2016年11月5日土曜日

秋の夜長に耽る・・

目の前にあるもので十分だと分かっているのに、ついつい暇な秋の夜長になるといろいろなものを試したくなってくる今日この頃です・・。今まで個別の項目で取り上げてきた機種はもちろん、ここ最近の気になる新製品なども集めて、ここで '総集編' というカタチでまとめてみます。さあ、陽の沈みと共にミニマル・ダブに乗ってスタート!


今のエフェクターボードはもう満載。プリアンプとDI、ミキサーとプリセット・ヴォリュームといった地味に仕事系アウトボードを搭載した上で、そこにダイナミクス系エフェクター、オクターバー、ワウ、ループ・サンプラー、ディレイが並びます。パワーサプライにDC9Vの供給端子が1つ余っており、ぶっ飛んだ 飛び道具系エフェクターを置きたい願望などあったりしますが、どうもこの手のものは飽きるのも早いので躊躇しちゃうんですよね。これでも過去にはいくつかの飛び道具’ を試しており、Digitech Whammyやリング・モジュレーター、グリッチ系エフェクターなどが足元を駆け抜けました。リアルタイム・ピッチベンドのWhammyは近藤等則さんのトレードマーク的エフェクターでもあり、これがなかなかオリジナリティを発揮するのは難しい。リング・モジュレーターも似たような傾向で、これは単にエグくかけちゃうと何やっても一緒というか、あまりプレイヤビリティを発揮する余地がありません。むしろループ・ブレンダーのようなものを活用し、原音に対してスパイス的に混ぜるだけでも十分効果があります。また ‘グリッチ/スタッター系エフェクターは、何が飛び出てくるか分からない一期一会的面白さはあるものの、トレモロ的なブツ切れ感がアンプでは耳障りになってしまうのが難点。う〜ん、こうやって書いてみるともう、あまり楽しめるエフェクターの類いがないなあ。個人的にはVCFやVCAに作用するエンヴェロープ・モディファイアやゲート、フィルターなどで、地味に質感をコントロールできるヤツが 'MYブーム' なんですケドね。と言ってモジュラーシンセに手を出し始めるとヤバイですが・・。





Z.Vex Effects
Dave Smith Instruments Mopho
Moog Moogerfooger

それでもザッカリー・ヴェックスが手がける、Z.Vexの '変態三兄弟' ともいうべき16ステップ・シーケンス付き 'Super Seekers' シリーズは夜更かしで遊んでみたいですねえ。シーケンス・パターンはもちろんグリッチ風効果、そしてMIDIも備えているのでドラムマシンやサンプラーなどと一緒に盛り上がれるでしょう。上の動画のバリトン・サックスの方は、5ポリのアナログシンセの名機、Prophet 5の設計で有名なDave Smith Instruments Mophoのランダム・アルペジエイターで同様の効果を行っておりますね。この方はライン・セレクターやループ・ブレンダーを上手に活用して、効果的にサックスとエフェクターのバランスを取っているのが見事です。



Keeley Blue Box Stabilizer Mod.

そうそう歪み系があった。現在、わたしはGibson / Maestro Sound System for Woodwindsを愛用しておりますが、個人的に管楽器にはローゲイン系の歪みが合うと思うので、MXR M103 Blue Boxはユニークなオクターヴ・ファズとして推奨できますヨ。Snarky Puppyのトランペット奏者、Mike ‘Maz’ Maherによるデモ動画もありますが、一聴しただけではまるでエレクトリック・ギターを弾いているように聴こえます。すでに何度もご紹介しているMaherさんの動画なんですが、簡潔に 'アンプリファイ' なラッパの魅力を伝えていて好きだなあ、コレ。ただし欠点も述べれば、いくらローゲイン系の歪みが合うとはいえ、本機のOutputゲインの低さは管楽器でもちょっと物足りない。デモ動画の場合、CrybabyワウペダルとFenderのギターアンプを併用することで上手くセッティングしている感じで、わたしの場合、Root 20という工房でOutputにブースト機能を足すモディファイを施してもらいました。と思ったらリンク先に、モディファイで有名なKeeleyが同様の手を入れたBlue Boxの中古を発見、希少!



Recovery Effects Bad Comrade
Radial Engineering EXTC SA

なになに、Blue Box程度じゃ生温い・・もっと激しい歪みをくれ!ってことなら、こんな 'グリッチ/スタッター' 系とファズ、リング・モジュレーターにディレイまで入れてしまった、ラーメンで言うところの '全部入り' なヤツはいかがでしょう。エクスプレッション・ペダル含めて、足だけの操作でここまで攻撃的にぶっ飛んでいるのは凄すぎ。しかし、歪み系って単に管楽器のマイクでかけてしまうと音は潰れちゃって何吹いているか分からないわ、余計なノイズが増えてハウリングを誘発するわで、はっきり言って '鬼門' です。原音とエフェクト音をミックスするループ・ブレンダーを使うか、マウスピース・ピックアップとマイクをミックスして用いるなど、何かとセッティングに一工夫が必要なのです。このような '歪み系' は、後ろにグライコ(例えばBoss GE-7など)を繋いで音抜けやブーミーになった帯域を補正すれば、ハウリング防止はもちろん積極的なサウンド・メイキングも可能など、実は探求してみると奥の深いジャンルでもあります。また、MaherさんのワウとBlue Boxの動画に現れておりますが、ダイナミックマイクのShure SM58で収音しているところにも留意して欲しいですね。もしくは、マイクをそのままライン・ミキサーへ接続した後、ミキサーのバスアウトから出力して、'リアンプのエフェクター版' ともいうべきアッテネータRadial Engineering EXTC SAを介して '歪み系' を使うとバランスが取れるかと思います(最も劣化の少ない繋ぎ方と言えるかも)。





Ezhi & Aka Fernweh ①
Ezhi & Aka Fernweh ②
Ezhi & Aka Moomindrone+
Ezhi & Aka The Flutter
Ezhi & Aka Mr. Glitchy

さてさて、Masf Pedalsの製品以降、すっかり市場で '市民権' を得たのが 'グリッチ/スタッター' 系エフェクター。大抵はディレイとピッチ・シフターの回路をベースに製作しているものがほとんどなのですが、このEzhi & Akaというロシア発の新興メーカーのもぶっ飛んだもの!赤外線操作のThe Flutterやモメンタリースイッチ装備のMr. Glitchyも面白そうなのですが、個人的に気に入ったのが、まるでモジュラーシンセの '化け物' 的な超ローファイ・サンプラー&ディレイ& 'グリッチ' のFernwehと 'グリッチ' &ピッチ・モジュレーションが一緒になったMoomindrone+。説明するには一筋縄ではいかないので、動画とリンク先の解説で想像を膨らませて下さいませ。



Hologram Dream Sequence
Red Panda Particle

'グリッチ/スタッター' 系エフェクターでも激しさより柔らかい感じで、牧歌的なエレクトロニカっぽいものとして、日本未発売のその名もHologram Dream Sequence。おお、なんとなくこれからの寒々しい季節にぴったりな感じじゃないですか?寒いのは大嫌いだけど、こういう '心象風景' の意識をくすぐる '飛び道具' は好きですね。デジタルながらローファイっぽい質感も持ち、全体の印象はちょっとRed Panda Particleと似ているかな。









Electro-Harmonix Micro Synthesizer
Dreadbox Square Tides - Square Wave Micro Synth
Dreadbox Kappa - 8 Step Sequencer + LFO
Ludwig Phase Ⅱ Synthesizer
Kep FX Phase Ⅱ.2
Moog Moogerfooger

では、ここでちょっと名前の出てきたフィルター系はどうだろうか。エンヴェロープ・フィルターもワウのヴァリエーションとして繋いでおけば面白いのだけど、何かコレ!っていう惹かれるものがない。ほとんどがMu-Tron的なヤツばかりでちょっと飽きたというか、もっとシンセ的にヘンなヤツを試してみたいですね。この辺も物色するとマイナーな怪しいヤツが出てきて無駄に散財しそうで怖いのですが、やはり注意すべきは極端に音痩せしちゃうのとラッパとのタッチセンスの相性でしょうか。そういう意味では以前所有したElectro-Harmonix Micro Synthesizerを再び試奏してみたい。しかし、わざわざ同じものを買い直すのもシャクなので、Dreadboxのエグそうなヤツが面白そう!別売りの8ステップ・シーケンサーKappaから電圧制御(VC)することで、モジュラーシンセ的アプローチも可能です。また、1970年代にドラム・メーカーのLudwigから発売されたビザールな擬似ギターシンセ、Phase Ⅱ SynthesizerをデッドコピーしたKep FX Phase Ⅱ.2も日本未発売ながらイイ感じ。この後に出てくる 'ヒューマン・ワウ' 的ニュアンスのぶっ飛んだヤツで、オリジナルは、Moogシンセサイザーの大家として有名な故・富田勲氏も 'ラデシン' のアダ名で作曲によく利用されていたそうです。富田氏によれば "あれは主に、スタジオに持ってって、楽器と調整卓の間に挟んで奇妙な音を出してました。まあ、エフェクターのはしりですね。チャカポコもできるし、ワウもできるし" とのこと。いわゆるMoogシンセサイザーに喋らせたかったということで、ノコギリ波とフィルター、アナログ・シーケンサーにより生み出した 'パピプペ親父' の音作りから晩年の '初音ミク' を用いた作品へ至る出発点として、この 'ヒューマン・ワウ' 的なエフェクターがあることを考えると非常に興味深いですね。とりあえず、いま手っ取り早く擬似シンセ風にやるのなら、Moog博士のMoogerfoogerシリーズを足元にズラッと並べれば 'それっぽく' なります。ザJBズ、Pファンクのホーニー・ホーンズを渡り歩いてきた重鎮、メイシオ・パーカーも吹きまくり(最後のドヤ顔)!



