2023年3月1日水曜日

春のリズムボックス・ダブワイズ

春といったら桜、桜といったらお花見、お花見で浴びるのは暖かな光...という季節の連想ゲームは悪魔の花粉症の季節を迎えるわたしには一切関係ありません(汗)。それでも春の訪れを感じさせるこの空気の入れ替わりは涙、鼻水全開なマスク越しの身にもヒシヒシと感じられるほど嬉しいもの。ほんと寒いのが嫌いなんですよね...。










そんな春の訪れにふさわしいロスアンジェルス在住のサックス奏者にしてクリエイター、サム・ゲンデルの暖かな世界。ドイツのメーカーであるRumberger Sound Productsの 'マウスピース・ピックアップ' K1Xを装着して、いろんなペダルでサックスを 'アンプリファイ' させております。ちょうど1990年代後半にトータスやThrill Jockeyレーベルなど 'シカゴ音響派' 周辺の匂いと共通するというか、何やらレイ・ハラカミのようなポルタメントを軸としたサウンドスケープを聴かせてくれるなど、この従来のジャズからハミ出した感性が良いなあ。そうそう、このゲンデルさんもタブラマシーンやリズムボックスを用いて緩〜いグルーヴを好んでるんだよなあ。しかし、現代音楽専門であったNenesuchレーベルも随分とポップな意匠へと変貌しましたね(笑)。











そのユニークな存在からエフェクター黎明期と ' サイケな時代' を象徴するカラフルなスイッチを備えたRhythm 'n Sound for Guitar。ファズとオクターバー、3種のトーン・フィルターを備えながらギターのトリガーで鳴らすリズムボックスを加えたことで、現在まで異色のユニットとして時代の評価に埋もれたままの存在となっております。1968年登場のG-1は当時のフランク・ザッパがVoxワウペダルやファズ内蔵のヘッドアンプAcoustic 260と共にステージで使用しているのが動画で確認されており、多分ザッパは本機内蔵のオクターバーや3種からなる 'Color Tones' の 'ワウ半踏み風' フィルタリングトーンに強い関心を示していたのではないでしょうか。しかし、詳細にザッパの機材を解説するMick Ekers著の 'Zappa Gear: The Unique Guitars, Amplifiers, Effects Units, Keyboards and Studio Equipment' によれば、同シリーズの姉妹機である管楽器用Sound System for Woodwinds W-2とのこと。う〜ん、あえて管楽器用を使いますか?(謎)。この時期のステージ画像ではホーン陣のバンク・ガードナー、イアン・アンダーウッドらが用いるMaestroの姉妹機、Sound System for Woodwindsのツマミを一緒に触ってまで音作りの '指揮' をするザッパの写真があります(笑)。ちなみに本機は専用スタンドやアンプなどに置いて使う仕様から、筐体前面に被せてセッティングをメモするチートシートが付属しておりました。








Gibson / Maestro Rhythm 'n Sound for Guitar G-2 ③

そんな初代G1ではBass Drum、Bongo、Brush、Tam-bourine、Claveの5つのパーカッションを搭載し、この時代では先駆だったオクターバーにして 'ウッドベース' のシミュレートとも言うべきString Bass、Fuzz Bassの2種、そして 'ワウ半踏み' 風なトーン・フィルターのColor Tonesを3種備えておりました。このG1も翌69年にはG2として大々的にヴァージョンアップし、当時のHoney Psychedelic Machineと並んでより 'マルチ・エフェクツ化' します。G2ではパーカッションからBass Drumを省きオクターバーもString Bassひとつになった代わりにMaestro伝統のFuzz Toneを搭載、Color Tonesも2種に絞られました。










