2016年8月2日火曜日

レア・グルーヴの感染力

1990年代の音楽シーンにおいて象徴的なアイテムのひとつがコンピレーションでしょう。いわゆるDJと呼ばれるひとたちが、有名無名問わず過去の音源からダンスフロアーで機能しそうなものを発掘し、新たなテーマで選曲すると共に新譜として再構築したことが面白かった。特に、レア・グルーヴとかアシッド・ジャズなどと呼ばれて集められたものは人気を博し、ある意味ではマニアとビギナーの境界を越えて一挙に音楽の情報量が増えた瞬間でもありました。ちょうどレコードからCDへと普及度がグッと上がった頃でもあり、当時乱立し始めていた海外の大型量販店の試聴コーナーにズラッと並んでいたのも懐かしい(Waveもヴァージン・メガストアもHMVもCiscoも遠い昔・・Recofanはまだ少し生き残っております)。わたしが 'Acid Jazz' という流れで最初に聴いたのは、1992年にBGPからリリースされた3枚からなる ‘Acid Jazz’ のコンピレーション。これは、1989年に4枚のアナログ盤としてリリースされていたもので、Fantasyが所有するPrestigeRiversideの音源を用いてバズ・フェ・ジャズとジャイルス・ピーターソンが選曲したものです。





Acid Jazz Vol.1
Acid Jazz Vol.2
Acid Jazz Vol.3

そのVol.1の一曲目、Funk Inc. ‘The Better Half’ はこのムーヴメントにとって記念すべき一曲と呼んでいいものです。1988年、ロンドンのダンスフロアーはビヨビヨしたRoland TB-303のベース音と共にアシッド・ハウス一色にあって、DJのジャイルス・ピーターソンがターンテーブルに乗せながら くたばれ、アシッド・ハウス!これがアシッド・ジャズだ!と叫び、ワウギターのカッティングとサックスのイントロで ‘Kick’ したのが、その後のアシッド・ジャズ流行のきっかけとなったそう。本盤にはその他、バーナード・パーディやジョニー・ハモンド・スミス、チャールズ・カイナード、プーチョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザーズにアイヴァン・ブーガルー・ジョーンズなど、まずモダン・ジャズの解説本には登場しないB級勢が最高にグルーヴィなファンクをカマしてくれます。ラテン・ジャズの魅力を伝えるカル・ジェイダーの ‘Mamblues’ もここではバーナード・パーディと組み、こんなにどす黒いファンク・アレンジで蘇ります。ちなみにこれはブラックスプロイテーション映画 ‘Fritz The Cat’ のサウンドトラックからの1曲。それまで憧れを持ちながら、どこか高尚ぶってスノッブな雰囲気をまとうジャズに近寄り難かったわたしにとって、このコンピレーションはファンクそのものとして見事にハマりました。本作の登場が先鞭を付けるかたちで、その後、PrestigeRiversideと並ぶジャズの名門レーベルBlue Noteの発掘も促し、4枚にわたる同種のコンピレーション ‘Blue Break Beats’ をリリースすることとなります。





レア・グルーヴ、アシッド・ジャズはいわゆるファンクという概念を拡大して、ラテンやブラジルの音楽、果てはサウンドトラックや放送用ライブラリーなどとミックスすることで、それまでダンスフロアーで差別化されていた境界のようなものを押し広げる役割を果たしました。特に、1970年代のジャズ・ファンクからフュージョンへの流れでアジムスやマルコス・ヴァーリ、デオダートからアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ドナートらの楽曲をジャズで取り上げることで、ジャズ・ボサの洗練されたグルーヴがにわかに注目されます。ボサノヴァの名盤である ‘Getz / Gilberto’ のリズム・セクションへの注目から、ミルトン・バナナ・トリオを始めとした1960年代のジャズ・ボサと呼ばれるレコードが急騰したのもまさにこの頃でした。また、この辺のボサノヴァやサンバのグルーヴというのは、例えば1960年代から70年代にかけてのイタリアやフランスの作曲家たちを刺激し、数多くのサウンドトラックや劇伴などで再解釈されることとなります。そして、このようなダンスフロアーの名の下にサントラやライブラリー音源の持つラウンジ感覚をも巻き込みモンド・ミュージックと呼ばれる潮流にもリンク、イタリアの ’Easy Tempo’ シリーズや ‘The Mood Mosaic’ シリーズ、’The Mighty Mellow’ シリーズ、ドイツの ‘The In-Kraut’ シリーズにKPMのライブラリー音源を用いた英国の ‘Blow Up’ シリーズが後に続きました。モンドな映画音楽を数多く手がけた作曲家レス・バクスターもKPMでライブラリー音源を手がけ、’Bugaloo in Brazil’ という謎の一枚からこんな怪しいヤツを。ちなみにレス・バクスターには同時期、全編 どファンクで展開したヒッピー映画 ‘Hells Bells’ のサントラがあり、こちらもレア・グルーヴ・クラシックのマスターピースとなっております。



