モダン・ジャズという '大きな海' の中で、どこか辺境の海域を彷徨う知られざる '才能' の持ち主がいることが多々あります。このドン・エリスという白人のラッパ吹きもそのひとりでして一部、ビッグバンドのスコアや編曲などに興味を持っている人たちの熱狂的な支持を得ているものの、一般的にはマイルス・デイビスやジョン・コルトレーンのように広く聴かれることはありません。超絶なテクニックを持つハイノート・ヒッターにして、現代音楽にも造詣が深く、エリック・ドルフィーと共に 'リディアン・クロマティック・コンセプト' を掲げるジャズ界のダークホース、ジョージ・ラッセルの名盤 'Ezz-thetics' やその続編の 'The Outer View' に参加するなど、未だジャズ未踏の地に大きく君臨し続けています。エリスはその後、インドの古典音楽が持つ構造に関心を移し、ロックの登場で現れた 'アンプリファイ' の響きをいち早く自らの変拍子ビッグバンドに取り入れて始動させます。
このように書くともの凄い難解な音楽をやっていると誤解されそうですが、どうですか?極めて真っ当なビッグバンド・サウンドで会場全体が盛り上がっている様子が手に取るように分かると思います。しかし、その音楽的構造を聴き取ろうとするとかなり複雑な変拍子で展開しているという・・。エリスが吹いているのはHoltonにオーダーしたクォータートーン・トランペット。3つのピストンに加えて、半音以下の1/4音を出すピストンがもう1つ付いています。ベルの横に穴を開けてピエゾ・ピックアップを接合し、当時の新製品であるGibson / MaestroのSound System for Woodwindsとテープ・エコーEchoplex、Fenderのスプリング・リヴァーブFR-1000を、FenderのギターアンプTwin Reverb(シルヴァーフェイス)3台とDeluxe Reverb(シルヴァーフェイス)2台の計5台にリンクして繋ぎ鳴らしています。ここまでの電気楽器を管楽器でステージに上げたのは、たぶんエリスが初めてではないかと思います。
そしてどうでしょう?こんなザ・ビートルズ 'Hey Jude' のカバーを聴いたことありますか?MaestroのRing Modulator RM-1Aを繋ぎ、完全に原曲を '換骨奪胎' して宇宙の果てまでぶっ飛んでいくようです。ちなみにエリスは、このエフェクターを設計したトム・オーバーハイムとUCLAの音楽大学で学んだ同窓生で、エリス自身の 'アンプリファイ' 化による機材のオーダーがその発端となっています。このRing Modulatorは当時ハリウッドの音響効果スタッフの目に止まり、映画「猿の惑星」のスペシャル・エフェクトとして用いられて評判を呼びました。その後、Gibsonが展開するエフェクター・ブランドMaestroで製品化されヒット、続けて製作した世界最初のフェイザーPhase Shifter PS-1Aがそれを上回るほどの大ヒットを記録し、その元手から自らの会社Oberheim Electronicsを立ち上げます。Oberheimは1970年代を代表するシンセサイザー・メーカーとして、MoogやArpと並び大きくその名を馳せました。
ブルガリアの鬼才、ミルチョ・レヴィエフのクレズマー的なアレンジが冴える本アルバム、ドラムスのラルフ・ハンフリーはその後フランク・ザッパのバンドに参加するなど、この人の評価はジャズという狭い枠の中に収まるものではありません。
ある意味、これからジャズでも聴いてみようかと思っている人たちにこそ 'ジャズの教科書' 的存在なデイビスでもコルトレーンでもないこのドン・エリス、お薦めいたします。
0 件のコメント:
コメントを投稿