2016年4月5日火曜日

'質感' に携わるものたちへ

音色を変える、というより '質感' を変えることが重要な時代がここ20年ほどの音楽シーンを覆っています。特に1990年代以降、アナログ盤とサンプラー、MoogやArpのアナログ・シンセサイザー、ファズを始めとしたヴィンテージ・エフェクター、Fender Rodesエレクトリック・ピアノやHammondオルガンなど、いわゆる1960年代から70年代にかけて隆盛を極めた音色が復活しました。しかし単なる '懐古趣味' ではなく、これらはサンプラーに象徴されるデジタル機器に取り込まれることによって注目され、'ハイファイ' の名の下にデジタル・テクノロジー一色となった1980年代の価値観を '転倒' し、音楽から取り出す情報量と '聴き方' の姿勢を変えたことに意味があったのだと思います。ちょうどこの時代、'サウンド&レコーディング' 誌1996年11月号で特集された '質感製造器 〜フィルターの可能性を探る' を読んでみると、そこではテクノやヒップ・ホップにおけるフィルターの話題を中心に、2ミックスのステレオ・トラックをアナログ・シンセのRoland System 100MやSH-2、Arp 2600の外部入力に入れて 'なまらせる' ということの面白さについて語られています。また、同誌1999年5月号の特集 'シンセサイザーをエフェクターに!' も付録CDと共にいろいろな音作りの参考となりました。



Korg MS-20 Mini ①
Korg MS-20 Mini ②
MASF Pedals Tortam

上の動画は、近年 '復刻' されたKorgのセミ・モジュラーシンセMS-20 Miniの外部入力よりマイクから声を入れて変調させたもの。昔のアナログ・シンセながらピッチの追従もそこそこの精度を誇り、内蔵のオシレータの代わりに外部からの音声をトリガーにしてエフェクターのように用いて面白い音に加工してくれます。ステージ上でラッパを構える横にこのようなシンセを置き、あれこれツマミを操作したりパッチ・ケーブルで結線してみるというのも格好良いですね。さて、ここで述べる 'シンセサイズ' によるフィルター、これは基本的にワウペダルやエンヴェロープ・フィルターと同義語であり、コンパクト・エフェクターのものは 'ローパス・フィルター' としてギターやベースに特化したパラメータを備えています。フィルターとは言葉通りに訳せば、何かを ‘漉す’ ことで余分なものをろ過する、いわゆるコーヒーなどを淹れる場合に使われるものと同義語です。機器においては、その余分なものをろ過する ‘ローパス’ (高域を削り低域を強調する) ‘ハイパス’ (低域を削り高域を強調する)バンドパス’ (中域を強調する)によるVCFを備え、さらにVCALFOといった豊富なパラメータで音作りしていきます。しかし、本稿での 'フィルター' は、ただ何らかの機器を通すことで音色が変化するという意に拡大して使っております。ちなみに、このようなCV/Gateに対応した音作りとして、MS-20 Miniやステップ・シーケンサーSQ-1などと結線できるMASF Pedalsの新製品Tortamもモジュラー・シンセとコンパクト・エフェクターを繋ぐフィルターとして面白そうですね。

さて、管楽器における音作りで、'アンプリファイ' の '生音' に対する加工として '質感' はもっと注目されてよい 'ジャンル' ではないか、と考えています。実際、ここ近年プラグインの分野で流行している 'テープ・サチュレーション' をシミュレートするコンパクト・エフェクターが市場に登場し、それはワウやモジュレーションほどわかりやすい変化はしないものの、楽器が持つ二次倍音、三次倍音を強調する働きを持ちます。もちろん、このような変化はEQでも作れるのですが、EQの場合は直接周波数を増減することで位相の問題などがあり、あくまで補正的な操作でこそ威力を発揮するもの。しかし、この手の 'サチュレーション' を付加するものはただ '通す' だけ、あくまで '質感' の増減にのみ働くことに特化している点が特徴的です。この ‘テープ・サチュレーター’ というのは、ハードディスク・レコーディング以前に一般的であったマルチトラック・レコーディングを磁気テープに記録する際、テープ(Ampex 456など)に録音することで物理的に生じる飽和感、テープ・コンプ’ の状態をシミュレートしたものです。







Roger Mayer 456 Mono
Strymon Deco
JHS Pedals Colour Box

最初の2機種は 'テープ・サチュレーション' を模したもので、入力する音に二次倍音、三次倍音を付加することで歪んだ '質感' を生成します。ここでいう歪みとはファズやディストーションのようなものではなく、入力に対して 'オーバーロード' により飽和する感じで、例えばキラキラするデジタル・ディレイの後ろに繋ぐとイイ感じの '滲み' とまろやかさに変化します。アナログの時代には特別意識せず、むしろ機材の限界として注意すべき '変化' であったものがクリーンな再生によるデジタル以降、ノイズの付加として求めるようになったというのは面白いですね。この動画ではディストーションの効いたギターの歪みに耳が引っ張られてしまいますが、音色の持つ倍音がどのように付加、変化しているのかに注意して聴いてみて下さい。またStrymon Decoの方には、ザ・ビートルズのレコーディングで有名となったADT(Artificial Double Tracking)のテープ・フランジング機能を備え、ダブリングによるモジュレーションと音の厚みを付加することができます。そしてもうひとつのJHS Pedals Colour Boxは、エフェクターの筐体にミキシング・コンソールの絵柄が描かれている通り、マイク・プリアンプの世界で崇められているルパート・ニーヴの手がけたコンソールの '質感' をシミュレートしたもの。ニーヴには、放送用コンソールBCM10にインサートするためのプリアンプ+EQモジュール1073が 'チャンネル・ストリップ' として、今やプラグイン含めレコーディング時の '必須アイテム' として重宝されているのですが、もはやそれは 'Neve' というひとつのサウンドを象徴していると思います。こういったものまでコンパクト・エフェクターとして求められるなど、いやはや、凄い時代になったものです。