そしてG-2にはトレモロのEcho Repeatに加え1969年にして先駆的な機能がもうひとつ搭載されました。それが1972年のMusitronics Mu-Tron Ⅲに先駆けて製品化された世界初のエンヴェロープ・フィルター、Wow Wowです。ちなみにこのG-2のユーザーとしてはエディ・ハリスのグループに在籍したベーシスト、メルヴィン・ジャクソンがLimelightからのアルバム 'Funky Skull' でジャケットにもEchoplexと共に堂々登場。全編、そのトボけた 'Wow Wow' 効果をファンキーでオクターヴな音色にブレンドさせて変態的ウッドベースを奏でております。また、ジャマイカのダブ・マスターであるリー・ペリーも 'BlackArk' スタジオと共にG-2を所有しており、KorgのリズムボックスMini Pops 3のOEM、Uni-Vox SR-55を全編に鳴らした 'Chim Chim Cherrie' や 'One Punch' では 'Clave' などを混ぜて多用しておりました。また、そんなMini Pops 3をBuchla Music Easelの外部入力からVCFでトリガー、変調してみた一例などもどーぞ。







一方、土星からやって来たという '太陽神' ことサン・ラもファンクな 'Disco 3000' で、チクタクと怪しげな '足跡' からフリーキーな世界へと突入...。この無機質に一定のテンポで緩〜いリズムを奏でるリズムボックスってサイケだよなあ。しかし、サン・ラといえばジャマイカのダブ隆盛やサイケデリック・ムーヴメントの始まるはるか前の1963年、自身が率いる大所帯の 'アーケストラ' 全体をシカゴの鄙びた地下スタジオの一角でチープなリヴァーブボックスにブチ込み 'ダブ勃興' の考古学を提示します。サン・ラのオルガンはもちろん、バンドの番頭格であるスティーヴ・アレンもジョン・ギルモアも過剰なエコーでシカゴのゲットーから '宇宙の声' とも言うべき電波をキャッチ(笑)。それがこの 'Cosmic Tones for Mental Therapy' なのです。









ちなみにパーカッションの音源自体は、当時Maestroが発売していたRhythm Kingというリズムボックスからのものを流用しており、現在の基準で見ればおおよそリアルな音源とは程遠いチープなもの。しかし大事なのはその発想であり、ソレでいったい何が出来るのか?という探究心でもあります。ちなみにこのRhythm Kingは、あのスライ・ストーンの名盤 '暴動' (There's A Riot Goin' On)で全面的にフィーチュアされるリズムボックスでもあります。単にホテルのラウンジ・バンドとして、オルガン奏者が伴奏に用いていたリズムボックスをこのようなかたちでファンクに応用するとは設計者はもちろん、誰も想像すらしなかったことでしょう。スライ本人はスタジオの片隅に捨て置かれていたコイツを見つけて、ひとりデモ用として都合が良いことから使い出したらしいですけどね。1969年の大ヒット 'Stand !' からシングル盤 'Thank You' を経て1971年の '暴動' に至るスライは最も創造的な音作りに勤しんでいた時期であり、自身が興したレーベルの 'Stone Flower' はまさに最大の実験場でした。ここで無機質にテンポを刻むMaestroのリズム・ボックスは、スライが失った 'ザ・ファミリー・ストーン' に代わり1973年のドラッグという '深淵' を覗いて蘇った 'Fresh' に至るスライ流 '冷たいファンク' の出発点となります。




そして、アルバム丸ごとチープなリズムボックスとオルガンで歌うティミー・トーマス1973年の傑作 'Why Can't We Live Together' から 'Funky Me' とそのタイトル・チューン。いわゆる 'マイアミ・ソウル' の拠点であるTKレーベルのスタジオ・ミュージシャンとして活動しながら、この2曲をデモ音源のままA/B面でリリースしたシングル盤が大ヒットを記録。日本でも '叶わぬ想い' として知られております。この時代ならではの社会的メッセージをこういうサウンドに盛り込みヒットしたことが大らかさを感じます(笑)。また、同時代を席巻した 'ブラックスプロイテーション映画' のひとつであるパム・グリア主演の 'Coffy' や後にクエンティン・タランティーノ監督のリメイク作としても知られる 'Foxy Brown'。そのサントラでファンキーに響くウィリー・ハッチの 'Foxy Lady' はマストでしょう。しかし、こーいうのに懐の深いのってファンク/R&B系の音楽ばかりなんですよね...。ロックとか、昔から3ピースバンドの様式美が持つ 'ホンモノ' とやらに固執してるのかこーいう冒険をしないのが本当に残念。多分、いまバンドやろうぜ、って言ってドラムマシン持ってくるヤツがいたら未だに嫌がられると思う(苦笑)。












