2020年5月2日土曜日

5月の東京ラテン・ラウンジ

1990年代初め、ロンドンから吹いてきたアシッド・ジャズの風はこの怪しげな黒縁眼鏡のおじさんをわたしに教えてくれました。真っ青に色付けされたカバーアートで 'ジェイダーと一緒にマンボ' というタイトルと共に、その涼しげな色そのままヴァイブの涼風がまさにわたしにとってのラテン・ジャズ初体験です。チャーリー・パーカーがマチートと共演したアフロ・キューバン・ジャズ集 'South of The Border' や、'いぶし銀' のラッパ吹き、ケニー・ドーハムによるアシッド・ジャズ聖典の一枚 'Afro-Cuban'の熱狂的な '灼熱の一夜' に比べれば、カル・ジェイダーのモダン・マンボ五重奏団によるラテンは、どこかひんやりとした真夜中の雰囲気を醸し出す極上の空間を描き出します。




急速調ながら汗ひとつ掻かないマンボ 'Mamblues' でスタートし、いかにも50'sな感じのオールディーズな男性コーラスを交えながら、史上稀に見る米国の黄金時代へとリスナーを誘います。また、バラッドの定番として有名なスタンダード '四月の思い出' が、ここでは極上のボレロとして昼下がりの木漏れ日誘うひとときを演出。ちなみにオリジナル本盤のライナーノーツでH.クレア・コルベが書く世界は、そのままこの手のリスナーがどこにいるのかを如実に描き出しております。とても興味深いので国内盤に掲載されていた翻訳をそのまま引用してみましょう。

"ラテン化されたジャズの幾何学的緊張というものは、趣味のあまりよくない音楽家の手にかかると、長時間にわたって聴き手の忍耐を強いるのが明らかな道楽として、実験的手法で無理に型づくられた作品ともなりかねない・・例えば、ブロードウェイの 'マンボラマ' のように(・・では 'ヴァレリー・ドラッグ' を聴いたことは?まあ、これは輪をかけてひどいのだが・・)。

一方、ここで聴かれるカル・ジェイダーのモダン・マンボ五重奏団がじっくり取り組んできたマンボは、嬉しいことに上述の節度を欠いた作品とは次元の違う出来栄えを見せている。この音楽にのめり込むあまり、作品に収められた曲に合わせて楽しく - あるいは優しく - ひと晩でもふた晩でも踊り明かしてしまったとしても、カイロプラクティックのお世話になる心配はないであろう。ジェイダーと仲間たちの手にかかると、マンボのタイム感に包まれてたやすくスイングすることができる。繊細と洒落、優雅さ、当意即妙の才などがラテンの気質に取り込まれて、チェリー・ピンクやチャーリー・アップルホワイトのアフロ・キューバン一派('グーフボールの婉曲語法および抽象入門' 参照)とはあからさまな共通点を見せず、むしろカリブ海に臨むヒルトン・ホテルの一室で、ジャズで盛り上がった(あるいはジャズで落ち着く)週末をふたりきりで過ごしているような気分が楽しめる。

ジェイダーのグループがこの12インチ・ディスクの周りを旋回しながら、進むべき方向性について検討を重ねている間は、汎アメリカ主義的な問題もひと息付けるというものだ。

