とある世代、そのまたとある世代にとってこの大仰な '箪笥' 状の物体は羨望の眼差しにより神棚へと祭り上げられております。ただし、その頃から変わらないのは、Moogがこの '前世紀的遺物' を今も変わらず手の届かない価格で55台の限定販売したことです。日本で最初に輸入した作曲家、故・富田勲氏のMoog Ⅲ-P、それを富田氏の弟子で後に独立、YMOのマニピュレータとして名を馳せた松武秀樹氏所有のMoog Ⅲ-Cは '木枠' の入ったコンソール・タイプで、オシレータの精度が向上したもの。そしてこのSystem 55は1974年に三度目の改良を施された 'Moogモジュラーシンセ' の完成型といえるものです。
→Moog System 55 Modular Analog Synthesizer
いわゆる 'EXPO大阪万博' の世代とプログレッシヴ・ロックの洗礼、故・富田勲氏による 'Tomita Sound' のオーケストレイションから1970年代後半に日本で爆発的人気となったYMOことイエロー・マジック・オーケストラに至る一連の流れは、Moogに高い地位と評価を現在まで与え続けてきました。現代音楽家に愛されたBuchla、ジャズの即興演奏家に愛されたArp、'プログレ' に愛されたEMS・・これらを統合するかたちで直感的な操作性と音作りの幅広さの頂点にあったのがMoogシンセサイザーではないかと思います。
やはり、エドガー・フローゼを中心とするタンジェリン・ドリームの登場は 'プログレ' とMoogシンセ、その後のテクノ興隆の出発点として重要だったのではないでしょうか。このヒプノティックな反復するシーケンスの魔力は、タンジェリン・ドリームを脱退してソロとなったクラウス・シュルツェにまで連綿と受け継がれております。しかし、アナログシンセのマニアにはたまらないMoog、Arp、EMS・・圧倒的な物量の山!
1960年代後半、意外にもMoogシンセサイザーに食い付いたのはエミル・リチャーズやディック・ハイマンといったジャズの奏者たちでした。いわゆる 'コマーシャル・ミュージック' の体裁を借りながら、当時、最も先端的なかたちでエレクトロニクスと格闘していたという事実は、単にエレクトロニク・ミュージックや 'モンド・ミュージック' 的視点でのみ、語られているのは惜しいと思います。これは、彼らよりシリアスな視点に立ち、アネット・ピーコックとArpシンセサイザーを用いて前衛的表現を追求したポール・ブレイにしても同様でしょう。マイルス・デイビスが 'Bitches Brew' で '転向' したと大騒ぎになった当時のジャズ界にあって、むしろ、もっとその先を行っていた彼らの仕事は未だ 'キワモノ' の領域から出ないままです。
これら初期のMoogシンセサイザーのマニピュレーターとして活躍したのがポール・ビーヴァーとバーナード・クラウゼのコンビ。上記のエミル・リチャーズや映画 '白昼の幻想' のサウンドトラック、ザ・ビートルズのジョージ・ハリスンが自ら買い上げたMoogシンセを用いてAppleに吹き込んだソロ作 '電子音楽の世界' などに携わり、また、現代音楽専門のレーベル、LimelightからはMoogシンセのガイド的アルバム 'The Nonesuch Guide to Electronic Music' を発表して、得体の知れなかったシンセサイザー普及に一役買いました。ちなみに、上記ディック・ハイマンのアルバムには当時、Moog相談所の所長であったウォルター・シーアが携わっております。
→Moog Mother-32 Semi-Modular Analog Synthesizer
そんなクソ高いMoogなんか買えるかよ!って声は当然にあるでしょうから、そのモジュラーシンセに憧れる層へアピールするのがこのMother-32。こちらは現在盛り上がっている 'ユーロラック・モジュラー' の世代と互換性を持った拡張性を有しており、しかも実売7万ちょっとで買えちゃうんですヨ、この '木枠' が!しかし、部屋にあったらいつでも触りたくなるような魅力がこのモジュラーシンセにはありますねえ。
→Moog Moogerfooger
え、わたしですか?・・ええ、今は 'Moogerfooger' シリーズが精一杯でございます。ハマったら散財だ、という気持ちで常に恐ろしいのがこのモジュラーシンセの世界。まあ個人的には、その日によって 'ご機嫌斜め' になったり定期的にメンテの必要なアナログシンセは、いろいろと手間暇かかりそうで買うのをためらっちゃうんですケドね。それでも究極の趣味にして究極の 'ガジェット'、その頂点にあるのがMoogモジュラーシンセサイザーであることは間違いないでしょう。
ああ、壁一面にこの巨大な '箪笥' を敷き詰めて、真冬でも暖房要らずの '機材熱' で常夏の気分を味わってみたいなあ。その電子的な亜熱帯サウンドの先鞭といえるエキゾティック・サウンドの大家、マーティン・デニーの 'Exotic Moog' は、そのままYMOの 'Firecracker' へと見事に引き継がれていくのでした。
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