一方、日本を代表する作曲家にして 'シンセシスト' でもある冨田勲氏もそんなエフェクターの端緒を開く特殊効果に人一倍関心を持っていたレジェンドであります。1971年の 'Moogシンセ' 導入直前から師事、後にYMOのマニピュレーターとして名を馳せる松武秀樹氏は当時の富田氏の制作環境について自身のMoog Ⅲ-CとG-2による実演を交えながらこのように述懐しております。ちなみに松武氏が富田氏の下から独立した直後の代表的な仕事のひとつが日本テレビのドキュメンタリー番組 '驚異の世界' のオープニング曲。この後半30秒のジングルの中に漲るプログレ全開のポリリズムが素晴らしい。また、前半部のデモ音源ではRhythm 'n Sound for Guitar G-2のパーカッションをアクセントにかなりテンポの違うアレンジで試されていたんですね。

"「だいこんの花」とか、テレビ番組を週3本ぐらい持ってました。ハンダごてを使ってパッチコードを作ったりもやってましたね。そのころから、クラビネットD-6というのや、電気ヴァイオリンがカルテット用に4台あった。あとラディック・シンセサイザーという、フタがパカッと開くのがあって、これはワウでした。ギターを通すと変な音がしてた。それと、マエストロの 'Sound System for Woodwinds' というウインドシンセみたいなのと、'Rhythm 'n Sound for Guitar' というトリガーを入れて鳴らす電気パーカッションがあって、これをCMとかの録音に使ってました。こういうのをいじるのは理論がわかっていたんで普通にこなせた。"

このLudwig Phase Ⅱで聴ける '喋るような' フィルタリングは、そのまま富田氏によれば、実は 'Moogシンセサイザー' を喋らせたかったという思いへと直結します。当時のモジュラーシンセでは、なかなかパ行以外のシビランスを再現させるのは難しかったそうですが、ここから 'ゴリウォーグのケークウォーク' に代表される俗に 'パピプペ親父' と呼ばれる音作りを披露、これが晩年の '初音ミク' を用いた作品に至ることを考えると感慨深いものがありますね。そんな同曲の '隠し味' 的存在なのが独特なシンバル音であり、これがRhythm 'n Sound for Guitar G-2の 'Tam-bourine' をトリガーで鳴らしているとのことで一聴すれば・・確かにコレだ(笑)。









さて、このようなエフェクター黎明期の '温故知新' ということで、1970年代にこの '熱狂' に触れて参入、僅かばかりのペダルを製作してそのまま歴史の彼方に消えていってしまった工房が数多ありました。ひとつの成功体験としていわゆる電子機器の修理工房を開いていたキース・バールとテリー・シェアウッドの二人は、たまたま当時の新製品であるMaestroのPhase Shifter PS-1が持ち込まれたのをきっかけに製品の解析と改良を開始することとなります。そしてMaestroより一気にサイズダウンしたまさに手のひらサイズの 'オレンジの小箱' は、そのままバーやライヴハウスなどで手売りにより好セールスを叩き出してMXRを起業、これまたエフェクター史におけるサクセス・ストーリーを生み出します。一方、同じような道程でエフェクターというこの小さな機器に魅せられて参入したものの、僅かな製品を残して消えて行ってしまったのがPA機器の製作の傍で修理などを請け負っていたTychobrahe Engineering。その修理品として持ち込まれたのがなんとあのジミ・ヘンドリクスの為に英国のエンジニア、ロジャー・メイヤーが 'ワンオフ' で製作したというアッパー・オクターヴの名機Octavioであり、当時ヘンドリクスのステージから数々の機器が盗まれるというアクシデントと共に何とも 'グレーな出処不明モノ' だったことを伺わせます。その解析を経て生まれたのがこの工房を象徴するブルーの筐体に包まれたOctaviaであり、長らくその存在は本機の伝説的な意匠と共に設計者であるメイヤーからの '紛いモノ' 扱いの酷評で市場での生産数は多くありませんでした。この後は一転してParapedalやPedalflangerといったワウ、モジュレーション系を手がけるのを最後にペダル製作としての工房の扉は閉鎖、その伝説的なブランド名は 'Chicago Iron' により取り戻され復刻するまで長く歴史の片隅へと消えて行くこととなります。