北アメリカのジャズとキューバから来た音楽とを組み合わせるカルの手腕については、今ではよく知られている。過去にジョージ・シアリングやでいゔ・ブルーベックのグループで彼らの薫陶を受け、長年アフロ・キューバンの愛好者であり続けた彼は、ここ数年の間にも、聴くことと演奏することとの両面で真剣かつ積極的な研鑽を積み、どちらの形態でも素直に自分を表現することができるまでになっている。マニュエル・デュランのピアノやカルロス・デュランのベース、バヤルド・ベラルデの正統的なティンバレスとボンゴ、そしてエドガルド・ロサレスのコンガによる感情のこもった演奏に支えられ、カルは様々なタイプの一連のメロディーを聴きながら優雅にスイングする海辺の人々を納得させ、マンボが聴き手の思った通りのものであることを証明している。最近流行の 'Midnight Sun' から昔懐かしい 'Sonny Boy' まで、全てはダンス・パーティー向きの曲ばかりだ。マルチ・パーカッション奏者のカル(ヴァイブ、ドラムス、ボンゴ、ティンバルスなどをこなす)は、'Mamblues' と 'Lucero' ではハイアライを思わせるコンガ、そして '枯葉' ではゴアードを、やはりこの作品で活躍しているヴァイブに加え披露している。上述の 'mamblues' と 'Lucero' はカルのオリジナルで、どちらも彼の完璧なバランス感覚が見事に現れている(ちょうどいいリズムを、ちょうどいいブルーズを・・)。老ドン・レッドマンがこよなく愛した 'Cherry' がここではチャチャチャのリズムで登場し、もっと嬉しい復曲としては、最近あまり聴かれなかった '四月の思い出' があり、ボレロのテンポで粋に再生されている。またそういった形で、アフロ・キョーバン奏者ならではの、すがすがしい手法で練られた 'This Can't Be Love' や 'Bye Bye Blues'、'Dearly Beloved'、'Tenderly' そして 'Chloe' といった曲が肩を並べているのである(なお、本文の登場人物は全て実名である。コードだけ変更してある)。皆さん、慌てずに、騒がずに。これは頭痛のしないマンボですぞ。"

                                         H.クレア・コルベ      




そんな 'ジェイダーと一緒にマンボ' に続き、カクテル・グラスに口を付ける50'sレディーと共に 'ジェイダーの奏でるマンボ' がスタート。前作はちょっとクール過ぎたという反省なのか、ここでは '灼熱の一夜' を盛り上げるブラス・セクションを従えた4曲をクールなラテン・ジャズの間に挟み込み、非常にバランスの良い作品となっております。その中でも真っ先に取り上げたいのが当時ヒットし、後にVerveへ移籍して 'Soul Sauce' の名でリバイバル・ヒットした 'Guarachi Guaro' ですね。小気味の良いヴァイブのフレイズがブレイクに合わせて "ワチ、ワァロ!" と叫ぶタイトなマンボ。カル・ジェイダーが大衆的な人気を得たのはこの適度なポップ感覚にあったと思うのですヨ。また、前作の極上なボレロ '四月の思い出' の第二弾とも言うべき 'For Heaven's Sake' などは、コレ、あえて 'Sake' を日本語の '酒' と誤読したいほどに昼下がりのほろ酔いな世界が表出します。同じく 'East of The Sun' などのユル〜いボレロの連続にウトウトしていると強烈な4本のトランペットが目の覚める一発!。いやあ、この緩急巧みな 'ワザ' こそ本盤ならではの魅力・・たまりませんね。おっと、'Just Squeeze Me' はそんな本盤のアウトテイクとして後に 'Cal Tjader plays Latin for Dancers' に収録された一曲。

さて、今回のコロナ・ウィルス事態で世界は再び切断し、まさに自宅に籠ることで世界との '距離' をやり過ごそうとする層が趨勢となりました。インターネットはそんなヴァーチャルな結び付きを強固にするツールとして今や支配的存在となっておりますが、一方で人々は未だ見たことのない楽園への切符を '四畳半の一室' で切望します。わたしはそんな 'VR' の端緒となった昭和の 'ラウンジ感覚' というべきクールな雰囲気が大好き。それは日活の無国籍映画などを見ていても現れる眺めの良いホテル、百貨店、空港などのカフェやバー。そうそう、昔は飛行機に乗るのにもキチッとスーツにネクタイを締め、航空会社のネームの入った飛行機バッグをぶら下げておりました。そんな搭乗前のリラックスできるカフェの一角にジュークボックス、そして、ゴージャスな夜の社交場では小編成のジャズ・コンボによる生演奏がこのラウンジのムードを高めるよう、または会話の妨げにならないような演奏で空間を '演出' します。実際、こういった場所をリアルタイムでは知らない世代ですが、しかし、今やジャズだろうが 'AKB' だろうが、何でもお店のBGMとして有線から一方的に音楽を '聴かされる' 時代に比べたら、昔のお店はもっとずっと '大人' であったと思うのです。