Electro-Harmonix Talking Pedal
Electro-Harmonix Stereo Talking Machine


フィルターといえば原初的なヤツであるワウですけど、あまり各社がやらなかった特殊な一品として 'ヒューマン・ワウ' というのがあります。そもそもワウは人間が喋るような効果として生まれた経緯があり(赤ちゃんが泣き叫ぶから 'Crybaby')、またその昔、楽器からの出力を小型スピーカーとして '咥えて'、口の開閉により骨振動で 'マウスワウ' させるトーキング・モジュレーターというのがありました。さすがにラッパでは口はマウスピースで塞がっているので(笑)、それでも同様の効果が欲しい人に試して頂きたいのがこの 'ヒューマン・ワウ'。もちろん、このような製品が出ているワケではなく、Boss AW-3 Dynamic Wahというエンヴェロープ・フィルターに 'Humanizer'という機能がありました。こちらは残念ながらディスコンとなってしまいましたが、'変態エフェクター' の百貨店であるエレハモではこの効果に特化したStereo Talking Machineというのがあります。しかし、もう少し安価で面白いヤツとして同社のTalking Pedalというのもあるんですよね。まるでシーソーのようなカタチは、ペダル本体を傾けることでセンサーが作動してOn/Offはもちろんワウとしての効果が現れます。イマイチ安定性に欠け(安定させる為の専用の '底板' も用意されております)、またエフェクターボードにも固定しにくいことで人気がない為か、安価に入手することができるのでちょっと試してみたいですねえ。



Electro-Harmonix Pitch Fork
Electro-Harmonix HOG 2
Digitech Whammy Ricochet
vimeo.com/160406148

アナログ・オクターバー大好きな私ではありますが、このエレハモのPitch Forkの動画を見ると試したくなりますねえ。Whammyほど '飛び道具' 感でもなく、エレハモのHOG 2ほど大仰な 'ギターシンセ' 感でもなく・・絶妙です。ピッチ・シフターって、デジタルならではのレイテンシーの処理からくる '発音の遅れ' があって今まで好きじゃなかったんだけど、最近のは技術の進歩でどれも遜色ないと思います。そしてリンク先にあるPiezo Barrelピックアップを用いての、Ryan ZoidisさんによるKorgのギター・シンセサイザーX-911のデモ動画。アナログシンセならではのオクターヴUPの古臭い感じがたまりません。



Noisy Mic - Gizmo Music Deluxe Edition
JMT Synth HP

また、ちょっと変わった 'ノイズ' 系ではこんなのはどうだろうか。個人で製作していると思しきJMT SynthのNoisy Mic (Gizmo Music Deluxe Edition)なるマイクとフィルターのセットになっているもの。このマイクに向けてトランペット吹きながらフィルターのツマミひねってグシャグシャさせる・・もちろん、管楽器用マイクから入力してみてもOKです。昔、Rolandの古いモジュラーシンセであるSystem 100の外部入力から突っ込んで、VCFとVCA、LFOでいろいろと変調させて遊んでみたことを思い出しました。しかし、ここまで取り上げたのはフィルターと歪みとオクターバーの一緒くたになった 'アナログシンセ' 風なものばかり。やっぱし、こういうのが好きなんだな・・としみじみ。



Strymon Deco
Korg Nuvibe

後は 'モジュレーション' 系・・昔は 'Uni-Vibe' 系をいろいろ探求するくらい好きだったんですケドね。まるでトランペットを水中で吹いているような気持ち良さがあったのですが、何でかすっかり興味は失せてしまいました。それと、わたしが愛用するディレイのStrymon Brigadierにはグニャグニャと音痴になるモジュレーションが搭載されているのでそれで事足りるというか(いや、使いませんケド)。しかし、そんな最近の機種の中でStrymon Decoの 'テープ・フランジング' 効果は興味ありますねえ。単体のフェイザーやフランジャー、コーラスとは違う 'テープ' ならではの飽和感がよく再現されているというか、この歪むサチュレーションの効いた変調はクセになるかも。









Eventide Space
Eventide Timefactor
OTO Machines BIM
Benidub Digital Echo
Knas The Ekdahl Moisturizer

ディレイやリヴァーブなどの空間系はどうだろうか?リヴァーブはアンプに内蔵のスプリング・リヴァーブを浅めにかけているだけですが、デジタルでアルゴリズムの複雑なヤツ、例えばコンドーさん愛用のEventide Spaceなんかにするとかなり今っぽい空間生成が可能です。リヴァーブって奥が深いというか、実際の空間における響きと人工的な 'アンビエンス' の生成の間でどうバランスを取るかだと思うんですよね。あと価格に比例するというか、やっぱり安いのはそれ相応の内容で、良い(情報量の多い)リヴァーブは高いですヨ(苦笑)。ディレイははっきり言って複雑なテンポを複数プログラムして、プリセットを呼び出して使うようなヤツはラッパでは勿体ない。しかし、この手の機種には大抵MIDIが付いているので、例えばシーケンサー内蔵のドラムマシンやループ・サンプラーなどとテンポ同期させて演奏する、みたいな場合だと確かに必須になると思います。ここ最近のギタリストの足元には、Boss DD-500 Digital DelayやFree The Tone FT-1Y Flight Time、Strymon Timelineなどがプログラマブル・スイッチャーと組み合わされています。個人的に気になるのは、初期デジタル・ディレイの荒い12bitの質感を再現したOTO Machines BIM。このスタイリッシュなデザインも格好良いですが、(Normal,Dual Head,Disto,Lo-Fi)の4つのキャラクター、フィードバックフィルター、4つの波形を搭載したモジュレーション用のLFOを用意、MIDIにも対応します。Gainの変更が可能なので過大入力させてサチュレーションさせるなど、直感的に操作することが可能です。そして、スペインでダブに特化した機材を製作しているBenidubから、スプリング・リヴァーブのSpring Ampに続いて登場した 'ダブ専用' デジタル・ディレイ。数値でテンポ入力して呼び出すヤツより、こういう耳で聴いてツマミを合わせていく 'アナログな' ヤツは好きですねえ。もちろん、単に古い仕様を真似ているワケじゃなく、入力するリズムに合わせるタップテンポ的なBeat Quantizeや、ショート・ディレイの状態をサンプリングしてループさせるLoopモードなど、現代的なスタイルにも対応します。管楽器で使うならループ・サンプラーでフレイズ・サンプリングしたものを本機のフィルターやタップ・ディレイ、フィードバックなどでいろいろダブ操作するだけでも十分面白いパフォーマンスが可能かと。さて、いわゆる '宅録派' が好む卓上エフェクターとして、一昔前はベルギー産のSherman Filterbankや英国のLovetone Meatballなどが多くの 'ガジェット類' と共に置かれておりましたが、近年よく見かけるのがこの日本未発売のエフェクター、Knas The Ekdahl Moisturizer。中身はVCFとLFOで変調させたものを本体上面のスプリング・リヴァーブに送ってドシャ〜ン、バシャ〜ンと '飛ばして' やるという、素晴らしく乱暴な一台。しかしホントよく見かけるなあ、コレ。







Noveller HP
Boomerang Musical Products Ⅲ Phrase Sampler E-156

こちらはNovellerというひとりユニット?な方のエフェクターボード、なんですが、ええ、単にキレイな美脚でエフェクター踏んでいるな、という動画に釣られましたヨ。ていうかこうやって、あれこれエフェクター取っ替え引っ替えしながら夜な夜なエフェクターボード組むのが楽しいんですよね。しかし、こういうセクシーなギタリストもっと増えないかな〜、などと思って演奏を聴いてみたら、おお、ジミー・ペイジも真っ青なボーイング奏法も駆使し、ループ・サンプラーで歪んだアンビエンスを積み重ねていくシューゲイザーっぽいことやってるんですね。この人かなりの 'Pedal Geek' なようでいろんなヤツを取っ替え引っ替えしているようですが、サウンドの 'キモ' は珍しいループ・サンプラーのBoomerang Ⅲ Phrase Sampler E-156ですね。日本では京都のきんこう楽器が代理店で扱っており、以前から試してみたいと思っているんですけど・・常に入荷数が少ない。