そして、この電子回路の詰まった '足下の小箱' は大西洋を渡り遠くヨーロッパの地にも波及。ある時期、ある季節にこの '熱病' に感染して小規模の起業、もしくはTycobraheのようなPAを手がける総合メーカーが一瞬携わった '遺物' が 'ツワモノ達の夢のあと' の如く市場に散見されます。前者はスウェーデンのニルス・オロフ・カーリンの手がけたCarlin Electronicsであり、後者がイタリアのTekson Elettronica。イタリアと言えばVoxのOEMにも携わったJen Elettronicaや初期シンセサイザーにも絡むEko、もしくはBinsonの磁気ディスクエコーであるEchorecを生み活発となった地なのです。また、このスウェーデンとイタリアの状況が似ているのは、CarlinもTeksonもわずか2種のみの製品であり、MXRやTycobraheとは違い現地の局地的な市場でのみ少量流通して人知れず消えていってしまったこと。ちなみに当時、Carlinは他に 'ワンオフ' として僅か3台のリング・モジュレーター製作や、CMOSフリップフロップ回路のCD4013を用いたオクターバーの試作をしていたことが分かっております。そしてイタリア産オクターバーとしては、こちらもTekson同様PAを中心に手がけていたemthree ElettronicaのユニークなMini Synthyというのがありました。まるで管楽器奏者向けを思わせる '腰に装着シリーズ' はこのMini Synthyとエンヴェロープ・フィルターのMister Wahのみで、その他のラインナップであるワウペダルのWhau WhauとフェイザーSuper Phashingは同地でJEI、Silversound、CosmosoundなどのOEMで出回っていたペダルのOEM品のようですね。つまり、日本で言えば新映電気のような多くの下請けが携わり市場に供給していたほど盛況だったのが1970年代の '足下の風景' でした。








1972年、ホテルのラウンジでオルガンの伴奏としてチャカポコと鳴らすだけだったリズムボックスの時代、イタリアではEkoからプログラミング機能を持つリズムマシン、Computerhythmが登場します。この1970年代のSF映画の小道具に出てきそうなズラッと並ぶ 'ウルトラ警備隊' 的ボタン(笑)にパンチカードを読み込んで鳴らすビザールな仕様は、現代のPolyend TrackerやSeqのような機器にときめくユーザーなら興奮すること間違いなし(やれることは全く比較になりませんが・・苦笑)。アシュラ・テンペルのマニュエル・ゲッチングやフランスの作曲家ジャン・ミッシェル・ジャールが愛用していたことも影響してか、当然eBayやReverb.comでも余裕で100万を超える超レアものですね。そんなビザールな機材紹介でお馴染みHainbachさんの 'お宅紹介' とも言うべき、これまたヨダレ垂涎の '宅録スタジオ' でございます。もう、動画から溢れる機材を隈なく探してしまう '機材廃人' の悲しい性・・(苦笑)。


ちなみにそんなシタールやインド音楽の 'お供' として、施法のラーガと共にインドの変拍子なリズム構造ターラをさらうに当たって便利なのがこちらのタブラマシンですね。ティーンタール(16拍子)、エクタール(12拍子)、ルーパクタール(7拍子)、ジャクタール(10拍子)などなど・・とターラの基礎ビートをプリセットによるパターンの 'ソング' を組んで学ぶことが可能。さらに本機のソング機能をムチャクチャに活用(笑)して、テンポ無用のグリッチ状態で遊び倒しておりまする。もちろん、シタールのみならず電気ラッパの 'お供' としても最適でして、ワウペダルを踏みながら鳴らせばマイルス・デイビス 'On The Corner' の気分を味わえるかも(笑)。