そんなエレガンスな時代から60年近い時間が過ぎた現在、人々の一日はぐっと短くなり、昼夜を逆転したように眠らない不夜城としての都市を忙しくします。常に何かと接続されて、世界のあらゆる情報とのコミュニケーションを可能とする一方、人間は環境と共に変容しているのでしょうか?、それとも変わりゆく環境の中で、人間は虚構の世界を '騙されたように' 生きているのでしょうか?。冷戦という恐怖の中、史上まれに見る享楽的なエンターテインメイントを生み出した1950年代の米国は、まさに 'ジェットの時代' とばかりにカリブ海やハワイ、アジアを都市の消費社会に対するリゾート地としてその距離を縮めました。そのエキゾティックな眼差しは、実際の都市からの逃避行に対し、さらに都市の中に人工的な楽園を '演出' することへと転倒します。都市の高層アパートメント、もしくは郊外の庭付き一戸建てに住む独身者の嗜み。それは、よく効いた空調設備の整う部屋の中にヤシの木の鉢植えを置き、竹で編んだ簾をかけ、リクライニングチェアに寝転がりながら、その傍らには冷たい飲み物をいつでも手に出来るミニバーが備えられている。仏像やエキゾな土産物、お香を焚いても良いでしょう。ミッド・センチュリー・モダンな木目調オーディオセットからは、当時流行のマンボやラテン・ジャズ、そしてエキゾティカと呼ばれる架空の '秘境' をイメージした環境音楽が流れ、不快指数0%の人工的な楽園を一室に所有するのです。











1940年代後半からのマンボ・ブームとラテン・ジャズ、マーティン・デニーやレス・バクスターらエキゾティカのブームは偶然ではありません。ここに当時、新たなテクノロジーとして現れたステレオ・オーディオによる 'パノラマ' 的音響効果でエキゾを強調したエスキヴィル楽団も加えたい。さらにこの楽園の '秘境' は鬱蒼としたジャングルや未開の部落を離れ、月夜と共に未だ想像の地である宇宙へと拡張します。ソビエトの 'スプートニク・ショック' がもたらした1957年、人々は月に建設される(だろう)ヒルトン・ホテルのラウンジで、地球を眺めながらカクテルのグラスを傾けることを夢想しました。それは、1961年のボストーク1号とガガーリンによる有人飛行を経て、ケネディ大統領の "米国は今後10年以内に月へ有人飛行を達成させる" の発言により、さらに宇宙への距離が現実味を帯びたものとなります。これら 'Space Age' を象徴するアルバムの大半で頻繁に目にするのが 'Out of This World' という言葉からも分かるでしょう。









また、遠くブラジルの地では、オスカー・ニーマイヤー設計による新首都ブラジリアと共にボサノヴァが産声を上げ、気だるい '呟き' と共に都市民のライフ・スタイルへ新たな提案を投げかけます。大ヒットした「イパネマの娘」は、百貨店の購買意欲を煽ると同時に '無言の沈黙' を和らげる 'エレベータ・ミュージック' として機能し、ワルター・ワンダレイのオルガンがそのイメージを増幅しました。ジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンに先駆けて米国で活動していたジョアン・ドナートがカル・ジェイダーと共演した 'Aquarius' も、まさに1960年代を代表する極上の 'エレベータ・ミュージック' と言って良いでしょう。ちなみに 'モンド・ミュージック' の著者のひとりである小柳帝氏は、その 'エレベータ・ミュージック' と 'エキゾティカ' の定義を分けて考えており、前者が、百貨店などで消費者の購買意欲を促進させ、気分を煽るような機能を有する 'ミューザック' であるのに対し、後者は、一見何の関係もない場所に強引に '秘境' のイメージを設定するもの、聴き手と場が離反することでヴァーチャルな関係性を結ぶことにあるとしています。そして、いつ核が降り注ぐか分からない冷戦の恐怖の中で、大量消費社会に邁進する米国が提供した '楽園' は新たな購買層とマーケットを生み出し、都市民が嗜むべき '大衆文化' という虚構を形成しました。しかし、そんな時代から60年近い時間が過ぎ去った現在、これら '楽園' がもたらす風景は、まるで時間が止まったかの如き '機能美' を現代に投射します。一日の短くなった現代人にとってその夜は長く、また人々は、過去の忘れていた時間から '余裕' の嗜み方を知るのではないでしょうか。1966年公開のジェームズ・コバーン主演映画 '電撃フリントGo-Go作戦' では、そんな 'ネットサーフィン' を先取りしたようなワンシーンに溢れてます。一粒のLSDでエスキモーのような氷の世界から幻覚の中で踊り狂うGo-Goツイストのダンスフロア、そしてオリエンタルな古代の世界でカイロプラクティクがもたらす快感・・全てはカーテン一枚で仕切られた '意識の拡張' で接続するのです。