Elektron Analog Heat HFX-1
Elektron Octatrack DPS-1

Elektronがドラムマシンやシンセサイザー、サンプラーと共に使って欲しいと用意した新製品、マルチ・エフェクターのAnalog Heat HFX-1は気になる存在です。強烈なフィルターとディストーションでもって '質感' を変えるそれは 'Audio Enhancer / Destroyer' と名付けられて、いわゆる二次、三次倍音の生成と破壊的な歪みで潰してしまいます。バッサリとカットするフィルターの切れ味はもちろん、ブーストしたときのふくらみ具合、そして滲むような歪み方とシンセのキックに変調してくれる発振は、管楽器ならライン・ミキサーのインサートで使ってみたいですね。そして、'ど変態' な 'Dynamic Paformance Sampler' として孤高の存在のElektron Octatrack DPS-1。ループ・サンプラー機能である 'Pickup Machine' を用いて、BehringerのMIDIフットコントローラーに繋いでのリアルタイム・サンプリングによるパフォーマンス。多機能ゆえに難解な操作で挫折者続出のOctatrackですが、この多様なアプローチはちょっと面白そうなアイデアが浮かんできちゃいます。



実際、夜中にこんなことやっていたら苦情が殺到すると思うケド、ま、あれこれ考えている時間が実は楽しかったりするんですよね。と、なんだかんだ '耽って' いる内に外はうっすらと白み始めてきた・・そんな空気を代弁する、再びこのクールにミニマル・ダブな感じ。ミックスのバランスも良いですね。古いRolandのテープ・エコーRE-201と最新の 'デジタル・ガジェット' 群が交差して、次々と現れるサウンドスケープで静かに朝を迎えたいと思います・・。

2016年11月4日金曜日

ブートレグのマイルス・デイビス

またマイルス・デイビスかよ・・いや、そう言わずにおつき合い下さいませ。

ここ近年のSony / Legacyによるマイルス・デイビスの ‘The Bootleg Series’ は、過去マニアの間で話題となった高音質のブートレグを公式盤としてリリースすることで、広くデイビスの音楽性を大衆に伝える役目を負っています。逆にいえば、これは高価なボックスセットとして詰め合わせ状態で出荷されているワケで、コレクションのほかに果たしてどのくらいの人に聴かれているのだろうかという不安もありますね。そもそもブートレグの根底には公式盤では満足できない聴き手のもっと聴きたいという声の表れがあり、個人の私家録音、放送用音源のエアチェック・テープというのが主な発掘対象でした。また、公式盤ではフォローしていないミッシングリンクな時期の音源などは、それらを聴くことで公式盤だけでは埋められない音楽的連関を考察する鍵を提供してくれるものでもあります。

そんなマイルス・デイビスのブートレグで彼の没後、大手CDショップの棚でよく見かけた初期ブートレグ2枚を久しぶりに見つけたので購入。当時、タワーレコードやHMVCD棚で、公式盤より明らかに割高で怪しげなジャケットを見つけては訝しげに買って帰ったことを思い出します。ガイドとなるのは積極的にデイビスのブートレグをフォローした評論家、故・中山康樹氏の著書マイルスを聴け。ほんと音質からデータの記載、演奏内容などを考察する上で無駄銭を防止する有難い一冊でしたね。


今でこそブートレグといえばCD-Rが当たり前ですが、当時は普通にプレスCD。しかし、レコード時代にはガサガサ、ゴソゴソとノイズの彼方から微かに聴こえてくるような音質が当たり前であったブートレグは、CDの時代になってからは高音質の音源をパッケージすることが多くなりました。特に、レコード時代から評価の高かった1967年の 'No Blues' (JMY)や1969年の 'ロスト・クインテット' を収めた 'Double Image' (Moon)、そして1971年のキース・ジャレット在籍時の2枚組 'Neue Stadthalle, Switzerland' (JMY)などは、当時、公式盤でフォローしていない時期のものだけに感動もひとしお・・これは凄い、と。しかし、そんな入手のしにくいブートレグも今では公式盤としてリマスタリングされて、いつでも耳にできるようになった反面、ちょっとした '宝探し' の気分が味わえなくなったのは寂しいですね。店頭の棚をチェックし、冴えないジャケットをドキドキしながら開封する・・おお、こんな 'お宝' が眠っていたんだ、っていう密かな楽しみ。



さて、①はジョン・コルトレーンとの最後のヨーロッパ・ツアーを記録したものからスイスはチューリッヒのライヴ。なぜかこのツアーからのものは公式盤でフォローしておらず、名盤 ‘Kind of Blue’ の次は後釜で加入したハンク・モブレイとの ‘Miles Davis in Person At The Blackhawk, San Francisco’ なのだから・・アレ?って感じ。まさにコルトレーンとデイビスの蜜月時代を聴きたい人にとっては待望の音源ではありますが、しかし、やはりこの二人って水と油 なんだな、というのが分かるのもこのヨーロッパ・ツアーのもの。ちなみにブートレグではありますが、ジャズの評伝書きとしても有名なJan Lohmannがライナーノーツを書いているのも良いですね。ちなみに現在では、ビル・エヴェンス在籍時のセクステットでニューヨークの 'Cafe Bohemia' に出演(1958年5月17日)した4曲を追加した 'Live in Zurich' としてiTunesで購入できます。



①を気に入ったという方は、同じく高音質のブートレグ?と言っていいのか、フランスの放送局Europe 1による4枚組②をおすすめします。コルトレーンとのヨーロッパ・ツアー2枚に後釜のソニー・スティットとのヨーロッパ・ツアー2枚という、もうお腹いっぱいな内容です。しかし、さすがにコルトレーンの後のスティットは古すぎる・・。モード奏法も分かっていない先輩スティットなだけに、さすがにデイビスもこちらは消化試合のようなものだったのでしょう。さて、ともかくグループの一員であることを無視して、ブヒバヒとソロになってやりたいことを好き勝手に開陳するコルトレーンと、そんなこと一切お構い無しに自分の仕事に徹するデイビス、その二人の水と油ぶりに右往左往しながらひたすらキープするリズム・セクションというチグハグさが①と②の聴きどころ、ですかね。いや、ハッキリ言ってデイビスはそんなコルトレーンの無法ぶりに腹を立てていたはず・・しかし、クビにせずにこのツアーまで残留をお願いしたのもデイビス本人なのだから泣くに泣けませんよ、コレは。自叙伝を開いてみるとコルトレーンの退団は了解していたものの、彼の後釜を見つけられずに四苦八苦していたのが当時のデイビスの悩みでした。すでにこのグループの二大看板であり、何とかコルトレーンを連れていかなければツアーは成功しなかった・・。そこでコルトレーンを宥めながら欲しがっていたソプラノ・サックスを買ってやり、ソロとして大手アトランティック・レコードとの契約をまとめてやりとご機嫌を伺うデイビスの心情が微笑ましくもおかしいのです。そもそもマイルス・デイビス・スクールとは、彼のお眼鏡に叶った連中をピックアップし、デイビスの音楽を理解させ、駄目ならクビ、ソロとして独り立ちできるようなら卒業というのが一貫した姿勢でした。コルトレーンも間違いなくデイビスのグループとは相容れなくなった個性を確立しており、普段ならとっとと出て行け!と追い出していたハズが、くだんの件で頭が上がらなかったのが①と②の音源だと覚えておくと、いろいろ想像できて楽しくなるでしょう。



③はご存知、当時若干18歳の天才ドラマー、トニー・ウィリアムズを擁した第2期クインテットのもの。これはフランスのアンティーヴ・ジャズ・フェスティバルに出演したもので、公式盤 ‘Miles in Europe’ を残しております。公式盤は1963727日の音源ですが、こちらは前日26日のもの。コルトレーンを擁した1960年のクインテットによる重複したレパートリー、‘So What’ や ’If I Were A Bell’ をそれぞれ聴き比べてみて下さい。もう、ウィリアムズの半拍先を叩くシンバル・レガートの速いこと!デイビスもこの新鮮なリズム・セクションの熱気を受けて一気に若返りました。バラッドの解釈においてもウィリアムズによるメリハリの効いたチェンジ・オブ・ペースを受けて、デイビスがまったく新しいやり方でスタンダードを換骨奪胎させていきます。ちなみにこの③、CDのインデックスでは1曲目が 'All Blues' となっておりますが、実際は急速調な 'So What' でスタート。ラストの5曲目でもさらに速度UPした 'So What' が再び登場するということで、つまり2ヴァージョンの 'So What' を堪能することできます(残念ながら誤植の 'All Blues' は収録されておりません)。んが!さらにマニアとは恐ろしいもの・・そのまた前々日の7月25日と公式盤の翌日28日の音源を発掘し2枚組とした 'Another in Europe' (So What)でドカンとすべてを吐き出しました!全11曲収録。というか、もうこのレベルであればSonyから公式盤としてリリースするべき内容ですけどね。つまらない既存の '抱き合わせボックス' で暴利を貪るのならちゃんと仕事をしてくれ・・Sony / Legacy。残念ながらiTunesでは 'Cote Blues' が購入できるのみで、フル・コンプリートの 'Another in Europe' は渋谷の専門店まで足を運ばなければならないようです。







