンジャーも当然あります。普通のエフェクターに入っているものはモジュールとして存在していると考えればいいですね。例えば、ゲート・リヴァーブを作りたければリヴァーブのモジュールとゲートのモジュールを持って来て、ゲートにエンヴェロープ・ジェネレータを組み合わせて・・っていうように、簡単に作れるんですよ。

シーケンサー・モジュールとか、関数モジュールのようなものもあります。自分の頭で考えればどうにでもできるんです。例えば、Ureiのアタック感をどういうモジュールの組み合わせで真似しようかな・・なんて考えるのは楽しいですよ。それにシンセとしても使えます。波形が選べるオシレータもフィルターもアンプもあります。サンプリング・セクションを入れればサンプリングが可能ですから、その気になればE-Muのサンプラーだって作れます。E-Muにあるパラメータを自分で思い出して、それをモジュールの組み合わせで再現していくわけです。

以前、ローファイ・プロセッサーのパッチを作ったことがあったのですが、好評だったのでいろいろなところに配ったんです。都内のスタジオで使われているDSPシリーズに幾つか入っていますよ。LFOでサンプリング周波数が動くようになっていたりするんですが、'Info' っていう、文字を表示するモジュールに僕のE-Mailのアドレスがサイン代わりに入っています(笑)。また、マルチバンド・コンプレッサーを作ったこともあります。フィルター・モジュールでクロスオーバーを組んで、コンプのモジュールをつないで・・ってやるわけですね。こうするとTC ElectronicのFinalizerみたいになります(笑)。結局、エフェクターというよりはDSPをどう使うかを自分で設定できるマシンという感じ。単にエフェクターの組み合わせが変えられるのとは次元が違うんです。人が作ったパッチを見るのも面白いですよ。構成を見ていると「こりゃあんまり良いパッチじゃないな」とか思ったりするんです(笑)。"


じゃ、そこまで言われるとこのEventide DSP4000の実力とはどんなもんか?と聴きたくなってしまいますけど、そんな疑問にちょうど良いリファレンスとして上の動画、土屋昌巳さん1998年の作品 '森の人 – Forest People' からインストゥルメントの 'ボジョレー氏の森' をどーぞ。この曲のあらゆるサンプルの '汚し役' でかかるフィルタリングにDSP4000が大活躍します。以下、本作当時のインタビューからこう述べております。

- 「ボジョレー氏の森」では曲全体にハイパス・フィルターがかかる部分がありましたが。

 "あれもDSP4000です。Sherman Filterbankだとまだあそこまでできない・・全体のクオリティを残しつつすごく小さなレンジにするっていうのはね。ただ安い音にしちゃうのはすごい簡単だと思うんです。効果としてはむっちゃくちゃローファイな、小さなトランジスタ・ラジオから流れているような音でも、そこで全体のクオリティが落ちちゃうのは嫌なんです。単に急に音像が小さくなるっていうのに命をかけました。"






そんなユーザーの好みに合わせて自由にモジュールの組める高級なシステムから20年後、PCを使わず 'エフェクターを自由にカスタマイズ' 出来るZoiaの登場は待ち望んでいた方も多かったのではないでしょうか。各モジュールはカラフルにズラッと並んだ8×5のボタングリッド上に配置し、そこから複数のパラメータへとアクセスします。これらパラメータで制作したパッチはそれぞれひとつのモジュールとしてモジュラーシンセの如く新たにパッチングして、VCO、VCF、VCA、LFOといった 'シンセサイズ' からディレイやモジュレーション、ループ・サンプラーにピッチシフトからビット・クラッシャーなどのエフェクツとして自由に 'デザイン' することが可能。これらパッチは最大64個を記録、保村してSDカードを介してバックアップしながら 'Zoiaユーザーコミュニティ' に参加して複数ユーザーとの共有することが出来ます。自宅で膨大な時間と共に目の前の '積み木' と戯れる・・こりゃ凄い時代になったもんだ。

- 今月の '涼風' な音楽 -





最後は夏と 'ローファイ' のオマケ。夏と言えば涼風爽やかに体感温度をひんやりと下げるヴィブラフォンの響きは欠かせません。ハワイの波の音に誘われて 'Hawaii Calls Show' から 'エキゾティカ' のマーティン・デニー、ジャマイカでレゲエ前夜と言うべきロック・ステディの時代を生きたのはレニ・ヒバート、あのエルメート・パスコアールも在籍したブラジリアン・オクトパス、フォルカー・クリーゲルらドイツ人たちと 'サマー・オブ・ラヴ' の季節にフランク・ザッパからシタールまで持ち出したのはジャズ・ロックのザ・デイヴ・パイク・セットに至るまで多彩な '涼風グルーヴ' をご堪能あれ。

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