そしてやってくるサイケデリックの時代。固定観念の意識という厄介なものを取り去るに当たって、1960年代後半に投入された 'クスリ' の効能というのはいかにデカかったかということ。ある意味 '狂気の季節' であり、この時代を全身で受け止めてしまった人ほど 'あっちの世界' へ行ってしまったか、ほとんど '廃人' として余生をギリギリの状態で甘受しているのだと思われます。1967年にB級映画の帝王、ロジャー・コーマンはピーター・フォンダを主演とする低予算映画 '白昼の幻想' で、このLSDによるドラッグ・カルチャーを視覚的に再現することに挑みました。当時としては画期的であったろうチープな '追体験' の演出は、それまでロジャー・コーマンがAIPで制作していたB級ホラー映画のノリでLSDの幻覚体験を認識していたこと、そして、これ以後に続く亜流 'ドラッグ映画' の先鞭を付けたきっかけだったとも言えます。音楽を担当したのは、バディ・マイルスやマイク・ブルームフィールドらが参加したジ・エレクトリック・フラッグで、当時、未知の楽器であったMoogシンセサイザーのインストラクターを務めるポール・ビーヴァーもその '幻覚体験' に電子音で一役買いました。このサイケデリック革命が音楽にもたらした影響としては、エレクトリック・ギターやシンセサイザーはもちろん、オーバーダブやマルチ・トラック、テープ編集にエフェクターの特殊効果など、それら '追体験' のための 'ギミック' とレコーディング技術が飛躍的に向上したことです。ある種、ジャマイカのダブに先駆けて起こったものと捉えてもよいでしょうね。また、テキサス・サイケデリックの雄として、現在まで '永遠のアウトサイダー' の如く君臨するメイヨ・トンプソン率いるレッド・クレイヨラ。サイケということでは1967年の大名盤である 'The Parable of Arable Land' を挙げなければならないところですが、ここでは、2作目として予定されながらあまりのダダ的 '実験ぶり' にお蔵となった 'Coconut Hotel' をどーぞ。この荒涼としたテキサスの砂埃舞う中に現れるひなびたホテル、という設定が何ともサイケというか、チープなトレモロの効いたオルガンやハープシコードと共に、こちらも瞳孔開きっぱなしの乾いた覚醒感が迫ってくる怖い感じ・・ヤバイ。






サイケデリックの衝撃というのは、音楽のみならず美術や映画、文学などあらゆる芸術分野へ波及するくらいの意識革命だったと思うのですが、むしろ、そのような '時代の空気' に感染することで、期せずして結果的に 'サイケ' となってしまったものも大量に粗製乱造されました。当時の 'イージー・リスニング' や映画音楽のOSTはもちろん、保守的なジャズの世界にもエレクトロニクスの波が押し寄せることで奇妙な 'ギミック満載' のサイケデリック作品が続々登場。そしてハービー・マンのラテン・ジャズで賑やかに踊らせていたデイヴ・パイクが1966年、ライヴ音源を元にぶっ飛んだテープ編集を施して 'サイケ' してしまった 'The Doors of Perception'。その名もザ・ドアーズの '元ネタ' となった '知覚の扉' ということですが、あまりの無節操ぶりにレコード会社が 'お蔵入り' させて4年後にリリースしたというから笑えます。