そんなブートレグ事情が公式盤とシンクロした一例として、マイルス・デイビス没後、'事件' ともいうべき最初の '発掘作業第一弾' となった '1969 Miles'。それまで 'Double Image' という高音質のブートレグを聴いていた者にとって、これほどタイムリーかつターニング・ポイントな時期のデイビスを堪能できる音源はないと言っていいでしょう。元はフランスのテレビ局が収録したものということで上のモノクロの映像も後に出回りましたが、やはり冒頭のジャック・ディジョネットによるドシャメシャな、ジャズなのかロックなのかフリーなのか分からないドラム連打が胸踊らせます!カバーアートは晩年のデイビスと親交のあったファッション・デザイナー、佐藤孝信氏を起用し、プロデュースに1983年以降 '絶縁' 状態であったテオ・マセロを再び立てて、いわゆる 'マイルスの音' を作り出す手腕を発揮するなど、ある意味、ブートレグで '想像の耳' を広げていたユーザーの思いと見事に合致した傑作だと思います。個人的に、本盤でのスモーキーで黒々としたぶっといMartin Committeeの音は最高ですね。ちなみに、この '1969 Miles' の音源は翌日の音源と共にフランスの放送局が記録し、それらは 'The Bootleg Series' のボックスセット 'Miles Davis Quintet: Live in Europe 1969' としてまとめられております。実は、このボックスセットの音源はテオ・マセロの '加工前' のもの(モノラル)ということで、これと '1969 Miles' を聴き比べてみればマセロがいかに優れた手腕を発揮していたかが分かるでしょうね。





さて、そんなデイビスの 'ブートレグ' の中で 'ミッシングリンク' として今後の発掘と評価の対象とされているのが、プリンスとの共演ものでしょうね。実はプリンスもデイビスのラッパも 'ソックリさん' だったとか、いろんな噂が出ましたけど、プリンスの '流出モノ' として話題となり、結局ワーナーから正式に発売された 'Black Album' とひっかけたタイトルのブートレグで一部マニアの耳に届きます。しかし、この 'Can I Play with U ?' 1曲が陽の目を見ているのみで、この時のレコーディング・セッションの全貌がどのようなものだったのか、未だその興味は尽きません。時期的には当時発売中止となった 'Black Album' や、アルバム 'Sign O' The Times' 〜 'Lovesexy' の音源と被るということで、プリンス全盛期なだけに悪いワケありません!しかし、プリンスのライヴに飛び込んだデイビス、誰が聴いてもすぐ分かる 'この一発' で良いフレイズ吹くなあ〜。





この1980年代後半は、デイビスとR&Bの距離もスライ・ストーンなどと連んでいた1970年代に比べたらグッと近いところに居て、プリンスはもちろん、ワシントン・ゴーゴーの影響やチャカ・カーンとの共演など、割とすぐ 'ノッてしまう' ところがありましたね。また、デニス・ホッパー監督の映画 'The Hot Spot' のサントラでブルーズの大御所、ジョン・リー・フッカーやタジ・マハールらとの共演など、それまでは考えられないような組み合わせをフットワーク軽く決めてしまう。このキャミオとの共演 'In The Night' もそうで、ゴーゴーのリズム(by リッキー・ウェルマン!)で軽やかなファンクを吹くデイビスは時代の空気にぴったりハマっていたと思います。

2016年11月3日木曜日

ワシントン・ゴーゴーの衝撃

ソウル・ミュージックどっぷりだった高校生の頃、突如ワシントンDCという '辺境' (首都なんですが)から賑やかに飛び出してきたのがワシントン・ゴーゴーなるストリート・ミュージックでした。ちょうどニューヨークはサウス・ブロンクスから飛び出してきたヒップ・ホップがポップ・ミュージックの世界で '市民権' を得た頃でもあり、このゴーゴーもそんな '勢い' に乗ろうと英国の大手レコード会社、Islandのクリス・ブラックウェルが仕掛けたムーヴメントだったのです。Islandといえば、同じくジャマイカの孤島から世界に向けてビッグヒットを放ったボブ・マーリィとレゲエ・ミュージックを仕掛けた張本人でもあり、当時このゴーゴーも勝算の見込みあり、と踏んだのでしょう。しかし、残念ながら現地米国ではヒップ・ホップを凌駕するほどの力は振るわず、英国と日本の一部R&B愛好家に好まれたのみでほとんど忘れられてしまいました。







そもそもワシントンDCに黒人が流入してきたのが1970年代初め。表向き人種差別撤廃の動きと相まって安く住居施設を提供したことから瞬く間にゲットーが構成され、黒人との同居を嫌がる白人層は郊外へと忌避していったことでDCの中心部は 'チョコレート・シティ' の異名を得ることとなります。またアフリカの旧植民地やカリブ海からの移民も移り住むことで独自の文化圏を形成し、1970年代後半にはいわゆる 'ゴーゴー・ミュージック' の基盤が定着します。1970年代初めからザ・ソウル・サーチャーズを率いて活動するチャック・ブラウンは 'Godfather of Go-Go' として知られており、ステージで演奏するオリジナルや 'Top 40' ものをファンク・アレンジする中で、曲間をドラム・ブレイクとコール&レスポンスで繋ぎながらノンストップで展開する 'ゴーゴー・スタイル' を生み出しました。この 'DC産ファンク' はアフリカやカリブ海の血脈を受けて、ラテン・パーカッションを過度にドラム・ブレイクと共に強調しながら、二拍三連のハーフタイム・シャッフルで進行するのが特徴です。そして基本はライヴ・ミュージックということで、1曲が優に1時間を超える地域コミュニティに沿ったローカル性を発揮します。その為、物理的にレコード文化が育たずラジオ局でもかけられることがない為、長い間この 'DC産ファンク' の存在が外部に知られることはありませんでした。








1978年に全米R&Bチャート1位を記録したチャック・ブラウンの 'Bustin Loose' や1982年のレア・エッセンスによる 'Body Moves' といったヒットはあるものの、それらが 'DC産ファンク' として 'ワシントン・ゴーゴー' というひとつの特異なムーヴメントとして知られるには、後述する1985年のIsland Recordsからのコンピレーション 'Go-Go Crankin'' を待たねばなりません。また、同コンピレーションと同時期にLondon Recordsからも 'Go-Go - The Sound of Washington D.C.' という2枚組コンピレーションでレッズ&・ザ・ボーイズ、シェイディ・グルーヴ、ペットワースといった地元のローカルなゴーゴー・バンドを紹介しております。これ以降で集大成的なものとしては、1987年にワシントンDCのキャピタル・センターで開催された 'Go-Go Live At The Capitol Centre' のVHSビデオとそれをそのまま2枚組CDにしたものがありました。この現地の熱気を余すところなく伝えるVHSビデオはそれこそ擦り切れるくらい見まくったなあ...(遠い目)。