さて、リズムと戯れるように楽曲の構成を分解することで新たな価値観を提示したのがカリブ海の孤島、ジャマイカで探求された '変奏' ともいうべき 'ルーツ・ダブ' の世界。週末に大量のマスターテープと共に彼らのスタジオTubby's Hometown Hi-FiやBlack Ark、Studio One、Channel Oneにやってくるプロデューサーのオーダーに従い、4トラック程度のリミックスとして過剰なエコーやスプリング・リヴァーブ、フィルターなどで '換骨奪胎' されたものをリアルタイムにダブプレートと呼ばれる鉄板をアセテートで包んだ盤面に刻む。その大量の 'ヴァージョン' はこの孤島を飛び出して、今や 'リミックス文化' におけるポップ・ミュージックのスタンダードとなったことは論をまちません。一貫して島の電気屋としてトランスを巻いていたキング・タビーことオズボーン・ルドックは、週末のダンスホールを盛り上げる趣味のセレクターから一転、そのエンジニアリングの手腕を買われ自宅を 'Tubby's Hometown Hi-Fi' と改装してミックスの '副業' にも精を出します。そこからフィリップ・スマート、プリンス・ジャミー、サイエンティストことオーバートン・ブラウンらを輩出、1980年代にはピーゴ、ファットマン、バントンといったディジタル・ラガ創成期育成のオーガナイズもするなど、常にレゲエの心臓部の役割を担いました。その 'ダブ発見' についてキング・タビーをフックアップしたプロデューサー、バニー・リーは間違えたミックスとダイレクト・カッティングによる最初の興奮と顛末についてこう述べております。

"ダブが始まったとき、それは本当の「ダブ」じゃなかった。ある日の夕方、俺とタビーがデューク・リード(プロデューサー)のスタジオにいると、スパニッシュタウンからルディ・レドウッドっていうサウンドマンがヴォーカルとリディムを使って曲をカットしていた。それをエンジニアがうっかりヴォーカルを入れ忘れたから、途中でカットを止めようとするとルディが言ったんだ。「待ってくれ、そのままやってくれ!」って。それで最初にヴォーカル無しのリディムだけのダブプレートが出来た。ルディは「今度はヴォーカル入りのをカットしてくれ」って言って、ヴォーカルが入ったのもカットした。その次の日曜日、ルディが回しているとき、俺は偶然そのダンスにいた。それで奴らがこないだカットしたリディムだけの曲をかけたらダンスが凄く盛り上がって、みんなリディムに合わせて歌い始めたんだ。あんまり盛り上がったもんで、「もう一回、もう一回」ってあの曲だけを一時間弱かけるハメになってたよ!。俺は月曜の朝、キングストンに戻ってタビーに言った。「タビー、俺らのちょっとした間違いがみんなに大ウケだったよ!」って。そしたらタビーは「よし、じゃあそれをやってみよう!」って。俺らはまず、スリム・スミスの「エイント・トゥ・ベック」とかで試してみたよ。タビーはヴォーカルだけで始めて途中からリディムを入れる。それからまたヴォーカルを抜いて、今度は完全にリディムだけにする。俺らはそうやって作った曲を「ヴァージョン」って呼び始めた。"












ダブの 'マッド・サイエンティスト' ことリー "スクラッチ" ペリーと 'BlackArk' スタジオの守護神的存在として彼の '魔術' に貢献した機器、Musitronics Mu-Tron Bi-Phaseとスプリング・リヴァーブのGrampian Type 636があるとすれば、一方のキング・タビーと 'Tubby's Hometown Hi-Fi' ではスプリング・リヴァーブのThe Fisher K-10とタビーがダイナミック・スタジオから払い下げてきたMCI特注による4チャンネル・ミキサー内蔵のハイパス・フィルターが殊に有名です。EQの延長としてダイナミック・スタジオがオーダーしたこの機器は、後にプロデューサーのバニー・リーが "ダイナミックはこのミキサーの使い方を知らなかったんじゃないか?" と言わしめたくらい、タビーにとっての 'トレードマーク' 的効果としてそのままダブの 'キング' の座を確かなものとしました。そう、この効果が欲しければタビーのスタジオに行くほかなく、また、ここからワン・ドロップのリズムに2拍4拍のオープン・ハイハットを強調する 'フライング・シンバル' という新たな表現を生み出すのです。そのハイパス・フィルターは、左右に大きなツマミでコンソールの右側に備え付けられており、70Hzから7.5kHzの10段階の構成で、一般的な1kHz周辺でシャット・オフする機器よりも幅広い周波数音域を持っていました。タビーの下でエンジニアとしてダブ創造に寄与、'Dub of Rights' のダブ・ミックスも手がけた二番弟子、プリンス・ジャミー(キング・ジャミー)はこう述懐します。