このような幻覚の '追体験' は、ケン・キージーが 'Can You Pass The Acid Test ?' を合言葉に主宰する一大イベント 'Acid Test' でストロボや墨流しなどの舞台照明と共に、グレイトフル・デッドが大音量のロックでそれら演出を盛り上げたことから広く普及しました。彼がサイケデリア集団 'Merry Pranksters' と共に主宰した幻覚の追体験をする 'Acid Test' は、まさに音響と照明が錯綜する '意識変革' の場であり、その中でもパッパッと焚かれるストロボライトの幻惑は、グニャグニャした墨流しの変調と対照的なサイケデリアのイメージを増幅させます。そんなサイケデリアの世界を増幅させるストロボライトについて、トム・ウルフの著作「クール・クールLSD交換テスト」ではこう述べられております。

"ストロボともストロボ・スコープともいうが、それはもともと、人間の走っているときの脚の動きなどを観察、研究する器具だった。たとえば、暗くされた部屋で、点滅する明るいライトを走っている人の脚に当てる。ライトは、たぶん正常な心臓の鼓動の三倍の速さで点滅する。ライトが照射されるたびに、走っている脚の動きに新しい段階が生まれるのに気づく。この連続的な脚のイメージが脳に固着する。なぜなら、動きを示すかすんだ映像が眼に映らないうちにライトが消されるからだ。ストロボはLSDヘッドの世界でも、ある種の魔術的な特性をもたらす。ストロボから発したライトはある速度で点滅されると脳波のパターンとシンクロナイズされるので、てんかん症的な発作をあたえる。LSDを飲まずにLSD体験のもたらすおおくの感覚をストロボが生むのをヘッドたちは発見した。大きなストロボの下に立った人はすべてのものが断片化されたように見える。たとえば、恍惚として踊っている人たち - の腕は上に上げられたまま静止し - そのギラギラ光った顔はバラバラになる - ここに正方形に並んだ歯が光っているかと思えば、むこうの方にテカテカ光った頬骨が二つ浮かぶ - まるで、チカチカ '雨が降る' 昔の映画の映像のように人間のすべての部分が拡散し、断片化する -スライスされた人間だ!- 蝶の標本板に全歴史がピンでとめられるのだ。むろん、それがLSD体験だ。"

さて、ストロボライトといえば、その昔、Electro-Harmonixからいわゆる 'パーティーグッズ' としてEH-9203 Domino Theory Sound Sensitive Light Tubeというのがありました。これは赤い透明チューブの中に15個のLEDが並び、内蔵した小型マイクが音声信号を検出、音の変化に従ってLEDが異なるパターンで点滅するというもの。しかし、その10年以上前に日本のAce Toneから同様のストロボライト・マシーン(大げさ)、Psyche Light PL-125が発売されているんですヨ。時代はまさにサイケデリック全盛であり、本機は電源On/OffとストロボOn/Offのほか、ストロボのスピードを調節するツマミが1つあるシンプルなもの。ええ、'エレハモ' ほど凝った 'ハイテク' なものでは御座いません(笑)。このライトは、ストロボ前面に挿入する赤、青、黄の透明アクリル板フィルターと遠隔で操作できるようにスピード・コントローラーが付属しております。わたしもこの珍品を所有しており、残念ながらキャリングハンドルとアクリル板フィルターは欠品しているもののパッパッパッと眩いばかりにフラッシュの幻覚体験(笑)。このような '意識の拡張' を促す舞台装置に見る場の変容は、そのままラテン・ジャズやエキゾティカの時代から続く '不快指数0%の人工的な楽園' を一室に設けることと同義であると言えるでしょうね。皆、現実の刹那からどこかへ '飛びたい' のです。









さあ、真夜中のパーティーはひとときの '世界' を旅しながら大団円へと近づき、そろそろ空は漆黒の闇から白み始めてきました。まるで時が止まってしまったかの如く長い '休日' はそのまま5月の連休自体ほぼ無効となり、今や世界は喧騒から逃避して自らの作り出す '楽園' にひとときの救いを求めているようです。

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