1984年に米国で小ヒットとなった1曲にチャック・ブラウンの 'We Need Some Money' というのがあり、これに異常に食いついたのがIslandのクリス・ブラックウェル社長。直ぐさまDCのマイナー・レーベルであったD.E.T.T. / T.T.E.D.のマックス・キッドと契約し、この隠れた 'DC産ファンク' を世界に向けて発信することとなります。すでにこの時点で、DCにはチャック・ブラウンの他にレア・エッセンスとそこから独立したリトル・ベニー&ザ・マスターズ、レッズ&ザ・ボーイズ、トラブル・ファンク、E.U. (Experience Unlimited)といった実力派のバンドが街の人気者となっていました。この独特なストリートの空気を伝えようとIsland主導で、アート・ガーファンクルを主役!としたB級映画 'Good To Go' を制作、しかし、レゲエを紹介する為にジミー・クリフを主役にしてヒットさせた映画 'The Herder They Come' の '二匹目のドジョウ' を狙うも見事に惨敗。すでに翌年には英国での人気も陰りを見せ始めます。ところが、日本は世界でもこのゴーゴーを愛した特異な国となり、上で述べたゴーゴーの主要バンドはほぼ日本公演を行うほど盛況となりました。わたしも当時チャック・ブラウンの公演を観に行きましたが、もう、これぞ 'DCスタイル' と言わんばかりの熱狂的なノリに踊りまくっていたのが昨日のことのように懐かしい。当時、日本に入荷していたゴーゴーのレコード、CDの類いはすべて購入しており、また地元DCで流通する 'PAテープ' なるカセットテープをDisk Unionが少量入荷したときも、これまたすべて購入して貪り聴いていたというくらいのマニアでしたね。一方、このD.E.T.T. / T.T.E.D.との配給契約を通じてクリス・ブラックウェルのIsland / 4th. & Broadwayから世界に発信されたトラブル・ファンク、E.U.、チャック・ブラウンに対し、ヒップ・ホップの震源地ニューヨークでリック・ルービンの名門Def Jamと契約したのがザ・ジャンクヤード・バンド。その名の如くドラムセットにポリバケツを組み込んだ 'ジャンクな' 彼らは、結局1986年の12インチ 'Sardines' 一枚でメジャーへの挑戦は終わってしまったものの、このブーミーなベースラインを持つタフなゴーゴー・スタイルはいま聴いてみても格好良い!。






そして 'Bustin' Loose' やトラブル・ファンクの 'Drop The Bomb' と並び、そんな 'ゴーゴー前夜' を捉えたレア・エッセンス1982年の 'Body Moves' も抑えておきましょう。チャック・ブラウン始め多くのバンドがワシントンDCを飛び出し世界を駆け巡る中、地元DCに根城を築き一貫して伝統的な 'DCスタイル' のライヴバンドとして活動していたのがレア・エッセンス。このバンドからはメガネ男のリトル・ベニーがThe Mastersとして独立するなど地元の登竜門的存在としても君臨しましたが、ゴーゴー・ムーヴメント過ぎ去りし後の1995年に 'ターザン' の叫び声のサンプリングした 'Work The Walls' で時流のヒップ・ホップ的手法にも対応しておりまする。そのリトル・ベニーはもういないけど(涙)、もちろん、このグループは現在も世代を超えて活動中です。結局、ゴーゴーというムーヴメントの音楽的成功は叶えられませんでしたが、しかしその特異なファンクの構造は当時新たなプロデューサーとして登場したテディ・ライリーの心を捉えて、新しいダンス・ミュージックの 'ニュージャック・スイング' に多大な影響を及ぼすこととなります。また、後述しますが英国から一躍世界に躍り出たソウルⅡソウルの 'グラウンドビート' にもチャック・ブラウンのレア・グルーヴ 'Ashley's Roachclip' が影響を及ぼすなど、ある意味ではファンクの最もプリミティヴな要素を再認識させたものがワシントン・ゴーゴーでした。




'Keep On Movin'' のいきなりドスッとぶっとく鳴る(たぶん)Roland TR-909のキック一発。もう、この瞬間こそわたしにとっての大きな最初の 'パラダイム・シフト' でした。時代もまさに1989年ということで、それまで世の中から聴こえてきた80's的 'プラスティックな' サウンドから、急にリアルな音像が目の前に現れた衝撃というか・・。そして 'Back To Life' の土着的なコール&レスポンスとレア・グルーヴ感覚。すでに70'sファンクの熱狂的な信者であったわたしにとって、こういうかたちでファンクの黒い感覚が蘇るとは・・。同時代、すでに米国で流行していたニュージャック・スイングと呼ばれるダンス・ミュージックに比べれば、レゲエ・フィルハーモニック・オーケストラの奏でるストリングスを加え、もっとずっと落ち着いていて、そこにちょっとジャジーな大人っぽい雰囲気さえ漂わせている。ともかく、ある時代の米国が持っていたR&Bの伝統を昇華させた 'やり方' としては、個人的に '英国もの' の方が好みであったことをこのSoul Ⅱ Soulは教えてくれましたね。彼らが打ち出したグラウンドビートというグルーヴは、'大地' という意味での 'Ground' ではなく '擦り付ける' という意味 'Grind' の他動詞 'Ground' から来ているようで、これは、レゲエのダンスに男女が股間を擦り付けるようにして踊る 'ラバダブ' というのがあり、この辺りから派生した言葉ではないかと思います。それはともかく、ある意味 '大地' と言い換えても良いくらい、この地を這うようなベースラインとキックのぶっとい感じがダブの血統を強く主張し、また、この緻密なビート・プログラミングに当時英国在住であった日本人ドラマー、屋敷豪太氏(元メロン、ミュートビート)が深く携わっていたのは興味深いです。それは、このカッチリとした構成に日本人的な '職人感' があるというか、屋敷氏にとってはSoul Ⅱ Soulの '屋台骨' 的存在であったネリー・フーパーとの出会いが大きかったようですね。他にメジャーどころではD.N.A. feat. Suzanne Vegaの 'Tom's Diner' とか、耳ダコになるくらい聴いたグラウンドビートの代表的一曲。また、ジャジーB&ネリー・フーパーが 'True Love'、'1-2-3' の2曲プロデュースに携わった 'Soul Ⅱ Soulフォロワー' 的ユニットのThe Chimesなんかも話題となりましたね。そんなグラウンドビートの '元ネタ' として、そもそもレア・グルーヴを回すDJであったジャジーBが '見つけてきた' と思われるのがこちら。チャック・ブラウンがまだザ・ソウル・サーチャーズ単体で名乗っていた頃の1974年にリリースした作品 'Salt of The Earth' からの一曲 'Ashley's Roachclip' です。当時彼らは完全なるB級ファンク・バンドでして、この後1978年に 'Bustin' Loose' で全米R&Bチャート1位を記録。その後、再び1984年に 'We Need Some Money' と共にワシントンDC産のファンク・ムーヴメント、ゴーゴーの創始者としてR&B界に大きくその名を轟かすこととなりました。本曲の実にアフロっぽい雰囲気とレア・グルーヴ的怪しい濃度を持った70'sな下地には、確かにグラウンドビートと共通するビートをクールにキープする感覚が漲っております。









そんな当時、最先端のニュージャック・スイングをワシントンDCに '逆輸入' した一例として、こちらE.U.1990年の 'I Confess'。まあ、この '日和って' しまった態度がゴーゴー・ムーヴメント終焉を決定付けてしまったんですが、ゴーゴー全盛期の 'E.U. Freeze' から比べると見事に垢抜けてますね。そもそもは1970年代後半にフュージョン色の濃いファンクバンドとしてベースのオヤジ臭いヴォーカルが魅力のシュガーベアを中心に活動し、トラブル・ファンクやレア・エッセンスと並んでDCのストリートで頭角を表しました。メジャーのVirginから前作 'Livin' Large' に比べて2作目 'Cold Kickin' It !' はちとゴーゴー的に評判悪いですが、しかし、この 'Funky Like A Monkey' などかなり意欲的かつプログレッシヴなスタイルでゴーゴーの発展に寄与したことはもっと評価して良いですね。そのE.U.最大のヒット作のひとつがスパイク・リー監督の映画 'School Days' 挿入曲の 'Da Butt' であり、プロデュースは当時マイルス・デイビスのグループにも参加したマーカス・ミラー。また、ウィリアム "ジュジュ" ハウスの強力なゴーゴーリズムに目が奪われますけど、彼らEUはバラッドとしての実力も評価したいグループでもあります。





ちなみにマーカス・ミラーからの縁?なのか、このストリート・ミュージックに魅せられたのが 'ジャズの帝王' マイルス・デイビス。デイビスが自らのバンドに迎えた最後の凄腕ドラマー、リッキー・ウェルマンはチャック・ブラウンのザ・ソウル・サーチャーズで叩いていたその人でもあります。そんなデイビスが、このゴーゴーについて述べていたインタビュー記事を読んだことがあるのですが、残念ながら手元に残っていないのでうろ覚えながらこんな内容だったと思います。

"ゴーゴーは昔、ディジー・ガレスピーがマックス・ローチらとやっていたものと同じだよ。ソルト・ピーナッツ!ソルト・ピーナッツ!な?同じだろ。"

