なんでも世界的に 'モジュラーシンセ' のブームがきているそうです。あくまで 'マニア' の間でのみの話なのかと思いきや、小さなガレージ・メーカーやコンパクト・エフェクターを製作する者たちが軒並み参入し、今や欧米でひとつの市場を形成しております。このような流れを受けたのか、Korgは往年のセミ・モジュラーシンセMS-20 Miniやモジュラー的発想で音作りのできるArp Odysseyの復刻、Rolandは新たにデザインしたAira Modulerを用意するなど、決して小さな出来事ではなくなりました。きっかけはドイツのシンセサイザー・メーカーDoepferが製造しているA-100モジュラーシンセの規格を元に、いわゆる 'ユーロラック' サイズによるモジュールであること。往年のモジュラーシンセといえば 'タンス' などと呼ばれたMoog Ⅲ-P(Ⅲ-C)やRoland System 700の巨大なモジュールの集合体を思い出しますが、現在の 'ユーロラック' はモジュール自体のサイズを小型にした卓上型のもの。それこそコンパクト・エフェクターを買うような感覚で小さなモジュールを買い集め、自分だけのサウンド・システムを気軽に構築することができるのです。
→Korg MS-20M Kit + SQ-1
→Arp Odyssey
→Roland Aira
→Doepfer A-100
→Bastl Instruments Rumburak
→Clock Face Modular Store
以前はオタク的な 'マッド・サイエンティスト' たちの占有物というイメージのあったモジュラーシンセですが、現在はこのような女性アーティストが 'ユーロラック' サイズによるモジュラーシンセのサウンド・システムを構築するなんて・・。しかし気持ちの良い環境で鳴らしているなあ。
ちなみに、そのMoogも現在のブームに刺激を受けたのか、なんと1973年発表のモジュラーシンセSystem 55、35、Model 15を復刻してしまいました。テクノポップ世代ならYMOのステージで見てビックリした方も多いでしょうが、その巨大なモジュールもさることながら価格も半端ではないです・・。また、昨今の 'ユーロラック' サイズに合わせた最新型のモジュラーシンセ、Mother-32も用意されております。う〜ん、Moogといったらやっぱり '木枠' だね!
→Buchla Music Easel
さらにMoogと並ぶシンセ黎明期の二大巨頭のひとつ、Buchlaもこの市場に参入してきました。ロックやジャズのアーティストに好まれたMoogと違い、こちらは当時、現代音楽の作曲家モートン・サボトニックが監修していたのが特徴的です。また、EMS Synthiをイメージしたようなアタッシュケース型のMusic Easelも復刻、いやあ、狂ったようなぶっといオシレータの出音含め格好良いですねえ。1967年の 'Silver Apples of The Moon' はそんなサボトニックによるモジュラーシンセの金字塔的作品。Moogと違い、いわゆる '鍵盤的発想' ではないところから出発したBuchlaを駆使してサイケデリックな空間を描き出します。
タンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツェ、ポポル・ヴーなどのプログレ勢に好まれたモジュラーシンセですが、ジャズの世界においては、ピアニストのポール・ブレイが妻のアネット・ピーコックと一緒に 'Synthesizer Show' と称した演奏を行っておりましたね。ブレイはArpのモジュラーシンセ2600を駆使し、アネットの歌声もシンセの外部入力から変調する前衛的なものでした。これは、ワルター・カーロスがMoogでバッハを演奏した 'Switched on Bach' を発表し、作曲家の富田勲氏が米国からそのMoogを日本に輸入しようとして 'これは楽器か?何かの機器か?' と関税でモメる前夜に記録された、未知の楽器シンセサイザーの一コマでもあります。
1950年代にはジャズの名門Blue Noteで 'Patterns in Jazz' を制作したサックス奏者ギル・メレも、1960年代後半にはElectar、Envelope、Doomsday Machine、Tome Ⅳ、Effects Generatorなる自作のフィルターやオシレーターをきっかけにエレクトロニクスへ接近、この1971年のパニック型SF映画 'The Andromeda Strain' のサントラでは、(たぶん)EMSのモジュラーシンセを駆使して完全なる電子音楽作品を披露しています。宇宙から謎の病原菌が撒かれて人々が恐怖に慄くというSFらしく、得体の知れない恐怖が迫ってくる雰囲気をシリアスな電子音響で見事に再現。
さて、管楽器だとMIDIを中心にサウンド・システムを構築する 'Mutantrumpet' のベン・ニールのアプローチと近しい関係かもしれません。1960年代後半にSonic Arts Unionとしてゴードン・ムンマやロバート・アシュリー、アルヴィン・ルシエらとライヴ・エレクトロニクスの実験に勤しんだデイヴィッド・バーマンがそのベン・ニールをゲストに迎えて制作した極楽盤 'Leapday Night' の気持ち良さ!要するに 'ウィンド・シンセサイザー' のEWIによりブレスでシンセサイザーをトリガーし、リアルタイム・サンプリングでラッパから映像含めたシーケンスをコントロールするということなのですが、鍵盤ではない発想からモジュラーシンセと取り組んでみるというのは重要でしょうね。それはBuchlaのモジュラーシンセがなぜ鍵盤を付けなかったのかという問いに対して、元々はクラシックのクラリネット奏者であったモートン・サボトニックのこの言葉からも伺えます。
"(鍵盤を付けなかった)一番の理由は 'Buchlaで音楽を演奏するつもりがなかった' からだ。私はクラリネットでどんな音楽でも演奏することができる。だからシンセサイザーで '音楽' を演奏することは、私にとっては意味が無いんだ。当時、私はBuchlaになろうとしていた楽器を 'Electronic Music Easel' と呼んでいた。音楽におけるサウンドを、絵画の絵の具と同じように捉えていたんだ。だから鍵盤はタッチ・プレートになり、指先の力加減でサウンドの '色' を制御できるようにした。"
すでにProtoolsに象徴されるコンピュータでのDAW環境が一般化し、すべてがプラグインやソフトシンセなどを画面上でプログラミングする制作手法の反動として、このようなアナログ的な制作手法が甦っているというのは興味深いですね。これは単に、ソフト化されたモジュラーシンセを画面上のヴァーチャルなパッチで結線して鳴らしていた若い層が、懐古趣味的に '手作業' で試してみたということではなく、利便的な環境の中で '何でもできることが何かを刺激することではない' ということに気がついたのだと思います。音色の保存は出来ない、MIDI(MIDI to CV/Gateコンバーター)はあるけど基本的にモノによる音作り、'ユーロラック' サイズになったとはいえ場所の取る制作環境など、モジュラーシンセの不便さを挙げていけばキリがないのですが、むしろ、その不便さこそが音楽的なモチベーションを刺激すること、'手を使う' ことがそのまま創造力の担保として至極自然に体感できるのでしょう。
アイデアの創造力と豊富なパレットを欲し、尚且つ潤沢な資金力をお持ちの方はこのモジュラーシンセ、是非ともチャレンジしてみて下さいませ!
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