Z.Vex Effects
Placid Audio Copperphone

こちらはちょっとユニークなもので上記 'テープ・サチュレーター' に比べ、もう少しエフェクターとしての 'いろ' が強いですね。エフェクター界の鬼才、ザッカリー・ヴェックスの主宰するZ.Vexが送り出すのはアナログ・レコードの '質感' を再現したもので、おお、この何とも言えない郷愁を誘う '質感' (レトロなどという言葉は使いたくない!)。これはアナログ盤の時代を知っている人なら確実に頷いてくれるものだと思いますが、確かにレコードの針音の奥から語りかけてくるような '質感' はありますヨ。Comp〜Lo-Fiのツマミでギュッと音像をまとめながら、Speedのツマミでテープの回転数がヨレて狂ったことによるワウ・フラッターの '質感' を再現する・・間違ってもデジタルの時代には聴かれなくなったものです。そして、もうひとつはコンパクト・エフェクターではなく、これはいわゆる '電話ヴォイス' や 'AMラジオ・トーン' を再現してくれるダイナミック・マイク。リンク先にはトランペットの音で用いた音源もありますが、まるで古いラジオから流れてくるビ・バップを聴いているような '質感' に変えてしまいます。

このような、エフェクターというよりかはあくまで '質感' のみを操作するシグナル・プロセッサーの類いは、一聴地味なものにしか感じられないと思います。わざわざPAを通してまで用いる必要があるのか、と思う向きもあるでしょう。しかし、特別 '生音' の再生に強いこだわりを持ち、エフェクターを管楽器で使うなど邪道だと思う方、もしくは、一通りエフェクターを使ってはみたけど何か飽きてしまった、という方にこそ、この倍音を操作し '質感' を生成する機器の面白さは訴えるのではないでしょうか。これらはむしろ、最終的な出音がPAに握られている現状において、マイクやプリアンプと共に用いることで自分好みの '音色' に深く関わっていける '縁の下の力持ち' 的存在。EQのような補正的機器による調整ではなく、積極的に自分の欲しい '生音を作っていける' アイテムとして、Audio-Technica VP-01 Slick FlyやRadial Engineering Voco Locoと共にぜひ足元へ置いて体感してみて下さい。







Brownman Electryc Trio

確か、ロイ・ハーグローヴなどもこんなアプローチでやっていたような気がしましたが、ウィントン・マルサリスがどんなに口を酸っぱくして '啓蒙' しようとも、今の若者たちにとってバップとヒップ・ホップは同時に聴く音楽のようです。以前にもご紹介したこのBrownmanは、かなりエフェクターの '質感' にこだわって吹いているラッパ吹きのひとりではないでしょうか。ここでもフィルター的変調を '電話ヴォイス' からワウや '歪み' に至るまで、実に多彩に操作しながらフレイズのメリハリを付けています。巧みな音色の切り替えなどを見るとコレ、マルチ・エフェクターでやってるのかなあ?







Guillaume Perret
Molten Voltage Molten MIDI

こちらはフランスで活動しているGuillaume Perret & Electric Epic。おお、なんだか 'サックス界のコンドーさん' というか、マウスピース・ピックアップにAmpegのスタック・アンプを野外に持ち込み、大量のエフェクターを駆使してかなりマッチョなスタイルを披露しております。強烈な歪みはProco Ratで作っているようで、またDigitech WhammyのMIDI機能を利用したMIDIコントローラーのMoltenによるアルペジエイターが面白いですね。時にアラビックな中近東風メロディのセンスも織り込むところなどは、米英とは違うフランスという場所ならではでしょうか。



そして、アナログ的 '質感' としてはまさに超アナログとも言うべきく鍵盤楽器、ザ・ビートルズの名曲である 'Strawberry Fields Forever' の印象的なイントロや、プログレッシヴ・ロックの分野で大活躍したメロトロン。これはサンプラーのルーツ的楽器であり、35鍵に合わせて35台分のテープ・レコーダーを駆動させフルートやストリングス、ブラスなどの音色を鳴らします。1鍵あたり7秒の持続音を持ち、0.5秒の速さで巻き戻すという超絶アナログ機構・・しかも、テープなだけにゆらゆらとしたワウ・フラッターの揺れ具合が独特の侘しい空気感を醸し出すのが特徴です。その後デジタルの時代になりDigital Melotronというサンプラーで復活しましたが、わたしもサンプリングCDを買って1鍵あたり7秒づつサンプリングしてマルチで鳴らしていましたね(お金がないのでCD-ROM版が買えなかった・・)。そんなメロトロンがついにエレハモから登場!音色はかなりの再現度で、エフェクトするというよりほぼトリガーして鳴らすいった感じ。しかしエレハモは面白いものを出すなあ。

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