たぶん、この "ソルト・ピーナッツ!" という尻上がりな 'かけ声' がゴーゴーのドラム・パターンを代表する二拍三連のハーフタイム・シャッフルのノリと一緒だ、ということを言いたかったのでしょう。ゴーゴーの魅力は、このパワフルなドラマーが牽引するグルーヴに秘訣があり、ウェルマンのほかE.U.のドラマー、ウィリアム 'ジュジュ' ハウスなどの凄腕が揃っております。そういえば、わたしがチャック・ブラウンのライヴを見に行ったとき、ドラマーがウェルマンの 'トラ' として参加したジュジュでして、そのときステージから投げたスティックの1本が未だ手元にあったりします(笑)。そんなマイルス・デイビスが晩年のコンサート・バンドに引っこ抜いてきたのがザ・ソウル・サーチャーズの凄腕ドラマー、リッキー・ウェルマン。このバンドで 'モロにゴーゴー' をやってる曲というのはあまり無いのだけど(汗)、1985年に 'Rubber Band' というカバー中心のアルバム候補曲としてジャズ・シンガー、アル・ジャロウの参加を想定した 'Al Jarreau' は完全にゴーゴー・スタイルですね。叩いているのはデイビスの甥っ子であるヴィンセント・ウィルバーン。そして、ゴーゴーのテンポを意識しながらラリー・ブラックモンを中心に '打ち込み' で制作されたキャミオとの共演 'In The Night' にも微かな影響が聴き取れますヨ。









この 'ゴーゴー界隈' でキャッチーなヒットを飛ばして人気となったのがビッグ・トニー率いるトラブル・ファンク。初期のオールドスクール・ヒップ・ホップとして人気を博したカーティス・ブロウやシュガーヒル・ギャングを生んだSugar Hillレーベルとも交流があり、Drop The Bomb' や 'Say What' のタフなノリは忘れられません。また、'ワシントン・ゴーゴー' ブーム直前、クラフトワークの 'Trance Europe Express' へのヒップ・ホップの返答ともいうべきアフリカ・バンバータの 'Planet Rock' があれば、ワシントンDCからはトラブル・ファンクのエレクトロな 'Trouble Funk Express'!。さらにお返しとばかりにバンバータの 'Go Go Pop' という曲で共演もしております。そして、1980年代といえば 'メガ・ミックス' ブームということで、英国のチャド・ジャクソンなるDJが手がけた 'Still Smokin'' の 'Razor Mix'。これは当時の新曲 'Still Smokin'' を3つにぶった切ってロンドンでのライヴ音源、'It's In The Mix'〜 'Drop The Bomb'〜'Say What ?' を強引に繋げてしまいました。いや〜、このノリにノッていた時期の 'パーティ・ミックス' がたまりません。その後、1987年にビル・ラズウェルのプロデュースで意欲作 'Trouble Over Here, Trouble Over There' を制作するものの時流の 'テクノ・ファンク' スタイルに寄り掛かりすぎ、長引くワールドツアーで地元DCをお留守にしたことから一時的にその人気に陰りが出てしまいました...。





さて、この 'ワシントン・ゴーゴー'。1990年頃にはメジャーからその名を聞くこともなくなり、地元DCでもその規模は縮小されたと聞きましたが(そもそもシーン全体が犯罪の温床と紙一重なところがあった)、最初のドキュメンタリー動画をご覧でもお分かりの通り、何と現在でもこの '熱病' のようなコミュニティは健在だそうです。すでに時代はコンピュータが普及し、画面と向き合いながらトラック制作するヒップ・ホップのクリエイターが多い時代にあって、彼の地DCでは未だにドラムスやパーカッションを志す若者が多いのだとか。この恐るべきローカルな '地域性' というか、日本だとちょっと河内音頭なんかの祝祭性と通じる部分があると思うのですがいかがでしょうか?そんなローカル臭さ丸出しのゴーゴーにおいて、ちょっとユニークな試みでヒットしたのが1991年の 'Go-Go Mario'。E.U.のキーボーディストであるアイヴァン・ゴフが 'Double Agent Rock' のソロ名義として自らのレーベルからリリースしたこの曲は、なんと今年のリオ・オリンピックでも話題となった 'マリオ・ブラザーズ' の音楽をサンプリングしてゴーゴーに乗せたもの。当時、全米各地でこのゲームの中毒者が続出し、'Nintendo症候群' なる社会問題にまで発展しましたが、それはDCの黒人キッズたちをも捉えたことをこの曲は証明しています。そこからさらに30年近い時間を経て・・これは最近のバンドかな。Go-Go Mickeyって確かレア・エッセンスにいた人じゃなかったか?。まさにこれぞファンク、ファンク、ファンク!!!ファンクの連続である純度100%!!!。というか、昔も今も変わることなくこのグルーヴで押し切っているんですね(笑)。ヒップ・ホップのような時代のテクノロジーを駆使して進取的なスタイルとは真逆ですが、この永遠の反復するグルーヴの連続には理屈じゃなく首と腰が動きます!。

2016年11月2日水曜日

ブレイクビーツの教科書

ファンク以降、ヒップ・ホップにおけるブレイクビーツ以降、ドラムンベースからダブステップにおける細分化したビートとベースの過剰性以降などなど、ここ近年のドラムスとベースを中心としたグルーヴの中毒性というのは無視できないものだと思いますそこで、ここでは ‘ブレイクビーツ的価値観に貫かれたものを個人的趣向でご紹介します。現在では、コンピュータやサンプラーでトラックを作ってみたいという場合、まずはドスッと重心の低いザラついたドラムスがないと話になりません。既成のレコードやドラムマシン、机や金物でも叩いて鳴らしたものをサンプリングするなどして、簡単な2小節のフレイズを組み立てていくところから始まるこのビートの過剰性。ここではファンクの拡大解釈として、グルーヴの形成に実は大きく貢献する '質感' に特徴のあるものを中心にセレクトしました。アレのどこがファンクなの?コレはさすがに違うだろ、といろいろな意見はあるかもしれませんが、わたしの中ではすべて一本の幹として繋がっております。



1990年代後半にJay-Zの 'Dead Presidents' やCamp Loのアルバム 'Uptown Saturday Night' などを手がけたヒップ・ホップ・プロデューサー、Ski Beatzが Youtube名物の 'Rhythm Roulette' に参加して 'サンプル' から強烈なビーツを生み出します。'打ち込み' で使うのは今やスタンダードな機器といえるNative InstrumentsのMachine Studio。



⚫︎Funky Drummer (edit) / James Brown

まずはやはりお出で頂きましょう、'Master of Funk' ことジェイムズ・ブラウン。1969年の地味なシングル 'Funky Drummer' から1分弱に満たないドラムブレイクの部分を延々ループして、さあヒップ・ホップのガキども、コイツでいかしたトラックを作ってみやがれ!と御大は挑発します。代表的なのはパブリック・エネミーの 'Fight The Power' ですね。





⚫︎The Twang Thang / Billy Butler
⚫︎Blow for The Crossing / Billy Butler

1990年代に盛り上がった '発掘ブーム' ともいうべきレア・グルーヴ/アシッド・ジャズのムーヴメントは、いわゆるB級ジャズ・ファンクやラテン、ブラジリアン・ミュージックに映画のサントラからグルーヴィな 'ブレイク' を抜き出すことに皆、熱中しました。1994年登場のAkai Proffeionalによる卓上サンプラーMPC 3000は、それこそ四畳半の一室がそのまま小さな 'スタジオ' として世界の市場と直結するきっかけを作ります。エキゾティカの大家として名を馳せた作曲家レス・バクスターが手がけた映画 'Hells Bells' のOSTから 'Hot Wind'、グランドマスター・フラッシュも '2枚使い' したジ・インクレディブル・ボンゴ・バンドの 'Apache' などがブレイク好きには有名ですが、個人的に好きだったのは、ジャズの名門レーベルPrestigeに2枚残したB級ジャズ・ギタリストのビリー・バトラー。時代的に8ビートのブーガルーを乱発していた頃だけに、ここでの 'キラーチューン' ともいうべきスモーキーなドラムスは最高ですね。



⚫︎Blackboard Jungle Dub / Lee Perry & The Upsetters

ジャマイカで生まれたレゲエとその副産物であるダブ。特に、ここ20年近く音楽の主導権を握ってきたビート・シーンの中でこのダブの提示する '換骨奪胎' したリズム構造の解体プロセスは、あらゆる血脈として流れております。ここでは 'ダブの巨匠' である2人の共同作業として、リー・ペリーとキング・タビーが創造する質感’ を堪能して頂きたいですね。このざらざらしたドラムスとベースのコンビネーションによるぶっとさ、いろいろと参考になります。



⚫︎Tomorrow / Akeeb ‘Blackman’ Kareem & his Super Black Borgs

ファンクの影響力は大西洋を渡り、遠くアフリカの地でも広く感染することとなります。以前はフェラ・クティのアフロビートくらいしか耳にすることはありませんでしたが、近年のレア・グルーヴ発掘により、相当マニアックなアフロ・バンドの音を耳にすることができます。このブラックマンことアキーブ・カリームが繰り出すだまし絵のようなアフロ・ポリリズムは、単なるファンクを超えたビートの可能性という点でこれからの音楽を予兆させるものと言っていいでしょう。