"ダイナミック・サウンズ用に作られた特注のコンソールだから、すごく独特だったよ。最近のコンソールには付いていないものが付いていた。周波数を変えるときしむような音がするハイパス・フィルターとか、私たちはドラムでもベースでもリディムでもヴォーカルでも、何でもハイパス・フィルターに通していた。ハイパス・フィルターがタビーズ独特の音を作ったんだ。"








Fender Soundette
Arbiter Soundette
Arbiter Soundimension
Arbiter Add-A-Sound

一方、Arbiterから登場したSoundimensionとSoundetteはBinson Echorecと同様の磁気ディスク式エコーであり、この会社はジミ・ヘンドリクスが愛用したファズ・ボックス、Fuzz Faceを製作していた英国のメーカーとしても有名です。またアッパー・オクターヴの効果を持つAdd-A-Soundはフランク・ザッパも愛用しました。そんなSoundimensionはジャマイカのレゲエ、ダブ創成期に多大な影響を与えたプロデューサー、コクソン・ドッドが愛した機器で、ドッドはよほどこの機器が気に入ったのか、自らが集めるセッション・バンドに対してわざわざ 'Sound Dimension' と名付けるほどでした。後には自らミキシング・コンソールの前を陣取り 'Dub Specialist' の名でダブ・ミックスを手掛けますが、そんな彼のスタジオStudio Oneでドッドの片腕としてエンジニアを務めたシルヴァン・モリスはこう説明します。

"当時わたしは、ほとんどのレコーディングにヘッドを2つ使っていた。テープが再生ヘッドを通ったところで、また録音ヘッドまで戻すと、最初の再生音から遅れた第二の再生音ができる。これでディレイを使ったような音が作れるんだ。よく聴けば、ほとんどのヴォーカルに使っているのがわかる。これが、あのスタジオ・ワン独特の音になった。それからコクソンがサウンディメンションっていう機械を入れたのも大きかったね。あれはヘッドが4つあるから、3つの再生ヘッドを動かすことで、それぞれ遅延時間を操作できる。テープ・ループは45センチぐらい。わたしがテープ・レコーダーでやっていたのと同じ効果が作れるディレイの機械だ。テープ・レコーダーはヘッドが固定されているけど、サウンディメンションはヘッドが動かせるから、それぞれ違う音の距離感や、1、2、3と遅延時間の違うディレイを作れた。"








またダブと言えば、トランペットと最も親和性の高いエフェクツにディレイがあり、そんな '飛ばしワザ' を最大限に活用したのがダブにおける '空間生成' の拡張にあります。わたしがメインで使っているのはBBDチップによる '質感' をDSPテクノロジーで 'アナログ・モデリング' したStrymon Brigadierでして、その他、いくつかの製品も所有しております。流石に高価で嵩張るヴィンテージのテープ・エコーを買おうとは思いませんが(汗)、しかし、こればかりは幾つあっても全然無駄にならないくらいそれぞれの個性があり、それこそギタリストが歪み系ペダルばかり買い続けるのと同じ心理で '底なし沼' 的魅力があったりします。そして 'Cult × Guitar Magazine' のコラボによる 'MVP' (Monthly Vintage Pedal)の第四弾はBoss最初期のCCDチップ使用によるレアなアナログ・ディレイ、DM-1 Delay Machineの登場です。覇気がない...やっぱり言われてたんだ(笑)。