さて、このような '発掘' ブームは我が国の '在りし日の日本' の中にもたっぷりと眠っており、いわゆる '和モノ' グルーヴとして再評価されることとなります。時代的にはマイルス・デイビスの 'Bitches Brew' によりジャズもクロスオーバーの波を被ったのですが、日野皓正さんが手がけた映画 '白昼の襲撃' のサウンドトラックや、ジャズ・ロック路線として乱発したサックス奏者の稲垣次郎による諸作、ジャズ同様に斜陽化していた日活が最後に手がけたニュー・シネマ路線の映画音楽を手がけた鏑木創の音楽など、まさに当時の空気を目一杯吸い込んだような 'ノリ' を堪能することができます。





また、同時代のアフリカン・アメリカンによるブラックスプロイテーション映画のサントラも注目され、アイザック・ヘイズの ‘Theme from Shaft’ やカーティス・メイフィールドの ‘Superfly’ などはいくつカバー・ヴァージョンが掘り起こされたか分かりません。上の動画はファンキーなワウワウ・ギターのカッティングが緊張感を高める ‘Theme from Shaft’、カーティス・メイフィールドの白眉である ‘SuperflyPushermanFreddie’s Dead’ のラテン・ファンクなメドレーを展開したプーチョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザーズのカバーは見事ですね。そして、このような英国から始まったレア・グルーヴの発掘は本国 ‘USA’ のビッグディガー(掘り師)たちをも刺激し、サン・フランシスコの再発レーベルUbiquity ‘Lavin’ Height’ のサブ・レーベルで始めたコンピレーションはなかなかにレア度の高い音源を揃えた素晴らしいもの。アートワークがリード・マイルスの手がけたBlue Noteのジャケットをパロディにしたのも楽しいですが、こちらの根底には、やはりヒップ・ホップのサンプリングとして機能するか、が重要なテーマとなっております。







Bag of Goodies
Déjà vu
Can’t Get Enough
What It Is !
Evolution
Soulful
Hip City
Brotherhood

このコンピを象徴する1曲として ‘Bag of Goodies’ にあるB級ヘヴィ・ファンク・チューン、ミッキー&ザ・ソウル・ジェネレーションの ‘Iron Leg’ はクラクラします!この歪みきったサイケな質感といい、ブラックスプロイテーション映画でピンプな黒人がアメ車で乗り込んでくるような威圧感といい、まさにレア・グルーヴの鏡と言っていいでしょうね。また、サンタナの登場に触発されながらラテンとファンクの折衷主義でB級街道を突っ走ったテンポ70 ‘El Galleton’ などなど。あ、サンタナに触発されたということなら、ブーガルーのレーベルであったTicoが最後に?放ったFlash & The Dynamicsの 'Electric Latin Soul' もマストでしょう!まるでコンセントに指を突っ込んでしまったような '感電ぶり' は、ファズとユニ・ヴァイブ系のモジュレーションによるギターでジリジリと疾走します。


この辺のブラックスプロイテーション映画のルーツと言えるのが、ジャズ・ピアニストのラロ・シフリンが音楽を手がけた ‘Dirty Harry’ のサントラ。この緊張感、このドス黒さ、怪しい麻薬的グルーヴなどなど・・このブレイクビーツはすぐにでも使えますよね!人々の記憶に喚起する匂いをダンスフロアーというパッケージで解放したところにレア・グルーヴ、アシッド・ジャズ興隆による 新しい聴き方が提示されたのです。さあRight On !


0 件のコメント:

コメントを投稿