⚫︎Ashley's Roachclip / The Soul Searchers

'ワシントン・ゴーゴー' の開祖としてその名が知られるチャック・ブラウンですが、1970年代のファンク全盛期にはこんなアフロ志向なジャズ・ファンクをやっておりました。しかし、1980年代後半に世界へ飛び出したSoul Ⅱ Soulの 'グラウンドビート' の元ネタとして、このB級レア・グルーヴは大きな注目を集めます。イントロのアフロっぽいホーンの導入部から一転、 'ブラックスプロイテーション' 映画風ファンクのスタイルを展開しながら、決して熱くならないベースとドラムスの '体温低い' 感じ、コレが結構今っぽいんですよね。



⚫︎Riot in Lagos / Ryuichi Sakamoto

生身のファンクは1970年代後半のニューウェイヴとデジタル・シーケンサーRoland MC-8の登場により、'マシーン' による新たな身体性を獲得します。1982年のアフリカ・バンバータによるRoland TR-808を用いた 'Planet Rock' と並び、現在の 'ベッドルーム・テクノ' 世代への 'Anthem' として君臨する坂本龍一さんの 'Riot in Lagos'。UKダブの巨匠、デニス・ボーヴェルのダブ・ミックスを中心にXTCのアンディ・パートリッジやグンジョーガクレヨンの組原正さんのギターの 'サンプル' などが、Sequential Prophet 5による緻密なプログラミングとリアルタイム・ミックスの見事な出会いとして 'ベッドルーム・テクノ' 興隆を予兆します。



⚫︎Ni Ten Ichi Ryu / Photek

1990年代後半に盛り上がったドラムンベースは、緻密にバラされたブレイクビーツをBPM170近くまでストレッチしたものと、スロウに地を這う無調のベースラインからなる '二層的' な構造でひとつのグルーヴを生み出したことが新しかった。その中でもストイックにブレイクビーツの緻密な展開にこだわった音作りをしていたのがフォーテックことルパート・パークスです。シングル 'Ni Ten Ichi Ryu' は、宮本武蔵の '二天一流' をテーマに黒澤明の映画などからのインスパイアを通じて、'Protools' 前夜における 'サンプル' とMIDIレコーディングの極北ともいうべきグルーヴの妙を堪能して頂きたい!





⚫︎Beat Bracelet / Riow Arai
⚫︎Device People / Riow Arai

そんな '和の緻密性' を体現した存在として、ここ日本から 'ビート・マエストロ' の異名を持つリョウ・アライさんの音作りはやはり驚異的でしたね。単純なループ・メインでしかなかったトリップ・ホップの時代から比べて、相当に緻密な 'サンプル・チョップ' による編集作業を、コンピュータからSCSI転送された 'サンプル' をAkai Proffesional S3000XL→E-Mu SP-1200→Ensoniq ASR-10Rというハードウェア・サンプラーを経て磨き上げていく職人技は凄いのひと言(各サンプラーのメモリー容量考えたら気が遠くなります・・)。ビートだけでここまで聴かせてしまうのは滅多にないですね。





⚫︎Los Angels / Flying Lotus

そして、ヒップ・ホップの異質ビート・メイカーでありながら夭折したJ.Dillaの衣鉢を受け継ぎ、独自のスタイルとして進化させたフライング・ロータスことスティーヴン・エリソン。このつんのめる感じというか、ダブステップなども通過しながらある種マイルス・デイビスの 'On The Corner' 的でもあり、生身のようで機械でしか表現できないグルーヴの大半を担うのは 'サンプル' とPropellerhead Reasonです。J.Dilla直系ともいうべき不規則な '脱臼感覚' が独特のノリを展開します。





⚫︎Pen Expers / Autechre
⚫︎Hetkonen / Vladislav Delay

エレクトロニカ以降、オウテカなどによりCycling 74 MAX/Mspを用いてコンピュータ上で痙攣したようなビートを作り出す世代が登場した2000年以降のビート・シーン。その中でオウテカ2001年の傑作 'Confield' が牽引するエレクトロニカの流れは押さえておかなければなりません。そして、ベイシック・チャンネルの 'ミニマル・ダブ' に触発されたのがフィンランドの鬼才、ヴラディスラヴ・ディレイ。この 'Hetkonen' のようなグルーヴもわたしにとってはブレイクビーツの変異系と感じ取れるんですよね。

それぞれが個別のスタイルとするこれら一連の '並び' は、しかし、わたしの 'ドラム・ブレイクス好き' な志向をくすぐる共通した '匂い' を感じてしまいます。やっぱりどれもゾクゾクするほど格好いいな。


2016年11月1日火曜日

デレク・フリントという男

いまでは、ほとんど冗談のような扱いとなってしまいましたが、東西冷戦の激しい情報戦真っ只中の1960年代は、スパイを主人公とする映画が目白押しでした。代表的なのがジェームズ・ボンドの ‘007’ シリーズであり、世界を股にかけながら悪の組織と闘い、世界最高の美女たちを虜にしていくその姿は世の羨望を受けます。



1966年に公開された電撃フリント Go-Go 作戦は、そんなジェームズ・ボンドに対するハリウッドからの反撃であり ’007’ の二番煎じというイメージが強いですが、いまならマイク・マイヤーズ主演の映画オースティン・パワーズの元ネタと言った方が通じるでしょうね。ジェームズ・コバーンを主人公に、何から何までボンドの上を行くスペックを有しながら、むしろその完璧さが、次作電撃フリント アタック作戦の二作のみで終わってしまったことを裏付けます。’007’よりユニークな笑いを提供しながらも、しかし、ボンドの魅力が完璧ではないところこそ世の女性たちの魅力に映ったことを、どうやらハリウッドは理解していなかったのかもしれません。それでも ’007’ 以上に時代の通俗性が高いフリントのビザール感は、何度見直してみても飽きることがないですね。実際、この映画の ‘007’ に対するライバル心はかなりのものがあり、’Go-Go 作戦では、フリントとコンタクトを取る情報員がショーン・コネリーと顔がそっくりの ‘008’ で、しかもその ‘008’ と格闘シーンまであります。また、組織が用意する秘密道具のすべてを用無しと一蹴(その中にはボンドの愛銃ワルサーPPKまである!)、そして特注の時計と共に黄金に輝く特注のライターを取り出し、コイツには82通りの使い方がある、あ、ライターとしての機能も含むなら83通りかな、などと嫌味な目線で常に上回ろうとするのです。このフリントの嫌味な目線はそこかしこに登場し、訪ねてくる相手に対し、あらゆる武芸に長けた姿を見せ付け、イルカと会話を交わし翻訳辞書を作成中だ、などとのたまわり、またチラッと時計を見ては、おっとモスクワ時間だったなどと忙しいアピールも欠かさない(なんとバレエのコレオグラファーとして冷戦中のモスクワへ頻繁に通っている)。さらに、5人からなる美女の秘書たちに囲まれて暮らすハーレムぶり。しかも次作アタック作戦では、最初の秘書たちは皆寿退社してニューフェイスになりました、今度の新顔はどうですか?って・・よほど時給が良いのか、フリーランサーで活動するこの男の本業はいったい何なのかと訝しんでしまうほど。ともかく24時間完璧なジェントルマンというべきデレク・フリントの博識ぶりは、ある意味、凄さを通り越して笑いに変わっているのだけど、それは、世の女性たちにとり ‘007’ に比べてどこか白けたものがあったのだと思うのです。ボンドが常にMI6と連絡を取りながら、共同で任務を遂行するのに対し、フリントは自家用機に乗って勝手気まま、救急隊員も真っ青の心肺停止な人間を電灯から帯電して蘇生させる、連絡のコードはわたしが慣れているものを使うと一方的な発信のみ、おまけにグルメで、探しているブイヤベースの味はもちろん、怪しげなコールドクリームの成分を調べては、それがどこの産地なのかまで突き止めてしまうのだから・・そう、独善的でほとんど他人の出る幕がないのです。博識ゆえに他者を必要としないオタク気質、女性の立場も ‘007’ に比べれば従属的扱いに終始し、案外と付き合ってみたらつまらない男だと世の女性たちから見抜かれていたのかもしれません。



さて、そんなフリントですが、作品としては一作目がなかなか、二作目は少し脚本の質が落ちているように思います。一作目の ‘Go-Go作戦は、世界の気象をコントロールできる技術を持った科学者たちの組織が世界征服を目指し、その組織をフリントが潰しに行くというもの。映画の冒頭から空手をするフリントが登場し、また、美女の秘書の中に日本人がいることなど、これは、日本を舞台にしたボンドの ‘007は二度死ぬを先取った東洋趣味でしょう。 ちなみに、コバーンのアクションを演出したのは、コバーンと懇意の仲であった下積み時代のブルース・リーです。二作目のアタック作戦 は、女性が野蛮な男性たちから権力を奪取し、世界を平和に征服するのだという野望を抱きながら、しかし、結局は共闘していた別の組織に乗っ取られて、フリントと共にその組織を壊滅させるべく共同戦線を張り、ああ、やっぱりフリントって素敵というオチに持っていきます。当時、盛り上がり始めていたウーマンリブ運動を下敷きにした感が強く、最後は宇宙にまで舞台を移すところには、この映画の2年後に、アポロが月へ有人飛行することがアナウンスされていたことと関係があるでしょうね。また、無重力の宇宙船の中で美女が宇宙服を脱ぐ演出は、翌年のジェーン・フォンダ主演のSF映画バーバレラを先取っています。