ちなみに 'ローファイ' なこの手の '隠れ名機' としてはロシアも負けておりません。旧ソビエトの時代に 'ギターシンセ' 含めてマルチ・エフェクツ' に集大成させたのがこちら、Formanta Esko-100。1970年代のビザールなアナログシンセ、Polivoksの設計、製造を担当したFormantaによる本機は、その無骨な '業務用機器' 的ルックスの中にファズ、オクターバー、フランジャー、リヴァーブ、トレモロ、ディレイ、そして付属のエクスプレッション・ペダルをつなぐことでワウにもなるという素晴らしいもの。これら空間系のプログラムの内、初期のVer.1ではテープ・エコーを搭載、Ver.2からはICチップによるデジタル・ディレイへと変更されたのですがこれが 'メモ用ICレコーダー' 的チープかつ 'ローファイ' な質感なのです。また、簡単なHold機能によるピッチシフト風 '飛び道具' まで対応するなどその潜在能力は侮れません。Reverb.comで検索すると比較的状態の良い個体がロシアのセラーにより出品されているので是非お試しあれ(ちなみにロシアの電圧は240V)。そういえばフランジャーって何でか '共産主義者' たちの興味を惹いていたようで(笑)、こちらもReverb.comで検索すると旧ソビエト時代の '遺物たち' がやたらと出品されるほどフランジャー多し(謎)。一方、日本では流通しませんでしたが、なぜか欧米の '宅録野郎' たちのお部屋でよく見かける 'ガレージ臭丸出し' な謎の一台、Knas The Ekdahl Moisturizer。中身はVCFとLFOで変調させたものを本体上面のスプリング・リヴァーブに送ってドシャ〜ン、バシャ〜ンと乱暴に '飛ばし' ます(笑)。 


Gamechanger Audio Motor Synth

このようなダブに必須の '飛び道具' ということで、大きなミキシング・コンソールと共に手に入れておきたいのが 'ダブ三種の神器' ともいうべきスプリング・リヴァーブ、ディレイ、フィルターであります。スペインでダブに特化した機器を専門に製作するBenidub Audioは、現在の市場に本場ダブの持つ原点ともいうべき音作りを開陳するべく貴重な存在。すべては '目の前にある' 反復した音のミキシング・コンソールによる '抜き差し' から、ライヴとレコーデッドされた素材を変調するために '換骨奪胎' する・・これぞダブの極意なり。









そんなダブやカリブ海の文化と精通する英国のラッパ吹きで、西インド諸島バルバドス出身のハリー・ベケットやキングスタウン出身のシェイク・キーンなど、その'移民組' が奏でるフレイズの端々にこの地域独自の影響が感じられます。キーンは 'LKJ' ことリントン・クウェシ。ジョンソン、ベケットはUKダブの巨匠、エイドリアン・シャーウッドとの 'コラボ' 作品などを吹き込みますけど、このモダンからフリージャズ 、ジャズ・ロックの '季節' を経てレゲエやダブと '邂逅' することでカリブ海と 'UK Blak' を辿る為の地図が完成するのです。









そして、ラトビアからピアノのダンパーペダルを模して 'Freeze' させるPlus Pedal、キセノン管をスパークさせる異色のディストーションPlasma PedalとPlasma Coil、光学式スプリング・リヴァーブの変異系Light Pedalなどを製作するGamechanger Audioが満を持して市場に投入したシンセサイザー、Motor Synth。8つのモーターを駆動させて '電磁誘導' により 'シンセサイズ' する本機は、シンセとはいえ外部入力を備えているのでエフェクターとしても使えますヨ。仕組みは小さな光学式ディスクを直流モーターで高速回転させ、そのディスクに印刷された波形を赤外線フォトセンサーで読み取り発音させるというもの。原理的にウェイヴテーブル・シンセなどと近しい構造なのですが、単純にこのワクワクする 'ハッタリ感' こそモノとして大事なことですヨ。一方、こんな最新型のシンセがあるかと思えばReverb.comに国宝級の 'お宝シンセ' (の源流)がやってきました!。クラヴィオリンやトラウトニウムが映画音楽に使われて、MoogやBuchlaがそのプロトタイプを手がけた同時期の1964年にAce Toneの梯郁太郎氏が手がけたCanary S-3は、この出品者によれば浜松のRoland博物館に展示されているモノより状態が良い個体ということでお値段もヤバイです(汗)。しかし、国産初のシンセサイザーはKorgのMinikorg 700とされており、本機は 'シンセ前夜' とも言うべき1962年のS-2に続き製品化されたもの。面白いのはホワイトノイズを2つのパッドで 'ドラムシンセ' の如く鳴らすパッドであったり、すでに当時のオルガンをはじめとした鍵盤楽器の範疇を超えた音作りを目指しているのです。