フリントにはいくつかの見どころがありますが、‘Go-Go作戦で乗り込んでいく悪の組織のある島での、怪しげなマインド・コントロールで組織の人間を洗脳していく演出はビザール感満載でワクワクします。クルクルと回る円盤にはサイケデリックなペイントが施され、当時最先端の流行を洗脳幻覚というかたちで一早く取り入れているのはさすが!また、ゴーゴーを踊るダンスフロアーからエスキモーの世界に古代エジプトの世界、ドライブンイン・シアターなど、あらゆる世界を飛び越していく安っぽい演出にも、ある種のサイケデリックな感覚を盛り込んでいるように思えます。そして、ニューヨークの高級クラブでラテン・ジャズを演奏する箱バンをバックに、優雅な夜の社交場の演出も60sの世界たっぷりでたまりません。



次作のアタック作戦は、何といっても冒頭の女性たちによる楽園の演出が素晴し過ぎ。たぶん、アメリカ人のリゾート地ともいうべきバハマ辺りで撮っているのでしょうが、この永遠に続くような南海の楽園で美を謳歌する世界こそ、現実逃避の商品を創造するアメリカのエンターテインメント全体を象徴しているように思います(実際、冒頭のパーマ機はテープ・レコーダー内蔵の '洗脳ヘアドライヤー' なのだ )。1967年といえばベトナム戦争は泥沼化し、世界各地で反戦運動と学生運動が狼煙を上げ、ジミ・ヘンドリクスのフィードバックノイズは世界の混沌を代弁し、アメリカの若者は髪と髭を伸ばし、社会の規範からドロップアウトして幻覚に塗れながらゴーウェストの旅に出かける季節。これは圧倒的な現実を前にし、それぞれの現実逃避がアメリカの享楽的なエンターテインメントの終焉に立ち会っているところで、改めて電撃フリント有終の美を皮肉にも際立たせている結果と言っていいでしょうね。それは、ドライブンイン・シアターでデートの慰み物として乱発されていたロジャー・コーマン制作によるAIPの低予算映画が、時代の流行と呼応するようにLSD映画やバイカーズ映画を製作し、インディペンデントとして若者たちの声に耳を傾けようとする姿と比べると実に対照的。つまりフリントの全能感は、ドロップアウトしてコミューン的共同体を志向するヒッピーイズムのとは真逆を行くものであり、約束されたシナリオにそって映画のセットを渡り歩くもの、ひいては、世界の警察たらんとするアメリカの境界を拡張した眼差しから世界を眺めることにほかなりません。オイディプスとしての家父長的アメリカを否定し、自由を獲得しようとしたキャプテン・アメリカがイージー・ライダーで粉砕された後に、銃で自衛する権利を主張するダーティーハリーの世界がやってくると述べるのは、少々先走り過ぎかもしれませんが、あながち間違ってもいないと思うのです。俺たちに明日はないのボニー&クライドも明日に向かって撃て!のブッチ・キャシディ&サンダンス・キッドも皆、破滅に向かって走り出すことを欲望し、ジミ・ヘンドリクスはアメリカ国歌をフィードバックノイズでズタズタに引き裂いたのが1960年代の結末。そう、パーティーは終わったのです。



In Like Flint / Our Man Flint -Original Motion Picture Soundtracks- (Rambling 2014)
In Like Flint / Our Man Flint -Original Motion Picture Score- (Intrada 2014)

さて、もちろんフリントの素晴らしさは映画だけではなく音楽にもあります。’007’ の映画音楽がジョン・バリーなら、こちらはジェリー・ゴールドスミスだ。ハリウッド映画も、ジョン・ウィリアムズを最後に豪華なオーケストレーションのスコアを耳にしなくなってしまったのは残念ですが、1960年代はまだ映画がエンターテインメントの花形だったことをこのフリントは証明します。シャーリー・バッシーが歌うゴールドフィンガーに代表されるゴージャスな ‘007’ のスコアに対し、フリントはより通俗的な時代感覚と共にスパイ映画のムードを高める効果を発揮しました。現在入手できるフリント のサウンドトラックは2種類あり、ひとつは1998年にVareseからリリースされた ‘Go-Go 作戦アタック作戦をカップリングしたもので、こちらは実際に映画の中で使われた音源を集め、2014年にはさらに、DSDリマスタリングされたものがRambling Recordsからリリースされました。全28曲収録。もうひとつは、こちらも2014年にIntradaからようやくCD化されたもので、これは、映画公開当時に発売された ‘Original Motion Picture Score’ 2枚のアルバムが原盤であり、実際の映画で使われたものとは違うアレンジが施されたアルバムのみのもの。全22曲収録。タイトル、ジャケット共によく似た2枚のCDですので購入の際はご注意あれ。





Our Man Flute / Herbie Mann  (Atlantic 1966)
Come Spy with Us - V.A.  (Ace 2014)
Come Spy with Me / Hugo Montenegro and his Orchestra  (RCA 1966)

ここからは電撃フリント Go-Go作戦のカバーについてご紹介。まずはジャズ・フルートの何でも屋さんともいうべきハービー・マンの ’Our Man Flint’ ならぬ ‘Our Man Flute’。とにかく流行りものには目がないというか、思いっきりオヤジギャク的タイトルが笑えますが、ジャケットもフルートをライフルになぞらえて狙撃さながらにフルートで撃つという・・凄いセンス。もうひとつは作曲家のウーゴ・モンテネグロによるスパイ映画のカバー集 ‘Come Spy with Me’。モンド・ミュージックの再評価でこのひとのモーグ・シンセサイザーをフィーチュアした ‘Moog Power’ というアルバムが取り上げられたことから、巷でその名前を聞くことが多くなりました。本作は伝統的な管弦楽によるオーケストレーションで、’Our Man Flint’ を始め、’007’ はもちろん 60’sなスパイ映画のテーマ曲ばかりを抽出しており楽しめます。さて、上の動画は名門Philipsからペルー産のバンド、Los Blue Splendorによるいかにもな60’sカバー ‘Ritmo A Go-Go’ からのもの。チープなコンボ・オルガンがたまりません。そして、UKの再発レーベルAceからのコンピレーション ‘Come Spy with Us’ は、その名の通りこれまたスパイ映画のカバー集。こちらはビリー・ストレインジによる ‘Our Man Flint’ が良いです。この中からどれか一枚となれば、1960年代のスパイ映画のテーマ曲を取り上げたウーゴ・モンテネグロの ‘Come Spy with Me’ が楽しめます。収録されている60年代スパイ映画のテーマ曲は秘密諜報員アイ・スパイのテーマ’FBIのテーマサンダーボール作戦サイレンサー(沈黙部隊)’それ行けスマートカム・スパイ・ウィズ・ミー’007のテーマ・ゴールドフィンガー寒い国から帰ったスパイ電撃フリントGo-Go作戦ジェームズ・ボンドのテーマの全11曲。え?ハービー・マンとウーゴ・モンテネグロ版の動画がここにない?それは買うかYoutubeの方でご視聴下さいということです・・。



こちらはオマケ。ジャズ・オルガンの巨匠、ジミー・スミスが1966年に手がけたスパイ映画 'Where The Spies Are' のテーマ曲(上で紹介したAceのコンピ 'Come Spy with Us' にも収録されております)。日本では 'スパイがいっぱい' という邦題が付けられており、オリヴァー・ネルソンをアレンジャーにいかにも60'sなセンスでスパイ映画のムードを盛り上げます。大抵、この時代のスパイ映画は '007' シリーズとラロ・シフリンの手がけた 'スパイ大作戦' の音楽を下敷きにしてアレンジされているものが多いですね。



ちなみに、どうでもよいようでどうでもよくないことかもしれませんが、Strymonのエフェクターにトレモロ&リヴァーブのその名もずばり 'Flint' というのがあります。本機は1960年代の古臭い 'トレモロ・アンプ' の質感をシミュレートしたものなんですが、確かにスパイ映画のサントラに象徴されるゆらゆらとトレモロの効いたギターってこんな音ですよね。そう考えるとう〜ん、見事なネーミング・センスかも(あえて 'Bond' としなかったところもセンス良し!)。

ジェームズ・コバーンよ、永遠なれ!