Ace Tone Canary S-3の 'ノイズパッド' といい、この時期の国産電気楽器における 'ノイズ' アプローチって一冊の本にしても良いくらいのこだわりがあるんですよね(笑)。それこそ三枝文夫氏手がける京王技研のSynthesizer Traveller内蔵の 'Singing' から、ダブでお馴染み 'サイレンボックス' まで繋げて語っても良いくらいのガジェットな効果音の威力。すでに50年以上前のペダル・エフェクター黎明期にその名を刻むHoneyから登場したSuper Effect HA-9P。まだまだアジアの下請けであった高度経済成長期の日本から市場に現れた本機は、その '本家' であるHoneyを始めに英国のRose-Morrisや米国の大手Unicordと提携。そこからShaftesbury、Uni-Vox、Appolo、National、Greco、Elektra、Jax、L.R.E.、Cromwell、Sam Ash、Sekova etc..といった数々のブランド名と共にOEMとして海を渡って行きました。このHA-9Pはワウペダルとヴォリューム・ペダルに加えて、'発想の源' である波(Surf)と風(Wind)とサイレンの効果音を発生させる技術者の漲ったアイデアが素晴らしい。そんなSuper Effectは僅か2年半ちょっとの起業であったHoneyにおいて初期、後期の2種が確認されており、初期型は単に 'Wind' という表記でした。続く後期型から 'Tornado' (竜巻)と表記変更されたまま後継の新映電気以降、その 'Tornado' のほか 'Hurricane' の表記などで輸出されながらついに商品名自体が本来の効果とは関係なく、まさに 'エキサイトなペダル' というイメージだけで 'Exciter' の商標名までパクってしまいました(苦笑)。



いわゆる 'ドンカマ' の語源となったリズムボックス。それこそ一冊の本に出来るくらい、ある時代の音楽のスタイルを反映した機器が市場に溢れとてもここで全てを網羅することは出来ませんが、Maestro Rhythm King以外で個人的に良いなと思ったのがビザールなBaldwinのTempo-Maticと国産リズムボックスの老舗、Ace ToneのFR-2L。高価な家具調の筐体に譜面立てが付いていることからオルガンの上に載せるレトロな作りがたまりません。そして未だに謎というか、1960年代後半から70年代半ばにかけて、あの伝説の名機Uni-Vibeの開発、製造に携わった新映電気が(たぶん)輸出用に製造していた電気パーカッション、4 In The Floor Percussion Combo。たぶん、オルガン奏者が足で踏んで伴奏する為のものだったと想像しますが、この時代ならではの '木目調' の筐体から出てくる音色はほとんど 'シンセドラム' ですね。さらに光学式テルミン操作によるエコーのモディファイを施した 'ダブ仕様' のPercussion Comboはメチャ格好良いなあ。





しかし身の回りにある機材をグルッと見渡すといっぱいあるな、と思っちゃいますね。それぞれに個性があってただ眺めているだけでも気分が上がる反面、正直、こんなに機材いらんよな、という気持ちも一方では持ち上がってくるのも事実(汗)。ある程度、限定された環境で目の前のものに向き合う時間って実はいろんな発見もあり大切なのですヨ。こーいう気持ちのモチベーションのひとつとして、1970年代にジャマイカはキングストンの貧しいスタジオであれこれ機材の過剰な実験、溢れ出る発想の塊であった数々の 'ダブマスター' たちの仕事ぶりに思いを馳せるのです。

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